永田音響設計News 99-12号(通巻144号)
発行:1999年12月25日





佐治敬三会長を悼む
―サントリーホールでのお別れ―

チューニング音を押される佐治さん
(サントリーホール提供)
 佐治敬三さんが11月3日に亡くなられ、社葬が12月2日にサントリーホールにおいて音楽葬として執り行われた。思えば、最近、お会いするごとにお年を召してゆくことを感じていた。それに、毎年10月10日、サントリーホール開館記念日に行われる恒例のガラコンサートにも今年はお顔がみえなかった。しかし、あの元気な佐治さんがこんなに早く旅立たれるとはだれも考えられなかったのではなかろうか。本当に残念である。

 佐治さんは、大きな方、暖かい方、その偉業は各誌が讃えている。司馬遼太郎さんの言葉を借りれば船場の最後の大旦那(the great man)である。しかし、私が申しあげたいのは、佐治さんは東京、いや日本のコンサートホールの生みの親だということ、佐治さんの一声によってわが国では最初のワインヤード様式のサントリーホーが誕生した。当時はまだ、コンサートホールといえばシューボックスというご時世、何事も委員会で方針が決まることの多い公共のホールだったら、当時、このようなホールは生まれていなかったであろう。実のところ、私ども音響設計を担当する側にとっても、ワインヤードは大きなチャレンジであった。この路線を驀進できたのは、佐治さんの、‘やってみなはれ’、'etwas Neues' (something new)を目指せ、という力強い援護のお声であった。

 このサントリーホールは開館して今年で13年、今では国際的なレベルのコンサートホールの一つとして高い評価を受けている。また、サントリーホールのオープニングをきっかけにして、東京はじめ、全国各地にコンサートホールが開花したのであった。

 12月2日、東京は久しぶりに冷たい雨の一日であった。音楽葬は朝比奈 隆さんの指揮、NHK交響楽団によるベートーヴェンの交響曲7番の献奏で始まった。オルガンによるバッハのコラール、つづいてフォーレのレクィエムの流れるなかで献花に入った。まず、小渕首相夫妻、つづいて友人代表として、宮沢喜一、朝比奈 隆、高階秀爾、山崎正和各氏ほか政界、産業界、学会、文化界の代表者による献花があった。この顔ぶれからも、佐治さんというお人の大きさ、深さを改めて知ったのである。続いて、喪主側、一般参列者と献花に入った。参列者は数千人を越えたであろう。ポデューム席一杯の菊の花のなかの笑顔の佐治さん、祭壇を飾った3枚の写真の中央にはオープニングのとき、オルガンのA音を押される佐治さんの笑顔があった。このチューニング音によるNHK交響楽団の演奏でサントリーホールはオープンしたのであった。

 あと、2月足らずで迎える2,000年を前に天国に召された佐治さん、今は天国の美女を相手に気炎をあげておられることでしょう。どうか、新しい世紀に入るサントリーホールの今後の活躍を見守っていてください。(永田 穂記)


余目町文化創造館“響ホール”

大ホール
 余目(あまるめ)町は山形県庄内地方のほぼ中央に位置し、東京からは飛行機で庄内空港まで約1時間、空港から車で20分の距離にある。北に秀峰鳥海山、南に出羽三山の一つ月山を望む田園の町である。“響ホール”は市街地から田園地帯に変るあたりに建設され、今年10月1日に中村紘子さんのピアノリサイタルでオープンを迎えた。コンクリート打放しの外装ではあるが、鳥の背を思わせる緩やかな屋根のラインと2色に塗り分けられた壁面が優しく親しみやすい印象を与えてくれる。施設は、コンサート用途に基盤を置いた大ホール(504席)、円形で開放的な小ホール(205席)、練習室などが収容されている。設計監理は(株)山下設計東北支社が担当し、我々は音響設計協力という形で参加した。施工は、東急建設・鶴岡建設JVほかである。ここでは、大ホールの紹介を中心とし、小ホールについては来年の本ニュースで予定している円形ホール特集で触れることにしたい。  大ホールは、基本設計の当初は音楽専用ホールとして位置づけられていたが、設計検討会が進む中で多目的な利用への機能整備も行うこととなった。ただし、あくまでも音楽専用ホールに軸足を置き、いかに多目的ホールとしての機能を組み込むかを検討することが設計の基本姿勢として貫かれている。

 ホール形状は客席勾配を持つシューボックス型で、幅15mに対して、天井高はステージで11.5mおよび客席最高部で15.5mと、高さ方向に余裕のある空間となっている。設計終了時点ではステージ両側に幅約80cmのプロセニアムアーチ壁が計画されていたが、地元のアマチュアオーケストラである酒田フィルハーモニーの要望を受けて、間口を広げるためにこの壁面が取り止めとなり、ステージから客席にかけて連続的に繋がる音響的により好ましい平面形状に変更された。客席両サイドには席のないバルコニーが設けられている。移動イスを並べれば客席として、また照明器具等を持ち込む場合には演出用ギャラリーとして利用できる。これは、本ニュース96号(1995.12)で紹介した棚倉町文化センターのテクニカルギャラリーが参考になっている。ステージ奥行きは約10mで、正面反射板は固定の壁面である。固定であることを生かして比較的大きな折壁となっており、上部には間接照明が仕込まれている。天井および側面の反射板はオーソドックスな吊り方式であるが、隙間を可能な限り小さくするために各1枚づつの大きな面で構成されている。

 内観は、床のコルクタイルと壁面の木質系仕上により、暖かい雰囲気を感ずるホールである。内装仕上は、残響調整のために後壁と天井後部の一部に吸音構造を配しているほかはすべて反射面である。ステージ反射板も含めて側壁・天井はボード下地に木練付またはペンキ仕上であるが、側壁→天井→ステージ周りの順に下地ボードの積層枚数を増やすことで、音源に近い部位の板振動を抑えて低音に対する反射面としての性能確保を図った。客席空間には特に残響可変装置は設けていないが、ステージを反射板から幕へ転換することで、残響時間は1.9秒から1.3秒(いずれも500Hz,空席)に短くなる。低音域においても2.2秒から 1.6秒の変化が得られている。

  町はホール備え付けのピアノとしてスタインウェイD-274を購入した。奥山町長自ら中村紘子さんを訪ねて、ピアノ選定とオープニングコンサートとしてのリサイタル開催を依頼し、快諾を得たと聞く。中村さんにとって、庄内は弱冠13才で一般の人達の前ではじめて本格的なコンサートに出演した思い出深い土地だそうである。リサイタルはサイドのバルコニーにも席が並ぶほどの超満員であった。すぐ後にデビュー40周年記念リサイタル(サントリーホール)を控え、同じオール・ショパンプログラムが演奏された。音量感のあるダイナミックな演奏に度肝を抜かれた聴衆の方も多かったようで、感嘆の声の後に盛大な拍手が沸き起こっていた。筆者は、500席規模のホールでありながら、詰まった感じがなく十分な余裕を持って鳴るホール、という印象を受けた。

  ホールはオープンに合わせてユニークなホール紹介パンフレットを作成した。見開きにはまず中村さんのメッセージが寄せられている。その後設計者へのインタビュー、そしてステージを観たい、ステージに立ちたい町民の方々からのメッセージを織り交ぜながら各施設が紹介され、最後に町長の挨拶と施設・工事概要、そして運営組織が掲載されている。筆者はその中で、「響きはホールができてからどんどん変わる、良くなる…演奏する側、聴く側の双方がその響きに慣れることでそう感じるようになる…そうなる要素をこの響ホールは持っていますから是非何度も足も運んで下さい。《と述べさせてもらった。(小口恵司記)
余目町文化創造館“響ホール”TEL:0234-45-1433
URL:http://www.ic-net.or.jp/home/amarume/index.htmll


生涯学習センターの遮音

 最近、各地の地方自治体で生涯学習センターの建設が目立っている。この施設がどのようなものなのか。まず施設の概要を簡単にご紹介しよう。

 生涯学習センターは、“生涯学習”と吊付けられているとおり、人が生涯にわたって主体的に学習活動を行うことの重要さを認識し、行政がこれを支援するための場所と設備、さらには関係する情報等を提供する拠点となるものである。ユネスコで生涯学習の意義が提唱され、わが国では1990年に『生涯学習振興法』が制定され国の施策として推進されている。学習といえば、これまでは学校や職場などが中心であり、生涯という長いスケールで一貫した学習ができる環境はハード、ソフト面ともまだ十分に整備されていない。このような現状を踏まえて、今後もさらに施設の充実化が進められていくものとみられる。   生涯学習という目的のためには多種多様な用途の施設や設備が必要になる。その結果、限られたスペースの中に多くの室が密に配置されることになる。室の構成の一例を上げると、カウンセリング室、研修・学習室、実習室(ダンス、料理、音楽演奏等)、会議・集会室(洋室・和室)、視聴覚室、練習室、情報コーナーなどで、施設によっては100~200席程度の規模の小講堂を持つものもある。

 ところで、ここに採り上げた理由は、音響、とくに床衝撃音を含めた遮音について適切な設計・監理がなされないと運用に支障を来しかねないからである。大きな音や振動を発生する室と、一方で静けさが必要な室という用途の異なる小部屋が上下を含めて隣り合って配置されているという条件がその原因である。音楽ホールと異なり、このような用途の施設だから施主や建築関係者に音響設計が必要な施設、という認識が希薄なのはやむを得ないともいえるが、その結果、運用開始後に音漏れにより室の同時使用に制約が生じたり、障害の程度によっては対策工事が必要になるような事態になれば、利用者への影響のみならず金銭的なロスも計り知れない。計画・設計の早い段階からデータと経験にもとづいた一連の音響に関する検討・確認という手順が踏まれていれば、出来上がってからのクレーム発生という心配がないばかりか、必要な性能に見合った構造が採用できるので過剰設計になることも避けられるのである。トータルでみれば建築コストの低減にもつながることにもなろう。

  室間の遮音に関しては、乾式間仕切り壁の場合にとくに問題が生じやすい。壁体の性能がいくら適正でも天井や床との接合部、サッシや扉廻り、間仕切り壁を貫通する配管や配線など様々な細部の取り合い部分の処理が適当でないと遮音性能が著しく低下してしまう。これらの処理の仕方や数値的な目安などについては経験の積み重ねしかない。壁一枚をとってもこのように複雑な要因が絡んでいるのだから、施設全体となれば要注意箇所は少なくない。

  設計に加えて、施工監理の段階において音響的な観点からのチェックが欠けるとさらに傷口を広げる結果を招くことになりかねない。実際に多いのが音響的に誤った施工である。すべてのディテールを完璧に図面で表現することはできないから、どうしても現場合わせが必要になる。ここでの判断の誤りが遮音性能の低下を招いてしまう。とくに高い遮音性能を得るために採用される浮構造は、建築音響専門の監理者でも見落としかねないほど取り合いが複雑になるのでミスを生じやすい。さらに都合の悪いことには、これらの遮音構造は内装仕上工事が施工された後は人の目に触れなくなってしまうことである。したがって、この段階で上都合がわかったとしても原因箇所を見つけだすのが大変なだけでなく、修復するにも大がかりな工事が必要になる。まさにあとの祭りである。

  おわりに、この種の遮音の問題はなにも生涯学習センターだけではない。コンベンションセンター、高齢者交流センター、福祉センター、女性センターなど、複数の機能が集約された複合施設はいずれも同じ問題を抱えている。高集積施設や複合施設は敷地の効率的な利用、建設コストの低減、利用者の利便性などのメリットがある一方で、当然このメリットを生かすための条件や工夫が必要になる。遮音はその重要な要件の一つである。(中村秀夫記) 


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