No.413

News 22-12(通巻413号)

News

2022年12月25日発行
施設外観

氷見市芸術文化館のオープン

 2022年10月、氷見市芸術文化館が完成し、オープンを迎えた。氷見市は富山県の北西部、能登半島の付け根に位置し、富山湾で水揚げされる寒ブリは、まさに今が旬で全国的に有名である。また、今年4月に亡くなった漫画家の藤子不二雄Aこと安孫子素雄さんの出身地であり、市内では忍者ハットリくんや、怪物くんなどの有名キャラクターに会うことができる。またJR氷見線では、令和3年から「忍者ハットリくん列車」が運行しており、ハットリくんの車内アナウンスが出迎えてくれる。

 1963年に開館した旧氷見市民会館は、50年以上にわたり氷見市民の文化活動の拠点として長く市民に親しまれてきた。しかしながら、旧市民会館は老朽化による耐震性の問題などにより2014年に惜しまれながら閉館した。新しい芸術文化館は、旧市民会館の後継施設として、さらには、芸術文化の発信や多様な市民の交流と創造の拠点として、市民病院跡地に計画された。設計は、早稲田大学教授 古谷誠章+ナスカ一級建築士事務所、施工は清水建設・萩原建設共同企業体である。永田音響設計は、基本設計から実施設計、施工監理、および竣工時の音響検査測定までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。

施設外観
施設外観
青空広場と大階段
青空広場と大階段
施設平面
施設平面
施設断面
施設断面

施設概要

 芸術文化館は、ホールを中心として、マルチスペース、2つのスタジオ、3つの交流室などからなる施設である。2018年の西日本豪雨による記録的な降水量を鑑みて、氷見市のハザードマップが2019年に更新され、計画敷地では深いところで3~5mという浸水が予測された。そこで、被害を最小限に抑えるため、地上から5m上がった2階レベルに、ホールの舞台やメインフロアなどの主要室が配置された。

 ホール客席下手のエントランスロビー側、および上手のマルチスペース側には移動間仕切りが設けられ、これらを開放すると、エントランスロビーからホール、そしてマルチスペースまでが、ひとつの空間としてつながる。さらに、エントランスロビー外壁のガラス建具を開放すると、外部の青空広場から大階段を介してホールまでが一体となる開放的な建築計画である。

遮音計画

 ホールを囲むように、同じフロア内にマルチスペースやスタジオ、交流室が配置された開放的な建築計画のなかで、ある程度の同時利用を意図して、各室の配置や遮音構造について検討を行った。

 ホールはコンクリート壁で区画することを基本とし、エントランスロビー側、およびマルチスペース側の移動間仕切りは、それぞれ2重とした。ホールとマルチスペースについては、大音量を伴う同時利用は想定していないものの、移動間仕切りを閉めた際にはコンクリート壁相当の遮音性能が得られており、ある程度の音量までの同時使用には対応可能である。

 日常的に利用頻度が高いと予想される交流室とスタジオは、青空広場を囲むように設けられた回廊に沿って配置し、ホールとはできるだけ距離をとる平面計画とした。さらに、スタジオ2室と交流室1・2については、相互室間の遮音性能を確保するために防振遮音構造(Box in Box)を採用した。

 ホール~スタジオ間、ホール~交流室1・2間、スタジオ相互間、スタジオ~交流室1・2間は、いずれも90dB以上(500 Hz)の遮音性能が得られており、ほとんどの催しに対して同時利用が可能な遮音性能が得られている。

ホールの概要および室内音響計画

 ホールは矩形の平面形状を基本とした多目的ホールで、移動席の1階席と固定席の2階席を合わせて784席である。側壁上部にはハイサイド窓が設けられ、外光が綺麗に差し込む計画である。

 1階の客席椅子は、エアキャスターと呼ばれる浮上式の床ワゴンの上に設置され、ワゴンを移動することで客席の配置を自由にレイアウトできる。また、客席前方の床には昇降式の迫り機構が設けられ、オーケストラピットや前舞台として利用でき、客席床下に配置された2段スペースにワゴンを収納することで、1階客席を平土間とすることもできる。さらに、マルチスペースとの間の移動間仕切りを開放すれば、ホールとマルチスペースを一体的な平土間空間として利用することもできる。また、客席中央部にステージを設け、その周りに客席を配置することも可能である。

 ホールは多目的ホールでありながら、可動式の舞台音響反射板を持たず、舞台上部にすのこを設け、そこに昇降式のバトン、照明、スピーカが設置されている。クラシック等の生音のコンサートは、舞台幕なしのコンサート形式で行うことを基本とし、講演会や演劇等では、その都度、舞台幕を設置することでプロセニアム形式の舞台を構成している。(同様の事例:阿久根市民交流センター)。また、様々な客席配置に対応するために、舞台と客席の上部にはキャットウォークが露出で設けられ、照明やスピーカを設置できるように計画されている。

 ホールの天井の基本的な高さは舞台床から約15mとし、音響的に十分な天井高さを確保した。舞台については、演奏者へ有効な反射音を返すために、すのこの下に反射面を設け(舞台床から13mの高さ)、バトンなどの舞台設備は反射面の下に露出とした。また、天井のキャットウォークの下面にも凸面の反射面を設け、そこからの反射音を有効に舞台・客席に届ける計画とした。客席天井および舞台すのこ下の反射面は、平土間床や舞台床との間でフラッターエコーが生じないように折板形状とした。また、客席の移動間仕切りについても、フラッターエコー防止のために、平面的に角度を設けた。

 ホールの正面壁と側壁については、反射音を適度に散乱させるために、コンクリートそのものに凸凹形状を設けた。また、客席から舞台まで伸ばした側壁のテクニカルギャラリーや、サイドスポット床の水平面を音響庇として利用し、そこからの2回反射音を舞台と客席に到達させる計画とした。

 客席の後壁は、ロングパスエコー防止のために、有孔板+グラスウールの吸音構造とした。また、正面壁と側壁にも分散的に木の部材を取り付け、その上面にグラスウールを設置することで響きをコントロールした。

 ホールの残響時間は、段床客席で舞台幕なしのコンサート形式で2.4秒、舞台幕ありの講演会形式で1.5秒である。(いずれも空席時、500 Hz)

ホール(舞台幕なし)
ホール(舞台幕なし)
ホール(舞台幕あり)
ホール(舞台幕あり)
ホール客席側 (ハイサイド窓から外光が差し込む)
ホール客席側 (ハイサイド窓から外光が差し込む)
ホール客席側(段床客席とした状態)
ホール客席側(段床客席とした状態)
客席のワゴン
客席のワゴン
客席床の迫り機構と2段式収納スペース
客席床の迫り機構と2段式収納スペース
ホールとマルチスペースの一体利用 (写真奥がマルチスペース)
ホールとマルチスペースの一体利用 (写真奥がマルチスペース)
側壁のコンクリートの凹凸形状と木の部材 (木の上にグラスウールが乗っている)
側壁のコンクリートの凹凸形状と木の部材 (木の上にグラスウールが乗っている)

オープニングシリーズ

 氷見市芸術文化館は、今年10月に待望のオープンを迎えた。オープニングシリーズでは、富山県出身の立川志の輔の落語、五嶋みどりのヴァイオリンコンサート、紺野美沙子の朗読、東京フィルハーモニー交響楽団の特別公演など、充実のラインアップが企画されている。

 オープニングシリーズのひとつである富山県出身のオペラ歌手 澤武紀行さんのテノールリサイタルを聴く機会を得た。有名なオペラの名場面や、シャンソンや日本の歌曲の名曲を朗々と歌い上げ、会場はたいへんな盛り上がりであった。オペラティック・テノールリサイタルと銘打った舞台演出のために、舞台幕を設置した状態での公演ではあったが、ホールの音響の良さは十分に確認できた。

 氷見市芸術文化館のこれからがたいへん楽しみである。(酒巻文彰記)

氷見市芸術文化館:https://www.himi-bunka.or.jp/