「空のある音楽ホール」の完成
2020年11月、東京都世田谷区に「空のある音楽ホール」がオープンした。このホールは、オーナーがご友人とともにコンサートを楽しむため建設されたプライベートなホールである。設計は山本卓郎建築設計事務所、施工は株式会社 辰である。
施設概要
本施設は、住宅地の一角にある、落ち着いた外観の建物である。ホールは、建物2階レベルに配置されており、メインフロアとメザニンフロアからなる2層の構成で、メインフロアにおよそ40人、メザニンには4~5人程度が着席できる。
このホールの特徴は、窓にある。一般的には閉ざされた空間になりがちなホールであるが、ここには、トップライトが2か所、演奏者側にも雪見窓のように設けられた窓が1か所ある。雪見窓の部分には鏡が仕込まれており、鏡から反射した空を演奏者の足元越しに眺められる仕掛けになっている。トップライトから空が見えるのは当然ではあるが、演奏者の足元に空があるというのは、ほかのホールでは味わえない、なんとも不思議な感覚になる。また、住宅密集地の世田谷区にあって、隣家の雰囲気を感じさせない窓の設け方も、設計者である山本氏のこだわりを感じるところである。
ホールで空を眺めながら音楽を聴き、演奏終わりにはラウンジで気心知れた仲間と軽食やドリンクとともに会話を楽しめるのだと思うと、50席以下のコンパクトな空間がなんともリッチに感じられる。
室内音響計画
本ホールの室内音響計画では、小さなサロンならではの、細かなパッセージがしっかり聞こえる明瞭性や音量感を得るとともに、少しでも響きを豊かにすることを目標とした。
本ホールのような小規模な空間では、客席に近い壁面からの反射音によって、明瞭な響きが得られやすい。この特徴を生かしつつ、余裕のある響きを得るために、なるべく天井を高くすることを提案した。住宅地の中で、天井高を確保することは困難であったと思われるが最大7mの天井高さを確保していただいた。
また、壁や天井など、室内の主な反射面はコンクリート打ち放しであるため、しっかりした反射音が得られるものの、少し刺激的になることが懸念された。そこで、柔らかな反射音が得られるよう、意匠上重要な面を除いて小さな凹凸を設けた小叩き仕上げとした。
空調設備計画
本ホールの空調設備には、輻射熱を利用した空調方式が採用されている。本ニュース354号(2017年6月号)でも紹介したように、輻射冷暖房方式は、一般的なエアコン(温冷風によって温度をコントロール)とは異なり、ラジエータと呼ばれるアルミ製のフィンの中に温水または冷水を通すことで、フィンの周囲からじんわりと室温を変化させていく方式である。この空調システムの特徴は、風の当たる場所ばかりが暑い/寒いといったようなことがなく、何よりドラフト(望まれない、不快な気流)を感じることがない。こういった小規模なホールに適した空調方式であるように思う。実際に、ショールーム見学や竣工測定の際に輻射冷暖房設備を体感することができた。心地の良い、自然な温熱環境であった。
コンパクトなホールながら、随所に工夫やこだわりの詰まったホールが出来上がった。プライベートなホールとしておくのが惜しいようである。ありがたいことに、設計者の山本氏を通じてコンサートのお誘いをいただいている。実際にホールに行けるのは少し先になるとは思うが、今から楽しみである。(和田竜一記)