永田音響設計News 95-10号(通巻94号)
発行:1995年10月15日





札幌芸術の森アートホール「アリーナ《オープン

左:アートホール全体平面図       右:アリーナの断面
 札幌芸術の森は1984年から15ヶ年というスパンで札幌市が計画を進めているユニークな施設で、南区郊外の自然の中に位置している。絵画や彫刻、陶芸などのほか、音楽、演劇といった舞台芸術までの幅広い芸術活動の「制作、研修、練習、発表《の場として、専門家から一般市民のアマチュアレベルまでの幅広い利用を対象とした施設である。その中の「アートホール《は、大練習室(489m2)、中練習室(171m2)と二つの小練習室(48m2)で構成され、舞台芸術の練習の場として1987年にオープンした。普段は主として地元札幌交響楽団の練習会場として、また、毎年7 月にはPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル) のメインの練習会場として使用されてきた。しかし、最近では一般からの利用申込も増えてきたことから、よりオーケストラの練習に適した新たな練習場が要望され、既設アートホールに隣接、延長する形でこの「アリーナ《が計画された。

 新「アリーナ《は約 600m2の床面積と約12m の天井高を確保しており、これまでの大練習室に比べて一回り大きく、オーケストラの練習に対してより適した環境が実現されている。既設の練習室群はそのまま存続し、しかも、新たに5 室の中小練習室がアリーナに付属する形で建設されたため、アートホール全体ではアリーナ、大練習室、その他に合わせて8 室の中小練習室という一大練習室ゾーンが形成されることになった(図参照)。


音響設計と音響特性
 新「アリーナ《は、フルオーケストラの練習を主目的として計画されたものであり、それに加えて小編成のコンサートやソロのリサイタルなどにもある程度対応可能なように、というのが計画・設計の基本方針であった。建築デザインの面から、より求心的で親密感のある室形状として長円形の平面形状が提案され、この形状に起因する音響障害の除去と、札幌市内中心部に建設が進められている2,000 席のコンサートホールにおけるステージ上の音響特性との類似性の実現が、アリーナの室内音響設計の大きな課題であった。設計の要点をとりまとめると次のとおりである。

残 響 時 間 特 性
壁面の音響処理
(1) 長円形を構成する凹形状壁の表面は音響的にほぼ透明な50% 開口リブ構造とし、その背後に拡散形状の反射面を設置することによって音の集中を回避した。(図参照)
(2) 壁面リブ構造と背後反射面との間にスペースを確保し、そこにカーテンなどの吸音材や反射材の設置等、音響的に必要な調整が後でも簡単に可能なようにした。( 図参照)
(3) 計画中のコンサートホールに合わせて天井高をできるだけ高くとり、1,000 席クラスのコンサートホール空間に匹敵する約10,000m3の室容積を確保することができた。
(4) 計画中のコンサートホールに合わせて舞台周辺にコーラス席兼用の椅子席を設け、両者の音響条件ができるだけ近くなるようにした。

 完成後の残響時間の測定結果は中音域(500Hz) において約1.8 ~1.9 秒( カーテンの開閉による) であった。通常の練習はこの状態で行われるが、コンサート時は1Fに可動椅子が設置される (2Fバルコニー席180 を併せて計580 席) 。この時の残響時間は、空席時約1.7 ~1.8 秒、満席時約1.4 ~1.5 秒 (いずれも500Hz) となる。また、音の集中によるエコー障害は全く生じていない。

新コンサートホール用オーケストラひな段迫りの検討
 このアリーナは札響専用とはいかないまでも(一般貸出あり)その練習に対しては他より優先権が与えられている。また現在、建設中の2,000 席のコンサートホールは、札響の本拠地、すなわち定期公演等の会場となることが予定されている。ここでは特にオーケストラ用ヒナ段迫りなどステージまわりのデザインをできるだけ札響のスタイルに合わせる検討も行っている。すなわち特定のオーケストラに合わせたステージ環境を造りだすという一歩進んだ設計である。音響設計側からは通常のホールのように管楽器、打楽器のみを高くするヒナ段迫りではなく、弦楽器パートまでを対象としたオーケストラ用ヒナ段迫りを提案している。

 一方、演奏のうえで、良いアンサンブルを作るうえで、また音響的にも望ましい配置はどのようなものか、楽器の配置についてもこれを機に検討が進められている。これは当然オーケストラによっても異なってくる性質のものであるが、慣れの要因も非常に大きいため、現在、新設の「アリーナ《で実際に合板でヒナ段のモックアップを作り、オーケストラに試用してもらいながら時間をかけて寸法や高さなどの検討を行っている。いわばヒナ段迫りの仮縫いのようなものである。その意味では、今回の練習用ホール「アリーナ《の完成は大変意義深いものといえよう。専用ホールどころか専用練習所さえままならない東京の多くのオーケストラの実状を考えると、札響は大変恵まれた環境にあるといえる。当事務所ではこれまでにディズニー・コンサートホール(ロサンゼルス・フィル)や京都コンサートホール(京都市交響楽団)でも同様の試みを行ってきており、札幌が3 例目となる。上特定多数の使用者を対象とした単にホールのハードだけの音響設計から、特定の使用者による特定の使われ方を想定した、いわばソフトまで視野に入れた音響設計を進めている。(豊田泰久 記)

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◆京都コンサートホールのオープン
  京都コンサートホール外観        大ホール 京響の練習風景
 今年の3 月に竣工を迎えた京都コンサートホール(建築設計:磯崎新アトリエ)が今月12日にオープンした.市長等関係者によるテープカットに引き続いて、開館記念式典が行われた。記念演奏として祇園芸妓衆による「手打ち《に始まり、ハンドベル、合唱、ブラスバンド、最後に京響による演奏など華やかなオープニングであった。中でも橘女子高校ブラスバンド部によるマーチングドリルの演奏は見事であった。



 この開館には1,839 席の大ホールと514 席の小ホール(アンサンブルホール ムラタ)がある。アリーナステージをもつ大型のシューボックスホール、京響のホームグラウンドということで、音響設計にも新しい課題があり、また将来のホールを見通した試みも組み込んである。設計と音響特性については次号で紹介する。

◆オーディオが復活したオーディオ・フェアー´95
 このNEWSが間に合わないのが残念であるが、今月の10日(火)から14日(土)の5 日間、池袋のサンシャインシティにおいて、44回のオーディオ・フェアーが開催された。
 初日の10日のオープニングに出掛けたが、開場入口には長蛇の列ができており、オーディオ復活の兆しを感じた。昨年のフェアーはカーナビなどの人気家電製品の展示がやたら目立ち、それに“音の日”の取って付けたような宣伝が一層会場を白々しいものにしていたことはまだ記憶にある。今年は携帯電話や液晶TVが主役になるぞ、といった噂もあったが、幸いにも、今年は各社ともオーディオ製品を中心とした展示であったのは心地好かった。会場の雰囲気も落ちついていた。
 さらに、新しい展示として、オーディオ我楽多市のコーナーが設けられ、ハードからソフトまでの中古品の即売市がかなりの規模で行われていた。まさにマルチスタイルのオーディオ・フェアであった。ここで珍しいCDを4 点購入した。
 専門メーカーの方の話しによれば、ハイエンドオーディオのマーケットにはバブルの影響はそれほどなく、よい製品については根強い需要があるいるということであった。オーディオ本来の香りを呼び起こすフェアーが続くことを期待したい。

◆伊藤栄麻ピアノリサイタルのご案内
 伊藤栄麻さんとそのコンサートについては本NEWSでもご紹介した。一部のピアニストには評判が悪かった松本のハーモニーホールの響きがお気にいりで、モーツァルトのソナタ、最近ではバッハのゴールドベルグの録音をされている。ゴールドベルグについては、CDの他に、LPとDAT がある。録音を担当されたT.Garfinnkleさんも、CD,LP,DAT それぞれ別の器材を使用するという凝った作品である。たしかに厚めの盤のLPの音は絶妙である。オーディオファンの方にはお薦めしたい一枚である。(M-A Recordings itoema HQ-180)
 ところで、伊藤さんが11月の25日(土)の19時より、カザルスホールにおいてリサイタルをされるのでお知らせする。このカザルスホールも一部のピアニストからはネガティブな反応があり、ピアノについては評価が二つに割れているホールである。これまでの録音とおなじように、今回も伊藤さんは手持ちのベーゼンドルファーか1903年製のニューヨーク・スタインウェイのいずれかを持ち込まれ弾かれると聞いている。曲目は

  モーツァルト:ソナタ楽章 ト短調 K.312、  ソナタ第10番 ハ長調 K.330
  シューマン :子供の情景 Op.15 、     ダヴィッド同盟舞曲集Op.6

の4 曲である。カザルスホールでシューマンをどのように弾かれるのか興味がある。
 なお、チケット(5,000 円)はチケットセゾン、チケットぴあ、カザルスホールチケットセンターで扱かっています。永田技研(Fax:03-3371-3350)でもお世話します。

◆騒音防止協会専務理事後藤氏逝去さる
 長年、騒音防止協会の専務理事として活躍された後藤剏氏が9 月16日逝去された。享年72才、まだまだお若いのに残念である。
 後藤さんはもともとフランス法律の専門家だと伺っている。行政と騒音対策との間にたって、余人ではできないお仕事をされてこられた。「1ホン 何万円《などの発言でマスコミでも話題となった方である。また、後藤さんのお家は徳川家の財政を担当された吊門と聞いている。後藤コレクション(?)も有吊である。心からご冥福をお祈りします。


永田音響設計News 95-10号(通巻94号)発行:1995年10月15日

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