二つの国際学会から
今年の夏、音響関係の二つの国際学会が開催された。一つはinter-noise 92(国際騒音制御工学会)で、7月20日から22日までトロント市郊外のFour Seasons Inn On The Parkというホテルで、もう一つは14th ICA(国際音響学会)で、9月3日から10日という日程で北京市の21st Century Hotelで開催された。
まず、inter-noise 92であるが、永田が招聘されたのは、T4のState-of-the-art Criteria for Noise Control in Buildingsという議長のCavanaugh氏の好みそうな標題のセッションで、建築のノイズコントロールの最近の基準の提案、問題点の紹介であった。
永田は最近の複合文化施設の室間の遮音基準と地下鉄騒音対策設計に使用している駆体の振動基準を紹介した。このセッションの話題の中心は、63Hz以下の低周波域の騒音評価をどのようにすべきか、という課題であった。最近はアメリカにおいても建物の軽量化が進み、スペースの制約もきびしいようである。その結果、各階に分散配置されているパッケージ型の空調機騒音の低音域成分やうなりなどが、一般の事務環境でも問題になっているようである。その他、Dr.Cohenによるスレッショルドレベルをベースとした録音スタジオの許容騒音レベルの提案、固体音の大家であるUnger氏のIC工場から一般事務環境までの振動基準の提案など多彩な報告があった。このinter-noise 92の論文梗概は、近々日本騒音制御工学会から発行される予定である。
北京の14th ICAの会場は偶然にも、本NEWS90年9月号で紹介した中日青年交流センターの会議施設で、開会式はTheatreといわれている多目的ホールで行われた。
この会議には永田と小口が参加した。永田が発表したのはAcoustical Designのセッションで、議長が安藤教授だったせいか、IACCによる測定結果の報告が目立った。また、古いヴェローナのオペラ劇場の測定などイタリアの音響家の発表などが珍しかった。永田は東京の各ホールでの聴取体験から、設計に反映すべきいくつかの設計課題を紹介し、実験室音場から生まれたパラメータやシミュレーションから合成された音楽の聴感実験だけでは設計はできないこと、コンサートの現場からのアプローチが同時に必要であることを述べたがどれだけの方に理解頂けたかは疑問である。
小口が発表したのはComputer Simulation in Room Acousticsという現在、最も話題が集中している部門である。最大の関心はシミュレーションをとおしてホールの音を聴く、”auralization”といわれる手法そのものに集中している感があった。また、小口はシミュレーションの結果を実際の設計にどのように利用しているか、その実態を紹介した。最終日には21世紀の室内音響の動向に関するディスカッションが行われたが、掛け声のわりには内容は乏しかった。
今回の14th ICAは中国にとって大きなイベントだったと思う。いろいろ心配はあったが、ビジネスは比較的スムースであり、ホテルもまあまあであった。しかし、スライドの故障などは仕方がないとしても、中国の発表者のキャンセルがめだったこと、中には議長までが現れなかったことなど、国際会議への認識がわが国とはまったく異なることを痛感した。
国内、国外を問わず、学会は年ごとに規模が大きくなり、inter-noiseでは6の、ICAでは10のセッションが平行して行われるという状況である。特別講演を除いては、他の部門のスピーチを聴くということは不可能となった。参加者の人数、提出された論文の数が国際学会の活動の指数となっているようであるが、新しい研究や情報への感動というのは、発表が一つか二つの会場で行われていた昔の音響学会の方がはるかに大きかったように思う。学会もイベント化の道をひたすら進んでいるように感じられた。
ヨーロッパのホール研修ツアー報告(第3陣概要1)
既報のように当事務所では、今春、海外研修として2班に分かれてヨーロッパの新旧コンサートホールの実地調査とコンサートを体験してきたが、残る第3班が8月17日から28日まで、ヨーロッパの夏の音楽祭を中心に、海外施設の研修を行った。今回の最大の目的は、電気音響設備を利用した新しい技術として注目されている音像定位システム(舞台上の役者の移動に合わせて、セリフの拡声音がリアルタイムで役者位置から聞こえるようにするシステム)の効果を実際の公演をとおして自らの耳で確認することであった。対象とした施設はすでに数年前からこの方式を導入して、野外オペラの泣き所である“音”の問題にたいして一つの方向を示してきたブレーゲンツの湖上フェスティバルである。このシステムは1980年代に旧東ドイツにおいて開発されたシステムであるが、実際の公演で体験できるのは、今のところこのブレーゲンツの音楽祭しかなく、われわれはすでに今年の初めから対象をこのイベントに決めて見学の準備を進めてきた。今年の出し物は去年と同じ「カルメン」で、結果は、想像していた以上にこのシステムが効果を上げていること、観客の目に触れないように、舞台装置の中に巧みに仕込まれたおびただしい数のスピーカ、電気音響設備の使用を意識させない節度のある使い方などが印象的であった。ここの音響監督を務めているウィーン国立歌劇場のフリッツ氏は相変らず精力的に仕事をされており、もう来年の構想を練っておられるようであった。
このあと、イタリアのヴェローナに移動し、古代ローマ時代に造られたという野外劇場で、これも長い歴史を誇るグランドオペラを観賞した。こちらは電気音響の助けは一切借りず、かたくなに“生音”を守っており、ブレーゲンツとの対比が興味深かった。当日の演目は「ラ・ボエーム」で、平土間の席で聞いたのだが、25000人収容という規模のわりには音量感の不足を感じなかった。これは電気音響設備がない時代、先人の知恵が生み出した深いすり鉢状の劇場形状によるところが大きいのであろうが、それだけではなく、大編成のオーケストラ、舞台からの音の反射を考慮したと思われる大規模な舞台装置などに生音に対する配慮がうかがわれた。
ヴェローナからはミラノ、さらにパリに飛び、スカラ座とバスチーユの新オペラ座という新旧の代表的なオペラ劇場を見学した。この季節は、大都市のコンサートやオペラはオフシーズンで、どちらも実際の公演を見ることはできなかったが、スカラ座の豪華な雰囲気、バスチーユの広大な舞台にはだれもが圧倒されたようである。オペラ劇場の見学の詳細は次の池田の報告を参照されたい。
旅行の最後は、2晩連続でスイスのルツェルン、ヴヴェイ両市での音楽祭のコンサートを聴いた。プログラムは、シャイー指揮のロイヤルコンセルトヘボウによるベートーヴェンと、ヨーヨー・マによるバッハのリサイタルで、どちらもたいへんな熱演で会場は沸いた。両会場とも多目的ホールのため、響きには物足りない点があったが、絵葉書のような美しい避暑地での一流演奏家のコンサートは格別の味わいがあった。
オペラやコンサートについての詳細は本号および次号で報告するが、今回の研修旅行には、当所職員(臨時を含む)7人の他に、計画に興味を持たれた所外の技術者、建築家、音響ディレクターの方々7名も参加されたので、いずれ機会をみてこれらの方々の感想もうかがいたいと考えている。(中村秀夫 記)
スカラ座、パリ新旧オペラ座の見学(第3陣詳報1)
ブレーゲンツ、ヴェローナの野外の音楽祭とルツェルン、ヴヴェイ(スイス)の音楽祭の合間、パリのバスチーユの新オペラ座の施設見学も今回の研修旅行の目的の一つであった。数年前、第二国立劇場の音響設備の設計の際、当事務所の設計担当が建設途中に訪れてはいるものの、完成後の施設はまだ誰も見ていない。それだけに期待が大きかったが残念ながらオペラはオフシーズンであり、施設見学だけに終わった。
ヴェローナからパリへの途中、ミラノのスカラ座に立ち寄ったが、ここも夏のバカンス中でクローズしていた。見学者はオペラ博物館から客席に入ることができ、6層のバルコニーをもつ典型的な馬蹄型形状劇場の雰囲気を感じとることができた。約2200席という客席規模のわりには比較的舞台が近いという印象であった。資料によると、観客一人当たりの床面積は0.5m2とやや窮屈である。また、わが国でしばしば問題となるサイドのバルコニー席からの可視条件であるが、ステージの見えない席は150席程度であるという。
パリのバスチーユの新オペラ座の見学までの時間を利用して、デファンスの新凱旋門、旧オペラ座と回った。デファンスでは、Dome IMAXに立ち寄り、オムニマックスによる“南極大陸”を見た。音量的にはやや大きすぎる印象であったが、全天空スクリーンと6つのスピーカと2つのサブウーファーシステムによって創り出される迫力ある映像は十分楽しめた。ここでは二つのソフトを交互に放映しているが、開始前に、スクリーン背面を照明し、開口率の高いスクリーン内の仕掛けを照明、音を使ってデモンストレーションしていたのが興味深かった。
現在、ガルニエ宮と呼ばれているパリの旧オペラ座も舞台を含めた全施設の見学はできなかった。まず驚いたのが、玄関ホール、階段、ロビー、等の空間の大きさと、大きな大理石階段、多くのシャンデリア、モザイク、装飾等の豪華さで、多彩な色彩を放つこれらの空間が、フランス全盛期の宮廷、エリート階級にとって、観劇の場であるとともに、祝宴、出会いの場としていかに重要であったかがうかがえる。ボックス席から見た劇場内は、ドーム状の大天井に吊り下がるシャンデリアと、天井に吸い込まれるようなシャガールの色彩豊かな天井画にただ驚くばかりである。金色の装飾、真紅のビロードにより装飾されたバロック様式の空間は、簡素なスカラ座に比べると豪華そのものといった感じであった。スカラ座よりもやや小振りに見えたものの2100人程度の収容規模とは思えない大きさである。ミラノ、パリの二つのオペラ座の定評あるメインフロアの親密な音空間は、小さな馬蹄型の客席空間によるものであろうか。次回は是非ここでオペラを見たいと思った。このオペラ座は、現実主義等の影響による新しい舞台演出を可能にすべく機能的な面の改修がこれまで行われていたようであるが、1989年7月に完成したバスチーユの新オペラ座にオペラの上演が移り、現在ではバレエの殿堂となっている。
バスチーユの新オペラ座は、ご存じの通り2700席の大ホール、同レベルにある中ホール、リハーサルステージ、大ホール下の小ホール等のほか、公共スペース、リハーサル室、製作スペース等からなる大規模なオペラ劇場施設であり、新しい舞台芸術、新たな観客のための現代的かつ大衆的なオペラ座ということのようである。ロビー、ホワイエからバルコニー席最上部、メインフロア、舞台、奥舞台という順路で見学した。舞台部では、9月からの公演の舞台装置の準備と設備の調整が行われていた。勾配のきつい、深いバルコニー席、明るい光天井、斬新なデザイン、椅子等、現代的なオペラ空間という印象であり、客席部だけではわが国に見られる多目的ホールでもありそうな空間ともいえる。やはりサイドバルコニー席からは舞台は見えにくかったが、わが国ほど気にしないようである。主舞台のフライタワーの高さは約50m、奈落の深さが約30m、9面の舞台と約20m下の奈落に6面の転換舞台をもつというさすがに世界最大と聞く舞台空間であり、その大きさ、構成に驚かされた。華麗な旧オペラ座に勝るものはこれしかないと言わんばかりの舞台であった。新旧のオペラ座を見て、確かに新しい技術を駆使し機能的な施設は可能ではあるが、歴史的、劇的な音楽空間であるオペラ劇場には、それだけではない何かが必要ではないかと感じたのは私だけではないようである。(池田覚 記)
NEWSアラカルト
アートスフィア内見会のご案内
本NEWS7月号で紹介しました東京品川の天王洲アイルに完成した“シーフォート・スクェア”内の劇場、アートスフィアの内見会が行われます。この劇場はプロセニアウムアーチをもつ764席の馬蹄形劇場で、最新の舞台設備とともに、運用体制が早期にかたまり、設計をフォローしてきたのが特色です。今回、10月5日のオープニングの前に下記のような施設のデモンストレーションを兼ねて内見会が行われます。
開催日時:1992年9月29日(火) 午後1:30~5:00
舞台設備:デモンストレーション:午後2時、3時、4時の3回
場 所:モノレール天王洲アイル下車
なお、見学者は入場整理券が必要です。希望者は永田事務所まで、できるだけFAXでお願いします。所属、氏名、を明記してお申しこみ下さい。案内状をお送りします。 Fax:03-3351-2406、Tel:03-3351-2151