小田原三の丸ホール オープン
小田原城 馬出門土橋正面に、小田原三の丸ホールがオープンした。老朽化した旧市民会館の後継施設として1986年から何度か計画を繰り返し、ようやくオープンに漕ぎつけた待望の施設である。旧市民会館は開館60年を目前に、今年7月に閉館し、新たなホールにバトンを渡した。
施設概要
JR小田原駅の東口から徒歩約15分、駅前のバスロータリーを超えて、お堀端通りをまっすぐ南に向かった先の小田原城と国道一号との間の敷地に新しい施設は位置する。城側の外壁はガラス張りとなっており、1階のオープンロビーや2、3階の大ホール客席後方のホワイエからの眺望がすばらしい。
施設には大ホール(1,105席の多目的ホール)、小ホール(296席の、平土間利用も可能な多目的ホール)、展示室、ギャラリー回廊、音楽利用が可能なスタジオおよび3つの練習室が収められ、活発な市民文化活動の拠点となることが期待される。
建設事業にはデザインビルド方式が採用され、鹿島建設と環境デザイン研究所の共同事業体により設計施工が行われた。永田音響設計は建築音響・騒音制御について、基本設計から竣工時の音響検査測定まで、一連の音響コンサルティング業務を担当した。また以前いわきアリオスの支配人を務められていた大石時雄氏(本ニュース344号(2016年8月号)参照)が、施工段階から小田原市の担当者として着任され、その後館長になられた。そのため施工途中からではあったが、施設の使い方を踏まえた形で相談できたのはとても有益であった。
遮音計画
敷地の周りは、大きな外部騒音が問題となるような鉄道や幹線道路などはない比較的静かな環境である。遮音計画における主なポイントは、室間の遮音性能を高め、施設の同時利用の可能性を広げることであった。
大ホールと小ホールはどちらも鉄筋コンクリート造で計画された。大小ホール間の遮音性能向上のため、大ホールと小ホールの間には楽屋エリアと通路を配置することで離隔距離を確保し、更に構造的なエキスパンションジョイントも設けることで、固体音の伝搬を抑制することとした。
大ホール舞台と隣接して計画された2階のスタジオは、吹奏楽の練習や楽屋としての利用など、さまざまな使い方が想定されている。室内で大音量を発生する場合もあるため、大ホールとの同時利用が出来るだけ可能になるようスタジオには防振ゴムによる防振遮音構造を採用した。大ホール側界壁は構造上の理由で約600 mmの厚さが確保され、防振遮音壁と天井はどちらも石膏ボード21 mmの3枚貼りである。
3つの練習室は、廊下を介して小ホール舞台の南側に配置されている。練習室にも隣室同士や小ホールとの遮音性能を確保するため、防振遮音構造を採用した。防振遮音壁と天井はどちらも石膏ボード15 mmの3枚貼りである。各練習室間には約200 mm厚のコンクリート壁があり、前室はそれぞれに独立して設けている。
上記のすべての室間について、中音域(500 Hz)以上の周波数帯域の遮音性能は、音源室内での発生音が受音室で検知できないほどの高い遮音性能が得られている。低音域(63 Hz)では、大ホールと小ホールの間で約65 dB、大ホール舞台とスタジオ間や隣り合う練習室間で約60 dB、小ホール舞台と練習室との間は約55 dBである。距離が離れた室同士では、大ホールと練習室間で約80 dB、小ホールとスタジオ間で約75 dBである。練習室とスタジオ間については、低音域でも音源室の音が受音室で検知できなかった。 小田原市には活発な活動をしている和太鼓の演奏団体があり、大石氏から練習室を日常的に太鼓の練習に貸し出したいという要望を伺っていた。和太鼓の発生音は低音域が非常に大きいため、遮音性能の数値的な確認だけでなく、実演による音漏れの程度の把握をすることが望ましいと伝え、竣工後の開館準備期間に確認会が行われた。大ホールや小ホール、練習室での和太鼓演奏音は、低音域(63 Hz)の遮音性能が65 dB以下の室間ではわずかに漏れ聞こえており、それよりも遮音性能が高い練習室とスタジオ間、練習室と大ホール間、スタジオと小ホール間では全く聞こえなかった。
室間の遮音以外では、近年の異常気象で日本国内でも突発的な雨が増えており、ホール内で雨音が聞こえ、演奏や鑑賞の妨げになるようなことも起きている。本施設では建物全体を金属屋根で覆う計画であり、さらに大ホールの客席後方は内装仕上げが屋根に近く、雨音の影響が強く懸念された。そこで実施設計の段階で、鹿島建設の技術研究所が主体となり、数種類の制振シートや断熱材を金属屋根とコンクリートの間に設置して、ハンマーの打撃による振動加速度の相対比較が行われた。その結果、屋根は1mm厚の制振シートを裏打ちした金属屋根材とコンクリートとの間に断熱と振動絶縁を兼ねる発泡ポリスチレンを挟む構成とした。さらに大ホールの内装天井の遮音向上を図るために、その構成を石膏ボード21 mmの2枚貼りとして上にグラスウールを敷き込み、設備貫通の取り合い部分などの隙間をシール等で塞ぐこととした。竣工時の音響検査測定の際たまたま豪雨に見舞われ、大ホールのバルコニー席で雨音が聞こえるか確認したところ、空調騒音が無い状態で雨音はほとんど聞こえず、対策効果を実感することができた。
大ホール
客席は長方形の平面形状で、約700席の主階と約400席の1層のバルコニーに分かれている。舞台には吊り式の音響反射板を備え、正面反射板の設置位置の奥行きを11 mの大編成時用と、8 mの中編成時用に変えられる。またこのホールは脇花道やオーケストラピットも備えており、多目的に利用することが可能である。
客席は舞台先端中央から放射状に拡がるように配置され、中通路より後ろの客席勾配は約18度で、どこに座っても舞台への視線が良好である。また、1階席中ほどから後方の壁際には、一段高い位置に2席1組のブロック席が設けられている。平面的に見ると幅約26 mの広めの客席エリアは、ブロック席によって約20 mまで狭められ、1階客席中央付近にも遅れ時間の短い反射音が側方から到来する。
壁面はb器質タイルによる仕上げを基本としており、側壁は平面的に舞台側を向いた折れ壁が連続している。側壁にはさらに、舞台上の音響反射板から客席後方まで、小田原産のひのきを使った音響庇が階段状にデザインされた。折れ壁やb器質タイルによる凹凸は反射音を適度に散らすことを、音響庇は舞台上の演奏者と客席全体により多くの反射音を届けることを意図した。
オープニングイベントの1つ、小田原市在住のピアニスト中根希子氏のピアノ開きコンサートを1階席の中央付近で聴いた方によると、舞台が近く感じられ、音量は十分、クリアで細かいニュアンスまではっきりと聴きとれたということである。
小ホール
小ホールは客席数296、1階の移動観覧席と2階のバルコニー席が連続する箱型の多目的ホール(幅約14 m、奥行き約26 m、天井高約9 m)である。舞台内は、側面の音響反射板を正面の壁面側に折り畳み、天井面は斜めの塞ぎ板を開いて舞台幕を設置することで、生音のコンサート向けから、拡声設備を利用する公演向けに転換できる。移動観覧席を収納すると、大ホールのアクティングエリアと同じ大きさ(8間×8間)が確保できる平土間となり、大ホール公演のリハーサルに利用できるとともに、展示室・ギャラリー回廊と繋げた大規模な展示会にも対応できる計画である。
客席側の側壁は、コンクリート打ち放しの折れ壁で、天井は平土間時の床と平行にならないよう鋸歯状の断面形状とした。また、中庸な長さの響きを実現するために化粧グラスウールによる吸音仕上げを壁面に分散配置した。
開館記念式典
小田原三の丸ホールは9月5日にオープン、開館記念式典が9月12日に行われ、式典は三番叟「神秘域」で始まった。企画、舞台構成を小田原ふるさと大使の杉本博司氏が手掛け、三番叟は狂言師の野村萬斎氏が演じた。1階客席前方の椅子が取り外され、正方形の本舞台が客席側に張り出して設置され、通常下手側に伸びる橋掛かりは本舞台の奥に向かって真っすぐ、暗闇の中に消えていくように設置された。暗転された空間に、能舞台が浮かんで見えるような神秘的な情景であった。音は本舞台床の縁や舞台内に吊られたマイクで収音され、生音を控えめに補強するような拡声がされていた。注意深く聞かなければ拡声していることに気づかないほど自然で、明瞭度の高い迫力ある音を聞くことができた。
これから来年の9月まで、落語や市民による「第九」、東京都交響楽団のコンサートなど、いろいろなオープニングイベントが計画されている。都内からのアクセスも容易なため、大小ホールの実際のイベントにてその響きを確認しに訪れてみたい。(鈴木航輔記)
小田原三の丸ホール ウェブサイト:https://ooo-hall.jp