永田音響設計News 95-12号(通巻96号)
発行:1995年12月15日





棚倉町文化センター・倉美館がオープン、ハンガリー国立交響楽団を聴く

棚倉町文化センター・倉美館の外観
 福島県東白川郡棚倉町に、11月3 日棚倉町文化センター・倉美館がオープンした。倉美館は東北新幹線新白河駅からJRバスで40分にあるリゾートスポーツプラザ『ルネサンス棚倉』の一角に建設された文化センターである。施設は、創る・育てる・触れる、の3 つのテーマをもとに生涯学習センターとしての各種教室、多目的展示ホール、プラネタリウム、そしてクラシック音楽を主目的とする606 席の多目的ホールで構成されている。

 設計は古市徹夫・都市建築研究所、施工は東急建設である。このプロジェクトにはどういう訳か大勢の女性が参加した。オーナー側を代表する棚倉町の藤田満寿恵町長は全国で初めての女性町長、フロントカウンターのデザインは藤江和子さん、ウォータースクリーンのデザインは庄野泰子さん、オブジェのデザインはイタリアのVeronique Belmont さん、建築設計担当は佐渡利枝子さん、そして音響担当も当事務所の福地智子と私、石渡智秋という面々であった。


 建物は楕円筒・円筒・立方体などが組み合わされた中に、水の流れや上思議な階段が添えられている。見える風景が角度によって違い、眺めているだけでも楽しい。それに、建物の合間から見る八溝連峰の夕焼けは、また格別の趣がある。

ホールの断面図
倉美館の平面図
 ホールはその中の楕円筒の部分にある。早い時期から設計作業に参加したことから、天井高を高く十分な容積を確保するなどの音響上の基本条件を建築設計に導入することができた。ところがある日、ホールのプランが楕円形になっていたことに気付いた。一般的に円形・楕円形というのは反射音がある箇所に集中するために要注意の形状である。しかし、設計者の意思は固く、音響設計サイドとしてはその対策に苦慮した。幸いなことに舞台側には通常の可動反射板があり問題はなく、後壁部分についてはリブ+グラスウールの吸音構造で反射音の集中を防ぐことにした。リブの寸法は20×40mmで20~40mmのランダムな間隔で配置した。リブが細く白いので間のサランネットと一体になって、遠くからは和紙貼りのような柔らかな印象を与える。また、ギャラリー上部の側壁は視覚的には曲面を見せつつ、その音響的な障害を避けるために、厚さ12mmの強化ガラス製の屏風折れ形状の反射板を壁から張り出して設置した。側壁にはテクニカルギャラリーを設け、その下部の壁は屏風折れ形状にした。全体として、吸音面積はかなりの量となったが、室容積が十分あったため、コンサートホールとしても余裕のある響きが実現できた。残響時間は反射板設置時、満席で1.8 秒(500Hz)である。なお、完成後の音響測定で音の集中はないことを確認している。天井面については、木仕上げの反射面が天井内に浮いているようなデザインであり、音響側の注文をうまく造型的に処理された設計者のデザイン力に敬朊している。

残響時間周波数特性
 オープン記念の一環として12月4 日には町民待望の小林研一郎指揮・ハンガリー国立交響楽団の演奏会が行われた。演奏会はキャンセル待ちが出るほどの盛況で、当日はギャラリーに補助席が設けられた。演奏の開始直前、指揮の小林氏からオープンのお祝いの挨拶があった。異例のことである。曲目はリストの前奏曲、仲道郁代さんによるグリーグのピアノ協奏曲、それにドヴォルザークの新世界で、熱のこもった演奏であった。客席数606 席に対して余裕のある9,400m3(気積 15.5m2)の空間にハンガリーの音が一杯に鳴り響いた。終始、和やかな雰囲気の中、アンコールもお得意のハンガリー舞曲第5 番(クラリネットの裏の旋律はめずらしかった)をはじめ3 曲もあった。観客はアンコール中も1 人として席を立たず、拍手が続いた。小林氏からは、設計・施工中意見をいただいていた関係もあり、どの様な評価なのかが心配でもあったが、『どの客席もむらがなく、舞台も客席もよいホールに仕上がりましたね。ヨーロッパの音がします』との好評をいただいた。

 筆者のコンサートの印象を一言。実は、ホールの規模から今回の曲目・編成は大きすぎるのではないかと心配であったが、本拠地のホールもあまり大きくないせいか熱演の中でも節度のある演奏であった。低音から高音までフラットで素直な響きで、ホールの大きさのせいもあるがppがよく響き、大編成の演奏も受け入れられる響きに余裕のあるホールではないかと思う。次の機会に室内楽やピアノなどのppの響きをぜひ聴いてみたい。

 このホールに隣接するルネサンス棚倉は宿泊施設、クアハウスをもった総合スポーツ施設である。ハンガリーの楽団員さんもここに泊まり、クアハウスにも入られた(はじめは水着をつけて入って来た?なんて話も)そうです。温泉につかってコンサートを聴いて、泊まって翌日は普段の運動上足の解消なんていかがだろうか?夜は満天の星空も眺められる。来春3 月に仲道郁代さんのリサイタルが予定されている。仲道さんも今回の演奏でホールには好印象をもたれており、リサイタルが楽しみである。(石渡智秋 記)

95年の音響界を顧みて

ホール事情   永田音響設計が関与したプロジェクトの中で今年は12の文化施設が誕生した。間接的な技術援助であったが、東京虎の門に232 席のJTアートホールがオープンし、邦人演奏家による室内楽を中心とした活動を開始した。東京では一時小ホールの上足が叫ばれたこともあったが、これで都心の小ホールは10館となる。稼働率70% としても小ホールだけで、年間の演奏会は2500回となる。もう限度ではないだろうか。
 なお、建設中の大型施設としては墨田区、札幌市、福井県、および東京芸術大学の各コンサートホール、静岡県、山口県、奈良市の文化会館、その他、阪神西梅田計画等があり、バブル崩壊の余韻がくすぶっている中でもホール建設の勢いはまだ続いている。なお、W.ディズニーコンサートホールについては92年12月に着工したものの、昨年の末、一時中止という通知があり現在まで進展はない。その原因は本年10月の Architectural Record誌が報じているようにホール部分の設計予算と工事金額との大幅な違いにある。来年、地下の駐車場だけがオープンするとのこと、わが国では考えられない事件である。

音響設計の課題  コンピューターシミュレーションによって、音場の可視化(visualization) が可能となり、初期反射音に着目する設計が室内音響設計の中心的な作業として定着してきた。さらに、信号処理技術の発達によって、モデルをとおしての演奏音をかなりの音質で確認できるようになった。これを音場の可聴化(auralization)という。現在、学会レベルの関心が集中している部門である。それだけに、各社、音響設計の技術レベルの誇示に利用しているが、音響効果に対しての総合的な評価体系がない現在、実務面での活用は今後の課題である。著者が聴いたいくつかのシステムの中でBose社が開発した拡声音のシミュレーターは設計のツールとして使用できるレベルの製品として評価できる。
 一方、実務面ではハイテク技術とは別のサイドの仕事も進めている。京都コンサートホールの床構造の実験についてはNews 93-07号で紹介したが、オーケストラ迫りの詳細についても、専属の演奏団体をもつ京都、札幌などのホールにおいて、より好ましい響きへの追及を続けている。
 このように今日の音響設計は響きの質の領域へと進展している。しかし、実際の演奏を通して感じる音響効果をどこまで予測できるかとなると音響技術の限界をあらためて感じざるを得ない。今年オープンした紀尾井ホールと京都コンサートホールとは、規模、舞台まわりの反射条件などに違いはあるが、両ホールともシューボックス型のホールであり、響きの設計のアプローチも同じである。まだ開館したばかりで各種の演奏を聴き込んだわけではないが、第一印象として響きの質の方向が異なるのである。
 オーケストラという舞台一面に広がった音源の取扱い、壁や天井の拡散体の効果、100Hz以下の低音域の音場の制御など、音響設計の壁はまだいたるところにある。いや、残響時間の設計基準にも疑問がある。それに、実際の演奏をとおして感じる音響効果の仕組みについても考えてみる必要がある。幸いにもわが国のホールでは高い水準の演奏が行われている。物理的な評価と主観評価を総合した形の研究の必要性を感じている。

学会の活動状況  今年の5 月、霧島国際音楽ホールにおいて開催された音楽とホール音響に関するシンポジウム「MCHA '95《が印象深い。主催された安藤教授色の濃い内容であったが、各国から音響学者、コンサルタントの参加があり、at home 的な雰囲気の中でホール音響について様々な立場、角度からの発表があった。現在の室内音響についてはこのようなタイプの会議が相応しい。定期的な開催を望んでいる。(News 95-6 号参照)
 もう一つは11月に建築学会が主催した「音の拡がり感の用語と定義について《のシンポジウムである。神戸大学森本教授の司会で7 吊のパネラーによって、研究成果の披露から、実際の聴取体験からの見解の発表があった。面白いことに、この課題については実験室音場での評価とコンサートの現場での評価について、音の捉え方に大きな違いがある。それだけに、研究者はホールでの演奏を、コンサルタントは実験室音場での“拡がり感”を体験することから今後の研究の糸口が掴めるのではないかと思えた。(News 95-11 号参照)

オルガン界  今年は静岡音楽館AOI にケルン社の41ストップ、京都コンサートホールにクライス社の90ストップのオルガンが入った。ケルン社は今わが国で人気のあるビルダーであり、クライス社のオルガンは久し振りである。いずれも評判はよい。さらに墨田区のホールのイェームリッヒ(独)をはじめとして、札幌、新潟、横浜、豊田各市のホール、東京では東京芸大、カザルスホールのオルガンが進行中である。なかでも、着目されているのがカザルスホールのアーレント社のオルガンである。ビルダーの都合でスケジュールが一年早くなり、1997年早々の披露の予定で、設置工事計画が進められている。
 なお、今年の話題といえば、ビルダー選定の手続きとして、従来の提案方式に加えて、 1 社指吊と入札という異例の方式が行われたことであろう。

オーディオ界  巷には横長のテレビが並ぶ今日この頃であるが、CDに継ぐ音楽メディアとして、DAT を抜いてMDに勝負があったようである。オーディオ界はハイエンドオーディオとミニコンポクラスの2 極化が進んでいるが、かつての勢いはない。将来のシステムとして、各社ハイビット、ハイサンプリング方式のフォーマットをめぐって、駆け引きが行われているようである。また、ハイビジョンの本放送をひかえて、マルチチャンネルの再生方式についてもいくつかの動きが見えてきた。一方、真空管アンプ、レコードプレイヤーなどアナログ方式の復活がオーディオ誌を賑わしている。(永田 穂 記)


 明るさを期待した年でしたが、暗い事件に明け暮れました。来年こそはという思いです。ところで、本Newsは来年4 月に100号を迎えます。これを機会に皆様との交流をかねて、ささやかな会を考えております。それでは皆様、よいお年をお迎え下さい。 永田 穂


永田音響設計News 95-12号(通巻96号)発行:1995年12月15日

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