船出した“グランシップ”(静岡県コンベンションアーツセンター)
東京から新幹線で1時間、車窓左手に巨大な船のような形状の建物が目に入ってくる。これが今年の春にオープンした静岡県コンベンションアーツセンター(愛称“グランシップ”)である。本施設の完成にあわせて目の前にJR東静岡駅も新設された。グランシップは、静岡県が静岡市と清水市の中間に位置する東静岡地区に文化や情報機能の中核施設として計画したものであり、この地区の都市環境整備事業の目玉となる施設である。スペイン産の緑色のスレートに包まれた高さ60mの建物は、約5000席の大ホール、800~1200席の中ホール、400席の小ホール、国際会議場を中心とするコンベンション施設等からなる大規模複合施設である。東海道線に沿った長さ約200mの楕円形のシェルに東から小ホール(静岡芸術劇場)、中ホール(大地)、大ホール(海)が並んでおり、地下にはリハーサル室、練習室が、また、大ホールと中ホールの間の高層部に映像ホール、交流ホール、展示ギャラリー、会議室群が配置されている。さらに最上階には会議ホール(風)と呼ばれる富士山が望める国際会議場が位置している。設計・監理は、磯崎新アトリエである。
三つのホールは、それぞれが特徴のある劇場空間を持つように計画され、大ホールはロイヤルアルバートホール、中ホールはバイロイトの祝祭劇場、小ホールはシェークスピアのグローブ座がイメージのベースになっている。
自然光の注ぐ天井高58mの平土間形式の大ホール・海は、劇場の巨大化というよりは、人が集うシティホールや中世のカテドラルのような空間がイメージされている。昇降床による舞台の設定、エアーキャスター式の客席パレットによる平土間部の可動客席、可動・旋回式のテクニカルブリッジ、ブラインドによる遮光等々、床・吊り物機構により展示会、見本市、スポーツイベント用から、ステージと可動客席の設置により4626人収容の劇場形式の大型ホールにもなる。また、正面の高さ12mの4枚の大扉を開くことにより駅前広場との一体利用、開放空間としての使用も視野に入れた計画となっている。
中ホール・大地は747席の演劇ホールとして、また1209席の講堂にもできる典型的なプロセニアム型の劇場である。この客席規模の可変はコンベンション施設としての連携から考えられたもので、演劇ホールとして使用するときは舞台床機構を利用して客席を舞台面にまで拡張できる。この時、舞台面には可動側壁が設置され、舞台上であるが、あたかも客席のような空間が構成される仕組みとなっている。もう一つの特徴として、舞台後方に奥舞台としての利用も可能な組立て場の存在があげられる。この組立て場は、背中合わせに配置された静岡芸術劇場(小ホール)からの利用も考えられており、両舞台側の可動扉の開閉により両ホールの一体利用もできるように計画されている。
静岡芸術劇場は401席の円形劇場である。この劇場は水戸芸術館のACM劇場をベースに、舞台の拡張、舞台機構の導入、客席の規模、可視条件等を発展させたものである。名称からも分かるとおり、この劇場は大・中ホールと異なり、演出家の鈴木忠志氏が芸術総監督を務める(財)静岡県舞台芸術センター(SPAC)がその運営にあたっている。すなわち、大・中ホールが貸しホールとしての利用が主になるのに対して、静岡芸術劇場は、専属の劇団、舞踊団を持つSPACの専用劇場である。先に完成している日本平の静岡県舞台芸術公園と合わせ県の舞台芸術活動の拠点の一つでもあり、SPACの企画制作する作品を鑑賞できる場でもある。(SPACは舞台芸術作品の創造、上演、紹介や舞台芸術家の育成等を目的に設立された専属の劇団、舞踊団を持つ日本ではじめての文化事業財団)
このような様々な機能の集合体であるグランシップの音響計画では、敷地近くを走る新幹線、東海道本線の鉄道騒音・振動の遮断から複合施設であるが故に生じる各室間の遮音、それに、各ホールの性格、用途の設定に対応した室内音響、電気音響設備計画等が主な課題であった。とくに、大ホールのイベントに伴う発生音の国際会議場への影響、組立て倉庫を共用する中ホールと芸術劇場間の遮音、ホールと周辺のリハーサル室、練習室との遮音、中ホール直上階の展示ギャラリーにおける歩行や物の移動に伴う床衝撃音の遮断等々、性格、使用条件の異なる各種の機能を満載した施設だけに、これらの遮音計画が基本計画段階からの重要な検討項目であった。竣工時の測定で、これらは、ほぼ目標とした性能が得られていることを確認している。
容積116,000m3の大空間を持つ大ホールの室内音響処理については、残響過多の抑制、有害エコーの除去を目的として、最上階の客席からさらに30m以上ある空間に対する全面的な吸音処理と吸音仕様の椅子の採用等により、4600人収容時の残響時間は、この大空間としてはきわめて短い1.8秒(500Hz)に抑えられている。なお、中ホール、芸術劇場は、ともに台詞が中心となる専用劇場であり中庸な響きに設定した。
このプロジェクトでは、オープン早々に第2回目のシアター・オリンピックスの会場となることも決定されていた。シアター・オリンピックスは、鈴木氏をはじめ世界的に活躍されている演出家たちによって1995年、第1回がギリシャで開催された演劇のオリンピックである。静岡開催の第2回は、グランシップと芸術公園の4つの様式の異なる劇場を中心に「希望への」というテーマで行われるという計画が発表されていた。このようにソフト面での展開も活発で、オープンに先立つ昨年10月から4カ月間がハード、ソフト面からのシミュレーションと運営体制づくりのための期間にあてられ、テストラン事業と銘打つ約70件余りのイベントが催された。これらの催しには約7万人の観衆が訪れ、今年3月のグランドオープンを迎えた。引き続いて4月から2ヶ月間、多彩なプログラムで開催されたシアター・オリンピックスも今月13日に幕を閉じた。この間には24の演劇、ダンス、オペラ、能等のメインプログラムをはじめ数多くのシンポジウム、ワークショップ等が開催され6万人もの入場者で賑わった。日本初演という演目も多く、盛況な中に幕を閉じた。鈴木監督は舞台芸術が地域に根付くためには、劇場とそこに働く人、作品の3つが魅力的でなくてはならないといわれている。すべてが揃ったこの祭典が地域の文化的個性を創造する活動展開につながることに期待したい。
(静岡県文化財団:静岡市池田79-4 TEL.054-203-5716)(池田 覚記)
アーネスト・フライシュマン氏の講演会
元ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団の副支配人兼事務局長(Vice President & Managing Director)のアーネスト・フライシュマン(Ernest Fleischmann)氏が去る3月に来日され、「 21世紀の音楽シーンを語る」という題目で札幌(札幌コンサートホールKitara大会議室)と東京(サントリー小ホール)で講演された。札幌においては札幌コンサートホール、東京においては日本オーケストラ連盟の各主催によるものである。
氏は、1969年から昨年1998年3月に定年退職されるまで30年近くロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団を実質的に牽引し、メータ、ジュリーニ、プレヴィン、サロネンと続くロス・フィルの黄金時代を担ってこられた。今回、オーケストラ、そしてクラシックコンサートをどう考えるかについて、その豊富な経験と実績に基づいた色々な話しを披露された。以下にその主要な点をとりまとめてご紹介したい。
フライシュマン(以下EF)氏は、まず、現状におけるアメリカのオーケストラの財政の危機的な状況を具体的な数値をもって説明された。それによると、全米オーケストラリーグ(日本のオーケストラ連盟にあたる)には20以上のオーケストラが所属しているが、そのうち、ボストン、シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨークの上位わずか4団体の年間総収入がリーグ全体のオーケストラの総収入の約40%にも相当しているとのことである。それ以外の大多数のオーケストラの収入がいかに少ないかを表している。しかも、その4大オーケストラでさえ、コンサートにおけるチケット収入が楽団員の給与をかろうじて上まわっている程度であり、これらの大オーケストラといえども決して楽な運営状況とは言えないわけである。他のマイナーなオーケストラの財政の危機的状況は言うまでもない。
これらアメリカのオーケストラが、その収入をチケットの売上や民間からの寄付金など基本的に公的な補助金に頼らずに運営されているのに対して、一般に国や地方政府からの補助金により比較的恵まれた財政状況にあるとされるのがヨーロッパのオーケストラである。しかしながら、そのヨーロッパにおいても最近は補助の打ち切りや削減が相次いでおり、むしろ自らのマーケティング活動の経験やノウハウが比較的少いヨーロッパのオーケストラは、今やアメリカのオーケストラ以上に危機感を持っているとのことである。もちろん、財政的な厳しさの面では日本のオーケストラとて同様であろう。すなわち、あらゆるオーケストラは財政的に非常に厳しい運営を強いられているのであって、楽に運営されているオーケストラは無いといってよい。常にマーケティングのことを念頭に置いておかなければならないのである。その意味では、オーケストラの事務局としては、音楽や演奏の知識だけではなく、経済、経営、財政、といった知識が不可欠となってきている。実際に最近は、メジャーなオーケストラの事務局の幹部は、音楽と経済や経営の学位を両方持った人達が多い。
以上のことを強調した上で、EF氏はこれまでロス・フィルが採ってきた様々なマーケティング上の工夫の一端を紹介された。そのうちのいくつかを取り上げると、
- 徹底したマーケティング調査(聴衆の好みやチケット購買層の研究などを専門機関に よって分析)。
- CDなどの販売にオーケストラのチケットの割引券を付けるなど。
- 聴衆の好みの多様化に合わせた定期公演のプログラムの対応(プログラム内容の多様 化。3回券、4回券といった短い会員券の発売など)。
- オーケストラの団員や指揮者が地域のコミュニティにどんどん出ていって、どこでも演奏を行う。
- 等々、である。中でもオーケストラ自身がコミュニティの一員であることを自覚して、そのコミュニティに積極的な関わりを持っていくことの重要さを強調された。オーケストラは特別の存在であってはならず、コミュニティにとって当然必要なものとして認識されるような努力がオーケストラ側に必要という訳である。
以上、オーケストラ運営の大変さ、マーケティングの重要さについて説かれた後、最後にそれでもやはり運営そのものやマーケティングがオーケストラ活動の最終目的であってはならないということを強調された。実際にはとかくそうなりがちで、自分達が何のためにオーケストラ活動を行っているのかという視点を忘れてしまっている場面によく出くわすという。大切なのは音楽なのである。我々の生活を潤し啓蒙してくれる音楽、それを如何に守り、発展させていくかという視点を常に忘れてはならないということである。
また、次世代を担う子供達に対しての演奏会を積極的に行うことに関しては、未来の聴衆を育てるという観点から相当力を入れているということである。わが国でもオーケストラが学校を回ったりする努力を行っているが、どちらかというと、義務感、仕事意識でこなしているようなところがある。ロス・フィルはこの子供達のためのコンサートをとても重要に考えており、例えば音楽監督自身がしばしば、子供達のためのコンサートの指揮を担当するという。その時の彼等の報酬は一般のコンサートの10~20%(80~90%引き!)程であるという。確かに、子供達にオーケストラを理解してもらいそして好きになってもらうためには、常に一流のものを提供していくことが必要であり、未来の音楽文化を育てるという視点が不可欠であろう。(豊田泰久記)