富士市文化会館“ロゼシアター”オープン
関西方面への出張では、車窓からの富士の眺めが楽しみの一つである。特に新幹線の新富士駅辺りの、頂上からなだらかに裾を引く雄大な姿にはいつも感動を覚える。“ロゼシアター”は、この雄大な眺めの中心に位置する富士市の新しい文化施設として、この11月にオープンした。大ホール(1,642席)、中ホール(704席)、小ホール(326席)をはじめ、レセプションホール・展示室・会議室・リハーサル室・練習室などが併設されている。
中心となる3つのホールの特徴は、従来の多目的ホールの考え方をさらに発展させて、それぞれの主目的が明確に打ち出されたことにある。劇場コンサルタント((株)シアターワークショップ)の協力のもとに構想・計画段階においてこのような基本方針が決定され、大ホール:音楽(クラシック)、中ホール:演劇、小ホール:市民の自主文化活動をそれぞれの主目的とすることが設定された。実際の施設の設計に先だってその性格付けや運営などの基本方針がはっきりと打ち出されたことは本ホールの大きな特長であり、市サイドの達見である。当たり前のことのようであるが、実際にはホールの設計がスタートした後でこれらの議論を始めて、結局中途半端なホールになってしまうようなケースがいまだに多いのである。
大ホールの主目的は音楽(クラシック)で、「質の高い、豊かな響き」を目指した。天井が高く、奥行き方向に細長い箱型を基本形状として、ホール幅を上部側壁間で約25mに抑え、天井高さは客席前部で約16mが確保されている。ステージ上の音響反射板は、音響上、大きな重量を確保できることやパーツ間の隙間を小さくすることができるメリットを持つステージ走行式(NHKホールやオーチャードホールなどと同じ方式)を採用した。ステージと客席との一体性を重視し、特に天井はステージから第2シーリングスポットに向けてなだらかに連続するラインが特徴である。固定の吸音面として、一般的な後壁面や客席椅子のほかに、通路部以外の座席下の床面をカーペット敷とした。
中ホールの主目的は演劇で、客席は、メインフロアーの勾配が大きくバルコニー席も円形で、見易さを重視した配置となっている。音響上は「セリフが明瞭に聞き取れること」が重要なポイントで、プロセニアムに繋がる天井面を直接音を補う反射面として最大限利用している。また、壁・天井に多数のスピーカを埋め込むことによって臨場感あふれる効果音の再生を可能にしており、特に東京芸術劇場中ホールでもその有用性が確認されている客席天井中央部の大型スピーカシステムが大きな特徴となっている。一方、多目的ホールとしての機能、特にコンサートへの対応も欠かすことができず、大ホールと同様にステージ走行式の音響反射板を採用した。音響的に有利なばかりでなくステージ上部のフライズ内に昇降収納しないことから、この空間を演劇、ミュージカル、オペラに必要な照明・名物設備のために有効に使える利点も持っており、高度な多目的性を目指す一つの方法と考えられる。従来のステージフライズ内吊込み方式に比べて3倊以上の費用がかかることや、下地鉄骨材のサイズが大きくなることによってデザイン上の難しさも伴うのが難点であるが、大・中二つのホールに走行式音響反射板が採用されたのは全国でもはじめてのことである。
小ホールは市民の自主文化活動を主な対象としたホールとして位置付けられている。同じ施設内に展示室・レセプションホールなどを別に併設することによって、本小ホールを本格的な舞台芸術用ホールとして設定することが可能となった。小ホールといえども本格的なステージ空間、プロセニアムを持っており、客席は段床形式で固定椅子が設置されている。音響的には、余裕があり豊に響く空間を目指して、ホール規模に対して高い天井高(約12m)を確保したことが大きな特徴である。
さて、富士市をはじめ富士山南麓の家々では、南側窓のほか、富士山に面した北側にも窓を設ける例が多いと聞く。ロゼシアターでも敷地北側を東西に伸びるガレリアから、列柱をとおして富士の雄大な眺めが楽しめる。それぞれのホールは、長さ約100mのこのガレリアを客席動線として互いに隣接して配置されている。各ホールを2枚づつのコンクリート躯体で区画するのは当然として、それぞれの構造体を基礎レベルより上部においてエキスパンション構造として切り離すとともに各設備もホール間を直接緊結しないように、振動面から徹底的な絶縁対策を行なった。その結果、各ホール間は中音域で90~100dBの遮音性能が得られており、隣のホールに全く気兼ねなく独立して使用することが可能である。
11月1日、大ホールのウィーン・フォルクスオパー管弦楽団の公演で幕を開けたオープニングシリーズは、来年の3月までおよそ5か月間にわたって予定されており、大ホールでのオーケストラ・コンサートやピアノ・リサイタル、中ホールでの演劇、歌舞伎、能、落語公演など各ホールで主目的として想定した演目の他に、大ホールでミュージカル、歌謡ショー、中ホールでバイオリン・リサイタル、室内楽など幅広い公演が予定されている。ウィーン・フォルクスオパーによるコンサートを聴いた限りでは、大ホールの音響は専用コンサートホールに全く引けを取らない印象であった。この規模でこの基本形状というのは、やはりクラシック用コンサートホールとしての定番といったところであろう。今後さらに、各ホールの適性について確認を続けて行きたい。(小口恵司 記)
今年のホール事情
低迷が続く景気をよそに、文化施設の建設は着々と進められており、東京では第二国立劇場、京都、浜松などでも大型文化施設の工事が進行中である。この勢いが続けば、今世紀末のわが国は有数の文化施設保有国となるであろう。
東京のコンサートは相変わらずの盛況で、今年も海外から著名な楽団や歌劇団の来日が相次いだ。しかし最近、著名楽団のコンサートでさえ空席が目だってきた。ホール界にも来るものはいずれ来る、という不安を生んでいるというのが実情である。
多目的ホールに続いて、急速に立ち上がったコンサートホールの建設ブーム、企画・運営・サービスというソフトの重要性がやっと認識されるようになったことは大きな成果である。しかし、これまでのような内容では集客に限度があることを最近の演奏会は語っている。文化施設も大きな曲がり角にきていることは事実である。
音響面から今年のホール界の特色を振り返るとともに今後の方向をさぐってみたい。
コンサートホールブームがもたらしたもの
コンサートホールは依然として脚光を浴びており、最近では小ホールといえども、たっぷりとした室容積が確保されており響きも豊かである。それに、勢いというのは恐ろしいもので、多目的ホールであっても十分な室容積とコンサートホールを意識した形状を採用し、舞台には走行式反射板を設置することで、専用のコンサートホールに対しても遜色のな音響特性を備えることがその特色の一つとなってきた。さらに、本号で紹介した富士市の“ロゼシアター”の中ホールのように、本来は演劇用ホールでありながら、走行式の舞台反射板で舞台吊り物の自由度を確保した上で、中規模のクラシックコンサートにも使用できることを意図したホールさえ現れている。この会館では別にコンサートホールがあるにも拘らず、演劇用の空間で室内楽を行っている。コンサート空間へのこだわりもここまで達しているのである。
残響2秒がコンサートホールの音響特性の象徴として掲げられたことがあったが、いまでは、すべての大型ホールはこの条件を満たしている。むしろ残響1.6秒の東京文化会館大ホールの響きに、残響2秒の意味を再認識させられることがある。オーケストラ用の大ホールは客席数の拡大、コンサート形式のオペラなどコンサート周辺の催し物への対応が今後の課題であるが、望ましい響きの方向とその実現の方法はだいたい定まってきているように思う。もちろん、ステージの床構造、拡散の考え方など実験室レベルでは解決できない課題もいくつかある。
問題は小ホールである。小ホールこそ音源の規模、種類も多様であり、舞台の吸音条件も大きく異なってくるから、演奏種目、演奏の仕方による反応がシャープである。舞台空間を含めた響きの可変で対応するか、あるいは狙いをしぼった響きづくりをとるかが、都市、地方を問わず今後の小ホール設計の課題であろう。現在の小ホールはどちらかといえば、響きが過剰な方向にかたよっているのではないだろうか。東京のカザルスホールと津田ホールの響きの違いは利用者側もうまく使い分けているように思う。
中型ホールへの期待
オーケストラ用の2,000席・室容積20,000m3クラスの大ホールと、リサイタル用の500席・室容積5,000m3クラスの小ホールという二極構造が続いてきた東京であるが、いくつかのコンサートをとおして、1,000席・室容積10,000m3クラスの中型ホールが欠けている事を感じてきた。一昨年オープンした1,300席・室容積12,500m3の『かつしかシンフォニーヒルズ』のモーツァルトホールは、その意味からも東京地区では貴重な存在である。しかし、都心からやや距離があること、コンサートの回数や演奏種目が限られていることからであろうか、残念ながらまだ区の施設という位置付けである。それに1,000席というのは聴衆には有り難い規模ではあるが、企画する側にとっては難しい規模であろう。いま、四ッ谷と赤坂見附の中間に新日鉄が建設中の紀尾井ホールの主ホールは800席・室容積9,400m3の中規模ホールである。なお、ここには220席の邦楽専用ホールが併設される。オープン後の一味ちがった企画が楽しみである。
字幕がほしい創作オペラ
今年の秋、三つの創作オペラが話題となった。“ペトロ岐部”(9月18日、なかのZERO)、“静と義経”(11月4・5・6日、鎌倉芸術館)、“沈黙”(11月4・5・6日、日生劇場)の三つである。筆者は“ペトロ岐部”と“沈黙”といういずれもキリシタン弾圧をテーマとしたオペラを観た。松村禎三氏作曲の“沈黙”は沈痛な想いが重なった音楽で終始したが、原嘉寿子さんの“ペトロ岐部”は暗いテーマを題材としながらも、ところどころに光が差し込み、ほっとするような瞬間があった。原さんのオペラには日本人の情緒につながる音楽があり、暖かさのある分かりやすいオペラで、独自の世界を開いておられる。
ところで、一昨年、新宿文化センターで行われたオペラ“夕鶴”で、日本語の台詞や歌詞の一部が聞き取れず、いらいらしたことを思いだした。なかのZEROでも2階のやや後部の正面というコンサートにはむしろ恵まれた席だったけれど、台詞や歌詞が聴きとりにくかった。このホールは残響可変装置が設置されており、デッドな状況で使用されたのだが、歌手が横を向いたり、歌がバックの音楽に打ち消されたときには、聴き取れないのである。実はかなりデッドな日生劇場の“沈黙”でも同じような問題を感じたから、これはホールのせいではないであろう。日本語としては不自然なアクセントや歌い回し、方言などにもあると思う。外国語ならともかく、日本語が聴き取れないということは本当にいらいらするものである。日本のオペラにも是非、字幕のサービスがほしいというのが結論である。
本の紹介
『十六の話し』 司馬遼太郎 著 中央公論社 定価 1,300円
司馬さんの学識の深さと洞察力には圧倒される。華厳教や密教についてこれだけ簡潔な記述ははじめてである。大阪の町の話、樹木と人、幕末に生きた近代思想の人々、その他、学ぶこと多々。読書の喜びを感じる本である。
『創造と伝統』 川喜田二郎 著 祥伝社 定価 2,700円
川喜田さんが開発されたKJ法は、実験室手法におぼれて壁にぶつかっているわれわれ技術者にとって、新しい道を開く問題解決の手法である。本書は創造がすべての基本にあるべきを説く川喜田思想の集大成、文明の原理にあふれるたいへんな書物である。