二つのオルガンシンポジウム
オルガンに縁の深いひと月であった。日本オルガン研究会の例会、および日本音楽学会の全国大会で開催された二つのオルガンシンポジウムから紹介したい。
日本オルガン研究会のシンポジウムは、“日本のオルガンはこれでよいのか?”というテーマで10月28日東京ルーテル・センター礼拝堂において開催された。パネラーはオルガンビルダーの松崎譲二氏、須藤宏氏とオルガン奏者の竹久源造氏の三名であった。松崎、須藤の両氏はオルガンの土壌のないわが国で建造の仕事を続けておられるだけに、“これでよいのか”というテーマのとらえ方、主張は明確であった。
オルガン導入におけるビジョンの欠如、楽器業者をとおしての輸入の問題、ヨーロッパのビルダーの姿勢、わが国ビルダーの作品に対しての評価の実態などが訴えられた。竹久氏は日本のオルガンなら材料においても、また電子技術の導入という点からも日本独自のオルガンがあってよいではないかという別の角度からの主張であった。チェンバロ建造家と比較すると、オルガンビルダーから演奏者への働きかけが少ないという発言もあった。
日本音楽学会のシンポジウムは11月4日の午後、宮城学園の講堂において行われた。テーマは“オルガンとその音楽―ドイツとフランスの特質をめぐって―”というテーマであり、パネラーはオルガニストとして鈴木雅明氏、月岡正暁氏のお二人、宗教音楽の金沢正剛氏、評論家の丹羽正明氏の計4名という日本のオルガン界を代表される方々であった。
話の内容は、オルガンと風土、地域との結びつき、時代による変遷、音楽との関係、オルガン運動とそれに対しての反省など、それぞれの立場でオルガン界の話題と見解を提供された。しかしドイツとフランスの特質に関して、これをわが国でどのように取り入れてゆくべきか、などについての発言はなかった。
いろいろな話題の中で、鈴木雅明氏の次のような発言が印象に残った。それは、オルガンは17~18世紀に完成し、この時期にもっともすぐれたオルガンが建造された。今後のオルガンにはいろいろな方向があるだろうが、このオルガンの黄金時代の作品を見直し、そこから出発すべきではないだろうか。
現在わが国では年間20台から30台のオルガンが導入されている。今後は教会だけでなく、コンサートホールへの導入が増えることは明らかである。また、公共文化施設に日本のオルガンビルダーのオルガンが設置される時代となった。若いオルガニストの活躍も盛んである。今後わが国のオルガン界は大きく変わってゆくだろう。
シンポジウムで指摘されたように、戦後のオルガンの多くが大手楽器メーカーの手によって主としてヨーロッパの大規模ビルダーから輸入された。現在この流れに対して大きな反省がありフランス系の小規模ビルダーに関心が集中している。一つの主張にふりまわされる、これがわが国オルガン界の特色である。
私はこれまでの大手楽器メーカーの果たした役割については、それなりに評価している。一つの仕組みの中で進められる公共建築の場合、外国製品についての手続き事務、建築施工部門との調整など、周辺業務のサポートは絶対必要であったと思う。また、今でこそ中小ビルダーも安定した作品を提供しているが、戦後の乏しい時代、大型のコンサートオルガンを約束の期間内に提供できたのは、大手ビルダー以外にはなかったのではないだろうか?
しかし、現在はオルガンの質が問われる時代である。わが国にある大手ビルダーの作品は戦後のものが多いだけに音の質は決して高いものではない。
また、現在指摘されている大きな問題としてアフターケアがある。これだけ多くのオルガンが導入されたことに対してこの事は真剣に考えるべきである。最近強く感じた一例を紹介する。
今月私は仕事で香港に出かけ、新しくオープンした文化センターでリーガー社の一行と会った。リーガー社というのはサントリーホールのオルガンを建造したオーストリアのビルダーである。この文化センターのオルガンは93ストップという大型のオルガンで、リーガーはその完成記念と観光旅行を兼ねて約50名という大勢で香港見物なのである。
サントリーホールのオルガンについてはいろいろな批判もあり、私にも若干不満がある。導入にあたって、あれだけ手間をかけたオルガンである。彼らはなぜ一飛びして、東京まで来ないのか?、またヤマハなぜ彼らを呼ばないのか?、大手楽器メーカーのオルガン導入に対しての不満はこのような点に尽きる。自ら自分の作品をまわっているビルダーのあることも知っている。大手の組織ビルダーと小規模の家内工房的ビルダーの間では作品に対しての基本的な思い入れが違うのではないかと思う。このあたりの意識の欠如は何によるものなのか、大いに反省してほしいと思う。
何度も書いたように、オルガンについての情報は限られており、流通しにくい性質を持っている。この点大手楽器メーカーはその情報網によって全世界のビルダーについての細かい情報を掴んでおり、また必要とあらばすぐ現地に飛んで工場の状態をとらえ、これはと思う人と会い、情報を整えることができる。個人ではできないことである。この情報網を活かして、ぜひわが国によいオルガンを紹介してほしいのである。
また、当然アフターケアのこと、何よりもまず現在のオルガンを何時も最高のレベルに保つ努力をしてほしい。定期的に人材を現地に送り、保守の技術を習得させるくらいの体制もとってほしい。輸入の代行業務だけだったら一般の商社でよいのではないだろうか。
オルガンコンサートから
秋の音楽シーズンが始まり、東京では連日多くのホールでコンサートが行われている。オルガンコンサートは情報誌に紹介されることも少ないが、筆者がこの秋に聴いたオルガンだけでも次のページにまとめたように10回を超えている。東京においてはこのほかに林佑子氏、月岡正暁氏、鈴木雅明氏、ケストナー氏らの演奏があった。
9月23日、10月5日のサントリーホールの演奏は89年度レクチャーコンサートシリーズの第2回、第3回目の演奏で、第2回はフランスのオルガン音楽で講演は馬淵久夫氏、第3回はドイツのオルガン音楽で講演は丹羽正明氏であった。
同ホールでの10月12日の二つの演奏は3周年記念のガラコンサートの中の演奏、11月11日はカラヤンの追悼の会の演奏である。
10月24日の保田紀子さんのコンサートは邦人作曲家6名の作品で初演が5曲、いずれも密度の濃い内容の曲で、わが国のオルガン音楽の将来が期待できる思いが残った。現代曲にも積極的に取り組んでおられる保田さんの演奏も堂々としたもので、現代曲にもかかわらずすがすがしいものを感じた。
11月7日の飯靖子さん、この方は霊南坂教会のオルガニストである。いつも、清楚で優しいバッハを弾かれる。香港文化センターで聴いたプラニアフスキイ、サントリーのCDにもあるこの人のバッハは、腰がなく丸くなりすぎている。フランクが好かった。
この点、11月21日の小林さんのバッハは端正で輪郭がはっきりしている。この日の演奏は上野学園の85周年記念式典の中の一駒であり、オルガン演奏での“君が代”を初めて聴いた。しかし同じ笛でも“君が代”はオルガンには全くあわないことを感じた。
19日の三越のオルガンは通りすがりに聴いたもの、子どもの頃感動した吹き抜け空間を満たしていたあの三越のパイプオルガンの響きは今はない。周囲の騒音なのか、オルガンがどう変わったのだろうか?このコンサートは今でもお昼の12時と3時に行われている。
NEWSアラカルト
香港文化センターとRPGパネル
この文化センターは香港湾の九龍地区の埠頭に最近オープンした、コンサートホールと劇場の二つのホールを持つ施設である。
詳細な資料はないが、Dr.Marshallの音響設計と聞く。平面型は卵形、たしか八つの面で囲まれた典型的なワインヤードである。周辺部には大型の反射板が天井から斜めに舞台と客席に向けて吊られており、舞台の上には水平の反射板が吊ってあった。
ここまではニュージーランドのクライストチャーチのホールとそっくりなのである。周辺部の反射板がすべてオリジナルかどうかは不明であるが、今話題のRPGパネル(深さの違う溝によって音を拡散させるパネル)を使用している。舞台上の水平の反射板にまでRPGのパターンの溝があった。側方反射音を指向していた彼の設計のコンセプトが、いつから拡散反射に転向したのだろうか?音響理論を意識的に出すところに彼の設計の特色がある。
オルガンしか聴いていないが残響感は少なく、残響時間は1.7秒前後とみた。
土田先生の音楽講座、ティータイムトーク
土田先生は聖徳学園での講師仲間である。ハーモニーの構造とその流れから名曲の秘密をさぐるという変わったレクチャーが始まった。私は23日の会に出席したが、いままで聞いたことがない和声の話なども面白くあっという間の2時間であった。この方は語りの天才である。楽譜をみたこともないオジンも歓迎するというシリーズが来春から始まる。1月13日、2月3日、3月3日、4月7日の各土曜日の夜、吉祥寺のヤマハセンターにおいて18時30分からで4回シリーズである。会費は茶菓子、資料込みで12,000円。音楽に関わる仕事をなさっている方にぜひ聞いていただきたいレクチャーである。
お申し込みは、土田京子:〒176 練馬区氷川台3-32-13-101(Tel.03-3993-7803)、まで。
第九の季節
また第九の季節がやってきた。いったいどのくらいの第九が歌われるのだろうか。東京の四大ホールでは年末に39の講演がある。