笠懸野文化ホール(パル)のオープン
笠懸(群馬県)という町をご存じだろうか。赤城山の南、その裾野に広がった人口2万3千人の町である。この町は財政的に恵まれており、10月9日、総工事費29億という文化施設“笠懸野文化ホール(パル)”がオープンした。建築設計は桂建築設計事務所、施工は三井・佐田・坂本共同企業体である。永田音響設計は1990年、建築の基本設計の途中から参加し、音響設計、音響関連工事の監理、完工時の音響性能の検査、測定までを担当した。
本ホールはワンフロアー、1,016席の中ホールであるが、両サイドには2列のギャラリー席が設けられ、変化のある客席空間が構成されている。また、舞台袖を含めると幅38m、奥行き18mの舞台には可動のポータルタワー、2段に奥行きが変化できる舞台可動反射板、二つの雛段迫り、さらに客席前部には置き蓋式のオーケストラピットなど充実した舞台機構が導入されている。
音響設計の課題は二つあった。一つは敷地に接して走るJR両毛線の騒音と振動で、設計段階と工事途中で調査を行い、その結果とこれまでの資料、および工事予算の枠などから駆体外側に連続地中壁を設ける対策を実施した。地中壁は深さ3m、厚さ30cmのコンクリート壁で、これを駆体から約2mの距離をおいて、建物のほぼ三方を囲む形で設置した。もう一つの課題はホールの音響可変方式の規模、構造の設定であった。この町では基本計画段階から住民による調査委員会、策定委員会を発足させ、全国ホールの詳細な資料の収集が行われた。その結論の一つがホールの音場可変方式の導入であり、一時は電子的付加方式までが検討された。
ホールの室内音響設計においては、まずクラシック音楽に対して専用ホールに比肩できる音響空間を確保することを基調として、一席あたり10m3という室容積と矩形に近い平面型を採用した。一方、町で計画している多様な催し物、住民参加の行事などへの対応を考え、ステージから客席空間にわたって可変吸音体を設置し、大幅な残響可変の実現を図った。ステージの可動反射板の側板には写真に示すように回転式の吸音板を上手下手それぞれ3枚づつ設け、反射板使用時でも舞台空間の響きを調整できるようにした。客席空間の残響可変はギャラリー席上部の壁面に2段のカーテンによる残響調整機構を設けた。
懸念した鉄道騒音は客席中央でNC-21~25と予想値より5dB程度高かったが、公演中ではまず問題となることはないのではないかというレベルである。残響時間の可変範囲を図に示すが、満席時で1.3秒から1.8秒と、設計で意図した特性である。
建設段階の比較的早い時期に舞台技術者が決まり、使い勝手からの修正が工事段階で完了したことも本ホールの特色の一つであると考えている。外観もホール内部のデザインもゆとりのある心地好い空間である。
東京から東武浅草線の準急で約1時間半。足の便がやや悪いが、クラシック音楽の録音には料金も安く、格好なホールではないかと思っている。おわりに、音響設計にご協力いただいた笠懸町教育委員会、桂建築設計事務所、および工事を担当された関係各位に謝意を表します。
全国音楽祭サミット・津山’93報告
9月26日(日)、27日(月)の二日間、岡山県津山市において表記の会合が行われた。このサミットは全国音楽祭団体連絡協議会を中心組織として、各地の音楽祭事務局、地方自治体が持ち回りで主催している大会であり、今年で4年目にあたる。当初は各地の音楽祭の実情報告から出発した会議であったが、毎年内容も多様化し、音楽祭の理念から、ホールの運用、音楽と町の活性化の問題などコンサートの企画、運営の様々な面が取り上げられている。
会議の前に津山国際音楽祭の最後を飾る公演として、作陽音楽大学の船山隆先生のマーラーについてのプレトーク、引き続いて津山総合体育館で行われた井上道義氏の指揮、京都市交響楽団、500名を越える地元合唱団による“マーラー交響曲第8番千人の交響曲”を聴いた。体育館が満席という盛況であった。
音楽祭に関しての会議は、“音楽祭の企画運営について”“音楽とまちづくり”という二つの分科会で進められた。筆者は後者の分科会に出席した。司会は山陽新聞論説委員会副主幹の池田武彦氏、パネラーは奥長良和太鼓フェスティバル実行委員長であり郡上八幡で医師をされている坂本由之先生、石川県音楽文化振興事業団専務理事でオーケストラアンサンブル金沢の生みの親の小村良智氏、それに津山国際音楽祭委員会事務局長の小林一和氏の三氏であった。まず坂本先生からは郡上八幡の自然や風物に惹かれてこられた音楽家、その集いが民家の居間のコンサートとなり、それがダルムシュタットアンサンブルやブラスの里コンサート、最近では奥長良和太鼓フェスティバルなどの定期的なコンサートにまで発展しているという活気に溢れた町の紹介があった。続いて小村氏から、ホールよりもまずプロのオーケストラ作りからという氏の強い理念から誕生したオーケストラアンサンブル金沢、その誕生までの経緯と活動状況の説明があった。氏のモットーは“the small is beautiful”で、37名のこのアンサンブルが毎年海外公演を含め、110回のコンサートを行っていること、また、邦人作曲家による新曲の演奏を取り上げているなど、大都市のオーケストラにはない独特の活動状況の報告があった。最後の小林さんからは、この津山音楽祭が故渡辺曉雄氏の発想で生まれたといういきさつ、マーラーとの結びつきなどの報告があった。会場から最近、倉敷市への移転が決まった作陽音楽大学の影響などについての現実的な質問もあった。
底知れない不況を肌に感じる今日、今後のコンサートの行方は私どもホール関係者にとって大きな関心事である。しかし、この会合で聞かれたのはいずれも強気の発言であった。郡上八幡のような音楽ビジネスから距離をおいた、音楽家自身が個人で参加する形の活動は続くであろう。また、オーケストラアンサンブル金沢のように特色ある小集団、しかも市をバックにした活動は問題ないであろう。しかし、マーラーの曲を専門に鳴らしている音楽喫茶まであるという津山市、洋楽導入の歴史を保存している町津山市、作陽音大なきあとはどうなるのであろうか、文化活動の世界にも個人の力ではどうしようもない大きな流れが動いていることは事実である。
今年も各地で音楽祭が開催された。その規模は予算からみても数百万円から数億円を越えるものまで様々である。しかし、祭りは祭り。日常の地道なコンサート活動があってこそ音楽祭の花は美しい。遊び、娯楽が多様化している今日、今後、クラシックコンサートが日常の生活の中でどのような形で定着してゆくのであろうか、興味のある課題である。
本の紹介
『オペラと歌舞伎』 永竹由幸 著 丸善ライブラリー
「第二次大戦はオペラと歌舞伎を持った国民国家と持たなかった国民国家の戦いであった。」これが本書の序、オペラでは第一幕の冒頭の書き出しである。
本書によれば、日本とイタリアで歌舞伎とオペラという舞台芸能が1600年の始め、不思議といえるくらい同じ時期に誕生している。本書はこの二つの芸能誕生の経緯、地理的、民族的な背景から、具体的な小屋(オペラハウス)の状況、入場料、役者の収入、出し物、観客の姿勢、大道具と仕掛け、カストラートと女形などオペラと歌舞伎との類似性を具体的に紹介している。
筆者がとくに感じたことは次の二点であった。オペラも歌舞伎も決して高尚な芸術を目指すこともなく、それでいて低俗から退廃へ落ちることもなく、その合間で観客の目と耳を楽しませる独自の芸の世界を完成させたこと、もう一つはオペラと歌舞伎をここまで育てたその背景には観客の意気があったということであった。資料によれば、当時の入場料は現在と比べても決して安いものではなかった。しかし、オペラファンも歌舞伎ファンも贔屓の歌手や役者に思いをいれて、その成長と芸の完成に参画することに生きがいを感じていた。
現在、オペラだけではなくコンサートなども、国や公共団体の援助を当然として求める気運が支配的である。たしかに入場料は安いにこしたことはないが、これはと思う出し物に身銭を切ってでも通ったかつてのオペラファンや歌舞伎ファンの意気というのは薄れているように思う。著者によればこの意気ごみこそが、かつての江戸やヴェネツィア、フィレンツェなどのイタリアの町の人々独特のものだったらしい。アングロサクソンやユダヤにはこのような風潮は育たなかったという。
いま東京では、ベルリン・ドイツ・オペラのワーグナーシリーズが終わったばかり。これもアサヒビールという大スポンサーなしでは実現できなかった公演である。それにつけても第二国立劇場の実態は依然としてはっきりしない。熱狂的なファンと静かにお金をだす企業によっている今のNBSの公演の方が、オペラ本来の姿を伝えることができるのではないかとも思う。これが本書からの結論である。
オルガンのCDとコンサートの紹介
白樺美術館 ルオー礼拝堂草刈オルガンのCD
信州清春村の白樺美術館とルオー礼拝堂、そこの草刈オルガンについては本NEWS89-02号で紹介した。このオルガンは6ストップ、2段鍵盤の小オルガンであるが電動の送風機のほかに、手動の送風装置(一種のふいご)を脇にもっているのが特色である。この度、この手動の送風装置を用いたCDが発売された。演奏は武久源造さん、曲目はシャイデマン、ブクステフーデ、ベームなどの17世紀ドイツオルガン音楽を代表する小品が収録されている。大型オルガンの響きになれてしまった今日、このオルガンの典雅な響きは珠玉のように心地好い。
鍵盤音楽の領域 vol.2 ALMRECORD,ALCD-1003
製造・発売元:コジマ録音 \3,000
リオネル・ロッグ オルガンリサイタルのご案内
リオネル・ロッグはスイスのオルガニスト。現在、母校のジュネーヴ音楽院で教鞭をとるほか、作曲活動も行っている。1970年に録音した「フーガの技法」でディスク大賞を受けるなど、バッハの演奏家として評価されている。11月6日(土)の18時30分より、サントリホールにおいて、彼の演奏会が行われる。バッハ、フランク、ヴィドールの作品のほかに、彼の編曲によるブラームスの作品の演奏がある。このサントリーオルガンでバロック、ロマンチックの曲をどのように鳴らすのか興味がある。東京近郊の方にはチラシを同封しました。チケットの問い合わせはコンサートサービス 03-3263-3858 まで。