No.078

News 94-6(通巻78号)

News

1994年06月15日発行

カルミナ・クァルテットの公演から

 5月22日から約2週間来日して、東京のカザルスホールをはじめとして日本各地で公演を行ったカルミナ・クァルテット(以下カルミナQ)を聴いた。カルミナQは1984年に結成されたメンバー全員が30代のまだ若いクァルテットで、スイスを本拠地として活動している。第1ヴァイオリンの男性とヴィオラの女性が夫婦、この女性のみアメリカ人で他のメンバーはスイス人という構成である。

 カルミナQが最初に来日したのは1988年で、カザルスホールがオープンして間もない頃に同ホールが招聘したものである。カザルスホール主催による公演は厳選された本当に良いものだけをという方針と聞いているが、カルミナQの名は、当時日本では未だ全く無名のグループであったためチケットの売れ行きは困難を極め、コンサート会場は空席が目立っていた。筆者も正直なところほとんど期待もしていなかったし、少しでも空席を埋めるのに協力をしようという程度で参加したコンサートであったが、彼等の演奏は実に素晴らしいものであった。いずれの曲も気を抜いた演奏はひとつもなく緊張の連続であった。そして驚異的なことは、彼等ひとりひとりの音色が洗練されていてとてもきれいで柔らかく、しかも4 人のアンサンブルが一糸乱れぬ程の完璧なものであったことである。これほどアンサンブルのレベルが高いクァルテットは初めてであった。その次に彼等が来日したコンサートでは、彼等の名前はまだビッグ・ネームではないのにチケットがすぐに売り切れて満席になった。東京の聴衆の凄いところは、よい演奏かどうかを知名度に左右されずに自分で聴き分けて、良かったらその次も聴きに来るリピーターが確実にいることである。

究極のカルミナ・クァルテット

 カルミナQは、初来日以来すでに4 度目の来日であるが、今回もカザルスホールでは二公演ともチケット売り切れ、満席の盛況であった。筆者の聴いたプログラムは、ハイドンの「皇帝」、ヤナーチェクの「クロイツェルソナタ」、ベートーヴェンの「ラズモフスキー第3番」というものであった。いずれも以前にも増して緊張感の高い素晴らしい演奏であったが、とりわけヤナーチェクが印象に残った。“弦”に向いているといわれるカザルスホールの音響を最大限生かすような演奏であった。良い席が残っていなくて、一階のほとんど最後部に近い席であったが、それでも十分堪能できた。

 これまで彼等の演奏をカザルスホール以外で聴いたことはなかったが、今回はじめて東京以外の地方公演のうち6 月4 日の沼隈サンパルホールでのコンサートを聴く機会を得た。サンパルホールは広島県東部の瀬戸内海に面した沼隈町という町に5 年前にできた約500 席のホールで、本Newsでもオープン時にその概要を紹介している(16号、89年4 月発行)。基本的には多目的ホールでありお世辞にも豪華なホールとはいえないが、ホール基本形状を天井の高いシューボックス型としたり、ステージ上の音響反射板を基本的に固定型(一部を回転させて多目的用途に利用)とするなどの工夫をして、クラシックコンサート時の音響を良くすることをかなり意図したホールである。「皆が待ち望んだホールができました。これからこのホールをどのように使いこなしていくかが我々に問われています。」建設時に熱心に陣頭指揮をとられた倉田久士町長(当時)がオープニングコンサートのプログラムで書かれていたこの言葉が印象に残っている。その後、倉田町長の意向を生かして、ジュリアード・クァルテット、N響室内アンサンブルなど年間に数本の室内楽コンサートが自主公演として企画され続けてきており、この6 月15日にもヴァイオリンの五嶋みどりの来訪が予定されているとのことである。

 沼隈サンパルホールでは、幸いにもカルミナQのリハーサルから聴くことができた。また、コンサート後の打上げにも同席して、彼等のコンサートとは違った一面も伺い知ることができた。リハーサルはコンサート直前の約1 時間半。普通はホールの響きなどを確認するためにその日のプログラムをさっと通して終りというパターンが多いが、カルミナQのリハーサルはちょっと違った非常に密度の濃いものであった。合わせ始めて気に入らない部分があると直ぐに誰彼構わず止めてピッチの確認をしたり、演奏についてのディスカッションを行うのである。今頃こんなことをと思えるほど基本に忠実で、細部にわたってとことん議論をしながら少しずつ進めて行くのである。あの美しい音色や神経の行き届いた完璧なアンサンブルの秘密を垣間見たような気がした。このような不断のリハーサルを積み上げていってやっと得られるアンサンブルなのであろう。演奏をしょっちゅう止めて意見を述べ、リハーサルを主導しているのはヴィオラのウェンディ・チャンプニーである。第1ヴァイオリンはまじめに、第2ヴァイオリンは黙々と、そしてチェロはニコニコと愛想良く、それに付き合っている・・・・、少なくとも外面的にはそんな感じに見えた。そういえばオーケストラでも、本番前のリハーサルでピッチを合わせるというところまで遡って基本から忠実に細部にわたってチェックしているいくつかのオーケストラと指揮者に出合ったことがある。ショルティとシカゴ交響楽団、デュトワとモントリオール交響楽団、チェリビダッケとミュンヘン・フィルハーモニーなどがそうであった。いずれも完璧で美しいアンサンブルを誇っているオーケストラばかりである。

 サンパルホールでのカルミナQのプログラムは、ハイドンの「日の出」、ドビュッシーの弦楽四重奏曲ト短調、ドヴォルザークの「アメリカ」というものであった。彼等が地方では未だほとんど無名ということもあって、比較的ポピュラーなプログラムにもかかわらず事前のチケットの売れ行きは芳しくなかったようであったが、当日の観客はおよそ 300人で6 割位の入りであった。演奏は東京でのコンサートと同様、期待を裏切らない素晴らしいものであった。特に印象に残っているのはドビュッシーである。東京でのヤナーチェクとこの夜のドビュッシーは、この優れたアンサンブルによる演奏でなければ曲の魅力が半減するのではないかと思えるほど素晴らしいものであった。ホールの音響については、カザルスホールよりホール容積がやや少ないせいか、より濃密な響きの印象を持った。

 コンサート後の打上げの時に聞いたところによると、ヨーロッパでは音響の良いホールは古いホールが多く、新しいホールの音響は概して良くないそうである。日本の新しいホールの音響は大変良い印象を持っており、サンパルホールも非常に気に入ってくれたようである。スイスでよく演奏する良いホールとして、クァルテットにはやや大きいがチューリヒのトーン・ハレとバーゼルのスタット・カジノをあげてくれた。また、ロンドンのウィグモア(WIGMORE)という600 ~700 席のホールはロンドンにおける室内楽のメッカともいえる大変良いホールで、是非一度行ってみることを薦められた。(豊田泰久 記)

NEWSアラカルト

スーパーディジタルオーディオと究極のレコードプレヤーの発表会

 アナログからディジタルへと大きく転換しているように見受けられるオーディオ界であるが、最近CDの限界が新聞の論壇にとりあげられたり (朝日朝刊 3月19日)、また一方でアナログレコード、真空管アンプの人気が再燃したりしている。混迷期にあると思われるオーディオ界の今日であるが、最近、表記の二つの発表会が行われた。いずれも参加者多数、久し振りに熱気のあふれた発表会であった。

 まず、スーパーディジタルオーディオについてであるが、これは日本オーディオ協会主催で、4 月15日の午後、東京原宿の東郷記念館で行われた。研究発表と、CDソフトの音質向上への各社の取組み方の現状報告という二部構成で、下記のような内容であった。

第I部 スーパーディジタルオーディオに関する研究

  1. JAS(日本オーディオ協会) スーパーディジタルオーディオ研究委員会の取組み
    1. 研究用音源収録の制作条件:沢口真生委員(NHK)
    2. 信号処理システムの概要:山崎芳男委員 (早稲田大学)
  2. 各社の取組みとデモ
    1. パイオニア(株)における取組み
    2. 三菱電機(株)における取組み

第II部 市販CDにおけるソフト会社の音質向上への取組み─各社の狙いと収録~商品化までの処理技術、ノウハウ、特徴などの解説および試聴

  1. (株)ソニー・ミュージックエンターテイメント
  2. ビクターエンターテイメント(株)
  3. 日本コロンビア(株)
  4. 日本フォノグラム(株)

 現在のCDの周波数帯域の限界である20kHz 以上の帯域の再生が重要であることはいろいろな事例から確実のようである。今回の発表の中心はサンプリング周波数の高域化と、現状の16bitsから20bitsへ拡張によるCDの音質向上の内容の紹介とデモであった。

 よりよい音を求める各社の真摯な姿勢にはオーディオの夢がまだ続いていることを感じたが、デモのプログラムの中に聞き苦しいプログラム(クラシック)があったことは残念だった。音楽を離れて音響再生だけに進みがちなのはオーディオの宿命なのだろうか。

 もう一つのアナログの会であるが、正確には“寺垣武さんを囲むオーディオ・ルネッサンスの会”で、技術評論家の森谷正規氏を中心とする発起人の呼び掛けによって、5 月12日(木)、虎の門のパストラルの宴会場で行われた。

 まず、寺垣さんとはどういう方なのか、オーディオ・ルネッサンスとはいったい何の会だったのかをご説明しなければならないであろう。

 一口にいえば、寺垣さんという町の発明家が長年かけて開発されてきたアナログプレヤーΣ5000の完成、発売記念の発表会である。

 寺垣さんはアナログレコードの時代に、カッテングマシンに比べてアナログプレヤーの機構の曖昧さが気になり、市販のプレヤーではLPレコードに刻まれた信号を完全に取り出していないのではないかという疑問をもたれた。そこからプレヤーの原点を目指した開発が始まったのである。数年以上前になるとおもうが、筆者もソニーの相島さんの案内でご自宅にうかがい、開発中のアナログプレヤーを見学したことがある。当時の機械はまず3 点測量からレコードの回転の中心を求め、これを真空でターンテーブルに吸着、カートリッジも溝をセンサーで検出するリニアートラッキングの方式であった。その後もいくつかのヴァージョンを経て、今回Σ5000として、定価320 万でセイコー・エプソン社から発売されることになった。

究極のプレヤーΣ5000 定価320万円

 寺垣さんという人物、この究極ともいえるプレヤーの開発の経緯については、森谷正規氏の著書「アナログを蘇らせた男」、講談社 定価1700円があるので、一読をお薦めする。

 現在、ブラックボックスに入力すれば、何らかの出力が得られるといった仕組みが当たり前となっているなかで、寺垣さんの生き方、考え方は一つ一つ歯車をきざんで確認しながら機械をつくりあげるという職人道ともいえる歩みである。このプレヤーも一時ハイテクを導入したが現在はハイテクは全く組み入れられてないということ。ターンテーブルは約1.5の角度をもった摺り鉢状で、レコードは錘りでターンテーブルに圧着するというプリミティブなメカを採用している。

オーム社発行の音響の書籍のご案内

 音響学、建築音響、ステージ音響、オーディオ、ビデオ、録音制作など音響各分野の書籍の案内のチラシを同封します。直接オーム社へFAX で申し込めます。

永田音響設計移転のご案内

 永田音響設計の移転のスケジュールが決まりました。新事務所はJR代々木駅徒歩2 分の足の便のよいところです。今後ともよろしくお願いいたします。

移転先:〒151 渋谷区千駄ヶ谷5-23-13  南新宿星野ビル 8F
電 話:03-3351-2151(代表)
FΑX:03-3351-2150

電話番号は変わりませんが、FAX は変更になります。
移転休業日:平成6年 6月16日(木)~20日(月)
業務開始日:平成6年 6月21日(火)
永田音響設計は2001年1月より下記の場所に移転しております。

〒113-0033
東京都文京区本郷2丁目35番10号
本郷瀬川ビル3階
TEL:03-5800-2671 FAX:03-5800-2672