継続は力なり? その先へ
本ニュース 「静けさ、よい音、よい響き」 は、先月のNews21-10号で通巻400号を迎えました。1988年1月の第1号発行以来33年余、108号までは郵送にて、その後は郵送とWEB掲載の並列発行にて、そして361号からはWEB掲載の形で続けてまいりました。皆様に支えられてここまで続けてこられたこと、改めて深く感謝申し上げます。
永田穂は本ニュースの発刊にあたり、「私どもの事務所の活動状況やホール音響の話題をご紹介し、より深いご理解の中で仕事を進めていきたい」、「毎月の定期発行を目標として、手近な話題からまとめ、おいおい内容の充実を図っていきたい」と述べています。ニュース発行を決意した永田の思いは、むしろ発行20年を期にそれまでを振り返った記事(News08-01号)に込められています。これまでの内容を振り返ると、私どもが関わったホール・劇場の紹介を中心に音響に関する話題をお届けしており、永田の思いの前段はほぼ実現できています。しかし後段の“内容の充実”については、なかなか期待に添えていないように思います。特に、昨年から続くコロナ禍では、定期的な発行もままならず、取り上げる話題も設計・建設に関わったホールの紹介が中心です。
そのような中400号という節目は、これまでを振り返り任を再確認する良い機会です。「継続は力なり」、重要なのは「継続」ではなく、継続したことで得られる「結果(貢献)」です。総400号の中で語られた話題は1,000を優に越えます。読者の方々にとってより良い音環境の実現に役立つ情報を丁寧に分かりやすくお伝えしてきたであろうか、私どものこの先に役立つ参照し易いデータベースであろうか、など改めて考えてみたいと思います。
最後に、このところの私達の活動等に触れておきます。
- 2018年夏、永田穂 他界。「聴くこと」にこだわる姿勢を常に思い返します。
- 2021年春、新人2名 – 角崎雄太、小泉慶次郎 – を迎えました。
- 天井耐震を含むホール・劇場の改修プロジェクトが増えました。本ニュース第1号 “二つのシューボックスホール” で取り上げたパルテノン多摩大ホールはコンサート志向からより多用途へ変身が図られました。
- 複合施設の中に計画されるホール・劇場が増えました。騒音制御・建築音響の両面ともに精緻な検討が求められています。
- ホール・劇場が絡まない騒音・振動の制御に関するご相談が増えました。騒音・振動源の性状を把握するための実測と精度の高い騒音・振動予測が求められています。
- 「イマーシブ」に代表される仮想現実空間(VR,AR)に関するご相談も増えています。仮想空間を実現するためのサウンド・システムとそれを設置する室内の音響条件に関する検討も重要になります。
2024年、永田音響設計は法人設立50周年を迎えます。「静けさ、よい音、よい響き」の下、良い音環境実現のお手伝いに専心いたします。今後ともご支援・ご指導のほど、何卒よろしくお願いいたします。(小口恵司記)
箕面市立文化芸能劇場がオープン
今年8月、大阪府箕面市の新しい市民会館として箕面市立文化芸能劇場がオープンした。
立地
南北にやや長い箕面市は、北部を中心として市の約2/3を森林が占め、市街地は主に南側に位置している。本施設が建設されたのは市の南端、大阪有数のベッドタウンである千里中央駅(豊中市)から車・バスで10分程度のところにある。このエリアは船場東と呼ばれる地区で、1970年代に大阪市中央区の船場から繊維卸問屋が集団移転して街開きをした地区であり、当時からの建物や協同組合は今でも残っていて、活動が続けられている。
この箕面市では電車やバスによる市内の交通移動が不便ということもあって、北大阪急行線を千里中央駅から船場東地区方面に延伸させる計画があがった。2駅分の延伸(箕面船場阪大前駅、箕面萱野駅として2023年度開業予定)ではあるが、御堂筋線に乗り入れる北大阪急行線が市内まで延長され、新駅が新たな交通拠点にもなると考えると大きなメリットである。この船場東地区の新駅(箕面船場阪大前駅)の計画に伴って、市内にあった大阪大学箕面キャンパスの移転、老朽化のため閉館した旧市民会館(1966〜2021)に変わる新たな市民会館の建設も計画された。これらはいずれも駅前に建設されることになり、かつて繊維問屋街として賑わった船場東地区を再び活性化させるとともに、駅前の核施設となることが期待された。
事業者選定
施設の設計者や運営者の選定にあたっては、箕面市独自のPFI方式が採用された。通常のPFI方式では、運営管理者と整備事業者(設計・施工)が一体となった事業者を選定するが、ここでは、まず発注者(箕面市)が運営管理者だけを公募により選定し、その運営管理者の支援のもと、新施設の構想、要求水準等を整理する。その後、整備事業者を公募で選定し、整備事業者に運営管理者も加わるかたちで事業者チームを構成して、設計・施工・管理運営を行っていくという方式である。これには、ホール運営の経験やノウハウをもつ運営管理者を初期の構想段階から取り込んで、新市民会館の計画に生かそうという狙いがある。実際、ホールで行われる催し物のジャンルや規模に特に関わる舞台設備計画(機構、照明、音響)をはじめ、建物内の動線や共用部の使い方等、設計段階から運営管理者との打ち合わせが重ねられ、その内容が反映されている。
施設の運営管理者としてキョードーファクトリーが、整備事業者として大林組・久米設計が選定され、永田音響設計は建築音響・騒音制御について、設計段階から竣工測定までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。
施設概要
施設は文化ホール棟と図書館・生涯学習センター棟という2棟からなり、文化ホール棟は大ホール、小ホール、リハーサル室、店舗、図書館・生涯学習センター棟は図書館および会議室、多目的室、音楽スタジオ、屋外運動場等で構成されている。建物の外部には、地区内デッキと呼ばれる、新駅、本施設、大阪大学をつなぐデッキ(別工事)が計画されており、デッキに面して屋外広場や店舗・カフェが配置され、ガラス開口が設けられる等、この地区のメインストリートとなるデッキとの連続性や一体感、賑わいが生まれるように室配置や外装デザインに工夫がされている。
遮音計画
文化ホールと図書館・生涯学習センター間の遮音のため、それぞれを別棟とすることが要求水準書で求められており、この2棟の間のExp.Jによって遮音性能を高めている。また、文化ホール棟内では大ホール、小ホール、リハーサル室が近接しているため、小ホールとリハーサル室を防振遮音構造とした。図書館・生涯学習センター棟では、図書館の閲覧スペースの直上階に配置された音楽スタジオ(6室)に防振遮音構造を採用している。
遮音性能は、大ホール・小ホール間で、56dB(63Hz)で、極端に大きな発生音を伴う催し物とクラシックコンサートのような組み合わせでなければ同時利用は可能となっている。また、小ホール、リハーサル室から図書館に対しては68dB以上(63Hz)で、図書館の運営には全く支障のない高い遮音性能が得られている。
大ホールの室内音響計画
大ホールは生音のクラシックコンサートから演劇・ポップスコンサートまで幅広いジャンルの催し物が想定される1401席の多目的ホールで、メインフロアと1層のバルコニー席からなり、オーケストラピット、舞台音響反射板を備えている。舞台音響反射板は、少人数で安全に短時間で設置・収納できるという理由から、要求水準書で求められた走行式の反射板が採用されている。この走行式反射板は大中小3つの門型の構造で構成され、収納時はその3つが重なりコンパクトに舞台奥に収納される。走行式反射板の天井の勾配や壁の開きは、そのまま客席側にもつながっており、壁・天井といった音響的な主要反射面が舞台から客席にかけて連続し、一体的な空間が形成されている。
このホールの特徴は、箕面市の観光名所である”箕面大滝”の自然を壁や天井の仕上げに取り入れている点である。客席の側壁はコンクリート打ち放しの折れ壁で、滝のような垂直性が強調されており、その中間部には、滝のしぶきをイメージした木製の庇が多数設けられている。また、天井面は木漏れ日をイメージしていて、ボード3層貼り(39mm厚)を基本とした天井を部分的に2層貼り(30mm厚)+黒色塗装とすることで、表面に木漏れ日のような模様を表している。さらに客席椅子は紅葉をイメージした色の布地が採用されていて、ホールの内装デザインに箕面市の自然がふんだんに盛り込まれている。これらのデザイン要素は音響的にも望ましく、側壁全面に広がる折れ壁、側壁上の庇、天井表面の細かい段差という大小様々な凹凸面には拡散効果を期待している。
その他、ホールの多目的利用も想定し、響きを可変させるためにシーリングスポット室内とバルコニー席の後壁に吸音カーテンを計画している。残響時間(満席時推定値、500Hz)は「舞台音響反射板設置、吸音カーテン収納時」で1.8秒、「舞台幕設置、吸音カーテン設置時」で1.3秒である。
小ホールの室内音響計画
小ホールは300席の多目的ホールで、生音の音楽コンサート利用が主になるという運営管理者側の想定もあり、なるべく高い天井を確保するために、視覚的な天井面を音響的に透過な構造として、その上部にある防振遮音天井を音響的な反射面として利用した。視覚的な天井は約8mの高さであるが、その上部はキャットウォークとしても利用し、実際のホール空間は、幅11m×奥行27m×高さ12mのシューボックス形状となっている。
大ホールは”箕面大滝”の自然をデザインのコンセプトとしているのに対し、小ホールは、箕面という地名の由来ともされている農具の”箕”や、船場地区を象徴する繊維の”織り”をイメージした表面仕上げとなっている。側壁のベースとなる面は平行・平滑な面であるが、その表面に最大30mm厚で緩やかな凸曲面をもつ部材を交互に網目状に並べて凹凸のある仕上げとし、側壁間のフラッターエコーの防止に利用している。また、視覚的な天井は、縦糸と横糸が交差するような格子状の構造となっている。音響的に透過な、かなり粗い間隔の格子であるが、その上部がブラックアウトされ、視覚天井で閉じられているような印象を受ける。
小ホールで講演会や演劇等の公演を行う場合には、舞台側面のパネルが90°回転してプロセニアムを形成し、舞台側の視覚天井の隙間から舞台幕が吊られるようになっている。このような講演会をはじめとした響きを抑えたい公演にも対応できるように、音響的に透過な天井の上部には吸音カーテンを計画した。吸音カーテン(約100u)は、キャットウォークで手動で開閉するもので、カーテンを使わないときにはホール内に露出して吸音しないように、カーテン収納庫も設けている。残響時間(満席時推定値、500Hz)は「プロセニアム扉:閉、カーテン収納時」で1.7秒、「プロセニアム扉:開、カーテン設置時」で1.0秒で、小規模なホールとしては大きな可変幅が得られている。
8月1日のオープン以降は、オープニングシリーズとして、箕面市に所縁のある出演者による公演や市民による発表会等が行われている。当初は2020年度を予定していた新駅の開業は3年延期され、このコロナ禍でのオープンになる等、想定外の状況でのスタートである。しかし、2年後には新駅が開業し、駅周辺には今後も集合住宅や商業施設の建設が予定されている。この施設には、箕面市の自然や歴史をデザインに取り入れた特色のある2つのホールをはじめ、魅力がたくさんつまっている。数年後には、地元市民、大学生をはじめ、幅広い世代の利用者が訪れ、施設界隈に大きな賑わいが生まれることを期待している。(服部暢彦記)
箕面市立文化芸能劇場: https://minoh-geino.jp/