建築音響研究の現況と展望
先月に引き続いて、日本音響学会建築音響研究委員会(委員長:大川平一郎)の企画で行われた講演会“建築音響研究の現況と展望”から、7月30日に行われた騒音防止関係の発表3件を紹介する。
管路系の騒音低減:寺尾道仁(神奈川大学) 建築音響研究委員会資料AA90-13
静かな空調は劇場やホールの基本的な音響条件であり、音響設計でも、空調騒音の低減は大きなウエイトをしめている。とくにスペースの余裕のないわが国の建築では、設備機械室やダクト経路の確保が計画上の課題であり、そこに騒音低減のための消音装置や防振装置を設置しなければならず、常に苦慮しているのが現状である。
空調騒音の低減には、吸音材を内張りした吸音ダクトを送風機と換気口の間に幾つか設置する。その必要数は送風機の容量とホール内の静けさの基準から求めるのであるが、現状は送風機の発生騒音の出力を予測し、寺尾氏が指摘するように、ダクト内の音の伝搬を波動性を無視したエネルギーの流れとしてとらえ、吸音ダクトの設置基準を求めている。
ホールのような大容積の空間ならば、幾何音響的な手法は受入れられるとしても、あの小さなダクト空間の音の伝搬に波動性を無視した手法を適用することは、たしかに理に合わないことである。現在の空調騒音低減設計の手法は、戦後、アメリカの暖冷房空調工業会で体系化されたものであり、ダクトの音響減衰量なども、ダクト内の発生騒音までを何となくとりこんだ曖昧な資料であることは事実である。騒音の問題だけではない、空調設備そのものの設計がまだ不確定要素を多分にかかえており、経験的な技術のサポートがなければ収拾できない事も事実である。寺尾氏が指摘されるプーリー取換えによる風量調整はいまでも時々経験する。どなたかが指摘されていたように、空気を扱うということは、それだけ面倒なのである。氏はこの現状にがまんできず、形骸化していると指摘されるのである。しかし、安全率として吸音ダクトを一つ追加する、時にはダクトのサイズを増すなどといった現場的な知恵で、あの限られたスペースの中で一応の目的を達している事実は、技術的には一応のレベルにあると見てよいのではないだろうか。
寺尾氏は波動音響の立場から計算体系を提示され、計算と実験結果との対応を示されている。しかし現実問題として、設計段階で計算に必要な境界条件を確定することは無理である。ダクトの配置や形状は施工図で確定できればよい方である。現場であるかぎり、安全率の導入は必要であろう。また現実には避けられない、ダクト外壁の振動をどう取り込むかは、波動的な計算手法の大きな壁であろう。寺尾氏はそのため、つまり、計算の正確さを保持するために、丸ダクトの採用を主張されているが、現場は計算の都合などかまっていられないことも事実である。これは、ひたすら学究の道を歩まれておられる寺尾氏でなければできない主張といえよう。まずは現状のエネルギー法を補正する方向で、この解析手法の成果が活かされる道を考えるのがわれわれの仕事だと思っている。
現場における遮音性能測定法の現況と展望:矢野博夫(東京大学)、村石喜一(大成技研) 建築音響研究委員会資料AA90-14
この約20年間、わが国の建築音響界は学界、業界一丸となって、集合住宅の遮音性能の評価、規格化に取り組んできた。その成果はいくつかのJISとなって、直接、間接にわれわれの音環境の改善に役立っている。この報告は現状の建築現場における測定法の問題点を整理し、その改善についての提案を行っている。
集合住宅の遮音には大別して三つの課題がある。一つは隣室との間の遮音、二番目は床衝撃音といわれる階上からの足音、その他の振動音の遮断、三番目は窓や外周壁などの遮音である。これらについてはJISが整備されているが、ここで取り上げている課題は主として建物現場における測定の測定時間の短縮を目的とした簡易化の方法である。簡易測定法について、装置を含めいくつかの試みが検討され、また、インテンシティ法など新しい測定法の紹介も行っている。
現在わが国の音響関係のJISが抱えるもう一つの問題はISO、すなわち、国際標準規格との照合である。わが国のJISはISOをモデルとして出発したことは当然であるが、生活様式が根本的に異なるわが国では、ISO規格はそぐわない点もあり、独自の規格へと発展し今日にいたっている。とくに、靴による歩行音が問題になるヨーロッパと、子供の飛びはねが問題になるわが国とでは、床衝撃音そのものの内容が異なり、自動車のタイヤを落下させて床衝撃の標準音源とするという、わが国独自の測定法が開発されている。ISOでも定期的に見直しの作業が続けられており、今後のわが国の主張がどのような形で国際規格に反映されるかは興味のある課題である。
遮音性能評価の問題点―床衝撃音―井上勝夫、木村翔、河原塚透(日本大学)建築音響研究委員会資料 AA90-15
上記の報告で述べたように、わが国のJISでもっとも特異なのが床衝撃音の測定法である。この報告は内外の規格の見直しの動きに対して、これまで、JIS原案作成の中心となって活動されてきた日本大学木村研究室グループの床衝撃音の発生、伝搬、評価についての総合的な検討結果の報告である。
いろいろな問題の中で衝撃源の仕様が最大の課題である。軽量衝撃源としての金属のハンマーは新築の建物では床をいためるという問題があり、また、重量衝撃源としてのタイヤの落下は場合によっては内装のびりつき音がひどくて、正しい測定ができない、などの問題が指摘されている。ここでは、実際の子供の飛びおりとタイヤ落下の衝撃力の比較、落下高を変化させたときの衝撃力特性の変化などがたんねんに検討されている。
木村グループの基本方針には、あくまで、これまで集積された資料を活かすためにも現在の測定法の延長線上で、すなわち、関連できる方向で見直すべきという強い姿勢がある。これに対して、過去に拘らずに、まったく新しい観点から見直しを行うべきだという主張もあり、JISをめぐって、いま熱い論戦が続いている。規格というのはある時点からは割り切りであり、約束である。一刻も早く国際的なレベルで統一してほしいというのが、われわれコンサルタントの希望である。
第89回AESコンベンションに出席して
9月21日から25日までの5日間、第89回AESコンベンションがロサンゼルスのコンベンションセンターで開催された。筆者は特別セッション“Modelling on Acoustic Spaces”に参加し、永田事務所で行っているコンピューターシミュレーションと光学、音響模型実験の使い分けを整理したコンサートホールの室内音響設計手法を紹介し、適応例として今月末オープンの東京芸術劇場大ホールの設計過程を報告した。
このセッションのテーマ“Modelling”の意味合いは幅広く、Dr. Prof. Shroederの特別講演につづいて、音場シミュレーション(音場合成)2件、コンピューターシミュレーション3件、模型実験2件、コンピューターシミュレーションと模型実験1件の論文発表が行われた。内容的には、日本国内で開発・発表されているものに較べて、特に目新しいものではなかった。参加地域別では、ヨーロッパ3件、アメリカ3件、日本1件であった(アメリカのうち1件は、ALTEC社に移られ“Acousta CAD”の開発に携わっておられる持丸氏の発表)。ヨーロッパからの発表はいずれも数式に基づいた解説が主であったこと、アメリカからの発表はAV機器を駆使したプレゼンテーションが見事で、興味深く、また参考にすべき点が多かった。
その他の展示・発表の中では、電気音響設備設計用のCADソフトと音場測定機器が興味を引いた。設計用CADとしては、BOSE社のMODELER、MARK・グループのAcousta CAD、RENKUS-HEINZ社のEASE(Dr. Ahnertが開発)などスピーカメーカー各社のソフトが揃って展示されていた。いずれも鏡像法が基本となっており、音圧分布や明瞭度指標など電気音響設備の設計に役立つ情報が予測できるソフトである。今後、これらを利用した設計が主流になると考えられるが、他社製のスピーカを使おうと思っても特にスピーカの指向特性データの不足で、まま成らないのが現状である。各社のデータ公開・標準化を切に望んでいる。
音場測定機器では2年前Don Davis氏より日本に紹介されたTEF(原理はTDS)の改良版“TEF20”とM系列信号を用いたインパルス応答測定用ボードとソフト“MLLSA”(IBMコンパチ機対応)が目を引いた。特にMLLSAは低価格(約$4,000)とソフトの機能の豊富さで大変興味深かったが、TEFが普及しているアメリカではなぜか評価が低いようである。(デモ・ディスクが手元にあります。興味のある方は小口まで)
海外での技術発表は今回が2度目であるが、言葉の壁やプレゼンテーションの方法などの課題が再認識できたこと、雑誌では得られない生の情報や体験が得られたことなど、非常に有意義な出張であった。(小口恵司 記)
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フェリスホール石井記念オルガン披露演奏会
10月21、22日の2日間、フェリス女学院のフェリスホールにおいて、昨年の12月に設置を終えた、米国TAYLOR&BOODY社建造のオルガンの披露演奏会が同学のオルガン科主任教授、林佑子氏の演奏で行われた。同校は今年創立120年を迎え、このオルガン披露も120周年記念行事の一つとして行われた。披露演奏会はビルダーのTaylor、Boody両氏をはじめ、学校側、オルガン関係者、卒業生など多数参加の中で行われた。また、本オルガン導入に際して基金面で貢献された前理事長の石井千明氏を記念して、本オルガンは“石井記念オルガン”と命名された。
このオルガンについては建造途中の1988年の夏に林先生、黒田オルガンの黒田氏とともに建築との取り合いの打ち合わせにヴァージニア州のオルガン工房を訪れたことがある。このT&B社はオルガンの円熟期といわれる17世紀のオルガン製造の手法を頑固に守りつづけているグループの一つで、わが国では辻オルガンがこの考え方のビルダーである。
この石井記念オルガンは林先生のご意向にそって建造され、性格、機構の上で次のような特色がある。
- オルガンの性格を歴史的オルガンに絞り、J.S.バッハとその時代の曲を演奏するのに最適なオルガンとする。
- 礼拝用としてリュックポジティフを加え、オルガンを祭壇対抗面に設置する。
- アンティークオルガンの様式を踏襲し、足踏み式送風機構を主送風装置として採用する。
披露演奏にはバッハの作品12曲と間にリュックポジティフの伴奏で会衆全員による賛美歌の唱和があった。
東京芸術劇場大ホールのテスト演奏
東京芸術劇場は今月30日の開館に向けて、急ピッチでその準備がすすめられている。オルガン工事が遅れているほかは順調に運んでいる。
今月9日、10日の2日間、大ホールにおいてテスト演奏が行われ、演奏をとおしての音響特性とともに、指揮者、演奏者の反応、また、天井反射板や舞台可動吸音壁の効果の確認などが関係者により行われた。曲目はヴァイオリン、ピアノのソロ、ピアノ伴奏によるヴァイオリンコンチェルト、オーケストラ、混成合唱、合唱付きのオーケストラなどであった。担当者にとって、初めての演奏についての思いは複雑であり、軽々しくいえるものではないが、設計で意図した響きはほぼ間違いないという気持ちである。今後のいろいろな演奏をとおして、このホールの響きの特色を確認してゆきたいと思っている。