No.028

News 90-4(通巻28号)

News

1990年04月25日発行

水戸芸術館とその音響

 3月21日、“話題”の水戸芸術館がオープンした。“話題”とは二つある。一つはハード面で、磯崎新氏の設計になるユニークな形態の文化施設であること。もう一つはソフト面で吉田秀和氏を館長とする運営形態のユニークさである。
 この施設は水戸のメインストリート国道50号線から1ブロック奥まったところに位置し、高さ100mのタワーをシンボルとして、ACM劇場・コンサートホールATM・現代美術ギャラリーが大きな広場を取り囲む形で配置されている。そしてこれらへの共通の入り口としてのエントランスホールには47ストップのオルガンが設置されている。

〈コンサートホールATM〉

 コンサートホールは680席、六角形の平面を持つアリーナ型で、磯崎氏の言葉を借りれば、“手のひらの真ん中が舞台になっていて、指の方向に観客席が広がっている”プランである。この平面形は設計当初より変わっていない。天井は三本の大柱で支えられており、その中央部に室内音響上のキーポイントであるUFO状の大型の可動反射板がある。

 この仕事の依頼を受ける少し前、われわれは小編成アンサンブル向きとして評価の高い東京文化会館小ホールの音響的な特徴をコンピューターシミュレーションにより検討し、この規模では有効な初期反射音が豊富に得られることを確認した。本ホールの平面形は基本的には東京文化会館小ホールを一回り大きくした形である。平面形はそのままで、有効な初期反射音が得られる方法として、天井の形とその高さに的を絞って検討を進めた。その結果、具体化されたのがステージ前部と客席前部をカバーする大きなUFO状の反射板である。これは演奏の規模、楽器の違いや演奏者の好みに応じてステージから反射板の下端までの高さを6~8.4mまで変えることができる。このホールでは第一次反射音は天井から、続いて天井→壁を経由する反射音が豊富に得られる。(右図参照)

 オープン前の試聴テスト(空席)の結果では全体として響きは非常に豊かで、場所による違いがあまりないという印象であった。また、反射板を最高位置から1~2ステップ(1ステップ=40cm)下げた時の効果が大きく、音がクリアになる。ちなみに、残響時間は空席時で1.9秒、満席時で1.6秒である。

 オープン以来、ピアノ(園田高広)、メゾソプラノ(伊原直子)、水戸室内管弦楽団(小沢征爾、ロストロポーヴィチの共演と協奏曲の夕べ)の演奏会に通った。反射板はいずれの場合も最高位置で使用されていた。ピアノ、歌は休憩前ではやや響きすぎるという印象を受けたが、後半になると耳が馴れたせいか、豊かな響きを楽しめた。また、室内管弦楽団の場合には音が近く、空間的な広がりも十分で非常に心地よい一時を過ごすことができた。(もっとも、演奏者も最高ではあったが‥‥)

 室内管弦楽団の演奏者のコメントとしては、弾きやすく、聴きとりやすいとの声が多く、ステージ上の音響状態も良好であると考えてよいようである。

〈エントランスホール〉

 天井が高い箱型の空間で、パイプオルガンのために吸音処理はまったくしていない。残響時間は空室で4秒、300人使用時で2.3秒と大きさの割には響く空間である。

 コンサートホールではなく、響きを長くできるこのエントランスホールにオルガンを設置した水戸の方式は一つの卓見であると思う。逆にエントランスホールということで遮音上は厳しい条件にある。しかし考えようによっては、コンサートホールでのように形式ばって聴くのではなく、ヨーロッパの教会のように気軽にオルガンを楽しめるような雰囲気をつくれる可能性もある。
 オープニングシリーズの中では3月26日の松居直美さんのリサイタル一回しかオルガンの音を聴けないのは残念である。人の集まりやすい場所にあるのだから、少しでもよいから、毎日でも聴ける機会があればと思うのは私だけではあるまい。

〈ACM劇場〉

 劇場は636席、東京グローブ座と同じ形態、すなわち平面は円形で三層のバルコニーが取り囲む形である。その大もとはシェイクスピア時代の“グローブ座”にまで遡り、当時は中庭で行われる芝居をひさしのあるところから観るという形式であったようである。

 音響的には、円形平面から予想される音の集中を防ぐため後壁面を吸音とし、さらに音が上にぬける感じをねらって天井面の一部も吸音とした。残響時間は満席時で1.3秒である。

 専属のACM劇団による公演“ディオニソス”(鈴木忠志演出)に招待されたが、当日は交通事情で遅れてしまい、後半をバルコニー下から見せてもらった。芝居のことはよくわからないが、大道具のない、光のみの演出が新鮮であった。(小口恵司 記)

いずみホールのオープン

 今月の8日、先月号で紹介したいずみホールがオープンした。初日を飾るガラ・コンサートと12日のパリ管弦楽団室内合奏団の演奏を聴くチャンスを得た。“音楽の源泉を求めて”をかかげて誕生したこのホールは、先月オープンした水戸芸術館とともに今後のコンサートホールの計画、運用に大きなインパクトを与えているホールである。感想を整理して述べたい。

 この二つのホールは公共、民間という母体の違いはあるが、なによりの特色は明確なコンセプトに基づいて企画を行っている点にある。水戸芸術館が吉田秀和館長の起用、市予算の1%を運営費にあてるという予算処置の宣言(水戸方式として定着しつつある)、小沢征爾というクラシック界のスーパースターを中心とした水戸室内管弦楽団の結成などに対して、いずみホールは音楽学者礒山雅氏を音楽アドバイザーとして、特定のテーマをかかげ、演奏家、聴衆とともに音楽を探求し、創り、また楽しむという主張を打ち出している。
 礒山雅氏のかかげる企画の柱は、

ホール内観
  • 音楽の原点への旅
  • 音楽の未来への旅
  • マイ・ディア・アマデウス

の三つである。中でも特色あるのが“音楽の原点への旅”のシリーズではないだろうか。ベートーベン時代のピアノ“ナネッテ・シュトライヒャー”、“ナーゲル”のチェンバロなどという名器を揃え、古楽器によるバロック音楽の新しい探求の旅を目指している。“音楽の未来への旅”はわが国の作曲家、音楽家を中心として新しい音楽を創り出すというアトリエとしての活動である。三番目の“マイ・ディア・アマデウス”はモーツァルトの全作品を気楽に楽しむことを狙った企画である。

 これらの企画のコンセプトの特色が両ホールのオープニング記念コンサートにそのまま反映されている。いずみホールの8日のオープニング・ガラ・コンサートは礒山雅氏自らの司会、鈴木雅明氏のオルガン、有田正広氏のフラウト・トラベルソ(バロックフルート)、小林道夫氏のフォルテピアノとチェンバロ、吉野直子さんのハープ、仲道郁代さんのピアノ、岡坊美子さんのソプラノ、それにヤナーチェク弦楽四重奏団、大阪フィルハーモニー交響楽団、最後は指揮者なしで「ハフナー」を演奏したプラハ室内管弦楽団などで4時間を越える多彩なプログラムであった。前から5列目という私の席ではとくに有田正広氏のバロックフルート、吉野直子さんのハープ、岡坊美子さんのソプラノなどを楽しむことができた。

 12日のパリ管弦楽団室内合奏団の演奏の時も中通路ぎりぎりの席で、このホールの響きの細やかな特色を掴むまでの体験はできなかった。このホールの音響については、担当されたヤマハの川上福司氏の詳細な記事がオープニングの総合プログラムに紹介されている(この会館記念の総合プログラムは音楽ファンにとって読みごたえの内容である。定価2,500円、一読をお薦めする)。

 細かいことは別としても、客席数800席、室容積約10,000m3、室幅21m、室の高さ15.5mの直方形という基本条件だけで、このホールの響きは高いレベルにあるといってよいだろう。室内楽から小編成のアンサンブルまでを余裕を持って受け止めるだけの空間が約束されており、また、大型ホールで苦慮する初期反射音についても特別な仕掛けに悩む必要はない。現実的な問題として客席数の約1/3をしめる通路前方席の音響をどう考えられたのかが気になった。シリーズの通し券を電話で問い合わせたところ、席はこの前方のブロックであった。音響設計の課題としては、むしろ拡散の程度とその周波数範囲をどう設定するかが最大の課題であろう。また、響きのバランスも考えれば難しい課題である。といっても、これらは現在の音響技術のレベルで応えられる性格の課題ではない。設計者の体験と感性からの主張―サイレントな主張であるべきだが―の領域の課題である。

 ところで、このような直方形のホールで一番悩むのはむしろ建築家ではないだろうか? 壁、天井とも拡散体で埋めつくされた空間を見てそんなことを思ったのである。

 コンサートホールの運営では貸し館事業と自主事業とのバランスが現実面の大きな課題である。しかし、ホールの品格は自主企画のコンセプトと内容に懸かってくることは明らかである。わが国もやっと欧米諸国に誇れるホールをもつにいたったものの、専用の楽団のフランチャイズが始まったのは最近であり、ホールと一体となって独自の音楽を創り出すまでには長い道程が必要であろう。

 また、企画の大部分がマスコミの関心をベースとした音楽事務所レベルの企画であり、この点美術館と比べると企画のレベルは低いといわざるをえない。デパートの美術館ですら筋の通った企画を行っている。スーパースターと軽やかな聴衆に賑わうホールもよいが、静かな主張を続けるホールが一つくらいあってもよいと思う。いずみホールこそこの開館のコンセプトを貫いてほしい。

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二つの草苅オルガン

 3月31日の午後、金沢八景にある関東学院大学の宗教教育センターの礼拝堂で草苅オルガンの献納式があった。このオルガンは当初筑波のバッハの森に設置されたオルガンである。このオルガンの評判はよく、一部のオルガニストやオルガン仲間の方々は真剣に受け入れ先を心配されていた。それが幸いにも関東学院の新しいチャペルに納まったのである。響きの豊かなに空間に合わせてすっかりヴォイシングをやりなおしたという草苅オルガンを今井奈緒子さんの演奏で聴いた。

 白樺美術館のチャペルにある草苅さんのルオー・オルガンについては、1989年2月号のニュースで紹介したが、2月末にも鎌倉教会で新しい草苅オルガンを宮本とも子さんの演奏で聴いたばかりである。鎌倉教会のオルガンといい、またこの関東学院のオルガンといい最近の草苅オルガンはバランスがよく、さりげない音ではあるが音に品格がある。

 今、わが国では大御所の辻宏氏を筆頭にして、何人かのオルガンビルダーの方々が製作にあたられている。中新田のバッハホールのオルガンを手がけられた須藤さんは今、姫路のパルナソスホールのオルガンを製作中であり、水戸芸術館のエントランスホールには松崎、中里両氏の手によるマナオルガンが設置されている。伝統のないわが国でオルガンの製作を続けられるということには大変なご苦労があると思う。しかし、その努力のかいあって、よいオルガンが生まれていることは本当に嬉しいことである。