No.391

News 21-01(通巻391号)

News

2021年01月25日発行
施設外観

津市久居アルスプラザ

 津市久居は三重県の伊勢神宮の北部に位置し、久居駅は津駅より南に3駅行ったところにある。江戸時代中期以降、江戸庶民の伊勢神宮参拝が流行ると、伊勢街道の宿場町として急速に発展し、街道沿いには多くの旅籠が設けられた。いまでも久居旅籠町という地名が残されている歴史を感じる町である。明治時代以降は、交通網の発展により宿場町としての機能も消失したが、現在もところどころに町家が点在し、当時の繁栄を僅かに感じる事が出来る。津市久居アルスプラザの建設された久居地域は、かつては久居市として独立していたが、2006年に旧津市と旧久居市をはじめ10の市町村合併により津市となった。

 「津市久居アルスプラザ」は旧久居市民会館に代わる久居地域の文化交流の中心施設として計画され、旧久居市役所跡地に、2020年3月に竣工した。6月6日にグランドオープンが予定されていたが、このコロナ禍により10月1日に延期され、9月29日にオープニングセレモニーが行われた。

施設外観
施設外観

施設概要

 この施設には、720席の「ときの風ホール」や移動椅子を設置することで約300席程度収容できる平土間の「アートスペース」、大型展示スペース「ギャラリー」、そのほかミュージックルーム、バンドルーム、ピアノルームなどと呼ばれる諸練習室や、美術系のアトリエなどの創造空間が一つの大きい自由空間の中に点在して配置されている。

 施設の設計は久米・アポア設計共同体、建築の施工は津市に本社を構える日本土建・アイケーディ特定建設工事共同企業体である。永田音響設計は、ホール、ミュージックルーム等練習室の室内音響、遮音、設備騒音防止、舞台音響設備について、設計から工事完了時の音響測定までの一連の音響コンサルティング業務を行った。

ひさいアートスクエア
ひさいアートスクエア
自由に点在する諸室
自由に点在する諸室

施設の特徴

 このような自由空間の中に、市民が日常活動するための諸室を中心に据え、それらを点在させる配置とする空間構成は、施設に明るさと広がりを感じさせ、親しみを湧き起こす。こういった建築の作り方は、この施設の設計者である久米設計の兒玉謙一郎氏と故野口秀世氏が北上市文化交流センター(本ニュース195号(2004年3月))で提案し、さらに本施設では空間に中心性を持たせると共に劇場法※1に応えることを意識されている。その後これまで設計されてきた文化施設や図書館、学校などでも応用され、現在この形式はわが国の文化施設の一つのプロトタイプとなっているといっていい。

立原道造との共通点を見る

 こういった自由空間内にある諸室での実際の活動風景を見ていると、筆者は、詩人であり建築家であった立原道造(1914ー39)の構想した「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」を想いうかべる。立原の構想は、信濃追分一帯に芸術家などが集う村を形成するというもので、東京帝国大在学中に卒業制作で描いたものだ。集落中央のロッジを囲むように、芸術家の小屋や図書館、音楽堂などが点在するスケッチを残している。立原自身、「本計画は 浅間山麓に夢見た ひとつの建築的幻想である。優れた芸術家が集まって、そこにひとつのコロニィを作り、この世の凡てのわづらひ[悩み]から高く遠く生活する。しかし それは隠者の消極的な 遁世とんせいの思ひではなく 寧ろ却って 低い地上の生活に 輝かしい文化の光を投げかけようとする積極的な意欲から…。中略…芸術家の一人としての建築家の立場から私にその計画は幻想され、乾燥した火山地方の高原にその夢は結晶した。…中略…それはただ気候の美しい土地に、建築家としての夢が織り成した美しい幾つかの建築の群とならねばならない。」と書いている。本施設は、このような景色が建物の中に広がっているように思える。実にロマンチックである。

施設の遮音計画

 施設全体の空間構成の特徴である、大きな自由空間の中に諸室を点在させ、それぞれを独立させる室配置は、各室間の遮音性能を高める効果もある。一般的に隣接する練習室群などでは、たとえコストのかかる高遮音構造を採用してもその配置条件から隣の部屋の音が聞こえることもある。ここでは、単純に諸室を離すことにより遮音性能を高め同時使用を可能としている。ここで得られた「ときの風ホール」とバンドルーム等の練習室間や練習室相互間の遮音性能は、ほとんどDr-85以上の高い性能であり、ホール本番中でもバンドルームでの利用制限はいらないと考えている。

ホールの室内音響計画

 「ときの風ホール」は720席で、2層のサイドバルコニーと正面バルコニーが1階客席をコの字型に取り囲むコンパクトな空間である。室容積は約6,600m3、残響時間は舞台音響反射板設置時1.6秒、幕設置時1.2秒(空席時)である。サイドバルコニーは水平であり、一般的に視覚的には不利と言われているが、すべての席が手摺と直角に、一脚ずつ舞台側を向いて設置されており、全てが最前列で、ストレスなく舞台を観ることができる。室内音響的には、サイドバルコニー席の軒下(下がり天井)が床に合わせて傾斜していると反射音が後壁に向かう傾向になるが、水平であることで軒下と壁を経由する反射音が1階客席に到達しやすくなる。これにより1階席には、横方向からの反射音が適度に到達し、音に包まれた親密感のある空間となっているのではないかと考えている。また、サイドバルコニー先端の水平ラインに合わせて舞台側方反射板にも軒(庇)を延ばし、その軒下からの反射音を演奏者に戻すことも意図している。さらに、ホールの写真からもわかるように、このサイドバルコニー席の舞台側の延長上にはフロンサイド照明が納まっており、多くのホールで見かけるような唐突な印象はここでは感じられない。

ときの風ホール舞台反射板設置時
ときの風ホール舞台反射板設置時
ときの風ホール舞台幕設置時
ときの風ホール舞台幕設置時
ときの風ホール内観
ときの風ホール内観
オープン形式前舞台フラット
オープン形式前舞台フラット
バンドルーム
バンドルーム

YouTubeチャンネル「アルス放送局」

 このコロナ禍で事業計画が予定通り進めることができなかったが、その竣工から開館までの間、津市久居アルスプラザと施設の指定管理者である株式会社ケイミックスパブリックビジネスによる「アルス放送局」というYouTubeチャンネルが開設された。その第一回目の配信は、この施設の館長に就任された脇岡宗一さんによる施設案内である。脇岡宗一さんは、東京芸大出身のオーボエ奏者で、かつては東京交響楽団、東京フィルハーモニー、東京都交響楽団(首席)で活躍され、その後は香川大学の教授、北九州ソレイユホールの館長を務められ、昨年4月より本施設の館長となられた。この動画では、脇岡さんの「ときの風ホール」でのオーボエ演奏がバックに使われている。このホールには電動迫りのオーケストラピットがあり、ミュージカル、バレエ、オペラに利用できるほか、舞台レベルまで上げることで前舞台とし、さらに可動プロセニアムを客席幅まで広げることで、広い平土間のスペースが確保でき、ダンスや軽運動にも利用することができる。「アルス放送局」ではこのオーケストラピットや舞台音響反射板の設営の模様を紹介していて、普段あまり見ることのできないホール裏方の作業が見られ、とにかく面白い。施設内のこと、町のことなど、様々な紹介があり、この街を訪れたことのない人でも施設の内容や今後の活動がわかる。こういう方々がこれからこの施設を育み運営に携わっていかれるなら、この津市久居アルスプラザは活気に満ちた施設になるに違いない。(小野 朗記)

津市久居アルスプラザ:https://www.tsuhisai-ars.jp/

【アルス放送局】第1回 館長のごあいさつ編 – YouTube
【アルス放送局】第3回 ときの風ホールに反響板を設営してみた – YouTube
【アルス放送局】第4回 ときの風ホールにオーケストラピットを設営してみた – YouTube

※1:劇場法