永田音響設計News 98-12号(通巻132号)
発行:1998年12月25日





北九州メディアドームがオープン

北九州メディアドームの内観
 北九州市・三萩野地区に、緩やかにカーブする美しい屋根のかかったメディアドームがオープンした。このドームは小倉競輪場の改築を契機に、一万人規模のイベントにも対応できる多目的ドームとして計画されたもので、建築家・菊竹清訓氏と故松井源吾早大吊誉教授の研究による“軸力ドーム”という構造が採用されているのが大きな特徴である。公式競輪競技用バンクを備え、年間100日は競輪に使用される。全天候型競輪場としては前橋グリーンドームに次いで2番目の施設である。競輪開催日以外の多様なイベントへの対応として、空気圧移動タイプの移動観覧席、大型ビデオスクリーン(9mH×24mW)、フライチューブと呼ばれる浮遊型キャットウォーク、バトン類、持込み機器対応の電源・回線などが設備されている。設計は菊竹清訓建築設計事務所、施工は上動・前田JVである。なお、コンペでは新しい試みとして、設計・施工に加えて企画・運営まで含めたグループでの提案が求められた。

 球場等の大空間で採用されている大型センタークラスタスピーカと音量補強用のサテライトクラスタスピーカの組合せというシステムでは、センタークラスタからの音が遠くの壁から反射してロングパスエコーになることが多い。そこで、メディアドームでは拡声を目的として、バンク内側に一周する天井から吊られたフライチューブにスピーカを分散して配置した。この方式では、個々のスピーカのカバーエリアを必要な範囲に限定しやすく、そのエリアが近いので出力をあまり上げる必要がない。したがって、極端なロングパスエコーが起こりにくくなる。また、高域用ホーンスピーカと低域用ウーハースピーカを同軸上に配置した大型ワンボックススピーカを採用したのも新しい試みである。竣工時の音響測定での明瞭度試験でもSTI=0.46~0.62と、良好な結果が得られた。

代表的な大空間施設の残響時間(500Hz)
 ドーム内では電気音響設備による拡声・SRが音情報伝達の中心となるため、響きの少ない空間を目指した。具体的には空席時の平均吸音率0.35以上(中音域)を目標とした。これは反射性の床以外の壁・天井がほぼすべて吸音性仕上げであることを意味する。天井には、化粧グラスウールボードの表面材に孔を開けたものを背後に空気層を設けて設置し、低音まで吸音性の高い仕上げとした。また壁面には、普段ボード壁の下地に使われる軽鉄スタッドに孔を開けた材料が表面仕上げに使われており意匠的に美しく仕上がっている。自転車競技設定時の残響時間は3.7秒(中音域・空席時)で、125H以上でほぼ平坦な残響特性が得られた。

 10月4日(日)午前10時より開業式が開催された。この日は竣工式典、施設内覧会、“TRF”出演によるゲストライブ、という多彩なプログラムで、たいへん華やかな楽しい雰囲気の式典だった。とくに、地元出身の競輪スター選手によるバンク試走は本ドームの特長を活かした楽しいアトラクションであった。竣工式典とTRFのコンサートは、大型ビデオスクリーンを背にしてアリーナの長手方向に仮設されたステージで行われた。スピーカはステージ両脇の仮設システムと場内の常設システムの併用である。既設のドーム施設では音響の問題がしばしば取り上げられるが、竣工式典における挨拶、祝辞等のスピーチ拡声音の明瞭度は十分で、ほんの僅かにエコーが感知されるものの、聞き取りを阻害されることはまったくなかった。残響を極力抑えた効果は大きく、おそらく、この規模のドーム施設としては限界に近い高い明瞭度が得られているのではないかと思う。

 TRFのライブコンサートは、ステージ両脇の仮設スピーカのみを使用して行われたが、演奏関係者から本ドームの音響についてとくにネガティブな指摘はなく、演奏者の意図する音創りが限られた時間の中でスムースにできた、という評価をいただいた。開業式の一連の式典、ライブコンサートが音響面で高い評価を受け無事に終了したことを音響設計担当として関係の皆様に御礼申し上げるとともに、本ドームがその特長を生かしていろいろな分野の方々に広く利用されることを願っている。軸力ドーム:http://www.kikutake.co.jp、北九州メディアドーム:http://www. mediadome.co.jp(小口恵司記)





ベルリン・フィルハーモニーの楽屋

 9月半ば、現在計画中の某ホール設計グループと共にフィルハーモニーを訪れ、かねてから国内オーケストラ関係者からその評判を聞いていた楽屋周辺の見学の機会を得た。

ベルリン・フィルハーモニー舞台裏の売店
 楽屋入口から階段を上って入ったアーティストホワイエは、折しも定期演奏会のゲネプロ開始直前で、楽団員や日本からの中継放送スタッフなどでかなりの賑わいを見せていた。その賑わいの中、魚料理のような匂いがするので、室内を見渡すと細長いホワイエの中心部に、各種飲み物・軽食を取り揃えた売店が営業中で、その一角はそれこそ町中のカフェのような状態であった。近年、日本国内のホールでも楽屋まわりの環境に注目し、広いアーティストホワイエを擁するホールも続々完成している。しかし、それは楽器ケース等の置き場所を充足させた程度のものが殆どで、これ程人々がくつろいでいる風景は新鮮であった。案内の音響オペレータ氏が「開演中も人が溜まって大声でしゃべるので困る《とこぼすのには苦笑したが、それ程居心地の良さそうな空間だった。

 楽屋はアーティストホワイエを隔てて舞台を囲むように配置され、各室とも十分な広さで確かに使い良さそうであったが、その中で指揮者楽屋(音楽監督室は別)は驚いたことに窓のない暗い部屋であった。他の楽屋は窓付きの明るい部屋にも関わらず、である。さすがに「この部屋の評判はどうか?《という質問が出たが、これには「かのシャロウンによる有吊建築だから文句を言う人はいない《という自信溢れる答えが返ってきた。真偽の程はともかく、ホールもここまで評判を得れば実に羨ましい限りである。

 楽器の保管には、舞台袖にコントラバス等の大楽器用倉庫、舞台直下にピアノ庫(ピアノ迫りに直結)、また楽屋の下階に長期保管用の楽器庫がある。この長期保管用倉庫は空き部屋だった室を場所が足りずに転用したとのこと。この他にも、調整卓の老朽化に伴い新調した際に調整室自体も直上階に移設している。こちらも以前は空き部屋だったとのこと。この建物はあたかもホール形状がまず出来上がり、その周囲に広い敷地を利用して各付属室を貼り付けていったかのようだ。室配置もホール職員が建物内を迷わず移動できるようになるまで1年はかかるという複雑さである。広いホワイエ内の階段も、客席扉がまずあり、そこに向けて自由に伸びていったかのような印象を受ける。

 今回はこの他にも客席内は勿論、機械室や天井裏まで見ることができ、崩落後改修された天井、舞台廻りに増設されたオルガンパイプ等、ホールが様々に手を加えられて現在の状態に至っていることを改めて知った。ホールの評判とは結局、使いながら少しずつ改良を重ねてきた努力に負うところが多いとの実感を得た次第である。(横瀬鈴代 記)





コンサートホールの電気音響設備(その2)

 前回にひきつづき、スピーカ周辺の問題から始めたい。ホール内の拡声音の特色を評価する軸としてつぎの4項目をあげることができる。すなわち、音質、音量、音像、明瞭さであり、これらはある程度まで独立にコントロールが可能である。これらの特性に大きく関わるのが、スピーカの機種、駆動条件、設置条件、調整に対する対応などで、

・スピーカに直接関わる条件としては、1)種類、2) 2way,4wayなどの帯域分割の方式
・スピーカの取付け方法に関わる条件としては、1)使用数量、2)集中・分散などの配置方式、3)前面の仕上状況
・スピーカ以外に関わる条件としては、システム的に細かい調整が可能かどうかという点で、パワーアンプ出力レベルのリモート制御の有無や系統別のグラィックイコライザの有無


などがあげられる。

 設計にあたっては、催し物の種類の設定やどのような拡声音を目標とすべきかが必要であるが、計画段階で上演演目の頻度まで想定することは現実的に困難であり、オープンしてから使い方の方向が固まっていく例やオーナーの考え方ひとつで予想もしなかった使い方、演目に対応せざるを得ない例などが生じるのが一般である。

 後者の例としては、今年9月に東京オペラシティ『タケミツホール』で開催された"Ensenble Modern"のコンサートがあげられる。このコンサートは、「American Classics《と題されたフランク・ザッパの作曲した現代音楽の特集だった。このときの音響設備は、ステージ両サイドにイントレ(仮設足場)を組み立ててスピーカを設置し、客席内にミキサーを置くというロックコンサート並みのSR設備であった。SRを担当した宮沢正光氏(ふぉるく)によると、設営と撤収にかかる時間を短くするため、天井からワイヤーでスピーカを吊りたいと希望したが、できないと断られたのでイントレを組まざるを得なかった。そのため徹夜で撤収をするということだった。もちろん、このようなコンサートは東京でもめったにないことであるし、大掛かりな仮設のSR設備も必要だろうが、限られた時間にこのような対応を迫られた音響担当者の負担は大変なものだったろう。それでも、曲の内容からはポピュラー音楽向きのホールではなく、やはり響きの多いホールで演奏されるべきものと感じられた。20世紀初頭までのオーケストラ用の楽曲とは異なる音楽の中には、ドームやスポーツアリーナではなくコンサートホールでの演奏がふさわしいと思われるものが多数存在する。しかし、それらは電子楽器、電子機器の併用や、何らかのSR(PA)が必要になるのである。これは、スピーカを使わなければ聞こえる/聞こえないというレベルの問題ではなく音楽表現上の問題なのである。つまり、作曲家や指揮者や演奏家の要求なのである。それに、現代音楽はリハーサル段階でも作られていくという制作方法が重要で、現場におけるカットアンドトライが常識というところがあり、事前にどのような音響設備や機器を用意しておくべきなのか決めることが難しい。このような催し物への対応は、ホールのオーナー側あるいは聴衆や主催者等が判断すべきことである。

 話しが脱線したが、コンサートホールにおいてスピーチの拡声以外のスピーカを必要とする催し物には、少なくとも移動型の音響機器を仮に設置することを考えておくことが重要であろう。メインになるスピーカをステージ周辺上部に吊り上げるためには、電動昇降式の重量バトンがあると非常に便利である。それができなければ、2~3トンに耐えられる吊り点を用意することが最低限の処置であろう。また、客席内の天井にもスピーカを吊りこめるようにバトンか吊り点を数カ所用意したい。客席にはミキサーブースが設置できるスペースを考慮し、構内電話や、インターカム、音響電源、調整室や録音中継室との渡り回線、指揮者の映像を送るビデオ回線などの取り口を設置しておくべきである。

 スピーチ用のスピーカの話に戻る。生音のコンサートホールであるからスピーカはいらないという潔い建築家の方も多いが、公共コンサートホールの現場からは「ハッキリ聞こえるスピーカをちゃんと付けてくれ《という悲鳴にも近い声を耳にする。お知らせはもちろん、開会式、表彰式、壮行会などの式典やレクチャーコンサート、音楽セミナーなどスピーチの拡声が要求される催し物は案外と多い。また、残響の多い空間における明瞭さの確保という点からは、スピーカを無理に集中配置するべきではなく、コンベンションホールや体育施設などでは、スピーカを均等に分散配置することで高い明瞭さを確保できることを体験している。そのかわり、音の方向感はある程度犠牲になってしまう。コンサートホールにおいてもスピーカ固有の到達距離に応じてスピーカを分散して配置してもよい時期がきていると考えている。これは、意匠デザインに対する制約も減らすことができるグッドアイディアだと思うのだが。(稲生 眞記)





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