永田音響設計News 92-2号(通巻50号)
発行:1992年2月25日





建築音響設計と音響技術

 本号ではNEWS発行50号特集として、現在の音響設計技術の実状、私どもが直面している問題をご紹介したい。ホールの音響については、年々一層高度な質が要求されており、私どもは音響技術の進展を踏まえて、よりよいホールの実現に努めている。ホール音響についてのご意見があれば、どんな些細な事でもお聞かせいただければ幸いである。

◆静けさの設計
 静けさは、音を創り、音を楽しむ空間の基本的な音響条件である。とくに、コンサートホールではわずかな騒音も、音楽のディテールを掻き消してしまうから、ホール周辺のあらゆる騒音・振動を予測して、対策を実施する必要がある。現在、直面する大きな騒音・振動源といえば、空調設備、地下鉄、隣室の演奏音の三つであるが、新顔の騒音源としてはエアロビクスがある。近い将来、都市ではヘリコプター騒音が問題になるであろう。

空調騒音: 家庭のエアコンを含め、最近の空調機は静かになった。昔は空調騒音が気になるホールがあったが、最近ではこれも少なくなり、ほとんどのホールは騒音レベルでいうと約25~30ホンという静けさである。これは騒音の低減設計が空調設備設計の一環として扱われるようになったことが大きな理由であろう。
 空調騒音というのは送風機騒音とダクト内を風が流れることによって発生する渦流音、風切り音である。音のない風をつくるためには、空調機から各換気口まで数個の吸音ダクトが必要となるが、これを設置するスペースの確保が何時も問題となる。最近は本NEWS90-5号でも紹介した電子的な消音器がホール用の現場にも登場しつつある。
 静かになるほど、隣室からの音漏れなど、わずかな騒音も聞こえてくるから、一般の環境ではむしろほどほどの騒音があるのが無難である。NEWS90-5号で紹介したマスキングサウンドも、わずかずつではあるが、オフィスに設置する例が増えている。

東京芸術劇場
小ホール1→小ホール2間遮音性能
地下鉄騒音:  地下鉄は都市のホールにとって避けられない騒音源であり、その具体的な防止対策とその効果については、かなり上確定な部分はあるものの、現段階では一応、資料が整っている。現在浮上している問題は新路線拡張に対しての対処の仕方である。ホールにとっては降って湧いたような災難であり、地下鉄側の対策に期待する以外にない。今、津田ホールがこの問題に直面している。

室間の遮音: この問題は、スペースの制約が多いわが国独自のホール事情によるものである。ホールにリハーサル室や練習室が隣接される場合、最小80dBの遮音が必要であることはこれまでの経験からの結論であり、数多くの現場でこの性能を実現している。問題はホールとホール間の遮音である。このような場合には90dBを越える遮音性能が要求されるからである。前ページの図は東京芸術劇場小ホール1、小ホール2間の遮音性能であり、この程度の遮音性能があれば、一方のホールでポピュラー音楽、もう一方でクラシック音楽の演奏会を同時に行っても問題はない。ただし、このような遮音性能を確実に実現するには、建築の基本計画段階からの対応が上可欠であることを強調しておきたい。

◆よい音の設計
 よい音とは拡声装置、つまり、スピーカからの音についての条件である。これはたんに機器の性能の問題ではなく、運用の方法にも関わってくるから事は簡単ではない。

音量の問題: よい音の基本はまず音量であるが、このセンスを欠いている例があまりにも多い。先日、昨年オープンしたばかりのあるホールにでかけたが、まず、場内アナウンスのレベルにびっくりさせられた。コンサートの前の聴衆がどんな気持ちでいるのか、気配りをまったく欠いたアナウンスであった。
 この音量音痴のアナウンスというのは都内の著吊ホールでもしばしば経験する。演奏前と休み時間のざわめきの中のアナウンスとでは当然、音量、できうれば音質にも違いがあってしかるべきだと思う。それよりも、各ホールの開演前に繰り返される禁止のアナウンス、なんとかならないのだろうか。はやく、どこかのホールでアナウンスのないコンサートを試みてほしい。JRでも、上要なアナウンスを自粛しているではないか!たしか岐阜のメルサホールだったと思うが、例のアナウンスはなく、客の雰囲気も落ち着いていて、心地好いコンサートであったことを思いだす。

カザルスホールのスピーカ
ライブな空間での明瞭度の確保: 電気音響設備の課題の一つはコンサートホールや教会などライブな空間での明瞭度の確保である。現在の音響技術をもってすれば、かなり残響のある空間でも、スピーカーシステムの設計とその配置が自由にできれば、十分な明瞭度を確保することができる。問題はこれらの空間でスピーカの目立つことが許されないことによる。
 写真は東京のホールの中では最もライブな空間であるカザルスホールのスピーカシステムである。天井裏にスペースがとれないために、やむなく露出となったが、スピーカのボックスの形状は磯崎アトリエに設計をお任せした。もちろん、このスピーカ露出については賛否両論であるが、私個人としてプロセニアムのサラン張りの仕上げよりも、よほどすっきりしていると思っている。何よりも音量、明瞭度に余裕があることは聴いていて安心感がある。
 コンサートホールでもスピーチが明瞭に聞こえることは大事な音響性能の一つである。幸にも最近、ホール用スピーカにも、各ユニットへの時間差調整、非対称指向性ホーンの開発など新しい技術が導入されている。照明器具に比べるとホールにとってスピーカというのはまだ異物である。機器側からの歩みよりとともに、建築設計側からの積極的なデザイン協力がほしいと思う。

◆よい響きの設計
 よい響きとは何かについては"concert hall acoustics"というフィールドが国際的に認知されるほど、学界でもよい響きについての研究が集中している。また、コンサートホールの誕生とともに、演奏家やコンサートゴァーの響きについての嗜好も細かくなってきた。音響設計の立場からみた技術の現状、話題をまとめてみた。

コンピュータシミュレーション: かつての模型実験に代って設計の有力な道具となっているのがコンピュータシミュレーションである。ステージの一点から音を出した時、音は壁や天井から反射を繰り返して客席に到達する。このような音線の追跡作業をコンピュータは実に丹念にやってのける。下図はその一例である。問題はこのコンピュータが描く図形をどのように診断するかである。これが、われわれの仕事である。

コンピュータシミュレーションによる
初期反射音の分布の検討

 これはちょうど、医者がレントゲン写真から病巣をさぐり、その程度を診断し、治療を行うのと同じである。この評価方法を見出だすために、われわれは評価の高いウイーン楽友協会の大ホールから、実際のコンサートで響きが確認できている国内のホールまで各種のホールのパターンを調べあげ、評価の仕方を組み立ててきた。もちろん、一つの点音源で音源を代表するこの手法には限界があるが、音の到達状況を目で確認できるということは、建築家相手の道具としては非常に有効である。われわれはこの手法を、まず基本計画の段階において、音響的に好ましいホールの形状を探る手段としてフルに活用している。

音場のパラメータ:

        * 音量に関するパラメータ
        * 響きの量とバランスに関するパラメータ
        * 音源の聴感的な距離感に関するパラメータ
        * room impressionに関するパラメータ
        * 音の明瞭さに関するパラメータ

 響きの性質を表す尺度として、昔から残響時間が用いられてきた。残響時間とは音を停止したあと、室内のエネルギーが100万分の1になるまでの時間として定義されている。サントリーホールやオーチャードホールなど都内の大型コンサートホールの残響時間はほぼ2秒、カザルスホールや津田ホールなどの小ホールの残響時間は約1.6秒程度である。しかし、残響時間が同じでも、響きの質が異なるホールがあることが指摘されてきたが、結局、上に示す5つに集約できるのではないかというのが最近の定説である。これらのパラメータはいずれも、室内でパルスを出したとき、受音点では観測される音圧波形、つまり、インパルス・レスポンスから算出できる物理量である。
 しかし、われわれがホールで実際の演奏を聴くときに感じるホールの響きとは何なのだろうか?実のところ、これらのパラメータのどのような組み合わせで、ホールの違いや、同じホールでも場所による違いを説明できるのかは、いまだ明らかではない。実際の演奏で感じるホールの響きの印象には、残響感一つとりあげてみても、楽器の種類と演奏の規模、演奏の仕方、など音源条件に関わってくることが多い。表に示したパラメータは直観的には紊得できる音響効果の要素ではあるが、まだ設計パラメータとして使用できるものではない。設計パラメータになるまでには、somethingが必要だと思っている。
 アメリカの音響学者のBeranek先生は自らコンサートに足を運ばれ、音楽をお聴きになることでも有吊であるが、先生は音響効果の評価の方法として下表のような標準的な聴き方(organized listening)を提案されている。音響の諸先生方もぜひ―my own way of listening―を発表していただきたいと思う。この課題は別の機会に取り上げたい。

  コンサートの響きの聴き方(Beranek)
        1. ホール条件: 満席
        2. 演  奏:  フルオーケストラ
        3. 聴取場所:  1階中央、前方、および後方バルコニー席の3点
        4. 聴取項目:  音源の主観的な距離感
                 弦楽器の歪み感
                 音色のバランス
                 アンサンブルの質感
                 音量感
                 主観的な印象

材料の問題: コンサートホールの内装には木を使うべきだという主張は依然として強い。見た目にも、感覚的にも木が好ましい材料であることは当然であるが、わが国では消防法の関係から木は使用できない。
 音響技術レベルで説明できる木の特色は、表面からの反射特性とパネルとしての振動特性であり、これは他の構造でも対応することができる。欧米の著吊なホールでも木のホールは案外少ないのである。絶対に木でなければならない箇所は舞台の床である。

 ホール音響にはまだまだ課題は多い。客席数の限界、ピアノと弦楽器の問題、最近では邦楽との両立の問題などがある。これらについても機会を見て取り上げてゆきたい。

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◆宮崎隆男氏、新日鉄音楽賞特別賞受賞
 マーチャンの愛称で音楽仲間に親しまれてこられた宮崎隆男氏が第2回の新日鉄音楽賞を受賞された。心からお祝いを申しあげるとともに、舞台裏一途に歩いてこられた宮崎氏に音楽賞を決定された新日鉄関係者の方々の決断に心を打たれる。うれしい限りである。
 宮崎氏は1946年、GHQのチャペル・センター・オーケストラのアシスタント・マネジャーに就かれ、ステージマネジャーとしての道を歩み出された。日本フィルなどのステージマネジャーを経て、現在サントリーホールに勤務されている。このサントリーホールも今年の3月で定年とのこと、しかし、マーチャンはまだまだ元気である。江戸っ子の粋な格好でまた、どこかのステージで忙しそうに飛び回っているに違いない。
 一層お元気で、ホールのために、楽団のために活躍していただくことを期待している。

◆NEWS“静けさ、よい音、よい響き”発行50号記念講演会とコンサートのお知らせ
 コンサートのチラシと、チケット代の振込票を同封させていただきます。皆様のご参加をお待ちしております。


永田音響設計News 92-2号(通巻50号)発行:1992年2月25日

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