永田音響設計News 94-7号(通巻79号)
発行:1994年7月15日





セイビン・シンポジウムに参加して

 W.C.Sabineが今日の室内音響学の基になる残響の研究に取り組んでから、ほぼ1世紀になる。これを記念して、 W.C.Sabine Centennial Symposiumが6 月4 日から6 日の3 日間、Sabineゆかりの地ボストンのマサチューセッツ工科大学で開催された。同時に第127 回アメリカ音響学会も開催され、建築音響分野のプログラムはこのシンポジウムに組み入れられた形で行われた。このシンポジウムに永田は組織委員会から招請され出席を予定していたが都合がつかなくなり、急遽代理で筆者が出席した。

Sabineが音源に使用した
オルガンパイプ
1890年代のFogg Art Museum
 Sabineは、ハーバード大学物理学コースの助教授時代に、キャンパス内に完成したばかりのFogg美術館の講義室(当時 400席)の音響改修を手掛け、その成功により当時計画中であった今日のボストン・シンフォニーホール建設に音響コンサルタントとして参画することとなった。Fogg美術館の講義室は円筒形、天井はドーム状の建物で、形状による音響障害もさることながら、当初は響きが長すぎて講義室として使い物にならなかったそうである。この室の改修担当としてSabineに白羽の矢が立てられたのであるが、彼の専門は光学と電気学で、進んでこの仕事を引き受けたのではなく、断れない立場にあったとのことである。当時、室内の響きの調整に関する資料は殆どなく、問題の講義室にカーテンを持ち込み、響きが減ることにヒントを得て、響きの量の定量化に挑んだのである。彼はまず、ノイズの出ない定常音源として512Hz のオルガンパイプを室に持ち込んで、音源を停止させてから“聞こえなくなる”(検出は耳)までの時間を測定した。また、同じ室に吸音材となる椅子のクッションを持ち込み、その数を変えて響きの継続時間を測定し多くのデータを集めた。記録によると、彼は夕方になるとサンダース劇場から向かいのFogg美術館講義室にクッションを運び込み、夜間測定を行ったとのことである。
 彼はこれらのデータから、今日Sabineの残響式と呼ばれている、RT=0.161 ×V/A 、(RT:残響時間,V:室容積,A:総吸音力)の基になる(クッションの数)×(聞こえなくなるまでの時間)=一定、の関係を導き出した。彼はこの研究に1895年~1897年の3 年間を費やし、1900年に成果を"Reverberation"という論文にまとめたのである。

 その頃、ボストン・シンフォニーホール(2,579席) の計画は、一世代前のシューボックス型のゲヴァントハウス(1,517席)をモデルに進められていたが、その寸法は収容人員を増やすためゲヴァントハウスの1.3倊で計画されていた。Sabineは、自身の残響式から空席時の残響時間が3 秒を越えることを示して、寸法、特に幅を狭めることを求めたという。
 ところで、Fogg美術館講義室は後壁と天井の一部に起毛付きの布を貼る改修が行なわれた。満足ゆくまでには至らなかったが、許容できるまでの響きにはなったそうである。その後、規模が縮小され、室形状による音の集中障害の改修なども行なわれ、また、美術館の移転もあって、この室は建築コースの講義室として半世紀の間使用されてきた。しかし1973年に新しい施設建設のために取り壊され、いま当時の状況は写真で偲ぶしかない。室内音響に多少なりとも関係する者としては、とても残念に思う。

Sabineシンポジゥムの会場
 さて、シンポジウム初日は夕方からのオープニングセッションのみで、発表は2,3 日目に集中して行なわれた。発表件数は、テーマを掲げた5 つの招待講演セッションとそれにほぼ関連した投稿論文講演のセッションで合計85編という数で、通常の学会に比べて大変盛況であった。筆者は、"Spaces for Music Performance"のセッションで、永田の論文" Concert organs and acoustical design"を代読した。
  我々はコンサートホール建設ブームの中で、オルガン導入にまつわる幾つかの問題に直面してきた。オルガンに必要な高い天井高と一般の楽器の演奏のし易さのためのほどほどの天井高との兼ね合いや、響きの長さの設定に関わる問題などである。永田の論文ではこうした問題点を指摘した上で、ステージ上の演奏のし易さを確保するための反射板の設置、室形状の工夫、低音パイプを閉管で構成した例などを紹介した。また、響きの長さについては、福島市音楽堂の満席時2.5 秒という残響がオーケストラ演奏にとって上限であることを述べた。合わせて、オルガンの音響パワーや吸音特性の測定例、また、コンサートオルガンのための残響付加システムの導入例などにも言及した。

 このセッションの座長は2 本あるコンサートホールの最適残響時間カーブの短い方を提唱したC.M.Harrisで、P.S.Veneklasenの特別講演でスタートし、今最も活躍している音響コンサルタントC.Jaffe, 永田(小口代読), R.Johnson, C.W.Day (Marshall Day Assoc.),R.L.Kirkegaard等が次々に演壇に上った。永田以外はみなステージ音響を取り上げていた。デイビス・シンフォニーホール(サンフランシスコ)やエイブリー・フィッシャーホール(ニューヨーク)のステージ改修を皮切りに、フィラデルフィア、シカゴ、ボストンなどビッグ5のオーケストラの本拠地が軒並み、ステージまわりを中心とした音響改修に乗り出している。
 その他の招待講演では、L.L.Beranekによる歴史的レビューに関するセッション、M.R.Schroederの室内音響理論に関するセッション、M.Barronのホールの測定に関するセッションなどが設けられていた。

 夜は、初日にボストン・ポップス、2 日目に東京クァルテットの演奏会がセットされていた。筆者は初日夕方にボストンに着き、シンフォニーホールでのポップスの演奏会には休憩後になんとかすべりこむことができた。6 月はポップスのシーズンで、シンフォニーのシーズンに設置されているメインフロアーの客席椅子と置き床は取り払われ、丸テーブルと折り畳み椅子が所狭しと並べられていた。観客は飲み物と軽食を注文して気楽にポップスの演奏を楽しんでいた。ポップスは小沢征爾の率いるボストン・シンフォニーとは別のオーケストラと聞いていたが、弦楽器の柔らかく肌触りのやさしい響きは、以前シンフォニーを聞いて受けた印象と共通であった。このメロウな音は何によるのだろう?一方で、金管群が吠えると弦の音がかき消されてしまうのもシンフォニーと同じであった。
 2 日目の東京クァルテットの演奏会は、シンポジウムの主会場であるKresge Auditoriumで行われたが、ここもBeranekの著書「音楽と建築と音響《に紹介されているホールである。扇形の平面で開いた先の後壁は吸音処理されている。またドーム屋根の形がそのまま天井の形になっているので、音響障害を解消するために天井形状がほとんど判らないくらいに反射板が多数吊り下げられている。この反射板に取り付けられたスピーカが前方席をカバーしていないので、スライドを見ようと前に行けば話が聞き取れず(特にnativeでない我々には)、逆ではスライドが見にくく、 Auditoriumといいながら講演会場としては設備的な上備が目立った。クァルテットでは、音に包まれた印象はなかったが響きのドライさは感じなかった。天井が低く、扇形に拡がった空間であるため、初期反射音は天井からしか期待できない空間である。コンサート前半は、東京クァルテットがいつも使っている17世紀のイタリアの楽器と、アメリカの製作者により最近完成した3 組の、合計4 組の楽器による弾き比べが行われたが、もちろん、我々には製作者は告げられなかった。違いは判るがどれもが良く鳴っているという印象で、好みの問題でしかないように思えた。ただし、4 人のアンサンブルが最もうまくいっていると感じられたのは古いイタリアの楽器を使ったときで、やはり普段弾き込んで馴染んでいるせいなのだろうか。

 今回の記念シンポジウムは出席者も多彩で、普段著書や文献でよくお目にかかる音響学者や今最も活躍している音響コンサルタント勢揃いという趣であった。突然のピンチヒッターではあったが、筆者にとって大きな刺激になった。(小口恵司 記)

本と雑誌の紹介

◆“オーディオ新時代”*音楽を数字で刻む*中島平太郎 著  裳華房発行 定価1339円
 中島平太郎さんはNHK 時代からの大先輩で、CDで代表されるディジタルオーディオ開発の先駆者である。この著書はアナログからディジタルへとオーディオが歩んできた道の解説からコンパクトディスク開発の際のエイヤ?の話など、いざという時の中島さんの決断を彷彿させる裏話まで、明快な文体で綴られている。
 CDに刻まれているビット(凹凸)の長さは0.9 から3.3 μm で、これは人の髪の毛の直径70~80μm 中に40から50のビットが入るといった具体例を示されると、ディジタルオーディオを可能としたわが国の技術のレベルの高さに驚かされる。終りには21世紀に向けてのオーディオの将来像が語られている。

   目次 第1章 コンパクトディスクの登場
      第2章 ディジタル技術の威力
      第3章 オーディオが歩いてきた道
      第4章 オーディオ新時代

◆『音響技術』85号特集・いろいろな音源
 雑誌『音響技術』はその吊のとおり、音響材料、騒音防止、建築音響に関する技術誌で、年4 回発行されている。昨年から永田が編集長を勤めている。発行の母体が音響材料協会であるだけに、記事の内容は騒音防止、遮音、床衝撃音などが中心である。何とかこの内容に新しい風を吹き込みたいと考えていたが、その第一回の試みが今年の3 月発行の“いろいろな音源”という特集である。騒音源としては雨音からルーバーの風切り音、室内プールの音、エアロビクスの音など変わった騒音源の資料を集めている。また、オーケストラや楽器の音響出力も紹介してある。次の変わった特集は9 月発行の“聞こえの衰えと音響計画”である。このような特集に対してぜひ購入という形でご援助いただきたい。定価は1850円、購入は日本音響材料協会 〒105  港区西新橋2-13-12  石膏会館内 Tel: 03-3591-2843

NEWSアラカルト

◆“音の日”の制定について
 (社)日本オーディオ協会会長中島平太郎氏の提案によって、エジソンが“メアリちやんの羊”の録音と再生に成功した1877年12月6 日を音の文化の保存を可能とした記念日として、“音の日”と命吊し、ソフト、ハード両面から、一大キャンペーンを展開する準備が日本オーディオ協会を中心に進められている。
 考えてみると、エジソンの最初の蓄音機から100 余年という歳月がたった今日、音の増強や記録だけではなく、周波数領域、軸時領域の加工までも自由になった。オーディオ市場にはAV機器やデジタル機器などがめまぐるしく登場しているが、いま、かってのFMステレオ放送やLPレコードが登場した時の音に対してのフレッシュな感動はうすらいでいる。オーディオ界においても世界市場に君臨していたわが国の大メーカーは足早に撤退し、秋葉原の店の様相もすっかりかわってしまった。また、生活環境には騒音があふれ、自然の音はいまや遠のいてしまった。
 ディジタルの鬼ともいえる中島会長も、この日を感動を重視した記念の日としたいということを趣意書で表明されている。一人一人がまわりの音に関心をもち、少しでも心地よい音環境をつくりあげることのきっかけになればと思っている。なお、オーディオ協会の具体的な行事としては「日本プロ音楽録音賞《、「録音コンテスト《などの外に、京都遷都1200年を記念とした京都の音のCDの発売などが計画中である。ご関心のある方はどうか下記の日本オーディオ協会事務局にお問合わせいただきたい。
〒150  渋谷区神宮前 1-14-34 森ビル3F  Tel:03-3403-6649


永田音響設計News 94-7号(通巻79号)発行:1994年7月15日

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