江別市民文化ホールオープン
去る10月1日に江別市民文化ホール(愛称:えぽあホール)がオープンした。453席の多目的ホールであるが、ほぼコンサートホールに近い音響性能をめざした設計がなされていることに大きな特長がある。江別市(北海道)は人口約11万人、札幌市の東方10数kmに位置する札幌市のベッドタウンである。オープンした新ホールは、JR札幌駅から旭川方面におよそ10分程のところの大麻(おおあさ)駅から徒歩2~3分という交通アクセスに恵まれた場所に江別市が計画、建設したものである。建築設計は、北海道開発コンサルタント、音響設計は永田音響設計が担当した。本ホールは、本格的なクラシック専用ホール並みの音響性能を備えた小型ホールの実現を求めた地元住民の希望に答える形で江別市が計画したものである。しかしながら一方で、公共ホールであることからある程度の多目的性はどうしても考慮に入れておく必要があり、両者の兼ね合いが設計上の大きなポイントであった。
従来、多目的ホールにおいてその音響性能をクラシック音楽に対してより良くするための方法として、ステージ走行式の音響反射板が導入されてきた。ステージ上の音響反射板をステージ上部や側部に分割して吊り下げ格納する従来の方法に対して、門構え状に2~3分割した各ピースをレールに乗せてステージ後部に格納するというもので、各ピース間の隙間を小さくできることや反射板自身の重量をかなり重くすることが可能などの利点がある。
本ホールではさらにそれを一歩すすめて、ステージ上を走行する音響反射板を一体型とした。これまでの走行式反射板が分割格納することによる形状の制限を大なり小なり受けていたのに対して、本方式の場合は形状の制約をほとんど受けず、室内音響の観点から自由に形状を設定できる。また、門型ではなく箱型なので構造的に強固であり、使用材料や重量なども、より自由に選定可能となる。
この結果、本ホールにおいては、ステージ上においてもほぼ矩形の、いわゆるシューボックス型の室形状を採用することが可能となった。デザイン的にもホール客席空間とステージ空間は統一されたデザインがなされ、ステージの壁や天井(音響反射板)が動くとはちょっと見えない。一方、本方式の欠点としては、より大きな走行式反射板の格納スペースがステージ背後に必要だということがあげられよう。本ホールにおいては、音響反射板の正面壁を2分割して下部板を上下に可動にして、音響反射板そのものをステージ背後の楽屋群の上部に格納できるようにし、できるだけスペースの有効利用を図った。
ホール断面図、一体型走行式音響反射板の概要をFig.-1に示す。また、残響時間の測定結果をFig.-2に示す。ステージ音響反射板設置時に約1.5秒、ステージ幕設置時に約1.1秒(いずれも満席時、500Hzにて)であり、ステージ音響反射板を移動することによって約0.4秒変化する。
10月1日のオープニング式典当日の夜、柿落し公演として、地元のチェリスト土田英順氏とその仲間たちによる弦楽六重奏(ブラームス:弦楽六重奏曲第1番、第2番)のコンサートがあった。演奏の素晴らしさもあって、当夜のホールは弦楽器六本によって鳴りに鳴った。音響的にも視覚的にも、専用のコンサートホールと同等のレベルにあるといっても過言ではない。
先頃、7月にオープンした札幌市のコンサートホール(Kitara)の小ホールとは奇しくも客席数が453席と全く同じであり、ホール形状、雰囲気もよく似ている。札幌の人に聞くと、札幌市中心部の中島公園の中にある札幌コンサートホールに比べて、江別市大麻というのはイメージ的に遠い印象があるのだそうである。しかしながら、JR札幌駅からは歩く時間も含めると、両ホールともおよそ15分とほぼ同じ時間の所にある。一方、貸館料金は1日借りるとKitara小ホールの約22万円に対して、江別市のえぽあホールは約6万円と格安である。開催されるコンサートも比較的廉価なものが多い。気軽に利用していただきたいと思う。(豊田泰久 記)
アメリカの電気音響設備を見学して
10月6日から1週間、先日のInterBEEで発表されたJBLの固定設備用スピーカの新シリーズをひと足早く試聴する機会を得て、はじめてロサンゼルスを訪れた。今回は、L.A.のホテルでのセミナーおよびJBL工場での試聴に加え、アリーナやライブハウス等の固定設備をいくつか見学した。そのうち印象的だった2カ所について簡単に紹介し、感じたことを報告する。
ハリウッド・ボウル(ロサンゼルス):ハリウッドの北にある丘の斜面を利用した野外コンサート会場で、夏のL.A.フィルのピクニックコンサート等で有名である。お碗状のステージエンクロージャから立ち上がる3つの塔が、数年前に改修された目を見張るほどの数のメインスピーカ群(JBL)である。(写真1)
オークランド・アリーナ(オークランド):19,000人収容の屋内アイスホッケー場。地面を掘り下げ、収容数を増やす改修工事中であった。メインスピーカ(JBL)は天井中央部に、スコアボードを避けてリング状に半集中して設置されている。これは昇降式でフィールド面まで降下してメンテナンスが行えるようになっている。(写真2)
残念ながら両施設とも音を聴くことはできなかったが、これを見て、事務所内でしばしば話題となっている、スピーカの設置に関する制約とそれに悩む担当者の声を思い出した。意匠、構造、費用など理由は様々であるが、最適な所に設置できない、スペースが限られている、開口が十分とれない、メンテナンスのやりにくさを改善したいが出来ないといったことを日本ではよく聞く。そのような制約は、ここアメリカでは無いのだろうかと思えるほど、見学した施設のスピーカはその存在を主張するかのように設置されており、その構成、数量も十分すぎる程で、配置も直接的で明快である。建築における音響設備が日本よりも優先されているように思える。設備が多少過剰気味であることとデザイン的にアンバランスな点は個人的には疑問を感じたが、いい音を提供しようとするストレートな姿勢が感じられた。このような音響の自己主張?の強さみたいなものをもっと見習ってもよいのではないかと思う。
ちなみにJBLのエンジニアに、スピーカを隠さなくてはならないような場合はないのかと聞いたところ、アメリカでもあるという答えであった。そういう苦労した物件についても、機会があったらその成果を是非見てみたい。(内田匡哉 記)
ホール電気音響設備の改修事例シリーズ(1)
当社では以前より舞台電気音響設備の改修計画・設計・監理業務を実施していたが、最近、相談を受ける件数が増加してきている。そこで、改修における様々な問題点と、それをいかに改善したかという事例集をシリーズで取りあげることとした。その第一回として音響、照明、建築意匠などの色々な要因が集中せざるを得ないホールプロセニアム周辺の話題に的を絞って紹介する。
プロセニアム周辺においては、スピーカシステムの形態と設置方法、および3点吊りマイク装置をいかに望ましい位置に設置するかというのが基本的な課題であろう。ホールのスピーカシステムは、従来の映画音声再生用のスピーカから派生したコンポーネントタイプ(ホーン、ドライバー、ウーハ、エンクロージャの組合せ)の2~3Way型のスピーカから、PA、SRの世界で現在、主流となっているワンボックスタイプの3~4Way型のスピーカに切り替わりつつある状況にある。特に、運営にたずさわる若い技術者を中心にワンボックスタイプのスピーカが好まれており、コンポーネントタイプからワンボックスタイプへの改修の要求が多くなってきている。しかし、ワンボックスタイプのスピーカを組み合わせると、どうしてもコンポーネントタイプよりも大きな形状になってしまうため、同じ場所に納めようとしてもバックスペースや開口寸法などのいろいろな問題が生じている。
プロセニアムライト(バトン)はプロセニアムスピーカを客席側に追いやる原因となるとともに、3点吊りマイク装置のマイクロホンがステージに近寄れない原因ともなっている。最近ではバトンを分割したり、プロセニアムスピーカよりも客席側にライトバトンを設置することもある。また、3点吊りマイク装置はプロセニアムライトをまたいでステージ側に吊り点を設置するケースもある。さらに、マイクがステージ内へ動くようにしたいという要求が現場からあがることもある。
以下にプロセニアム上部スピーカに関する問題点と具体的な対策の事例をいくつか紹介する。
[問題点]:開口部が小さい。
→[対策例]:天井を切り込み開口を広くした。
[問題点]:開口部が小さくスピーカが納まらない。
→[対策例]:ワンボックスタイプを切り離して分割して設置した。
[問題点]:スピーカの背後にキャットウォーク階段がぎりぎりに迫っていて狭い。
→[対策例]:別途、開口を設け、既設の開口は塞いで内装仕上げをやり直した。
[問題点]:天井が平らで十分な開口寸法が取れず、音の進路が天井で妨害されている。
→[対策例]:電動昇降式のスピーカクラスタを既設天井の下に新設した。
[問題点]:開口部のクロスの木枠が太く高音域の音の進路を妨害している。
→[対策例]:周囲の枠を固定しておけば強度は十分なので、中央部の木枠を撤去した。
[問題点]:開口部が開口率50%の木リブ仕上げのため音像が引っ込んでしまう。
→[対策例]:リブを取りやめ、直径5ミリ程度の金属丸棒に変更した。
[問題点]:スピーカの取付金物が固定のためスピーカの向きの調整ができない。
→[対策例]:撤去してフレキシブルなものに交換した。
[問題点]:天井裏の空間に音が響き拡声音がもやもやする。
→[対策例]:スピーカの背後にグラスウールなどの吸音性のカバーをかぶせた。
以上のプロセニアム上部スピーカに関する事例に引き続き、次号ではプロセニアムサイドスピーカに関する事例を紹介する予定である。(電気音響開発グループ 記)