No.424

News 23-11(通巻424号)

News

2023年11月25日発行
施設外観(エントランス側)

鹿島市民文化ホール「SAKURAS」のオープン

 佐賀県鹿島市に鹿島市民文化ホール「SAKURAS」が完成し、今年9月にオープンを迎えた。鹿島市は佐賀県の南西に位置し、東には有明海が広がり、西は多良岳山系に囲まれた自然豊かな町である。多良岳山系の豊かな水や良質な米に恵まれたこの地域では、江戸時代から酒造りが盛んに行われ、有数の酒どころとして知られている。

 1966年に開館した旧市民会館は、市民の文化活動の拠点として50年以上もの間、市民に親しまれてきたが、建物の老朽化の問題もあり、2019年に惜しまれつつ閉館した。新しい市民文化ホールは、旧市民会館の後継施設となる市民の新しい文化創造の拠点として計画された。施設の愛称「SAKURAS」は、鹿島市の花であるサクラと、外観のイメージの円形、集まるという意味の「Circle + us」から名付けられた。設計は、早稲田大学教授 古谷誠章が代表取締役を務めるナスカ 一級建築士事務所、建築工事は松尾・中島・髙木建設共同企業体である。永田音響設計は、基本設計から実施設計、施工段階、および竣工時の音響検査測定までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。

施設外観(エントランス側)
施設外観(エントランス側)
施設外観(河川の対岸から見る)
施設外観(河川の対岸から見る)
施設配置
施設配置
施設平面(1階)
施設平面(1階)
施設平面(2階)
施設平面(2階)

施設計画

 新しい市民文化ホールは、旧市民会館の跡地に建設され、市庁舎や、298席の小ホールをもつ生涯学習センター「エイブル」と隣接している。施設は上空から見ると卵型で、751席のホールを取り囲むように、交流ラウンジやホワイエ、練習室、会議室等の諸室が配置されている。施設の近くを流れる河川(中川)に面する側にも2階レベルにホワイエや練習室会議室などを配置することで、舞台背後にも日常的な市民利用の賑わいをもたらし、いわゆる“施設の裏側”のない計画となっている。屋外には施設を周回できるスロープ状のテラスが設けられ、エントランス側から川側への動線が繋がっている。さらに、隣接する「エイブル」との間には2階レベルに連絡通路が設けられ、2つの施設の連携利用にも対応できる計画となっている。

施設断面
施設断面

交流ラウンジ

 ホール下手側に配置された交流ラウンジは、ホールとは移動間仕切り(1重)で区画され、移動間仕切りを開けると舞台袖の拡張スペースとして利用でき、大道具を使う演劇等にも対応可能となる。また、客席に近い側に移動椅子を設置して客席としても拡張可能であり、ホールの利用がないときには、小さな催しのスペースとしても利用できる。交流ラウンジはシャッター(1重)と防火扉を介して1階ホワイエと隣接し、外壁に沿った階段を上がると2階ホワイエとも隣接している。交流ラウンジやホワイエには、郷土資料の展示スペースが設けられており、重要文化財である伝統工芸品の“鹿島錦かしまにしき”や、この地域の伝統芸能である“面浮立めんぶりゅう”などの展示が行われている。

交流ラウンジ(移動間仕切り:閉)
交流ラウンジ(移動間仕切り:閉)
ホール舞台(移動間仕切り:開)
ホール舞台(移動間仕切り:開)

遮音計画

 市民文化ホールは、ホールや周辺諸室の利用形態を催しに合わせてフレキシブルに変えることができる一方、ホールと周辺の遮音性能の確保は難しい面があった。ホールでの静けさが求められる演目では、ホールと交流ラウンジ間の移動間仕切り(1重)を閉めることを前提とし、ホールとホワイエ間には2~3重の建具を設けた。交流ラウンジと1階ホワイエの間は、シャッター(1重)に加えて、常開の防火扉を閉めて使うことで遮音性能を確保している。また、交流ラウンジやホワイエの天井には、喧噪感の防止や伝搬音の低減のために、吸音性能を有する不燃断熱材を吹付とした。遮音性能は、移動間仕切りを閉めた状態(シャッターと防火扉も閉めた状態)で、ホール~ホワイエ間で52 dB(500 Hz)であり、ホール~ホワイエ間の一般的な遮音性能が得られている。また、ホールの移動間仕切りを開けた場合(シャッターと防火扉は閉めた状態)では、ホール~ホワイエ間で45 dB(500 Hz)であり、建具枚数が少なくなるため遮音性能は低下するが、交流ラウンジの天井吸音の効果もあり、ホール運用に必要な最低限の遮音性能は確保できていると考えている。ホールに隣接した練習室には防振遮音構造(Box in Box)を採用し、ホール~練習室間で90 dB(500 Hz)の高い遮音性能が得られている。

1階ホワイエ
1階ホワイエ
伝統芸能の展示(面浮立)
伝統芸能の展示(面浮立)

ホール計画

 751席のホールは1層のバルコニーを持つ多目的ホールであるが、舞台フライ空間や可動式の舞台反射板を持っていない。一般的な多目的ホールとは逆の発想で、コンサート空間を劇場空間に転換するという考え方である。舞台の天井スラブ下には、スノコや舞台設備(バトンや照明、スピーカ)が露出で設けられ、クラシック等の生音のコンサートは、舞台幕なしのコンサート形式で行うことを基本とし、講演会や演劇等では、都度、昇降式のバトンに舞台幕を吊るすことでプロセニアム形式を構成している(同様の事例:阿久根市民交流センター(本ニュース413号)氷見市芸術文化館(374号))。ホール客席は、上手側の“もみあげ席”で1階と2階が繋げられ、舞台から2階の客席まで簡単に行き来することができる。また、舞台の正面と側方にもポディウム席が設けられ、舞台を様々な方向から見ることができる。客席の天井には、9角形のトップライト(2重のガラス窓)が設けられ、電動カーテンを開けると外光がホール内に差し込む計画である。

ホール客席側
ホール客席側
ホール客席側(9角形のトップライト)
ホール客席側(9角形のトップライト)

ホールの室内音響計画

 ホールのコンサート形式は、基本的な天井高を舞台床から約15 mとし、生音のクラシックコンサートに十分な高さを確保した。卵型の外観イメージがそのままホールの平面形状となると、集中等の音響障害が懸念されたため、矩形の平面形状が採用された。ホールの壁はコンクリート壁そのものを内装面として見せ、2階レベルより上の側壁は平行面を崩すために全体的に3度外倒しとした。舞台の周囲に配置されたポディウム席の天井は音響庇として利用し、そこからの2回反射音を舞台・客席に到達させている。舞台の側方の移動間仕切りは平面的に角度をつけることで舞台上でのフラッターエコーを防止している。ロングパスエコー防止のために、客席の1階と2階の後壁は有孔板による吸音構造とし、客席後壁の上部をコンクリート表しとしたい意匠設計の意向により、ロングパスエコーの反射経路にあたる天井後部は木毛セメント板による吸音面とした。残響時間は、コンサート形式(舞台幕なし)で2.5秒、講演会形式(舞台幕あり)で1.5秒である。(いずれも500 Hz、空席時)

ホールコンサート形式(舞台幕なし)
ホールコンサート形式(舞台幕なし)
ホール講演会形式(舞台幕あり)
ホール講演会形式(舞台幕あり)

開館記念式典+こけら落とし公演

 9月10日、待望の開館記念式典が行われた。午前中の式典はコンサート形式(舞台幕なし)において、消防ラッパ隊によるファンファーレに引き続き、地元出身のピアニスト織田麻裕子さんのピアノ演奏が披露された。1曲目のバッハの“目覚めよと呼ぶ声あり”の演奏は、まさに新しいホールが目覚めた瞬間であった。織田さんは、隣接する「エイブル」のオープニングでも当時高校生で演奏をされており、鹿島市が誇る新旧2つのホールでのオープニング演奏という大役を務められた。また、昼休憩のわずかな時間に急いで舞台幕が設置され、午後は伝統芸能フェスティバルが開催された。各地域の浮立ぶりゅうの演目が披露され、多くの観客で大変な盛り上がりを見せていた。

 9月23日には、NHK交響楽団のトップメンバーと久元裕子さんのピアノによるこけら落とし公演が開催され、モーツァルトの交響曲や協奏曲が演奏された。久元さんの軽やかなピアノは、N響とのかけあいも息ぴったりで、ホールの豊かで輝かしい響きを存分に堪能することができた。

 生まれたばかりの「SAKURAS」は、どのような使い方をするかも含めてたくさんの可能性を秘めている。SAKURASのこれからが楽しみでならない。(酒巻文彰記)

写真撮影:淺川敏
鹿島市民文化ホール「SAKURAS」