—佐伯の春先ず城山に来たり— 城山の麓に「さいき城山桜ホール」誕生
佐伯市は大分県の南東部に位置し、大分駅から特急で1時間ほど南下したところにある。九州一面積が広い佐伯市は、東側の浦エリアにはリアス式海岸の日豊海岸国定公園が、西側の里エリアには九州山地の祖母傾国定公園が広がるなど、豊かな自然に恵まれた土地である。豊後水道で育つ美味しい海の幸あり、地形が生かされた造船の町でもあり、かつて佐伯藩2万石の城下町として栄えた歴史ある町でもある。
「佐伯の春先ず城山に来たり」、国木田独歩の詩「城山」はこの一節から始まる。佐伯城のあった城山は標高144mで佐伯市の中心に位置する。慶長11年(1606年)に毛利高政によって築かれた佐伯城は、櫓門や山頂の石垣を残すのみとなっているが、2017年に“続日本100名城”に選ばれた。コロナ禍により東京から訪ねること出来ず残念であったが、この小高い城山からは今まさに春を感じさせる眺めが広がっていることと思う。
この城山の麓に、昨年11月「さいき城山桜ホール」が誕生した。設計は本ニュース391号(2021年1月号)で紹介した津市久居アルスプラザも担当された久米設計 兒玉謙一郎氏率いるチーム、建築施工は熊谷・菅・佐々木特定建設工事共同企業体である。永田音響設計は大・小ホールとスタジオの室内音響、遮音、設備騒音防止、及び大ホールの舞台音響設備について、設計・施工段階の音響コンサルティングと竣工時の音響検査測定業務を行った。
大手前地区の活気をとり戻すプロジェクト
かつて佐伯城の城下町として栄えた大手前地区は近年活気が失われつつあり、「さいき城山桜ホール」の建設を中心としてこの一帯に活気を取り戻す開発が計画された。新しく整備されたバスターミナル・情報発信館(写真右側)、駐車場や広場の設計は城山桜ホールと同じ設計者によるものである。各施設に城山桜ホールの分節された屋根の考え方が踏襲され、近くの寺社の屋根とも連続した統一感のある街並みが形成されている。
さいき城山桜ホールの概要
この「さいき城山桜ホール」は文化芸術活動を行う大ホール・小ホール・スタジオなどに加えて、キッチンコートのある「食のまちづくりスペース」、市民活動・起業活動を支援する「まちづくり交流スペース」、「子育て・子育ち支援室」など、日々の暮らしを支え、文化活動を繰り広げる多くの機能が組み込まれた施設である。
「公園のようにいつでも気軽に立ち寄れる文化施設」を目指して計画されたこの施設は、エントランスロビーを入ってすぐに広がる大きな吹き抜け空間「アートプラザ」に面して各室が配置されており、アートプラザの所々にテーブルや椅子が設置されて、市民がいつでも気軽に立ち寄れる居場所が創出されている。
設計に携わられた久米設計 宇川氏は「こうすることでその居場所から市民の文化活動が見え、“自分も参加してみよう”と新たな活動を誘発するしかけとなっている」と語る。このアートプラザに居ると、そのしかけにはまって、自分も何かを始めたいと気持ちが駆り立てられそうだ。
施設の遮音計画
このように様々な機能を持つ室が開放的な空間に点在しているこの施設では、大・小ホールやスタジオでの活動に伴う音楽や声などが共用部で適度に洩れ聞こえることが、施設全体の活気と賑わいを創出すると考えられる。一方で、大・小ホール、スタジオの各室間には高い遮音性能が求められ、また、「食のまちづくりスペース」、「まちづくり交流スペース」「子育て・子育ち支援室」についても、各ホール・スタジオからの音洩れが気になることなく同時使用できることが必要であった。
大ホールと小ホールの距離を空け、アートプラザの空間の中に各スタジオを点在させる配置計画は、各室間の遮音性能の確保にも寄与するものであった。さらに、小ホール・各スタジオに防振遮音構造を採用することで、各室間の高い遮音性能を実現しつつ、アートプラザでは適度に音が洩れ聞こえる計画とした。
大ホールの特徴
大ホールは舞台音響反射板や客席ワゴン・移動観覧席などの転換要素を持ち、様々な使用形態に対応する多目的ホールである。
客席構成は、1Fレベルの客席ワゴン+移動観覧席、2Fレベルのサイドバルコニー席、3Fレベルの正面バルコニー席を基本とし、舞台音響反射板設置時には、サイドバルコニーが客席側から舞台側へと連続して設けられて、舞台を取り囲む客席配置となる。これが本ホールで最も客席数が多い形式で、約900席である。
舞台幕設置時には、舞台正面バルコニー席(固定席)の前に舞台幕やスクリーンが降ろされる。また、舞台側面反射板と一体構造となっているサイドバルコニー席は舞台袖に収納されて、袖幕が降ろされる。この形式で約800席となる。
1Fレベルは、客席前方のオーケストラピット迫りを利用して客席ワゴンを奈落や客席床下に収納し、更に移動観覧席を客席後壁側に収納することで、舞台から客席まで床レベルが揃った平土間形式となる。客席ワゴンや移動観覧席はこの平らな床上に自由に配置することも可能であり、ホールのセンターに舞台を設置して客席が舞台を取り囲む形式を作ることも出来る。
大ホールの室内音響計画と舞台音響設備計画
大ホールは、舞台音響反射板設置時に舞台から客席まで連続した壁面で構成されるシューボックス形状を基本とした室形状である。メインフロア側壁間の幅を約18.5m、サイドバルコニー側壁間の幅を約22.5mに抑え、サイドバルコニー上部の壁面に設置した庇状の反射面から豊富な側方反射音が得られるよう計画した。
客席エリアの天井は、舞台天井反射板から連続した面として見せたいという意匠的な意図と、音響的にはもう少し高い位置に反射面を設けることが望ましいことへの解決策として、音響的に透過とみなせる開口率の高い仕様で意匠的な天井面を構成し(写真で白く見える面)、その面より約3m上部に音響的な反射面を設けた。
移動観覧席を設置するホールの多くでは、移動観覧席と側壁間の隙間を一定にする必要があるため、側壁が平行に対面することになる。本ホールでも同様であり、更にその壁面が舞台側壁へと同じ仕様で連続することから、平行な反射面間でのフラッターエコー障害の防止が課題であった。
この壁面は、意匠性と舞台壁面の仕上げを散乱形状にしたいという音響的な意図から、ルーバー仕上げが採用された。フラッターエコー防止に加え、ルーバーを規則的な配列にすることにより生じる音響障害を防止するために、ルーバー配列について検討が重ねられた。高さ・幅が異なるルーバーをランダムに配列し、ルーバー間の底面にランダムに板材をはめ込むことで、音響障害のない状態を実現することが出来た。
舞台音響設備としては、プロセニアム、サイドのメインスピーカにラインアレイスピーカを採用し、プロセニアムスピーカに舞台を取り囲む客席をカバーするスピーカを搭載することで、様々な形式に対応した。
小ホールの特徴と音響計画
小ホールは、平土間形式で移動椅子180席を備える、多目的な利用に対応したホールである。アートプラザ側には移動間仕切が設けられ、これを開けることでアートプラザと一体で利用することが出来る。また、壁面上部には技術ギャラリーが設けられ、照明・音響の演出が行えるよう計画されている。この技術ギャラリーより下の壁面は、四角い穴の開いたブロックが積み重ねられた意匠で、その背後にはグラスウールを分散して配置した。合わせて、ギャラリーレベルの壁面にもグラスウールを分散配置し、これらによって室の響きを調整すると共に、フラッターエコー障害を防止する計画とした。
城山桜ホールの様々な取り組み
さいき城山桜ホールでは、「さくら便り」という情報誌が発行されていて、Web上でも見ることが出来る。最新の令和3年春号(3.15発行)では、5、6月に開催されるイベントや、毎月1回開催される「ツキイチ映画」などの情報に加え、「大ホールの裏を覗いてきました!」というバックステージツアーのお知らせも掲載されている。劇場形式のホールがどうやって平土間になるのか、転換要素の多い大ホールならではの仕掛けをぜひ体験してみてほしい。また、「食のまちづくりスペース」のキッチンコートでは、食育ワークショップが頻繁に開催されている。
これらの催し物の他にも、自主事業に対する市民の企画提案を募る取り組みが行われている。施設のサポーターやレセプショニスト養成講座の参加者も募集されていて、市民の皆さんが各々の興味に合わせてさいき城山桜ホールの活動に参加出来る仕組みが整えられているようだ。
東京から行くには少し時間がかかる場所だけに、この施設の建設中には町を楽しむ時間を取ることが出来なかったが、さいき城山桜ホールでコンサートを聴き、美味しいお寿司をいただいて、城山からの眺めを楽しんだり、足を延ばして国定公園を散策したり、この春夏はそんな時間を過ごしてみたい。(箱崎文子記)
さいき城山桜ホールウェブサイト:https://sakura-hall-saiki.com/