防府市地域交流センター“アスピラート”オープン
山口県南部に位置する防府市の中心市街地、JR駅北口の駅前広場前に、10月30日、防府市地域交流センター(愛称:アスピラート)がオープンした。防府といえば、三大天満宮の一つである防府天満宮や毛利邸などが知られている。自由律俳人、昭和の芭蕉ともいわれた種田山頭火が生まれた地でもある。この施設は、防府市が防府に関わる文化・人物情報により新たな刺激を与える触発の場と位置付けるとともに、文化創造の場としての機能とそれらの還流により機能増幅をはかる文化交流の拠点として計画したものである。地方都市の多くにみられるように旧市街地、駅前の空洞化現象が防府市でも進みつつあり、その解消、活性化、商業集積地の復興を防府市は駅前の再開発とこの文化交流施設に託した。このような施設によくある大きな期待を背負った施設となった。
本施設は、市民の交流、情報交換や憩いの場として、明るく開放的なガラスのカーテンウォールで囲われた高さ16m吹き抜けの市民スペースをはじめ、防府のインフォメーションコーナー、常設展示として種田山頭火の部屋、大村能章(作曲家)の部屋とよばれる文化パビリオンが1階に、展示ホール、リハーサル室、練習室が2階に、さらに上階にコンサートホールという複合文化施設である。また、天神様の参道をイメージさせる市民スペースからホールへの動線、ホール上部の校倉をモチーフにした外観等、防府の歴史・文化を新しい形で取り入れ、再現している。設計・監理は日本設計、施工は建築主体が鹿島建設ほかの共同企業体である。
市内には、昭和35年に竣工した1800席の公会堂があり、以前に本News 1998年5月発行通巻125号で紹介した函館市芸術ホールの計画のように、当初、既存の公会堂と同仕様の中規模ホールという声もあったようだが、この施設では600席規模の音楽専用ホールに落ち着いた。
ホールの形状は、その性格、規模、敷地条件等から音響的に評価の高いシューボックス型が提案され、検討の結果、1層のバルコニーを持つ幅17m×奥行31m×高さ15mのプロポーションのホールとなった。この形状を基本に、音の拡散を意図した内装仕上げ形状と吸音特性のあまり偏らない材料選定を、また、クラシックコンサート以外の講演会等の他の催し物への対応のために、簡単な機構のあまり目立たない残響可変装置の導入を計画した。その一部は舞台に設け、演奏楽器の種類、編成、あるいは指揮者、演奏家の響きの好みに対応できるよう考えた。内観は、一般的にみられるシューボックス型の典型的な古典様式ではなく、天井を見上げると、川の流れのような不規則なうねりを持つリブ状のメイン天井とその両脇のせせらぎのようにみえるガラスの折れ天井が印象的なホールである。側壁をみると、サイドバルコニー上下のリブ状壁が目に付く。1階席の側壁は、音響的に透明な不規則リブ状壁の背面に拡散面を設け、上部リブの背後に残響可変装置としての電動カーテンを設置した。また、舞台の響きの微調整用として舞台の正面壁両脇に、表面反射・背面吸音仕様の可動扉を設置した。ホールの残響時間は、可動扉:閉時の反射状態+可動カーテン:収納時の全反射状態で、空席時2.1秒、満席時1.8秒であり、可動扉:開時の吸音状態+可動カーテン:設置時の全吸音状態で、空席時1.6秒、満席時1.4秒(500Hz)と0.4秒程度の響きの可変が可能であり、聴感的にも響きの印象はかなり変わることが確認できた。
また、この施設の音響設計では、外部騒音の遮断、ホールの舞台電気音響設備計画においては、メインスピーカの構成と納まり等も課題であった。駅前の山陽本線に近接するという敷地条件により、運行本数の多い貨物列車による騒音、振動を遮断するためと、積層配置されたリハーサル室、練習室、展示ホール等の遮音を確保するため、ホールおよび大音量を伴う使用条件が想定されるリハーサル室、練習室に浮き構造を採用した。この結果、鉄道騒音はホール内で全く検知できないまでに低減されている。コンサートホールの舞台電気音響設備のスピーカの配置は、ホールの雰囲気を損なうことなく、音質、明瞭度確保等の十分な性能を得るという点で、スピーカの意匠的な処理と性能確保がしばしば問題となるが、ここでは舞台上部の楕円状の吊り物・照明設備用ライティングフレーム上部に露出した形で自然にデザインされている感じである。理解ある建築設計者に感謝したい。
Helmut Winschermann指揮のドイツ・バッハゾリステンの室内楽コンサートではじまったホールの柿落し公演では、今回が来日公演初日ということもあったのか、前日からの長時間のリハーサルが行われ、Winschermannさんは大変ホールを気に入って下さり、お褒めの言葉も頂いた。その感激を演奏前、舞台に上がられた館長が指揮者の側から聴衆に直に話された。堅苦しさのない爽やかなコンサートのはじまりとなった。ホールの規模に合ったこの企画、なかなかの盛況で、生き生きとした明るいバッハが楽しめた。
昨今の状況から、このような鑑賞型の企画が東京のホールのようにこれからも常時持たれるとも思えないが、この後、市民の各種音楽団体による三日間の連続コンサート、アマチュア弦楽合奏教室、チェンバロ教室、市民音楽祭など、文字どおり市民参加型の催し物が企画されている。各地に多くみられる専用ホールであるが、この規模では、県内初のコンサートホールとなる。当然、催し物の適応性ということでの制約があるが、公会堂の運用実績を生かし、これを含めた両館によるシアターコンプレックス的運営と、交流センターが本当の意味でふれあいの場となり、文化創造の拠点となることに期待したい。(防府市地域交流センター:防府市戎町1-1-28 tel.0835-26-5151)(池田 覚 記)
コンサートホールの電気音響設備(その1)
ホールの電気音響設備はわが国では多目的ホールの建設に併せて発展してきており、その歴史も長く件数も多いので設計の考え方などについてホールの建設、運営、利用関係者などにある程度は理解されている。しかし、この10年位の間に各地にコンサート専用ホールが誕生し、これらのホールの電気音響設備設計を担当してきて、コンサートホールとしての電気音響設備設計の技術的な指針やデータの蓄積がないこと、また、多目的ホールの考え方をそのまま適用できない種々の問題が存在することを実感している。さらに、音楽関係者等の中には「生演奏しかやらないコンサートホールになぜスピーカが必要なのか?」という疑問をもつ方が、少なからずおられることもいかにこの問題の理解が進んでいないかを物語っているように思う。そこで、今号から数号にわたりこの問題について現状の紹介や設計担当としての考えを述べてみたい。
コンサート専用ホールの電気音響設備としては、音楽の拡声は原則としては行わないことが多目的ホールとの大きな違いである。その他はスピーチの拡声設備とクラシック音楽録音設備ならびにスタッフ連絡・モニター設備で構成されるのが一般的である。音楽の拡声の必要がある場合でも弱音楽器の補強とコンピューターミュージック(楽器の一部)などに使用される程度である。しかし、コンサート専用ホールでも運用者サイドの多くは利用率の拡大のために多目的利用を切実に願っている。このような状況からクラシック専用のコンサートホールでもクラシックコンサート以外の利用に対応した電気音響設備を考慮する必要が増している。このようにコンサートホールの運用状況等が複雑化する中で、電気音響設備が現在抱えている問題点には次のようなものがある。
- 拡声音のスピーチ明瞭度の確保
- スピーカシステムの構成、配置、設置方法と室内音響条件との整合
- コンサートホールとしての意匠との調和(スピーカ周辺の建築条件による性能への影響)
- コンサートホール以外の利用の増加に対する対応
- 録音設備の考え方
場内アナウンス、レクチャーコンサート等の「スピーチの拡声」はコンサートホールにとって欠かせない重要な機能である。今回はこの拡声音のスピーチ明瞭度の確保という問題をとりあげてみたい。
コンサートホールの室内音響設計では多目的ホールに比べて残響時間を長めに設定する。この豊かな響きがスピーチの明瞭度にとっては大敵で、残響音が言葉をマスクし聞き取りにくくするのである。これを避けるためには聴衆がいる部分だけに拡声音をサービスし、客席以外のところにスピーカの音が届かないようにするのが最良の対策である。しかし、スピーカは全帯域にわたり指向性を制御できない。この理由は低音域ほど波長が長く通常のスピーカのサイズではコントロールできる範囲を超えてしまうからである。スピーチにおけるおもな周波数成分は250Hz付近であるが、この周波数の波長は1.36mにもなる。理論的にはこのサイズより大きなスピーカでなければ指向性をもたせることはできない。このために小さなスピーカではスピーチの主要周波数成分である低・中音域の音が観客席以外の壁、天井に当たり残響音が増加し、拡声音全体の明瞭度が悪くなってしまう。この問題を設備側で軽減することはある程度までは可能である。一つは音質調整器で低音をカットする方法である。この方法では見かけの残響音が減少するのでその影響を少なくすることはできるが、音質調整器を本来の目的ではなく残響音の制御に使うことになるので拡声音の音質が低音の痩せたパサパサしたものになるという副作用を伴うのが問題である。もう一つは低音用にホーンを備えたスピーカを使用する方法があるが、形状が大きくなりコンサート専用ホールにはなじまない。さらに、スピーカシステムの設計においてはメーカーから提供されているスピーカのカバーエリアを示す等音圧コンターを目安としているが、多目的ホール等残響の少ないホールではスピーカ正面の音圧レベルに対して-6dBまでの広い範囲のカバーエリアを利用できるのに対して、コンサート専用ホールでは長い残響に打ち勝つために-3dBの狭いカバーエリアしか利用できないのでどうしても数多くのスピーカが必要となる。
スピーチの明瞭度はスピーチが聞こえにくければすぐにクレームとなるので極めて明確で、基本的な問題であるが、これと同じように声の自然さも設計担当としては重要視している。拡声音の音質は肉声との比較が簡単なので、音質の良し悪しは誰にでもわかりやすい。一方で技術的には数値的な評価がしにくいのと明瞭度以上にいろいろな要因が絡むので設計段階で予測することが難しいのが実情である。現段階では技術データと聴感評価試験の蓄積がこの問題を進展させるポイントと考えている。(浪花克治 記)
136回ASA(アメリカ音響学会)建築音響部門
<オルガンのあるホールの音響>セッションに参加して
10月12~16日の5日間、Virginia州、Norfolk市において136回アメリカ音響学会が開催された。そのセッションの一つとして15日朝8時から最後の討論を含め18時30分まで、表記の研究発表会が開催された。発表論文は招待講演16件、一般講演2件、最後は自由参加の討議で終わった。議長は終日Dan Clayton氏が担当した。
議長のClayton氏は今回の大会の文通で初めてお名前を知った方、文面から想像していたよりずっとお若く、端正なたたずまいの方であった。まず議長より、3世紀から今世紀までのオルガンの誕生から発展について20分の講演があった。当日の発表論文から分かったことだが、アメリカでは多くの大学の講堂にオルガンが設置されており、発表内容もオルガンを設置しているホールの事例紹介が大半を占めていた。
ひときわ目立った事例としてはスウェーデンのGoteborgのOrgan Art Centerの活動状況の報告で、ここでは16世紀の歴史的オルガンの音色の解明がオルガンパイプの組成の分析から、機構の仕組み、演奏法まで総合的な研究が行われている。
永田は、1.オルガンのあるホールの設計方針として1)オルガン優先、2)オーケストラ優先、3)両者の両立、4)とくに考慮なし、の4つがあること、2.最近のコンサートオルガンの異色例として東京芸術劇場大ホールのガルニエ・オルガンとカザルスホールのアーレント氏製作のバロックオルガンの紹介、3.オルガンの音響特性への影響、音楽ファンの反応、4.オルガンビルダーのホール音響に対する姿勢として、カザルスホールのアーレント氏、横浜みなとみらいホールのFisk社の考え方の違い、等について報告した。(永田 穂 記)