武蔵野の森総合スポーツプラザ オープン
東京都内にできる2020年東京オリンピック・パラリンピック競技会場の初めての施設として、昨年11月、東京都調布市の東京スタジアム(味の素スタジアム)の隣(西側)に「武蔵野の森総合スポーツプラザ」がオープンした。この施設は、隣接する東京スタジアムと合わせて一体のスポーツの拠点として2009年4月に基本構想が策定され、多摩地域のスポーツ振興に貢献するとともに、スポーツのみならず大型のコンサート会場としての活用も含め、周辺地域のにぎわいや活性化など、まちづくりにも貢献する施設として期待されてきた。東京オリンピックが決定したのは2013年でありそれ以前の計画であるが、その後オリンピック会場として決定し、他の施設より先んじて完成した形である。そして昨年12月22〜25日には、本施設において全日本フィギュアスケート選手権大会が行われ、この大会が冬季オリンピック競技大会平昌大会(PyeongChang)の選考会も兼ねられていたこともあり、多くのメディアで紹介されたことで、この施設の存在が広く認知されることになった。
施設概要
設計・監理はプロポーザルにより選ばれた日本設計が担当。建築工事はメインアリーナ棟を、竹中工務店他4社JV、サブアリーナ・プール棟を鹿島建設他3社JVが担当した。永田音響設計は設計の音響コンサルティングを行った。競技施設は、メインアリーナ、サブアリーナ、屋内プール、その他トレーニング施設など総合的な施設として整備されている。敷地面積は、約62,000平方メートル、延床面積は約51,000平方メートルである。
メインアリーナ棟
バレーボール、バスケットボール、ハンドボール、フットサルなどの通常競技はもとより、その他の大規模スポーツイベントやポピュラーコンサート等の会場としての「多目的アリーナ」としても整備されている。天井の三角形に見えるパネルは吸音面で、その間には舞台演出用の照明設備や美術バトン等の舞台設備が設えられており、多目的利用に対応できるように計画されている。下から見える天井面の奥の屋根裏面にも吸音面が設置されており、壁の吸音も含め十分に響きを抑える内装仕上げとしている。その結果、残響時間は、3.3秒/500 Hzであり、この空間の大きさに対して適度な響きに制御されている。
サブアリーナ棟
サブアリーナ棟は南側の甲州街道側に位置し、メインアリーナ棟とはペデストリアンデッキを介して結ばれる。サブアリーナはバレーボール、バスケットボールが2面入り、床構成を変えることで柔道や剣道にも対応できる。また、この棟は個人利用が可能な施設としても整備されている。50mプールとトレーニングルームは、3時間まで500円で利用でき、すでに多くの市民に利用されている。
近隣地域への音の配慮
メインアリーナの使われ方としては、上記のようなスポーツ競技のみならずコンサート等の音楽イベントの利用を前提としており、その発生音を想定して施設の遮音計画を行った。メインアリーナの北側には、道を隔てて障害者施設や高齢者施設などの福祉施設や保育園などがある。計画当初よりメインアリーナにおける発生音がこれらの施設に影響を与えない遮音性能を本アリーナにもたせる必要があった。北側の福祉施設に影響する面は、北側の壁だけでなく、屋根や東西側の壁面からの寄与も考えられた。従って、壁と同様に北側敷地境界に近い屋根まで遮音性能を高めた。東西側の壁についても同様の対処を行った。なお、本施設におけるイベント終了後の観客退場時の歩行音や歓声などは、エントランスをメインアリーナ南側に配置し、ペデストリアンデッキから甲州街道側に向けて人の流れが出来る設えとした計画であるため、北側の施設のエリアまでは影響しないと考えている。
建物に必要な遮音性能は、その想定されるコンサートの発生音のレベルと、低減させなければならない場所での受音レベル(基準値)との差となる。コンサートの発生音レベルはアーティストによっても大きく異なり、コンサートの中でも大きく変動するため、明確に音源レベルを想定することが難しい。ここではあるロックコンサートでの実測値からそのデータを前提にそれと同様のコンサートの場合を前提として計画している。このような大型のスポーツ施設やコンベンション施設などでも音楽イベント利用を前提とした場合近隣への音の配慮は不可欠だが、屋根面の遮音となると面積が大きいためコストへの影響も大きく、入念な計画が重要となる。また、最終的には出来上がった施設の遮音性能から、発生音量の制限を再考するといった対応なども必要と考える。
今後の役割
2020年の東京オリンピックでは本施設はバドミントンと近代五種のうちフェンシング(その他は東京スタジアム)の競技が行われ、パラリンピックでは車いすバスケットボールが行われる予定である。それまで、また2020年以降もプールやトレーニングルームは一般でも利用することが出来る。本施設が多摩地域のスポーツ振興や地域の活性化にも貢献することを願っている。(小野 朗記)
武蔵野の森総合スポーツプラザ: http://www.musamori-plaza.com/
一般利用案内: http://www.musamori-plaza.com/information/personal.php
釜石市民ホール「TETTO」のオープン
岩手県釜石市は「近代製鉄業発祥の地」であり、ラグビーチーム「釜石シーウェイブス」の本拠地としても有名である。2年後にはラグビーワールドカップが開催予定であり、今夏にはその会場となる釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム(仮称)が開場する。釜石市では現在、東日本大震災で甚大な被害を受けた街に活気をもたらすための復興プラン「フロントプロジェクト」が進行中である。その建設事業の一環として、2017年12月に釜石市民ホールTETTOが竣工した。愛称である「TETTO」は施設の特徴である大屋根の「屋根」のイタリア語「tetto」と、鉄の都「鉄都」をかけたネーミングで、公募により選ばれた。設計はaat+ヨコミゾマコト建築設計事務所、施工は戸田建設・山崎建設特定共同企業体である。
施設の特徴〜大屋根と空間のフレキシビリティ〜
本施設は敷地ほぼ中央の共通ロビーの南側と北側に、移動観覧席を有する838席のプロセニアム型のホールAと200席前後(スタッキングチェア)の平土間空間のホールBが配置されている。2つのホールは、共通ロビーと北広場に面する箇所が移動間仕切り壁で区画されている。これらを開放し、ホールAの移動観覧席を収納すると、施設全体が一体となってつながることができる。また、北広場は大きな屋根で覆われた半屋外の空間であるため、天候を気にせずに屋外イベントの会場としても利用することができる。
通常、ホールの舞台裏の楽屋周辺廊下は、舞台裏スペースとして一般には開放されない空間になりがちである。本施設ではホールAで公演が行われていない時には、楽屋を多用途に利用したり、施設のいろいろな出入り口から入ってきて施設内を巡ることができるように計画されている。つまり、ホールAの周辺をぐるっと回ることができるのである(図の青色部分)。ホールAで公演があるときには、廊下に設置された扉を閉めることで、出演者用の閉じた空間を作れるようにもなっている。また、その廊下に面する西側のエリアには県道に面して、音楽練習や展示会などの創造活動の拠点となるスタジオA・B・Cやギャラリーが配置されている。それらの室の壁は、スタジオ内の様子がわかるように廊下側・屋外側共にガラスが使われている。
遮音計画
本施設は、豊富な機能がコンパクトにおさめられており、かつ施設全体を一体的に利用できるように計画されている。音響計画では当然それぞれの室が別個にも利用できるよう十分配慮している。ホールAとホールBは、共通ロビーを挟み約20 mの離隔距離をとることにより室間の遮音性能を確保している。なお、移動間仕切り壁は遮音タイプのものを各箇所2重に設置した。スタジオA,B,C間については遮音計画不十分な離隔距離が取りにくい状況であった。そのため、ロックバンドなど大音量での練習を行う室をスタジオCに限定し、防振遮音構造を採用した。スタジオのガラス壁には利用目的に対して必要な遮音性能を確保するため、スタジオA,Bは空気層を挟んだ2重ガラスを採用し、防振遮音構造を採用したスタジオCには3重ガラスを採用した(固定遮音層に2重、防振遮音層に1重)。
ホールAの室内音響設計
本ホールはクラシック演奏会をはじめ、拡声設備を用いた式典・講演会・演劇等多目的に利用されることが想定された。その基本的な形状はワンスロープのシューボックス型であり、サイドにはニッチ状に掘り込まれたサイドバルコニー席が配置されている。クラシック音楽演奏時に明瞭で豊かな響きが得られるよう、天井高は舞台面から約15 m確保した。
ホールの主な壁面の表面仕上げには、厚さ数mm程度に切出した薄い木の板材を、繊維を平行にして積層したLVL(Laminate Veneer Lumber)と呼ばれる集成材が用いられている。下地の積層ボードにLVLを貼って仕上げてあり、下地ボードとLVLのトータルで反射面として必要な重量を確保した。LVLを波形にカットし、凹面と凸面がずれるようにすることでホール壁面には特徴的な凹凸面ができている。音響的にはこの凹凸面からの柔らかな反射音が客席に届くことを期待した。この木質のテクスチャーが、暖かな表情を見せており、ホワイエよりホールAの中に入ると、くりぬいた木の中にいるような印象を受けた。
開館記念式典と「かまいしの第九」
昨年12月8日には開館記念式典が催され、大屋根の下の北広場でテープカットが行われた。ホールAで行われた式典の中では、藤舎千穂さんによる一番太鼓や、地元出身のピアニスト小井土文哉さんによるブラームス「四つの小品」が演奏された。ピアノ演奏は舞台幕状態で行われたものの、よく鳴っており、弱音まで聴きとることができた。またホールBにおいては、共通ロビーとの間の移動間仕切り壁が開放され、出入り自由のミニコンサートが企画されていた。いずれの催しについても、施設の機能を活かしたものとなっていた。
続く12月10日にはオープニングイベントとして「かまいしの第九」が催された。このベートーヴェンの第九公演は、旧市民会館の落成式典として第1回が公演されてから、被災した年でも中止とせず、使用不能となった旧市民会館から釜石高校体育館に場所を変えて開催されてきた。今年でちょうど40回目を数える。震災に屈することなく脈々とその歴史を刻んできた「かまいしの第九」をこの新たなホールで聴くことができ、ホール建設に携わった者として感慨深いものを感じた。よく鳴るという印象は反射板状態でも変わらず、一音一音が明瞭に聴こえ、かつ余韻が適度に残る繊細な響きを感じることができた。
現在、ホールの周りには商業施設や飲食店街などが並び始め、街に活気が戻りつつある。このホールが使い込まれた未来には、街はどんな活気にあふれているのだろうか。「かまいしの第九」のような文化の継承と共に、豊富な機能を活かした活気あふれる街づくりに、この施設が役立ってほしいと思う。(和田竜一記)