No.047

News 91-11(通巻47号)

News

1991年11月25日発行

ブレゲンツ音楽祭の“カルメン”

報告が遅くなってしまったが、8月下旬、スカンジナビアで開かれた“音場のシミュレーション”に関するシンポジウムに出席した後、湖上オペラで有名なブレゲンツ音楽祭を訪れた。このオペラには、湖上ステージ上の歌手、合唱、オーケストラなどの拡声に、デルタ・ステレオフォニーという自然な音像定位をうる方式を使用していることで、音響界でも話題を呼んでいる夏の音楽祭である。

デルタ・ステレオフォニーとは、A、B二つのスピーカから同じ音を再生したとき、Bからの音を僅かに遅らせると音像はAに定位し、Bのレベルを多少大きくしても定位は変わらないという“Haas効果”(第一波面の法則ともいう)を基本原理とした新しい拡声方式である。すなわち、音源の近くでピックアップした音を適当な遅れ時間と強さで別のスピーカから付加すると、音像の定位を音源方向に保ったままで受聴レベルを上げることができる。この方式は旧東ドイツのDr.Ahnert、Dr.Steikeらによって実用化され、主として東欧の間口の広い劇場に使用されてきた。

この音楽祭で音響技術面の総指揮を担当しているのが、本NEWSの1986年3月、6月号でも紹介した、ウィーン国立歌劇場首席トーンマイスターのフリッツ氏である。湖上オペラを鑑賞した翌日は、フリッツ氏の案内でその興味深い舞台裏を見学することができた。

ブレゲンツはボーデン湖に面したオーストリア西端、スイスとドイツに挟まれた国境の町である。チューリッヒからミュンヘン行の国際特急に乗り、1時間30分程で国境を越えるとこの湖畔の町ブレゲンツに到着する。そのまま20Km程も乗ればドイツ領に入る。。。ガイドブックには、直接スイス-ドイツの出入国手続を行うために扉の開かない車両があるので行先表示に注意、とある。

今年の湖上ステージの出し物は、ビゼーの“カルメン”である。ほぼ同じ時期に開催されてるザルツブルクやバイロイトの音楽祭に比べると歴史は浅いが、昨年の“さまよえるオランダ人”の成功や観光ブームで、今年のチケットの入手はかなりむずかしかったようである。今年から観客席は5000席に拡張され、7月下旬から8月下旬の1ケ月間、ほぼ毎晩上演されていたから、約10万の観客が集まったことになる。私は幸いにも日本の代理店(音楽の友社)を通して、最終日前日のチケットを手に入れることができた。

観客席は日本の野球場の観覧席と同じ形態で、ボーデン湖岸から背後の会議場兼祝祭劇場に向かって約4500の固定席が展開している。常設の舞台(コンクリート構造物)は数10m沖合に設けられていて、観客席との間には湖水面が広がっている。昨年の“オランダ人”ではこの湖水面も演出に利用されていたが、今年は湖水面を覆うかたちで観客席、舞台ともに拡張され、両者は接続されていた。常設舞台を取り囲んで壮大なセビリアの岩窟が築かれ、中央部を横断するように敷かれたレールの上にはセビリアの町並みを象徴するアーチ列が造られている。このアーチ列は場面転換で下手にゆっくり引き込まれ、再び引き出される。一段レベルの低い仮設の前舞台は円形で、少人数で歌う場面やオリジナルには無いフラメンコ・ダンスのほとんどはここで演じられた。オーケストラ(ウィーン交響楽団)は、常設舞台の前部床下のピットにおさまる。そして常設舞台と前舞台の間のピットは、混成4部の合唱隊の席となっている。舞台の間口は約80m、奥行きはアクティング・エリアだけでも100mくらいはあった。
舞台は13のブロックに分割され、各ブロックにはそこを代表する直接音用スピーカ(イメージスピーカ)や補助用スピーカが合計37台設置されていた。ステージ上のスピーカは、いずれも岩に似せたネットや舞台の段差などで巧妙に隠され、両サイドの照明用タワーに設置されているものを除けば、観客席内にスピーカは見当たらなかった。

この公演で行われている拡声の対象は、ソロの歌、合唱、オーケストラに分けられる。デルタ・ステレオフォニーの原理では、通常、ステージ上の演奏音は各ブロック毎に固定マイクで収音されるが、今年のカルメンの場合にはソロの歌手の歌はワイヤレスマイクでピックアップされ、それぞれの動きに追従して遅延時間、レベルを調整して拡声する方法に変更されていた。今年のシステムでは、12人までの歌手の動きに音像定位が追従できるとのことである。実用上では十分であろう。入念なリハーサルを通して、各ソロ歌手の動きは予めプリセットされているが、毎日少しづつ変わるので、本番中は常にモニターしながらマニュアルで微調整を行うということである。
つぎに、各声部毎にピックアップされたピット内の合唱は、舞台上で場面に応じた場所に定位するように拡声され、あたかも舞台上の合唱隊が歌っているような効果を生み出している。実際には、舞台上の人々は口を動かしているだけなのである。
また、オーケストラも各パート毎にピックアップされるが、これはミキシングされて前舞台に設置されたスピーカから拡声されていた。ピット内は吸音のためにウレタンフォームの楔が貼り巡らされ、打楽器のまわりには衝立が置かれていた。これらは、ブロードウェーの劇場のオーケストラ・ピットの形態とよく似ている。
これらの複雑な操作を行う音響調整室は観客席再上部にあり、2台のデルタ・ステレオフォニー・コントローラ、音響調整卓、100台以上のディレイ・マシンが所狭しと並んでいた。50台ほどのパワーアンプは、オーケストラ・ピットの奥のアンプ室に設置されていた。ちなみにすべてTOA製である。なお、音響のオペレーターは7名である。

さて公演の印象であるが、騎馬兵、フラメンコ、花火ありのスケールの大きなカルメンが繰り広げられ、湖上を渡る爽やかな風を感じながら、時間の立つのを忘れて楽しめた。とはいっても、3時間近くもじっとしていると次第に体が冷えてくる。厚手の着衣か毛布が必携である。
公演は夜9時からなので、スピーカの存在はほとんど判別できないが、音像は確かに実際に歌っている方向に定位して聞こえた。拡声していることは分かるが、きわめて自然な音量・音質・バランスで、演奏のうまさとともに拡声のコントロール技術の質が重要であるという思いを新にした。音響スタッフは毎日午後4時から機器の総点検を行い、より良い公演にするための改良・努力を常に行っているとのことである。フリッツ氏は、“今年は演出家との妥協で今の規模に抑えられているが、来年はもっと大掛りなシステムにしたい”と熱っぽく理想を語っていた。その情熱と真剣さには頭の下がる思いである。ちなみに、来年も“カルメン”が上演される予定で、すでにチケット予約を受け付けているとのことである。機会があれば、是非また訪れてみたい音楽祭である。(小口恵司 記)

国立音楽大学のオペラ“イドメネオ”

11月17日(日)国立音楽大学大ホール、21日(木)武蔵野市民文化会館大ホールにおいて、モーツァルトのオペラ“イドメネオ”が行われた。主催は国立音楽大学、および武蔵野文化事業団、後援はザルツブルグ国際モーツァルテウム財団、演出・監督はケルン歌劇場総監督のミヒャエル・ハンペ氏という熱のこもった上演であった。
国立音楽大学では毎年秋にオペラの公演を行っており、その内容は年々充実してきている。しかし、今年はモーツァルトの年でもあり、また、18日から同大学で開催される国際モーツァルトシンポジゥムの前夜祭ということもあって、今回のオペラ公演は特別な内容のものとなった。
このイドメネオのストーリーはわが国ではイダマンテの男として、ミュージカルとして取り上げられたこともあったが、モーツァルトのオペラにしては異色であり、アリアよりも合唱が場面の雰囲気をつくりあげているように思えた。心理劇的な要素の濃い内容のオペラ・セリエである。
私は17日の国立音楽大学の公演を見たが、感心したのはその舞台装置であった。練習用としてしか考えられていないあの狭い舞台に工夫された舞台装置と、それを取り込んだ演出の素晴らしさである。動く物は数枚のパネルと嵐を象徴する照明だけ、かたや大規模な設備の劇場が誕生し、計画されている今日、オペラとは何かをまざまざと示してくれる演出であった。オペラ界に一つの大きな足跡をとどめた公演であった。

NEWSアラカルト

サントリー音楽文化展´91“モーツァルト没後200年記念展”のご案内

サントリー美術館(東京赤坂見附)では12月15日までモーツァルト展が開催されています。なお、この展覧会は‘生演奏のある展覧会’として休館日の月曜日を除いて毎日、午後の1時と3時に演奏会があります。
お問い合わせは:サントリー美術館 Tel:03(3470)1073まで

保田紀子さんによる東京芸術劇場ガルニエオルガンの演奏会

いま話題をよんでいる東京池袋のガルニエオルガンの演奏会が12月1日午後の7時から行われます。曲目はブルーンズ、バッハ、モーツァルト、フランク、リストなどこのオルガンならではの曲目がそろっています。チケットは3500円、2500円です。
お問い合わせは:コンサートサービス Tel:03(3263)3858まで

新宿文化センター大ホールのケルンオルガン演奏会

東京芸術劇場のガルニエオルガンと相前後して、新宿文化センターにケルン社のオルガンがオープンし、内外の演奏家によって、オープニングコンサートが行われている。ロマンチック様式のオルガンとしては最も完成度の高いオルガンではないかと思う。12月15日にツェーラー氏、1月7日に松井直美さんの演奏があります。
お問い合わせは:新宿文化振興会 Tel:03(3350)1141まで

虹の会からのお知らせ

今回は詩人の谷川雁氏をお迎えして『少年少女の賢治童話劇と私』という題でお話しをいただきます。どなたでも参加できます。

日 時:11月21日(土)午後2時~4時
場 所:津田ホール一階会議室
会 費:2,000円
お問い合わせは:虹の会代表 佐藤隆子 Tel:03(3904)6939まで

笠間日動美術館“マチス展”のご案内

エルミタージュ美術館所蔵を中心とした油彩、素描など200点余が展示されています。期間は12月8日(日)まで。ただし、月曜日は休館です。水戸芸術館の催し物との組み合わせでお出掛けになることをお薦めします。

*笠間日動美術館 Tel:0296(72)2160
*水戸芸術館   Tel:0292(27)8118
コンサート  12月1日:水戸カルテット演奏会
12月7日:エディット・マティス ソプラノリサイタル

国際基督教大学クリスマス演奏会

12月8日(日)午後3時からICUチャペルで戸部豊氏のトランペット、岩崎真実子さんのオルガンによるクリスマス演奏会が行われます。曲目はヘンデル、テレマン、バッハなどの曲です。チケットは3000円です。
お問い合わせは:ICU宗教音楽センター Tel:0422(33)3330まで