No.133

News 99-1(通巻133号)

News

1999年01月25日発行
コンサートホール

豊田市コンサートホール・能楽堂

 “自動車の街”愛知県豊田市の名鉄豊田市駅東側に、豊田市民センター地区再開発ビル「豊田参合館(さんごうかん)」が完成し、4月20日に竣工式典が行われた。この建物は、豊田市駅東側の再開発事業として計画され、1,2階にオフィス、店舗施設が並び、3階以上は公共施設として豊田市中央図書館、能楽堂、そして最上階にコンサートホールを擁している。

コンサートホール

設計・監理は青島設計・佐藤総合計画名古屋事務所設計監理共同企業体、建築施工は竹中・矢作・佐藤・小野建設共同企業体である。上階の公共施設については1998年11月3日(祝)に開館し、コンサートホールや能楽堂では新年1月10日までオープニングシリーズとして様々な演奏会や能鑑賞会等が催される。
永田音響設計では、本施設の8階以上の「豊田市コンサートホール・能楽堂」について1992年より音響設計業務に携わってきた。以下にこれらを紹介する。

 建物の最上階に位置するコンサートホールは1,004席のシューボックス形状の音楽専用ホールで、舞台正面には本邦初、ブランボー社(USA)のパイプオルガンが2003年までに設置される予定である。写真に見られる舞台正面の意匠はそれまでの「仮の姿」である。側壁は大理石とボードによる比較的フラットな形状となっており、一方天井はGRCパネルによる約2m角の格子が高さを変えて配置され凹凸形状を形成している。すっきりした形状と明るい色調の内装から、軽やかな印象を受けるホールである。

コンサートホール舞台調整箇所

竣工時の音響測定では本ホールの残響時間は空席時において2.3秒(500Hz)であった。また、このホールの舞台後方の壁にはグラスウール貼りの吸音チャンバーを設け、12個の小扉の開閉によって反射音を調整できるようにした。残響時間等の物理指標(特性)上の変化はわずかであるが、聴感上は音に包まれた感じや音量感に違いが認められた。あらためて、物理指標では計りきれない部分が未だ多いと感じた。ホールにはこの聴感上の違いを重視して使い分けをしていただくよう要請した。

 コンサートホールが「洋」の古典を意識したというのに対し、その下階には458席の「和」の古典、本格的能楽堂が位置する。ロビーからすでに他の階とは異なり、しっとりとした日本的な風情を漂わせている。能楽堂も淡い色調でまとめられた上品な印象を受ける空間である。残響時間は空席時において0.9秒(500Hz)で、柿落としの際には良好な明瞭度が確認されたとの報告を受けている。

能楽堂

 本施設は1000席クラスのホールを擁する建物としては平面的に十分な広さがあるとはいえず、各室は限られた平面の中に配置されている。コンサートホールの楽屋は個室楽屋2室以外、すべて1層下の9階に設けられている。またホワイエも3層に分かれ、バーコーナーへはメインフロアの下階(9階)の交流ロビーまで行かなくてはならない。そのような条件であるため、コンサートホール下の能楽堂も平面的にホールから離れた位置に計画することができず、コンサートホール客席のほぼ直下に位置している。

断面図

能楽堂、コンサートホール共に室内の静けさが非常に重要となる空間であるため、室間の遮音対策としてはコンサートホール下にコンクリート2重スラブを設け、さらに能楽堂全体をゴムにより防振支持した押し出し成形セメント板で覆った。この押し出し成形セメント板による防振遮音層は、床からのみ支持をとる方向で検討を進めたが、能楽堂が複雑な形状であるため、部分的には壁や天井からも防振支持をとっている。

なお、本建物の地上階はすべて鉄骨造であり、壁についてはボード等による乾式の遮音構造を採用している。RC造と異なり部材同士の継ぎ目で生じる隙間の問題が多く、施工段階の現場打ち合わせによる問題箇所の洗い出し、対応策の検討等に多くの時間を割く必要があった。

 結果としてコンサートホールと能楽堂間の遮音性能は中音域で80dB以上を確保することができた。このため、能楽堂で100dB前後の音を出してもコンサートホールでは低音域の音はかすかに聞こえるが、中音域以上の音は全く聞こえない。オープニングシリーズ中にも、能楽堂で邦楽演奏会の本番が行われている最中に、コンサートホールではオーケストラのゲネプロでティンパニが鳴り響く、という場面があった。しかし能楽堂には全く支障はなかったようである。

 コンサートホールのオープニング・コンサートは尾高忠明氏指揮による紀尾井シンフォニエッタ東京の演奏会であった。ちなみに尾高氏は設計段階からアドバイザーとして設計にも参加して頂き、さらにソフトに関しても企画運営委員長として本ホールに関わってこられている。演奏会はベートーヴェンの交響曲第7番で締めくくられたが、オープニングにふさわしい意気揚々とした演奏であった。(横瀬鈴代 記)

【アクセス】名古屋方面からは名鉄線直通の地下鉄鶴舞線で伏見駅から約50分
【問い合わせ先】豊田市コンサートホール・能楽堂 tel:0565-35-8200

コンサートホールの電気音響設備(その3)

 本テーマの最終回として、スピーカと建築意匠との関係、そして音響設備の運用上の問題について私見を述べたい。

 コンサートホールの電気音響設備計画においてスピーカはとりわけ重要な機器であるが、これが建築意匠担当から必ずといって良いほど邪魔者扱いされる。この理由は明白である。生の演奏を聴きに来るお客さんにスピーカの存在を見せたくないことと、一方でスピーカのサイズや形状が内装デザインになじみにくいからである。意匠専門でないわれわれでもこのことはとてもよく理解できる。
しかし、だからといってスピーカの数を極端に減らしたり、小さいものにしたり、音を遮るものが前にきたりしたら当然のことながら機能が阻害されてしまう。スピーカは露出設置が理想で、隠せば隠すほど本来の性能が発揮できず、これが極端になると何のために設置したのかわからなくなってしまう。

音響設備計画担当としては、必要な条件をできる限り数値的に明確にして意匠計画部門と折衝するように、また、意匠部門の意図に柔軟に対応するように努力しているが、いまだにスピーカの設置条件は数字で表せないことが多い。その結果、担当者の経験や考え方、取り合い調整における主張、相手方の主張に対する柔軟性などの違いが、出来上がったホールのスピーカの見え方、聞こえ方に様々な形で表れているのが現状である。

カザルスホールのスピーカ

コンサートホールのスピーカ設置に関しては、多目的ホールのように定型的な形式がまだ確立、認知されていないのである。このことは、いろいろなアイディアが生まれる可能性もあるので必ずしもネガティブな面ばかりではない。重要なのは音響設備と建築意匠計画担当の双方が相手の主張をよく理解し、十分にディスカッションすることであり、一方的な主張や安易な妥協のもとでは決して良いものはできない。

 ホール空間の視覚的な印象は聴衆に与えるインパクトが大きいので重要なことは言うまでもない。ただ、スピーカはたしかに邪魔者かも知れないが、ホール空間の中では局所的だから実際に完成したホールでの印象は図面段階のイメージほど目立たないし、多少目立ったとしても見慣れてくると当初ほど気にならくなることが多い。
そのよい例がカザルスホールである。このホールのスピーカは客席上部に露出で吊り下げ設置されているので音響的には理想的な設置条件で、このため明瞭な余裕ある拡声音が得られている。ただし、大胆なスピーカの見え方に開館当初から批判的な声もあった。しかし、いまでは表立った批判は聞かない。

多くの事例が示しているように意匠に対する評価は好みによることが多いので、たとえ批判があがっても手直し工事に至ることはまずないのに対して、拡声音の明瞭度不足は程度によっては工事のやり直しという高い代償を伴うクレームになるということを施主や建築設計の方々に理解していただきたいのである。

 おわりに、音響設備の操作のことについて少し触れたい。ホールの音響設備の性能を生かすのはサウンドエンジニアの腕にかかっているが、とりわけコンサートホールのような響きの多い空間では、拡声音の明瞭度などが設備の操作に依存する度合いが大きいことはあまり理解されていない。それもあって設計担当としては現場技術者の声を採り入れた設備にしたいと願っているが、公共ホールの場合、発注時期の関係でこれができないケースがほとんどである。これはコンサートホールに限らないが早急に改善されるべき重要な問題だと思っている。(中村秀夫 記)

本の紹介:『オペラのあるまち』 佐藤克明 著

 著者の佐藤克明さんは現在は芸団協(社団法人芸能実演家団体協議会)の文化政策の専門研究委員として、音楽社会学的視野から音楽団体の活動とその背景をさぐり、育成に勤めておられる方である。日立市の音楽活動についての著書「新ひたち風土記 音楽市民まちをつくる」(芸団協出版部)は本News 1993年5月号に紹介している。
 全国でオペラ公演を行っている団体は180もあるという。まず、この数が驚きである。今回、著書は、その中から個性的な活動を続けている10団体についてその設立のいきさつ、活動状況、練習場の問題、行政との関係、財政状況、活動を支えている人の人物像などを描き出している。佐藤さんの関心は常に人であり、この著書が人との対話、活動状況の観察の中から生まれたことが大きな特色である。

 オーケストラや合唱などについて、アマであり、プロであり、彼らの活動を掴むことができる。しかし、こと、オペラとなると、構成人員の種類と規模、大道具の問題、練習場の問題、人間関係、最終的には経済的な負担の処理など次元の違う課題が思い浮かぶ。

 ここに紹介されている10団体の活動は年月の中で育成された活動だけに、個性的であり、それぞれがたどってきた道がある。また、観客も確実に育っている。東京を中心とする大都市の専用オペラ劇場で展開されている商用オペラの公演と地域で続けられているこれらのオペラ活動、今のところこの二つ活動の接点はなく、オペラという舞台芸術に対しての観客の心の持ち方も違うのではないだろうか。(永田 穂 記)
〔佐藤克明 著 芸団協出版部 発売 丸善出版事業部 定価 1,575円〕