永田音響設計News 90-2号(通巻26号)
発行:1990年2月25日





技術者と英語

 国際間の交流が日常的になった今日、言葉の障壁を歯がゆく感じるのは私だけではないと思う。大きな組織では国際部などという対外専門部署を抱えているが、われわれのような小規模集団ではあらゆる折衝を担当者が処理しなければならない。専門書を読むことだけはこなしてきた技術者にも、聞く、話す、書くという英語力が日常業務の一つとして要求されるようになってきた。
 日本人の語学力、特にヒヤリングとスピーキングが苦手なことは、一度国際会議にでも出席すればいやというほど身にしみて感じる。そこから、語学への取り組みがはじまる。本屋にゆけば外国語のコーナーにはハウ・トゥものの入門書と高価な語学テープが並び、語学教室の案内は結婚式場とともに通勤電車の吊り広告の常連である。NHKの語学講座だけでもラジオ12講座・週51.3時間(うち英語6講座・23時間)、テレビ8講座・週14時間(うち英語2講座・3時間)という充実した内容である。トッチャンイングリッシュといわれているわれわれの世代は語学に多くの“税金”を支払ってきたのである。

 問題は、これだけ至れり尽くせりの御膳立てがあっても、それなりに時間をかけても、中途半端な姿勢では身につかないこと、これは何も語学だけのことではない。明治・大正の時代にあっても福沢諭吉氏のようにすばらしい英語力の方がおられたことは事実であり、われわれの先輩の中で今でも外国の専門誌に堂々たる論文を提出されているかたがいらっしゃる。
 ある集まりの席で聞いた話だが、戦後間もなくの頃、アメリカから専門誌がやっと教授の手元に送られたとき、弟子たちはこぞってこれを夜だけ借りて自宅で論文をまるまる筆写し、朝、また教授のもとに返すということを続けたそうである。筆写というのは気がとおくなるような作業かもしれないが、論文を十も書き写すことを重ねると、専門部門の英文を書くことが自然に身についたそうである。今の研究者や技術者はこういう修練を経験することができなくなっている。読む前にまずコピー、語学講座はまず録音という様な一種の気休めの行為で終わってしまっているのである。

 最近読んだ英語の本で印象的だった二冊を紹介する。一つは岩波新書の“日本人の英語”、著者は明治大学助教授のマーク・ピーターセン氏。雑誌“科学”に“Mark Remarks”として連載されたもので、われわれ技術者向けの内容である。日本人が迷う冠詞の問題からはじまって、“of”や関係詞の使い方、論文における受動態での記述など技術者の英文に共通する誤りの指摘がある。
 もう一つはスピーカで有吊なボーズ社の社長佐倉住嘉さんが書かれた“ジャパニーズ・イングリッシュの逆襲”(発行ワニブックス)である。佐倉さんは東京外語大卒業後、商社、貿易会社を経て1978年ボーズ社スピーカの国内導入を図られた方である。いま、石を投げればボーズにあたるとまでいわれるボーズスピーカのヒットは佐倉さんの戦略と英語力をベースにした国際感覚にあるとみている。
 まずLとRの発音が駄目だからといわれて英語から遠ざかることなど大変な間違い、ビジネスの英語としてはまず中学英語を目標とすべきだと説く。実践から生まれた佐倉説法である。各章のタイトルと各章から面白そうな二つのサブタイトルを紹介してみると、
 ◆佐倉住嘉 著  ジャパニーズ・イングリッシュの逆襲
         ―90年代のビジネスマンのためのサクセス英語道―

   第Ⅰ章 3日間で英字新聞が読める
    1. 3日間で英字新聞を読む秘訣
    5. 中学英語でⅠ三面記事に対応してみる

   第Ⅱ章 英語は人生を変える
    2. ビジネスに役立つ英語とは
    4. 語学力判定の目安は会議で発言できるかどうかである

   第Ⅲ章 文部省英語は間違っていない
    3. 英語が話せないのは文部省のせいではない
    6. 書いて読むのが会話の基礎

   第Ⅳ章 英語マスターのノウハウ
    9. ポルノ小説は最良の教材
    15. やさしく読めてさまになる作品

   第Ⅴ章 英語を身につけたらどうする
    2. 英語ができるなら一流会社に就職するな
    5. 英語の議事録が作れるようになれ

   第Ⅵ章 言葉とビジネス
    5. 通訳を使った方が商売がうまくいく場合
    6. 通訳を通さない方がセールス効果が上がる場合

   第Ⅶ章 これだけ読んでも英語は無理だという人へ
    2. 習うより慣れろは子供にとって百害の恐れがある
    4. 英語をイチからやり直そうと決心した人へ

   ◎おわりに“掘った芋”について考える

といった内容である。“掘った芋”、お分かりでしょうか?一読をお薦めする。

国技館5000人の第九と墨田区音楽都市構想

 昭和60年の新国技館の竣工を期にスタートした5000人の第九も今年で六回を迎えた。衆議院選投票日の18日、はじめてこの第九を体験した。
 まず、第1部として東京吹奏楽団による吹奏楽の委嘱作品の演奏があった。曲目は西村朗氏の“巫女・”。吹奏楽というより雅楽の響きで構成された新鮮な感覚の曲であった。
 第九には東京交響楽団、新日本フィルハーモニーの二楽団で構成された国技館第九コンサート祝祭管弦楽団、指揮は石丸寛氏である。呼び物の合唱は“国技館墨田第九を歌う会”という5000人の合唱団である。区長さんも歌う、芸者さんも歌うという墨田区から参加者は全国に広がり、今年は在日のドイツ学生、EC共同体日本代表部の方々まで加わり、国際色をおびてきた。発表によれば今年の合唱団の総人数は5379吊である。
 5000吊の合唱団だけでも桟敷席から最上階まで国技館の半分が一杯になる。それに聴衆も5000吊、コンサートの常識を超えたイベントである。問題はその音と響きであるが、当然電気音響設備による拡声を行っていたが、挨拶の音量が異常に大きかったこと以外はPAくささは感じなかった。私の席がオーケストラの前のアリーナ席という直接音の強い場所のせいもあったと思う。天国でまどろむような第2、第3楽章の後にあらわれる歓喜の頌、国技館のおよそ半分をステージとした5000吊の歓喜の歌は圧巻であった。歌う方も聞く方も忘れがたい何かを刻むことは事実である。ECの国歌に決まった第九交響曲は上思議な力、エネルギーを持った音楽である。年末の第九と違って、国技館の第九は春を呼ぶ歌となる。

 実はこの5000人の第九をきっかけとして、計画されたのが墨田区の音楽都市構想である。昭和63年3月に発表された宣言の内容は、

 1. 音楽定着化計画
 2. 音楽導入計画
 3. 地元育成計画
 4. 人材増強計画
 5. 施設拡張計画

の五項目であり、ソフトが優先しているのが特色である。
 この構想のもとにすすめられているのが、国技館の第九、曳舟文化センター(客席数580)、両国公会堂(客席数790)で行うコンサートシリーズである。毎月2回、自主公演が続いている。また施設拡充計画の大きな目標が錦糸町駅北口の再開発事業の中で建設される2000席のコンサートホール、墨田区文化会館で、新日本フィルハーモニー交響楽団とのフランチャイズ提携が昭和63年7月に早々と決定している。公共ホールとしては初めてのことである。

 ホールの生命は企画、運用、サービスにあることを機会あるごとに述べてきた。多くの市民会館が建設することで力尽きている中で、この墨田区文化センターはいま、ソフト部門と設計部門とが熱い雰囲気の中で設計を進めている。平成五年のオープンを期待していただきたい。

TOAのXEBEC HALL

 14日の午後、TOA社の藤岡社長じきじきの案内でNHK技研の先輩、中島平太郎氏とともに、神戸ポートアイランドのXEBEC HALL(ジーベックホール)を拝見し、テスト演奏を聴かせていただいた。TOAは昔の東亜特殊電気株式会社である。XEBEC HALLはすっかりイメージチェンジしたTOA社の顔となる300席の実験ホールで、30本のマイクロフォン、50台のスピーカ、13チャンネルのリバーブディバイスによって、0.7秒から2.6秒まで残響時間が可変できるのが特色である。それにマルチスライド、天井には21分割の電動昇降グリッドが設置されている。ステージも可変という今はやりのイベント空間である。
 この種のホールの原点はパリのポンピドーセンターにあり、最近では万博には必ず登場するホールである。技術的なショールームとしてお客さんを呼ぶには格好のホールである。TOAのイメージホールとしての役割も大きいことであろう。しかし問題は、何でもできるだけに、何をするか、ソフト計画がフォローしているかどうかにある。思っていたとおり万博会場でよく体験する画であり、音であった。
 フルートとヴァイオリンの独奏を聴かせていただいた。マルチチャンネルによる残響付加はたしかに空間が鳴っている感じであったが、音が遠いことが上自然であった。初期の反射音も付加すべきであろう。なお、残響音の質も気になったが、エントランスにすばらしい空間がある。ここの響きと比較して、エレクトロニックスによる質の高い残響付加への方向を見出していただきたい。
 いろいろなことが気になるホールであるが、音響機器メーカーとしてこれだけの施設を持たれたことは敬朊に値する。ただし、食堂で行われた中島さんの講演会の拡声の音がひどかったことが音のTOAだけに残念であった。

NEWSアラカルト

◆水戸芸術館オープニングプログラム
先月号でお知らせしたように水戸芸術館のオープニングプログラム(3月25日~5月14日)が決まった。3月、4月の会館記念コンサートのプログラムを紹介する。

  3月25日:園田高弘 ピアノ・リサイタル
  3月26日:松居直美 オルガン・リサイタル
  3月28日:ペーター・シュミードル クラリネット・リサイタル
  3月31日:堀米ゆず子 ヴァイオリン・リサイタル
  4月 1日:小さな聴き手のためのコンサート
  4月 8日・9日:水戸室内管弦楽団演奏会(指揮)小澤征爾
  4月12日:伊原直子 独唱会
  4月14日:合唱で聴く日本の歌
  4月15日:水戸カルテット演奏会
  4月18日・19日:水戸室内管弦楽団演奏会 協奏曲の夕べ
  4月21日:ATMアンサンブル演奏会
  4月22日:日本の抒情 その1
  4月24日・25日:ストラヴィンスキー“兵士の物語”(指揮)若杉弘
  4月27日・29日:イモージェン・クーパー ピアノ・リサイタル

 チケットの購入、問い合わせは水戸市福祉文化会館窓口(0292-31-8000)まで。都内ではチケット・セゾン、チケットぴあでも取り扱っている。

◆コイノスコンサートのチケット斡旋
 先月号で紹介しましたコイノスコンサート(3月21日18時30分、赤坂OAGホール)のチケットを若干ですが永田事務所で斡旋できますのでお申し込み下さい。当日の内容は、小塩節先生のウィーンの魅力についての講演と室内楽です。


永田音響設計News 90-2号(通巻26号)発行:1990年2月25日

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