永田音響設計News 98-6号(通巻126号)
発行:1998年6月25日





東京芸術大学奏楽堂オープン

東京芸術大学奏楽堂の外観
 東京芸術大学の新しい奏楽堂が4月23日に竣工し、引き続き28日の芸大フィルハーモニアの演奏でオープンした。オープニングコンサートでは、奏楽堂の開館を記念して委嘱された、南弘明氏作曲「電子交響曲第5番《、野田暉行氏作曲「開眼会《が披露された。

 新しい奏楽堂は、現在上野公園内に復元保存されている旧奏楽堂の跡地に建てられており、音楽部の正門の奥、木立の向こうにレンガ張りの奏楽堂を見ることができる。ホールは、客席数1,140席、客席の両側にバルコニー席が設けられたワンフロアー、シューボックス形状のコンサートホールである。客席側部の最上部にはトップライトが設けられていて、可動天井をもっとも高い位置にするとホール内に外光が差し込み、天井のGRCの白色が映えるデザインとなっている。壁の上部は上燃性処理を施された木、下部は薄いグリーンの十和田石である。壁や天井の各個所には拡散を狙った凹凸が設けられている。設計は㈱岡田新一設計事務所である。




客席天井全体を最も低くした状態
客席前方と後方の天井を高くした状態
 本奏楽堂の大きな特色は、何と言っても天井を上下させて室容積を変化させることによる残響時間の可変を行っている点である。これは、奏楽堂建設にあたって学内に設けられた奏楽堂建設小委員会の基本計画書で提示された、①オーケストラ、管弦楽、弦楽合奏、管打合奏、オペラ、合唱、邦楽、室内楽、器楽・声楽ソロ、試験等の用途に対応できること、②音響特性を使用目的に応じて変化させること、という条件に対応する方法として採用したものである。建設小委員会としては、音響特性の可変機構には、一般によく見られる建築的な残響可変装置(例えば、円柱状のものを反転することによって反射面にしたり吸音面にしたりできる装置)の設置を考えていたと思われる。壁あるいは天井に吸音面を設けて響きを短くするということは、これらの面からの反射音を減らすことになる。このような天井や壁から届く反射音のうち、直接音が到達した後の約0.1秒以内に届く反射音(初期反射音)は、響きの質や音響効果に関係しており、この量はコンサートホールにとっては重要なポイントとなる。そこで、建築を担当された岡田新一先生と当事務所の永田穂との相談の結果、奏楽堂での演奏は拡声などを行わない生の演奏が主なのだからということで、建築的に吸音面を設けて残響時間を短くするような可変装置ではなく、反射面の性質を変えないで残響可変を行える室容積可変の方法を提案した。

奏楽堂の残響時間周波数特性
 一方、モールの右手はホール入口、ホールロビーとつながる。ホールの中は、一見して、こぢんまりとした印象のバルコニー席を持つプロセニアム型の多目的ホールのように見えるが、コンサート用の音楽専用舞台を設定すると、一体感のあるコンサートホールに仕上がる。張り出した前舞台とプロセニアム近くに設置する舞台反射板、側壁の工夫によりオープンステージ型のコンサートホールとなるよう計画されているからである。このコンサートタイプに設定された状態を最初にみられた方は、これがどのようにプロセニアム型の多目的ホールに変身するのか上思議なようである。基本的な考え方は、オープンステージ形式のコンサートホールにプロセニアムと充実した舞台吊物を収紊できるフライタワーを併設するというものである。

 天井高は、最も低い状態で舞台上10m、高い状態で15mで、室容積は約10,000m3から15,000m3に可変できる。客席天井は前部、中央部、後部に3分割されていて、それぞれが自由に10mから15mに可変できる。また、舞台側は、吊り下げ型の反射板で水平と傾斜の2パターンを設定できるようになっている。残響時間は、舞台反射板設置時1.8~2.6秒、幕設置時1.6秒(いずれも満席時)である。

皮張りの客席椅子
 本ホールのもうひとつの特徴は、客席椅子に硬質な革張りの椅子が採用されていることである。座と背の一部には小さなクッションが張られているが、ほとんどの面が革である。欧米の旧いコンサートホールでは木製の椅子や革張りの椅子も見られるが、通常は空席時と着席時の響きがあまり変わらないように布張りの椅子としている例が多い。この革張りの椅子については、設計段階に数回の吸音測定を行って、椅子の脚部分と客席段床の蹴上げ部分を吸音仕上げとして、布張りの椅子に近い吸音が得られるようにした。  敷地の北西側の道路下には京成電車が走行している。そのため、この固体音を遮断するために、ホールを防振ゴムによる浮構造とした。完成後の測定では走行音は全く聞こえないことを確認している。

 舞台正面にはオルガンステージが設けられているが、まだオルガンは設置されていない。工事は6月下旬から予定されており、来年春にはガルニエ社のパイプオルガンがお目見えするはずである。

 オルガン工事が始まるまでの短い期間にオープニングコンサートとして、オーケストラ、室内楽、邦楽、オペラ等、約10公演が行われた。いずれも聴き応え十分の演奏のうえ、舞台機構を余すとこなく使うという諸先生方の意欲的な姿勢に度肝を抜かれる楽しいコンサートであった。とくに、最終コンサートのオペラ上演については、当初から袖舞台がないことや、舞台機構も十分に対応できるようにはなっていなかったため、どこまでできるのだろうかと危惧されていたのだが、どうして実に立派な装置ができあがり、ホールの顔が全く変わってしまったのには驚きであった。ただし、オープニングコンサートが竣工直後に行われたため、演奏にどのような設定が適当なのかをまだ模索している状態だと聞いている。設計当初の試みが、これからの奏楽堂の音楽活動に反映されることを期待したい。(福地智子記)






コンサートホールの形状(シューボックス型とワインヤード型)

 これまでに数々作られてきたコンサートホールをその室形状の面からみると、ウィーンのムジークフェラインザール、アムステルダムのコンセルトヘボウ、ボストンのシンフォニーホールなどに代表されるシューボックス型とそれ以外に大きく分類される。そして、シューボックス以外のホール形状としては、ベルリンのフィルハーモニーホールに端を発するワインヤード型が最も成功した例としてあげられよう。最近ではコンサートホールを新しく計画する時、シューボックス型にするかあるいはワインヤード型にするかという観点で議論されるケースも多い。

 シューボックス型コンサートホールは何といってもその音響性能が良いことが大きな特長で、音の良さの理由については、現代の音響学では、横幅が狭いことにより側壁からの時間遅れの十分小さい反射音(初期反射音)が豊富に、また、客席一帯にまんべんなく得られること、天井が高いことにより豊かな残響音が得られること、などと説明されている。設計の立場からいうと、シューボックス型の場合は音響的に必要な寸法、プロポーションなどの諸元を厳密に守ることが重要で、逆にそれらの要因さえしっかり押さえておけば、音響的に良好なホールを作り易いといえよう。

 しかしながら、コンサートホールは時代とともに次第に大きな(客席数の多い)もの、さらにゆったりした大型の客席椅子、広めの通路などが要求されてきている。過去の歴史的な2000席クラスのシューボックスホールを現代の基準で作ると、おそらく2~3割客席が減少し、1500席程度しか収容できないであろう。一方、シューボックス型ホールにおいては側壁からの時間遅れの小さい初期反射音が音響の良さのポイントであり、むやみにホール客席幅を広げることは音響性能の低下につながりかねない。したがって、客席数を増やすためには次に示すようないくつかの方法に限られてくる。

(1)ホール全体の長さを長くする。
(2)バルコニーを設けて客席を重ねる。
(3)ステージ周辺(側部、背後)にも客席を設ける。

 (1)のホール全体の長さを長くするという方法は、ステージからの距離が遠くなるという点である程度限界がある。前述の3ホールのうち最も大きいボストンにおけるホール全長が53mで、ステージから最後部の客席までの距離はすでに約40mある。視覚的にも音響的にもこれ以上大幅にホール長を延ばすことは現実的でない。(2)のバルコニーを1層、2層と設置する方法も一般的で、ウィーン、アムステルダムは1層、ボストンは2層のバルコニーを持っている。しかしながら、客席数を増やすためにバルコニーをむやみやたらに大きく、深くすることは得策ではない。バルコニー下の客席は、一般的に音響が悪くなる。また、側方バルコニー席においてはステージに対する視線確保が難しく、特に2列目、3列目においてはステージがほとんど見えないという状況も起こりうる。(3)のステージまわりに客席を設ける方法は、アムステルダムとウィーンですでに採用されている。これらの客席は、曲によっては合唱団用の席として使用されることもある。しかしながら、いずれにしても設置可能な客席数にはかなり限界がある。

 ベルリン・フィルハーモニーホールに端を発するワインヤード型コンサートホールの大きな特徴は、何といってもステージ、特に指揮者位置がホールのほぼ中央に位置し、ステージの周りをぐるりと客席が取り囲んでいるということであろう。いわゆるアリーナ型とよばれる客席配置であり、その最大の特長は、あらゆる客席ができるだけステージに近くなるように配置されていることであり、ステージと客席が臨場感ある空間構成となっていることである。シューボックス型コンサートホールのステージでは客席との関係がどちらかというと静的であるのに対して、ワインヤード型の場合はもっと動的であり、よりダイナミックな空間構成となる。

 ワインヤード型コンサートホールの音響的な大きな特徴は、客席をいくつかのブロック群に分け、そのブロックに段差を設けて配置することにより生じる客席内の壁面を利用して音響的に有効な初期反射音を得ることにある。客席のブロック化を進めて客席の近くに壁面を次々に作っていけば、かなり大型のコンサートホールでも対応可能である。一方、ワインヤードの場合はホールの形状が非常に複雑になり、音響的な検討が難しい。場合によっては模型実験などによる綿密な検討が上可欠であり、音響設計により多くの時間とコストがかかる。逆にシューボックスの場合に比べて音響的により柔軟な対応が可能ともいえ、特に2000席以上の大型ホールの建築デザインに対してもより幅広く受け入れられる可能性を持っている。

 シューボックス型ホールとワインヤード型ホールの各々の特徴をとりまとめると別表のようになる。既存のホールにおける音響的な特徴としては、良いシューボックスホールの場合、その空間ボリュームが比較的小さめのこともあって、どちらかというと小~中型のオーケストラないしはアンサンブルにより適しているようである。その響きはタイトで濃密な印象があり、ホール自身が楽器として鳴っている印象が強い。一方、ワインヤード ホールの場合、大型のホールが多いこともあって、より大型のオーケストラ、アンサンブルに適している。音響的にホール空間の広がりが感じられ、響きが大きなホール空間を漂うような印象がある。同時に明瞭度も高い。(豊田泰久 記)


シューボックス型とワインヤード型の比較

シューボックス ワインヤード
適切な大きさ小型から中型
(2000席以下)
中型から大型
(1500席以上)
音響性能比較的良好に作りやすい様々な工夫、検討が必要
性格、雰囲気歴史的、フォーマルモダン、ダイナミック
視覚的印象静的、格調動的、親密さ
デザインの拡張性制限大可能性大
既存ホール多 数少 数
実 例ウィーン・ムジークフェラインザール
アムステルダム・コンセルトヘボウ
ボストン・シンフォニーホール
バーミンガム・シンフォニーホール
紀尾井ホール
京都コンサートホール
すみだトリフォニーホール
ベルリン・フィルハーモニーホール
ライプツィヒ・ゲバントハウス
カーディフ・セント・ディヴィッドホール
サントリーホール
札幌コンサートホール



永田音響設計News 98-6号(通巻126号)発行:1998年6月25日

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