野辺地先生のこのお便りがまださめやらぬ11月、アメリカのオーディオ協会誌の10月号に面白い論文を見つけた。題目は“Audio for the Elderly(老人用のオーディオ)”、著者はRCAの研究所出身のE.W.Herold氏である。
まず彼は、アメリカにおける老人の聴力障害の統計を述べる。65才以上の年齢の約30%が補聴器を必要とする。残りの70%が年齢としては正常の聴力ではあるが、それでも高音域の聴力障害は年とともに進んでおり、スレッショルド、すなわち聞き取れる最小の音圧のレベルが年とともに上昇する。その例として右図の特性を示している。
右図は1929年に発表されたBunchの論文からの引用であるが、彼は年代を20~30才代、30~40才代、40~50才代、50~60才代、60才以上の5段階に分け、各グループごとに可聴値のレベルの上昇を示している。60才代の低下を見ると私など愕然とするが、40才代でも5KHzでは20dBの低下があることを知って多少安心するのである。わが事務所で聴力低下ゼロは庶務のお嬢さん三人と学生のアルバイトさんだけである。
老人が聞くことのできる音の範囲は高い周波数で急に狭くなってくる。2025年のアメリカでは65才以上の老人が現在の12%から19%に上昇する。わが国ではもっと高くなるであろう。そこで彼の主張がある。ダイナミックレンジが80dBから90dBにもおよぶCDで代表される現在の音楽ソフトとは別に、老人の耳を考慮した音のソフトがあってしかるべきではないか。高い周波数だけのダイナミックレンジを狭くすることは現在の技術では難しい課題ではないだろう…と。彼はまた、低音域に広がった拡声設備の音質について注文をつけている。低音域の音によって高い周波数がマスキングされるため、老人にはますます聞き取りにくくなるのだ…と。