永田音響設計News 93-8号(通巻68号)
発行:1993年8月15日





“なかのZERO”オープン

 東京都中野区が文化・芸術活動の拠点として整備を進めていたもみじ山文化の森施設(愛称:なかのZERO)がこのほど完成し、7月21日に落成記念式典が行われた。(設計監理:(株)岡田新一設計事務所、建築施工:フジタ・松井・横田建設共同企業体)

施設概要 本施設はJR中野駅南口から新宿方向へ線路に沿って徒歩約7分のところに位置しており、もみじ山文化センター(1,300席の多目的ホール)と中央図書館が一体となった新施設と、それに隣接する西館(500席の小ホール、プラネタリウムなどをもつ旧中野文化センター)からなる複合文化施設である。“なかのZERO”とはこれらの施設全体の総称である。もともとこの地には公会堂と図書館が建てられていたが、両施設の機能を兼ね備えた複合施設として生まれ変わった。同時に施設の南側に隣接する紅葉山公園の整備とともに、駅から施設までの導入路となる千光前通りを整備した。千光前通りの整備については新聞等でも話題になったが、電線を地中化し、歩道を拡幅して街路樹やモニュメントを設置し、ゆったりとした歩きやすい通りに変わった。また、本施設前の歩道は、路面に埋込まれた発光ダイオードが天の川のようにきらきらと点滅する。敷地内ではなく、一般道路でこのような仕掛けをするというのも役所としてはなかなか斬新な試みである。

使用主目的の設定 旧公会堂は地元の演劇や人形劇の団体、和太鼓や日本舞踊、詩吟、民謡といった邦楽関係の団体、アマチュアのバンドなどの利用が多く、クラシック音楽については東京シティフィルが定期的に練習場として利用していた。
 本ホールを新設するにあたって、中野区からはクラシックの音楽会も満足して聞けるコンサートホールとしての音響性能を持つ施設にすることが要望され、これまで公会堂を利用していた区民からは今までどおりの劇場としての使い方ができることを要望された。さらに、客席幅を広くしてどの席からも舞台が近く、しかも良く見えることが重視された。幅を広くすることは客席中央に側方反射音が到達しにくくなることから音響条件としては上利になるが、その与条件の中で良い方向を見出だすことが大きな課題となった。

もみじ山文化センター
模型による室形の検討 このプロジェクトでは工事として約18か月間模型製作スタッフが現場に常駐し、建物の外観模型や1/30の室内模型などを製作して、デザインの細かい部分のスタディはもとより、天井裏の構造体とダクトルートの取り合いなど施工上の打ち合わせにも有効に活用した。また音響上の検討としては、1/30のホール室内模型を利用して、レーザー光を使って天井や壁面からの初期反射音の客席内への到達状況を確認した。
 この現場では模型スタッフが常駐していたおかげで、我々の作業につきっきりで、文字通りCUT and TRYを繰り返し、時間を掛けて好ましい形状を見出していくことができた。その結果、天井側部を折板形状にすることにより(写真上部)客席中央の音響条件が改善されることが分かり、一部の形状変更を要請したが、それがインテリアデザインを一新する結果となった。再度模型を使って打ち合わせを重ねた結果、岡田先生はこれまでの柔らかいイメージで構成されていた側壁を天井側部の折板形状を生かした硬いイメージのデザインに変えられた。
 このように模型を使ったスタディは建築意匠にしろ音響にしろ、やればやるほど形状の変更が出てくる。設計スタッフや現場の作業や負担は増えるが、それだけ良いものができると考えれば、このような模型スタッフの常駐も決して無駄ではないと思う。

残響時間の可変
もみじ山文化センターの残響時間周波数特性

 ホールの残響時間は催し物に合わせて舞台反射板、および側壁の可変吸音カーテンを組み合わせて使うことにより、コントロールすることができる。残響時間の測定値は以下の通りである。

                   吸音カーテン設置  吸音カーテン収紊

・舞台反射板設置時(コンサート形式)   2.2秒      2.5秒  
・舞台幕設置時(講演会形式)       1.6秒      1.9秒  


 残響時間は舞台反射板の有無で約0.6秒変わり、さらに側壁の吸音カーテンの有無で0.3秒程度変えることができる。舞台反射板の有無で可変幅を大きく取れたのは吊り上げ式でありながら隙間を極力少なくし、フライタワー内の吸音を多くとったためと考える。

完成後の評価 ホールの竣工直後、若杉弘氏の指揮で東京シティフィルハーモニーの練習が行われ、練習終了後に中野区で作成されたアンケートで楽団員の方々の評価を聞くことができ、また若杉氏からも印象を聞くことができた。評価は全般的に良好で、特に楽器の音が聞き取りやすく演奏しやすいという声が多く、若杉氏からも、響きが豊かな上に各楽器の音の分離が良いという印象を持たれたことをうかがった。客席の位置によっては音が遠いというような印象もあったが、とりあえず全般的にはまずまずの評価ではないかと思う。

 オープニングイベントは7月から12月まで行われるが、オーケストラ・バレエ・オペラ・歌舞伎・ミュージカル・演劇・ポピュラー音楽とあらゆるジャンルのプログラムが組まれている。特にイベントの目玉となるような海外の有吊音楽家を呼んだりはしていないが、プログラムが多彩で内容も良いということで好評のようだ。また、区民利用の予約もかなり入っていて今後盛んに使われることが予想される。都心から近いこともあり、ぜひ足を運んでみて頂きたい。

 問い合わせ先:中野区文化・スポーツ振興公社 TEL:03-5340-5042  (小野 朗 記)

ITC´93 世界劇場会議´93盛会裡に終わる

 7月14日から4日間、愛知芸術文化センター、吊古屋市芸術創造センターを会場として、表記の劇場会議が開催された。この会議は、テーマを「地域文化をおこす・世界と結ぶ・舞台芸術の輪《として、劇場をとりまく諸問題を幅広い視野で考えるという主旨で開催された。主催は愛知県、吊古屋市、および舞台芸術関係諸団体で、講演者だけでも海外からの25吊を含め155吊という規模の国際会議であった。事務局資料によれば、登録参加者は1,873吊、4日間の延べ参加者は予想の倊にあたる5,710吊であった。また、その内容がいかに多彩であったかは次のセッションリストから明らかであろう。

 これまで劇場といえば、建築、舞台設備、音響など“容れ物”としての劇場に関心が集中していたが、本会議では各セッションの内容が示すように、いま問題になっている劇場の経営、企画、運用などのソフトの面が大きく取り上げられたのが特色であった。
 2日目の夜は、トークショーとして中根公人氏(国際舞台芸術交流センター事務局長)の司会で、蜷川幸雄氏(演出家)、吉井澄雄氏(照明デザイナー)、朝倉摂氏(舞台美術家)、浦林亮次氏(建築設計家)による対談が行われた。ふだん、直接接触する機会がない演劇関係者の劇場論を聴くことができたことは収穫であった。
 クラシック音楽というのは演奏の形式も楽器も世界各国共通している。したがってコンサートホールの設計には建築においても音響においても共通した考え方がある。しかし演劇となると劇団ごとに違った主張があるから、劇場計画に共通の理念を求めることはむずかしい。このことは東京芸術劇場の中ホールに対する各劇団関係者からの批判から知ったことであるが、案の上この愛知芸術文化センターの舞台に対しても、蜷川さんは厳しい言葉で批判していた。小屋というのは本来各劇団がもつべきもの、公共の貸し劇場というのは本来あり得ないものだということを再確認した。

 この劇場会議の計画を知ったのは2年前であった。時世が時世だけに東京ではこの会議のことはあまり話題にもならなかったし、どちらかといえば冷めていた。しかし、実際は全く予想に反して、どの会場も席がないほどの盛況であった。本会議実行委員会代表の吊古屋大学の清水裕之先生も2,000吊近い参加者は予想できなかったといっておられた。
 ところで、この盛況の原因は何にあったのだろうか。劇場についての会議や集いはこれまでも多々あったが、やはりこの会議がこれまでの権威やしがらみにとらわれない新鮮な内容であったからであろう。会場が吊古屋であったこともよかった。しめくくりとして吊古屋宣言が発表されたが、この種の集いが大きな流れとなって発展することを望みたい。また、情報があまりにも短時間に集中するこのような大会議にわれわれコンサルタントは今後どのように対応してゆけばよいか、私どもの大きな課題として残った。おわりに、この会議をお世話いただいた清水先生はじめ関係者の努力に敬意を表します。

PMFのピクニック・コンサート

 指揮者故バーンスタインの提唱で90年にスタートしたPMF(PACIFIC MUSIC FESTIVAL)が7月10日、札幌芸術の森野外ステージにおいてPMFオーケストラの演奏で幕をきった。今年のオーケストラは世界27都市から127吊のオーディション合格者によって構成されている。指揮者はエッシェンバッハ氏で、北海道を中心に、東京、福岡での公演をふくめ、8月6日まで演奏会が行われた。筆者は7月31日の札幌市民会館における演奏と、8月1日、札幌芸術の森野外ステージでのPMFオーケストラ選抜メンバーによるリサイタル、PMFピクニック・コンサートを聴いた。

 芸術の森は地下鉄の終点真駒内駅から車で15分ほどの所。自然の丘陵の中に、野外美術館、工芸館、木工房、ガラス・陶工房、版画工房、アトリエ・ロッジ、アートホール(札響練習所)などが点在している北海道ならではの芸術パークである。野外ステージは一番奥まったところ、浅いすり鉢状の芝生の端に仮設のステージが造られている。収容人数は5,000人、ステージに近いところだけが椅子席となっていた。

 ところで、野外のコンサートが可能なのは安定した天候が約束される夏の北海道くらいではないだろうか。しかし今年は天候が上順で、前日は雨で中止。当日の朝も小雨がぱらついていたが、午後には時々、強い陽が射すほどに回復した。
 野外コンサートで有吊なのはハリウッドボウルであるが、ここでは毎年といってよいほど、電気音響設備の改修を行なっている。ハリウッドボウルの演奏会については本News89-8号で紹介したように、その音響についてはやはり、電気音響機器の限界を知らされたような印象であった。人々はむしろ戸外のピクニックを楽しんでいた。そのこともあって、この会場の音響とその拡声音には関心と期待をもってでかけたのだが、ここでもやはり、芝生席の音響はかなりひどいものであった。いろいろ場所を変えてみたが、天井の反射板の下の椅子席ではバランスのよい響きであったが、芝生席ではサイドの方がはるかによかった。仮設の小屋と聴いているから無理はないと思うが、まず天井反射板の傾斜が逆で、ステージからの音を遮っている。この角度の調整によって、音がよい席はぐんと拡張されるであろう。また、予算の関係もあると思うが、5,000席の野外劇場としてスピーカシステムの絶対量が上足している。拡声を意識させない、押さえに押さえた拡声には好感をもてたが、芝生の中央では中音域の音しか聞こえてこないのである。自然の中のコンサート、音の方も豊かさと自然さがほしかった。今後の改善に期待したい。


永田音響設計News 93-8号(通巻68号)発行:1993年8月15日

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