ヨーロッパのプロサウンド
3月11日、12日の2日間、エレクトロボイス者高根社長の案内で西ドイツのDynacord社を訪れた。ここで開発から製造、検査までの一連の施設を見学するとともに、幹部の方々とプロサウンドについていろいろ意見の交換を行った。このDynacord社は最近EVグループに参加した西ドイツの音響メーカーで、ホール用のスピーカシステムからアンプ、調整卓、周辺機器、シンセサイザー、会議用設備、一般放送設備までかなり広範囲のプロサウンドの機器、システムの生産を手掛けているメーカーである。工場はミュンヘンから北東へ150km、ドナウ川に沿った美しい町Straubing市郊外の工業団地の一角にある。
このサウンド機器メーカーは日本では全く知られていない会社であるが、プロサウンドに対して明確な姿勢をもっており、充実した技術開発部門とともに、生産については徹底した品質管理を行っている。さすがにドイツだと感じさせる雰囲気の工場であった。
ご存じの様にわが国のホール音響設備はアメリカの西海岸、ALTEC、JBLなどのいわゆるシアターサウンドの流れを汲んで発達した。このシアターサウンドの特色を一口にいうならば、ホーンスピーカをベースとした明瞭度を追求したサウンドである。HiFiサウンドとは質の異なった音であり、ホーンスピーカでしかつくり得ない音といえる。すなわち、いかなる大空間にもひるまない大音量で明確な音、輪郭のはっきりした音である。このシステムがポップミュージックの今日の流行をもたらしたことはいうまでもない。
しかし、最近この種のサウンドに対して別の音質を求める声をしばしば耳にする。攻撃的(aggressive)ではない音、デリケートなサウンドである。BOSE社のサウンドのコンセプトもこの点を明確にうたっている。ウィーンの国立オペラのプロセニアムにJBL、BOSEのスピーカが同居していることもプロサウンドの世界に二つの方向があることを示している。
HiFiオーディオの世界でもヨーロッパサウンドとウエストコーストのサウンドを区別しているが、ヨーロッパではプロサウンドの世界でもコーン型スピーカの音が好まれているということを何度も聞いた。このDynacord社でも新しいスピーカシステムとしてコーン型を中心としたシステムの紹介があった。中音域の歪みの点で、ホーン型よりはるかにすぐれているという見解である。同時にアンプの改良も行われていた。試聴した結果もホーン型とは違って、力があっても奥行きを感じさせる繊細な音であった。
スイスに国際本部をおくEV社のフランセン氏からの話であるが、スイスは今、多目的ホールの建設がブームで、プロサウンドのマーケットが急激な伸びを続けているとのことである。それに、ECの統合、東欧の情勢の変化などがこれまでのヨーロッパを大きく変えようとしている。
アメリカ生まれのシアターサウンドがヨーロッパの風土の中でどのように吸収され新しい流れを創り出すのか、興味ある課題である。また、ドイツのもの作りの精神にそった道を歩んでいるDynacord社で代表されるオーソドックスな製品が今後プロサウンドの世界をどのように展開していくか興味がある。
この情報の時代にもかかわらず、電気音響の世界では、ヨーロッパとアメリカの間の流通は恐ろしく悪い。これもおかしな現象である。しかし、音楽という言葉を超えた媒体によって、この情報、流通の壁は何れ解消するであろう。最終的には美しい音、本物の音が生き残ることは確実である。音響コンサルタントとしてプロサウンドの大きな動きの中で情報整理し、顧客に明確な道を示す責任があることを痛感したのである。
AES(Audio Engineering Society)第88回コンベンション報告
3月13日から16日までの4日間、第88回のAESコンベンションがジャズフェスティバルで有名なスイスのモントルー市のコンベンションセンターで開催された。日程の都合で14日の午後から16日の午前までの短い滞在であったが、東欧圏をふくむヨーロッパのオーディオ界の技術、製品に接した。国際音響学会とは別の貴重な体験であった。
AESのコンベンションはわが国のオーディオフェアーのような機器の展示とともに、技術論文の発表が行われるのが特色である。機器の展示はモントルー市のコンベンションセンターで、論文発表は道路を隔てたところのホテルモントルーパレスの三つのホールで行われた。展示会の会場となったコンベンションセンターはレマン湖に面した景勝の地にある。今日のコンベンション施設としてはその規模は小さい方であろう。かなり混みあった会場であった。SONY、REVOX、AKG、NEUMANN、JBL、EVなどオーディオ界の“しにせ”のほかに、ディジタル技術を駆使したスタジオ周辺機器専門のマイナーだがユニークなメーカーの展示が目立っていた。わが国の放送機器展のスターである調整卓やスピーカシステムが案外ひっそりしていたように思えた。
筆者の理解の範囲で感じたのがディジタル録音、ハイビジョン対応のマイクロホンの動きであった。低雑音化と小型化である。低雑音化では雑音レベル12dB(A)というゼンハイザーのCX-40が、小型化では三研のCOS-11が話題となっていた。
講演では二つの特別講座、二つの招待講演があった。特別講座ではオランダのPeutz氏の明瞭度についての話、招待講演ではTHXシステム開発者のHolman氏のオーディオについての裏話などがあった。また、一般部門では表に示すような11部門で約60の論文発表があった。特別講座、招待講演は一件あたり60分、技術論文の講演は時間は30分である。技術論文の発表では10分くらいで切り上げてディスカッションにあてる講演者もおり、国際音響学会と比べると余裕のある雰囲気が心地よかった。
おもしろいと思ったのはオーディオの歴史、古いレコードの再生を扱ったGのセッションで、このテーマについては別に企画された六つの研究集会の一つとしても取り上げられ、レコードのスクラッチノイズやパルスノイズなどが最近のディジタル技術でどのように軽減できるかの実演まであった。これは音の文化財の保存であり、欧米ではオーディオ界の大きなテーマとなっているらしい。ウィーンでは国立の機関で取り上げている。このような目的の研究は残念ながらわが国の技術界では生まれないのである。文芸春秋3月号の直原清夫氏の“ソニー・盛田会長あんまりです。貴重な文化財LPレコードの灯を消さないで”の記事を思い出した。
ホールの電気音響設備を扱うHの部門ではデルタステレオホニーの開発者の一人、東ドイツのHeintz氏から多目的ホール、野外劇場への実施例の報告が興味を引いた。また、スピーカを複合した場合のカバレッジの問題が相変わらず取り上げられていた。
国際的なミーティングでの収穫は普段雑誌でしか会えない人々から生の声を聞けることである。欧州におけるアメリカ各社のスピーカの評価、信頼性から見た日本のメーカーの評価、それから最近の各社の経営状況など面白い話が飛び込んでくる。たとえば、三研というマイクロホンメーカーがある。展示会でも小さなコーナーであったが、超小型のマイクロホンが話題を呼んでいた。AKGのSippl氏も三研はリライアブルなメーカーであると褒めていた。このような地道なメーカーが国際的な場で評価されていることはうれしいことである。
モントルーの春の訪れは早く、木蓮、桜、れんぎょうが咲き誇っていた。国際音響学会と違って、日本人の参加は少ないせいか何となくさびしい感じであった。言葉の壁は大きいかもしれないが、このような大会にわが国の若手の音響技術者が活躍する世になってほしいことを切に思った。
NEWSアラカルト
水戸芸術館のオープン
本ニュースでも紹介してきた水戸芸術館が今月22日にオープンした。ART TOWER MITOとよばれるこの施設は水戸市100周年を記念した総合文化施設で、建築家磯崎新氏による高さ100mのタワーをシンボルとして、コンサートホールATM、ACM劇場、現代美術ギャラリーの三施設で構成されている。音響施設としてはパイプオルガンを設置したエントランスホールが加わる。
開館に先だって21日式典が行われた。総勢70名というアッシャーが並ぶエントランスホールで小林英之氏のオルガンと田宮堅二氏のトランペットによるテレマンのソナタによって開幕。ACM劇場における野村万作氏の三番叟に引き続いて、コンサートホールでの吉田秀和館長の挨拶の後、中村紘子さんのピアノリサイタル、その後現代美術展という文化施設をあげてのオープニングであった。
680席、六角形の平面のコンサートホールはわれわれにとってサントリーホールに次いで新しい空間であった。その音響のkeyとなっているのが、中央の大きなUFO状の可動反射板である。その音響特性、音響効果についてはいずれ詳しく紹介したい。
このホールの特色は吉田秀和氏を委員長とする企画運営会議が組織されていることである。また、水戸室内管弦楽団、水戸カルテット、ATMアンサンブルの三つの専属楽団が結成されている。オープニングプログラムについては先月号で紹介したとおりである。詳細は下記までお問い合わせ下さい。
水戸芸術館:水戸市五軒町1-6-8(TEL:0292-27-8111)
いずみホールの試弾会
4月8日のオープンを待ったいずみホールの試弾会が20日に行われた。住友生命、ホール関係者をはじめ、関西・東京の音楽関係者によって821席のホールはほぼ満席であった。規模はカザルスホールを一回り大きくした感じである。形状はウイーン楽友協会に理想の音場を求めたシューボックス、内装はバロック調である。しかしゴテゴテした印象はなく、豪華ながら暖かい雰囲気であった。これは天井や壁に張りめぐらされた木の色と木目の美しさにあるのかもしれない。正面にはフランス・アルザス地方のケーニッヒ社のオルガンが設置され、その丸みを帯びた稜線と装飾が優しさを提供してくれる。
試弾会のプログラムはオルガンのソロ、フルートとピアノの二重奏、ピアノのソロ、ヴァイオリンのソロ、弦楽合奏と変化にとんでおり、それぞれの響きを楽しむことができた。
残響が1.6~2.0秒に設計されているとのことだが、ワンワンと響きすぎることもなく直接的に響いてくる印象を受けた。また、ピアノ、オルガンの高音部が特にきれいに、やさしく伝わってきた。(前半は一階席中央部、後半は二階バルコニー席で聴く)特に印象的であったのは後半に行われた古楽器のアンサンブルであった。
このホールのオープニングにはバロック音楽に焦点をおいた“音楽の原点の旅”というシリーズが企画されている。古楽器の響きが、木目の優しいこの中規模のホールとその響きにしっくりと合っているように思えた。オルガンとともにチェンバロとフォルテピアノが備えられていることにもこのホールの意気込みを感じる。また、“音楽の未来への旅”“日本の響き”“マイ・ディア・アマデウス”など、シリーズも多々企画されている。ハードを提供するだけでなくソフトの面でも充実をはかり、自主企画を推し進めていく姿勢に期待したい。
このホールはOBP(大阪ビジネスパーク)という大阪の新都心にありながら、コンサートの後に都会の喧噪から離れた余韻を楽しめる雰囲気にある。このような規模のホールができたことで、これからクラシックが関西にどのように根付いてくるかが楽しみである。(永田美穂 記)
問い合わせ、いずみホール:大阪市中央区城見1-4-70 住友生命OBPプラザビル内(TEL:06-944-2828)