No.038

News 91-2(通巻38号)

News

1991年02月25日発行

日本キリスト教団弓町本郷教会の音響改修

 日本キリスト教団弓町本郷教会は1886年(明治19年)に創立され、今年で105年という歴史をもつ都内でも由緒ある教会である。1926年に竣工した現在の教会堂は地下鉄「本郷三丁目駅」から春日通りを後楽園方向に徒歩約10分、通りから南に30mほど入った静かなマンション街の一角にある。

 都内の教会で音響の問題をかかえているところは少なくない。弓町本郷教会もその一つで、礼拝堂の音響を良くしたいという主任牧師の定家修身氏をはじめ教会の方々からの要請で、1989年に音響の調査、改善案の検討を実施、引きつづいて、改修工事設計を行った。音響改修工事は1990年8~9月に行われた。改修の目的は説教の明瞭度の改善とオルガンに対しての響きの改善とであった。華やかなホール音響に比べると地味な仕事であるが、技術的にはいろいろな問題に直面し、また、工夫が必要であった。その内容を紹介したい。

弓町本郷教会

 教会は鉄筋コンクリート造地上3階建て(現在ペントハウス付)で1階は幼稚園、礼拝堂は2~3階吹き抜け、2~3階に会議室、集会室などが設けられている。設計者中村鎮氏(故人)の言葉によれば『僅かにビザンチン風を含める近代式』(中央美術、昭和2年10月号)の建築様式の建築である。

 礼拝堂は、幅10m、奥行き18m、天井高5.2mの直方体で、後方には3.6mの奥行きのバルコニー席が設けられ、ハンドベル演奏と聖歌隊に使用されている。前方の祭壇の両側にはオルガン(独フランツ・ハイスラー弓町本郷教会製作、21ストップ)が設置されている。内装は床がフローリング、壁は厚いプラスター塗、天井もプラスター塗であったが、これが近年剥がれ落ちるようになり、プラスターボード下地岩綿吸音板仕上げの吊り天井に改修されたばかりであった。両側壁には縦長のアールデコ風のステンドグラスが各5か所あり、わずかにビザンチン風の雰囲気を醸しだしている。ただし、この窓は全体に隙間が多く10dBA程度の遮音性能しかなく、しかも道路に面しているため、トラックなどの走行音が頻繁に侵入し、音が聞き取りにくい大きな原因となっている。このステンドグラスの遮音性能を改善するために、気密の高い二重窓とすることを提案したが、換気設備が必要となり、今回は断念することとなった。

 改修前の残響時間は、0.72秒(500Hz、空席時)とオルガン演奏に対しては明らかに短かく、その改善については、とりあえず天井の岩綿吸音板をプラスターボードに変更することとした。改修後の残響時間は0.86秒(500Hz、空席時)と0.14秒長くなり、低音域ではほとんど変わらず高音域では最大0.3秒長くなった。これ以上の伸長には、窓や木製扉から外部への音洩れの防止とともに、最終的には室容積の拡大が必要である。

改修前後の音圧レベル分布の推定結果 左:改修前  右:改修後
改修前後の音圧レベル分布の推定結果
左:改修前  右:改修後

 改修前の電気音響設備は、数本のマイクとアンプ付きミキサ、左右の壁付小型スピーカ2台、カセットデッキからなるシンプルな構成であった。しかも、これらは長年にわたり機器を追加・更新してきたため様々なグレードの機器が混在し、雑多の設備となり、機能、性能が使用実態に適合せず、「話し声が聞き取りにくい」という問題を引き起こしていたのである。スピーチの明瞭度というのは、拡声のもっとも基本的な機能である。

 実際に幼稚園の卒園式に立ち会ったところ、定家牧師の話は良く聞き取れるが、ほかの、例えば幼稚園児が感想を述べる場合には聞き取りにくいなど、話す人や話し方による明瞭度の変化がかなり大きかった。また、席によっても拡声音の音量・音質の違いが大きく、これはスピーカシステムの機種、配置に問題があることを示していた。

 一般的に適切な拡声音量の範囲は狭く、その上限(拡声ゲイン=ヴォリュームの位置)はハウリングのレベルで決まり、下端は拡声音を阻害する雑音、騒音レベルで決まる。したがって、音響設備においては拡声音量の上限を高めるためにマイクとスピーカの指向特性、位置関係などを慎重に検討する必要がある。この点が、ヴォリュームを上げれば音量が容易に得られるオーディオ再生システムと大きく異なる点である。

 本教会ではとくにマイクロホンとスピーカシステムの抜本的な改善が必須であり、ミキサ、アンプまですべてに問題があることが明らかとなった。教会側に事情を説明し、ワイヤレスマイクなど2,3の機器を再利用したほかは、マイクロホンにはじまりミキサ、アンプ、スピーカから配線まで、設備全体を更新することとした。

 マイクロホンは、幼児から老年者まで、いろいろな方が使用されるということを考慮し、小型ペンシル型で単一指向と超指向の間の特性をもつAKG社製C-747という機種を選定した。これは、ハウリングに強く、拡声レベルをあげうるという点で大きな効果があった。

 メインスピーカには礼拝空間でのスピーチを考慮し、自然で素直な音質の30cm同軸の2Wayスピーカ(ALTEC920-8A)を4台シーリングに設置し、小型の3Wayスピーカ2台を後部席の補助用として設置した。

 スピーチ明瞭度指標(RASTI)は、0.55~0.63で評価は『FAIR~GOOD』と良好な結果である。図は改修前後のコンピューターシミュレーションによる音圧レベル分布の比較である。

 音量・音質のコントロールセンターであるミキサには、コンデンサーマイクが使用でき、微妙な音量調整に必要なヘッドアンプのゲイン調整機能、音質調整機能などが充実しているTOA社製CX-1を用いた。これは入力としてマイク/ライン6チャンネルのほかに、カセットデッキ、CDプレヤー等8台まで接続できるという、他にはない出色の小型多機能ミキサである。出力数もここでは必要十分であり、操作が簡単であることを考えると公共ホールの常用ミキサに採用してもよいほどである。

 なお、設備改修工事は無理を承知でTOA社にお願いし、快く引き受けていただいたことに感謝している。

 以上の改修により、礼拝堂の隅々まで良好な拡声音. . . . 拡声していることが意識されないほどの自然な音質・音量・明瞭さ等、礼拝空間に適した音響設備にできたことを心から喜んでいる。

 礼拝堂では、毎週火曜日の12時~1時に『ひるの憩い』という気軽なオルガン演奏会を開いている。無料で自由に拝聴できるのでお時間のあるときに寄られてみてはいかがだろうか。[住所:東京都文京区本郷2-35-14 Tel:03-3811-2296](稲生眞 記)

2月AES例会“最近のスピーカ技術動向について”

 2月20日、AESの例会として表記の講演会が行われた。講師は三菱のスピーカ、ダイヤトーンとともに歩まれてこられた佐伯多門氏であった。アナログからディジタルへ、オーディオからAVへと市場が揺れ動いている今日、スピーカの開発の話しは興味を引いた。

 まず、ユーザーが今日のスピーカに求めているものとして、1.薄く、美しい形、2.安心感のある豊かな音、3.分かりやすさ、という三条件の説明があった。1、2は納得できるとしても3の分かりやすさについて、後日、氏にうかがったところ、ハイテク技術をおおげさに宣伝につかっているメーカーに対しての批判の意味であるとの事であった。

 スピーカの開発の課題としては、各社とも、F特、Dレンジの拡大、低歪み、指向特性の改善を目指して限りない追及が行われているとのこと、究極のところはコーン紙、磁性材料の開発競争に終始しているようである。トウィーターには比重が小さく、ダイヤを目指して剛性の高い素材が、ウーファーには軽く、強く、ダンピングの大きい材料が求められている。ボロンという素材も見せてもらったが、ちょっと力を加えただけで、欠けるような脆い材料である。このような素材の加工、それにコイルを巻くなどの作業は素材の開発以上に大変な事であろう。ダイヤトーンのウーファーに使われているハニカムコアーもいくつか見本が提示された。熱処理の変形を防ぐために、一つ一つのセルにレーザー光で空気抜きの孔を開けるのだそうである。大変な手間である。マグネットの素材も最近ではアルニコの20倊もの強さの磁性材料が開発されている話しもあった。その結果、最近の国産のスピーカの特性は格段に向上しているとのことである。

 しかし、一般のオーディオ機器では世界市場に進出しているわが国であるが、ことスピーカとなると、残念ながら国際的な評価を受けていない。これは、わが国のスピーカの開発がピュアーな変換器を目指しているのに対して、欧米では聴感を究極の判断として音作りを行っているという開発姿勢の違いにある、ということはこれまで限りなく繰り返されてきた。蒸留水と天然の水のうまさの違いとまでいったら酷であろうか。楽器の世界でもスタインウエイとヤマハのピアノの違いは巌として存在する。最終の話題は結局この点に集中し、いろいろな立場からの意見が飛び交った。一つは変換器としても高性能な最近のスピーカはプログラムの善し悪しを正直に表現するが、例えば、特性上からみると問題の多いイギリスのスピーカは悪い録音もそれなりに、聞かしてくれる。とくに、アナログディスクの再生ではこの傾向の差が大きいとの意見があった。確かに、イギリスのスピーカは聞きやすい魅力的な音質である。このあたりの議論は演奏の善し悪しとホールの音響特性との関係に似ているように思った。録音というのは人間の感性が大きく介在する作業であるが、CDの時代になってもプログラムソースの音質の違いは物理特性の範囲にかぎっても非常に大きい。しかし、近い将来、ハードの性能の向上が録音技術にも消化され、物理特性の上では人間の聴覚を越えた性能が確保されたとき、わが国のスピーカ開発の姿勢がはじめて評価されるのだろうか?そうでなければ、これまでスピーカに注がれてきた技術者の努力はあまりにもむなしいではないか。最近の日本のスピーカを一度まともに聴いてみなければならない、これが佐伯さんの話しの終りに思ったことである。

NEWSアラカルト

聖路加国際病院チャペル、ガルニエオルガンコンサートのご案内

 ガルニエの手になるこのオルガンは、明確な輪郭をもった力のある響きのドイツバロック様式のオルガンです。都心で聴ける吊オルガンの一つとして推奨します。林先生の企画で今年度のリサイタルシリーズが始まりました。今後のプログラムをお知らせします。

4 月19日(金)林祐子 J.S.バッハの作品
6 月14日(金)ゴンサレス・ウリオール スペイン16・17/世紀の作品
10月11日(金)早島万紀子 フランス古典派の作品
11月22日(金)ステファノ・インノチェンティ イタリア16・19世紀の作品

問い合わせ:聖路加国際病院礼拝堂 〒104中央区明石町10-1 Tel:03-3541-5151

第2回MSC(音楽と科学の会)ご案内

 音楽と科学の会のプログラムが決まりましたのでお知らせします。

日 時:3月24日(日)17時30分
場 所:新宿モーツァルトサロン、新宿伊勢丹前レインボービレッジ6F
講 演:谷畑勇夫(理化学研究所)、チューニングと不確定性理論
演 奏:リュート演奏とお話し、水戸茂雄/龍笛と太鼓による即興曲、西原貴子、臼杵美智代、他

 なお、演奏の後、パーティがあります。会費は5000円(食事付き)です。チラシを同封します。申し込みは松田紀久子 Tel:0427-25-4857まで