No.129

News 98-9(通巻129号)

News

1998年09月25日発行
秋吉台国際芸術村ホール(プロメテオのセッティング)

プロメテオ・秋吉台国際芸術村

 第10回秋吉台20世紀音楽セミナー&フェスティバルが8/25~31の間、新築された秋吉台国際芸術村で開催された。敷地はカルスト台地で有名な山口県・秋吉台の東側、山ひとつ越えた谷間に位置している。アプローチを除く3方向が山に囲まれて、人工的な音(騒音)の影響の無い環境にある。コの字型にホール・研修室・レッスンスタジオ他が配置されたホール棟と宿泊施設・食堂他の宿泊棟で構成されている。施主は山口県と秋芳町、設計は磯崎新氏である。


 同セミナーは若い作曲家を対象として、地元の作曲家が国際的に活躍されている作曲家・細川俊夫氏を招いて、1988年にスタートした。毎年夏、主にヨーロッパの現代音楽の分野で活躍している作曲家・演奏家が招かれ、昼のセミナーと夜のコンサートが行われている。芸術村は第10回のセミナー&フェスティバルでのオープンに向けて計画された。そして細川氏の発案により、1990年に亡くなった作曲家ルイジ・ノーノのオペラ“プロメテオ”─聴く悲劇─の日本初演でオープニングを飾ることも決まっていた。

秋吉台国際芸術村ホール(プロメテオのセッティング)

 プロメテオはオペラとは名がついているが、いわゆるオペラとはまったく趣を異にした作品である。4つのオーケストラ(アンサンブル)と合唱、独奏、独唱および語り手が聴衆より高い位置に2重の螺旋状に配置され、また演奏音やベトリと呼ばれるガラスの打楽器を集音し、効果を加えて拡声するためのスピーカが螺旋の内側に高さを変えて12台配置される。聴衆は螺旋の内側でいろいろな方向からの音楽を聞くことになる。指揮者への集中性が廃され、一人ではすべての演奏者から見えないので二人いる。二人が全くちがったテンポで振る場面もある。また電子音響デザイナーとエンジニアが中央部に4名座り、楽譜の指示に従って音の加工操作という形で演奏に参加する。フィルタリング、ディレイ、ピッチシフト、残響付加(長いもので30秒)、同期による音量増大、音像移動などのディジタル的な音響効果付与がリアルタイムで行われる(ライブ・エレクトロニクスと呼ばれている)。彼らも当然演奏者と呼ばれている。その中心はドイツ・フライブルクの南西ドイツ放送ハインリヒ・シュトローベル財団実験スタジオのディレクター、アンドレ・リヒャルト氏である。氏は初演から毎回プロメテオの演奏に参加している。というよりは、ノーノの電子音響に関する意図を理解し実現できるのはリヒャルト氏しかいないのである。 ホールはこのプロメテオの上演を前提として設計されている。中庭に面した大壁面を背にして正面と左右に固定椅子の無いプラットフォームと、椅子が固定されたバルコニー席が段差を付けて2層に配されている。1階はフラットで、中庭側の4分割の迫りでステージの位置が変えられる。プロメテオでは1階の仮設山台とプラットフォームが演奏席として使われた。客席は、固定のバルコニー席を除いてスタッキングできるモンローチェアで、最大480席を収容できる。固定のバルコニー席も背を倒すことで演奏席としても使うことができるので、自由な位置にステージが設定できる。天井からは拡散と呼ぶには大き過ぎる突起が下がっている。磯崎氏は、<島>と呼ばれるプロメテオの楽章やプロメテオのテキスト作者カッチャーリの<群島>、それと秋吉台の鍾乳洞がこのホールの建築的な手がかりだと解説されていた。

 このホールの構想を聞いてまず、ステージと客席の関係を固定して考える普通のコンサートホールの室形状に関する設計指針の適用が不可能であり、また無意味に思われた。音響的な提案は、響きに余裕が感じられるように十分な天井高さを確保することと、録音を想定した室内の静けさの実現である。現代音楽では明瞭性が重要であろうとの判断で残響時間は短めの1.2秒(中音域、満席時)を提案していた。しかしリヒャルト氏との打合せでこの予想は見事にはずれ、プロメテオでは1.8秒前後が理想だと言われた。幸いにも十分な天井高さ(約12m)が確保されていたので、プロメテオのステージ・客席配置で約2秒(空席時)が実現できている。また静けさについては、1996年のフェスティバルを聞いて絶対的な静けさが必要であることを痛感した。まさに無音状態を聞く瞬間が何度もあったのである。工事はオープンぎりぎりまで続けられていたが、なんとか間に合ってNC-15以下の静けさが実現できた。初演当日、迷い込んだ虫が共演するというハプニングもあった。 オープンリハーサルも含めてプロメテオを3回聴くことができた。2時間を越える大作で調性的な旋律があるわけでもなく、また内容・テキストも不勉強であったが、不思議に眠くならなかった。音楽を聴くというよりは、いろいろな方向から聞こえてくる音や空間に漂う響きを堪能した。非常に透明感のあるソロ・合唱が感動的・印象的であった。

秋吉台国際芸術村・本館棟(2F)

 残念なことにこのセミナー&フェスティバルは今年で終了するが、2000年を目処に新しい形態のセミナー&フェスティバルの模索が始まったと聞く。ソフト先行で建設された施設だけに、その特徴を生かしたユニークな活用を望みたい。(小口恵司 記)

ホールの遮音計画(その2.外部騒音、振動の遮断)

 ホールの基本的な音響条件に室内の静けさがある。この静けさを確保するためには、外部からの騒音・振動の遮断、室間の遮音、空調設備騒音に代表される設備騒音の低減が必要となるが、今回は、外部騒音・振動についての基本的な考え方と事例を紹介する。外部からの主な騒音・振動源としては、航空機、鉄道、自動車等の交通機関、庁舎、消防署のサイレン等の日常的な騒音まで、様々なものが対象となる。このため、敷地における騒音、振動源の種類とその大きさ、発生状況等の特性を詳しく把握することが重要である。とくに、振動を伴うものであるかどうかが大きな問題となる。騒音と振動では、その伝搬の性状、遮断方法が異なるからである。また、その対処の方法によっては、配置・構造計画、工法、コスト、あるいは工期にまで影響を与えるからである。厳しい音響条件が求められるコンサートホールのような場合、現地調査・測定が、計画早期の段階で必要となる。 これまでホール等の文化施設の立地条件としては、音響的配慮から比較的静かな場所が選定されていた。このような条件においては、周辺の道路交通騒音が主たる騒音源だから必要減音量も50~60dB程度であり、つぎのような対策が外部騒音遮断の基本である。

  • ホールのまわりにホワイエ、廊下、付属室等の諸室を配置するなど、直接外部に面する部位を少なくするような配置計画
  • 屋根、外壁の厚さ150mm以上の鉄筋コンクリート構造
  • 大道具搬入口、非常口、入口等の開口部の前室、廊下、ホワイエ等の吸音処理された緩衝スペースの設置による直接外部に面しないような配置計画と二重の防音建具の採用
  • 排煙系統からの外部騒音の侵入防止のための機械式排煙の採用とその系統ダクトの吸音ダクトの設置およびダクト外装の遮音

 しかし、最近では、活用敷地の制約や商業施設との複合化などにより、厳しい条件を避けられないケースが増えている。とくに、都市部では、交通網の整備や敷地利用の効率化等により鉄道、地下鉄に近接する場合が多くなっている。地下鉄振動については、他の騒音源と異なり、地下の障害源だけに見落とし勝ちである。現状では問題なくても、将来の新線計画にも配慮が必要となる。鉄道、地下鉄によるホールへの影響としては、車両通過時の人体に不快感を与えるような有感的な振動というよりも騒音として放射される可聴範囲の振動(固体伝搬音)が問題となる。あの「ゴーー」という低音域の騒音である。この騒音はなかなか厄介で、予測精度や低減対策の工法、コスト等など難題が多い。低減対策としてはもちろん線路管理者側による音源対策が望ましく、各種の防振軌道の研究、開発も進められているが、この対策の採用は困難な場合が多い。したがって、現実的には、防振連壁、溝等の伝搬経路対策と建物側での構造体の免震構造、内壁構造の防振遮音構造(BOX-IN-BOX、いわゆる浮き構造)等の採用が基本となる。敷地条件、ホールの性格によっては、これらの低減対策を併用することが必要となる。いずれの対策も、規模、コストが大掛かりになるだけに、その効果について精度の高い見極めを要求される。ホールの性格や地盤条件にもよるが、ホールの敷地として、軌道から約50m以内では要注意、10~30mともなれば、ある程度の対策を覚悟しなければならない。

 地盤振動を伴わない(空気伝搬音)大きな騒音源に航空機騒音がある。当事務所の実施例で、最悪の騒音環境といえるものが、軍用航空基地に近接して建設されたコンサートホールであった。この例では、104 ~109dB(A)にも達する航空機騒音に対して、500Hz で80dB以上の遮音性能が必要となり、屋根、外壁全体を包み込むようにRC造の躯体外側へもう一層の防振支持したコンクリート遮音構造を追加した。鉄筋コンクリートの躯体外側にカーテンウォール式にプレキャストコンクリートを防振支持するイメージである。

 上述のような鉄道振動、航空機騒音に対しては、距離減衰を考慮した配置計画だけでは対処できない事例が増えており、このような場合、工法的に特殊構造を採らざるを得ない。幸い複合施設では、各室間の遮音性能確保と併用する形でこれらの防振、遮音構造が採用されているが、これらの工法は完成後、視覚的な確認が不可能なことも多いので、きめ細かい施工確認と共に設計・監理者はじめ施工者の理解が極めて重要である。(池田覚 記)

サウンド・バイト:口で味わう音楽玩具

 6月のある朝、ベイ・ブリッジの渋滞の中でポップ・ミュージック系のFM放送を聞きながら、永田事務所の友人たちへの気のきいたおみやげに思い悩んでいた。彼らはシアトルで行われた第16回国際音響学会の帰路、私の住むサンフランシスコに立ち寄ることになっていたのだ。突然アナウンサーがサウンド・バイトのことを興奮気味に喋りはじめた。“頭の中で音楽が鳴る”と説明していた。キャンディー のおもちゃであること、音を聞かせるある原理を新しい技術で実現しているらしいことを知って私は、“これだ”と手を打った。

サウンド・バイト

 サウンド ・バイトは電池で働く派手な色のプラスチック製で、おもちゃ屋で普通に手に入る。先端のホルダーにはロリーポップ・キャンディー を差し込む。それを噛んでボタンを押すと振動がキャンディー →歯→顔の骨→内耳と伝わって音楽が聞こえる仕組みである。サウンド・バイトそのものからはほとんど音は聞こえないのに、噛んだとたん大きく、はっきりと聞こえる。しかも口の中に音源があるように聞こえる。何とも不思議な感じである。

 サウンド・バイトを開発したのはサンフランシスコのベイエリアに住むDavid CapperとAndrew Filoである。彼らはおもちゃメーカーHasbro Incの子会社としてSound Bites, LLCを設立した。サウンド・バイトは若者向けに、ロックン・ギター 、ロックン・ドラム、ロックン・サキソフォンが発売されている。この夏のアメリカでの大ヒットを受けて、来年からは全世界で発売される予定である。

 Andre Filoは、耳の不自由なトーマス・エジソンが“噛み棒”を作って自分のフォノグラフを聞いた話をヒントに、サウンド・バイトを思いついた。彼はいろいろな物を発明しており、現在13件のアメリカ特許を持っている。マクダネル・ダグラスのようなロケット産業向けのまじめな物から、サウンド・バイトのような楽しい物まで、幅広い。

 私は永田事務所の友人たちと朝食を共にしてサウンド・バイトをプレゼントした。彼らはこのおもちゃの機能をすぐに理解して、同じような働きをする物の話を始めた(訳注:骨伝導受話器の話)。そしてその場で科学を抜きにして、この楽しいおもちゃの話を永田事務所ニュースに書いて欲しいと依頼されたのである。永田事務所との関連で言えば、残響付加のような音場支援装置をチップ化して組み込んだ“入れ歯”ができたら、おもしろいかもしれませんね。(Laurie Holtzberg : 永田音響設計ニュース英訳担当 記)