永田音響設計News 89-1号(通巻13号)
発行:1989年1月25日





東京文化会館大ホール

 昨年の秋、東京文化会館小ホールに行ったら、大ホールの灯が消えていた。オープン以来こんな風景は初めてであった。今年の秋には日本フィルの定期公演がこの文化会館からサントリーホールヘ移る。また来年の秋、池袋に東京都芸術文化会館がオープンするとクラシックコンサートはすべて池袋に移行し、この大ホールはオペラ、バレエ用の劇場となるとの噂である。昭和36年のオープン以来、このホールはN響はじめ都内のオーケストラの定期公演会場として、また来日演奏家、演奏団体の日本を代表するコンサートホールとして、さらに数少ないオペラ劇場としても活躍した。この大ホールこそ昭和の御代を代表するホールであった。コンサートホールとしての主役はサントリーホールに移行しつつあるが、このホールにはまた新しい役割が期侍されている。何時までもわが国を代表する文化会館であってほしい。音響設計の立場からこのホールを顧みたい。

 この会館の計画は、昭和28年、財界、文化界、芸術界などの代表からなるミュージックセンター設立発起人会の設立に始まる。この時点においてNHKは都の営繕部とともに技術研究班として参画し、ホールの基本条件の検討を行なった。この発起人会による基本計画案は昭和31年にまとめられたが、同年10月に東京都の開都500年記念事業のひとつとして東京都記念文化会館として実施することが決定され、新しい建設委員会において現在の文化会館の基本形が決定された。建築設計は前川国男建築設計事務所、施工は清水建設で、昭和33年の4月に着工し昭和36年の4月に竣工した。工事費は18億と聞いている。

NHK技術研究69号表紙
 音響設計を担当したNHK技術研究所では、当時の建築音響研究室の主任であった牧田康雄氏がリーダーとなって建築音響研究室、音響機器研究室が担当した。当時NHKの音響研究部の状況といえぱ、いくつかの放送会館、旧NHKホールなどの設計をとおして、やっと音響設計の体制が固まってきた段階であった。この文化会館の音響設計において初めて騒音防止設計、室内音響設計、電気音響設備の設計という総合的な音響設計が行われた。また、工事途中の監理、完工時の音響検査、測定から、開館までの音響調整なども実施した。このプロジェクトが現在われわれが行っている建築音響設計のスタートであった。
 さらに、特記すべきことは音響設計、音響特性について技術研究所の機関誌『NHK技術研究』第69号(昭和38年1月号)に125ページの論文としてとりまとめたことである。 この文化会館大ホールは都内のどのオーケストラにとっても、最も弾きやすいホールとしてその評価は高い。昨年の秋、ロサンジェルス・フィルハーモニー管弦楽団の関係者とのミーティングの席でも、彼らはこの文化会館大ホールの舞台の音に並々ならぬ魅力を感じていることを知った。
 このステージ反射板は可動であるが、材科は二枚の合板の間にダンピング材としてリノリュウムを挟んだサンドイッチ構造である。また、かなり厚さのある拡散形状を採用したこと、反射面の一部に上規則間隔のリブが設けられていることなどが特色である。

 ところで、興味あるのはこのホールの客席の音響である。音楽ファンの間では、この大ホールでは五階席の響きがよいことは定評がある。音が近く、いわゆるプレゼンス(臨場感)のある響きなのである。一階席は両脇の壁際のブロックの席がよい。しかし、何といってもこのホールの響きの特色は低音の豊かさにある。低音の残響時間は3秒に達している。この理由はあの天井がモルタル塗りであること、側壁も薄いボードは一切使用してないことによる。
 ホールの側壁は外側に傾斜している。これは、六角形の平面形とともに前川先生の空間構成の基本コンセプトであった。ご存じの方が多いと思うが、コンサートホールの響きとして横方向からの反射音が重要であるということ、これは戦後、室内音響界が洗脳された一つのコンセプトといってもよいであろう。直方形のホールの音響効果、ワインヤードといわれる新しい客席構成などすべてこの側方反射音で説明されている。なかには、天井反射音上要論を唱える音響学者もいる。側方反射音派にとって理想的なコンサートホールとは中世のヨーロッパの都市の一角にあるような、建物で四周を囲まれた中庭のような空間である。その結果、内側に傾斜した側壁や反射面をもつホールが多くなった。ところが実際のホールでの聴取体験から、過剰な側方反射音は必ずしも心地よい響きと結びつくものでないことが次第に明らかとなり、現在、側方反射音フィーバーはややおさまってきた。

 天井形の設計では、現在山下設計に在籍の佃氏の丹念な音線分析が技術研究に残っている。十分な初期反射音を得るためには、天井を現在の形状のように下向きのカーブをもった球面としたことがこのホールの音響効果の鍵であった。天井→壁という反射経路、現在われわれが大型ホールの反射音の検討から辿り着いた初期反射音の確保の手法が、偶然にもこのホールに利用されていたのであった。
 この文化会館大ホールはこれまで照明設備の更新、スプリンクラーの設置などいくつかの大改修が行われたが、音響的な大改修は昭和45年度に実施された舞台反射板の収紊方式の変更とオーケストラピットの拡張工事、昭和59年度に実施した客席椅子の全面取り替え工事であった。昭和45年の改修は、オペラ用の照明やバトンを拡張するために、舞台の上方に格紊していた舞台反射板の一部を舞台下に収用するようにした大規模な工事であった。
 しかし、音響的には次の椅子の変更工事の方に気をつかった。建築設計者からは当然豪華な椅子が提案されたが、吸音がこれ以上増加するのは音響上望ましくないからであった。試作を重ねて現在の椅子となったが、残響特性は幸いにも高音域が伸びるというよい方向に変化した。次の図は開館当時と椅子の改修前後の空室時の残響特性である。


 このホールの響きは最近のサントリーホールの響きと比べるとまさに対称的である。輝き、明瞭さに欠ける反面、真空管アンプの音質にも似た暖かさがある。せめて満席時の残響を1.8秒程度にまで伸ぱせれぱと思うが、2300席に対して17000m3、一席あたり7m3という容積では限界である。やはり、オペラ劇場がこのホールの本命なのだろうか。しかし、他に類のないこのホールの響き、コンサートホールとしての灯を消してほしくないのである。

電子手帳とシステム手帳

 この種の製品が気になる人種である。電子手帳は使い初めて10ケ月以上となる。寸法といい、値段といい、手帳の枠を超えたあのシステム手帳には最後まで抵抗があったが、昨年末誘惑に負けて買ってしまった。感想を述べる。
 まず、電子手帳。これはシャープのPA-7000という人気商品の一つで、住所録、ダイヤリ一、メモ、スケジュールという標準機能の他に、外国語会話、カラオケ、四柱推命などのカードがオプションとしてあるが、現在はもっぱら住所録として使用している。暇を見て、たとえぱ、車中などで入力すれば、自動的にアイウエオ順に整理されて記録される。検索が楽で今年は例年の手帳の住所録の書き換えの作業はなく助かっている。
 ただし、記入容量が200件余りで私にも容量上足である。もう一枚カードを買い足し、業務用と個人用を分ければ解決するが、カードを2枚持つというのが気にいらない。その補助として、電話手帳のセイコー電子の“Phone Cardカナ、DF-250”を使用している。これは定期券入れにも入る薄いカードで406件の電話番号がメモできる。値段も3000円台で購入できる。電子手帳は住所録として、フォンカードは電話帳として推薦できる。ただし、電子手帳の一日一件のスケジュール帳などは全く使用できない。誕生日記憶用くらいであろうか。
 いま、システム手帳は大流行である。打ち含わせの席だけではなく、最近は音楽学科の学生まで教室で広げているのを見てその流行に驚いている。このシステム手帳に対しての抵抗はまず大きさであったが、お家元のファイロファックス社でもポケットサイズを発売している。私が購入したのも、このポケットに入るサイズである。システム手帳愛用派の意見によれぱ、手帳と考えるな、男のハンドバッグと考えよ、とのことであるが、私にとって背広のどこかに収まるという条件は捨て難い。
 このシステム手帳の特色は、仕事の内容に応じてレフィルといわれる用紙を自由に選定できることにある。町の文房具店にゆけぱ、内外各社の数百以上のレフィルが用意されている。しかし、なぜあんなに高価なのだろうか?人気のなくなったルーズリーフの用紙の値段と比べると腹がたつ。
 システム手帳の利用方法についてはいろいろな本や雑誌がでている。また、レフィル作製の方法はいうまでもなく、バインダー本体を手作りする方法まで教えてくれる。世の中にはいろいろな方がおられることを知った。利用方法も実に変化に富んでいる。標準サイズであれば中にマイクロカセットまで収紊できる。枕としての利用もあった。ルポライターの方などかけずり回って仕事をされる方には非常に便利であろう。
 しかし、私などあんな小さな紙面を相手に計画をすることなどどうも性にあわない。大きな紙を対象としたい。それに仕事には仕事のファイルがある。システム手帳は、したがって、スケジュール管理と一日の仕事、出来事の記録という二つの目的に割り切って使用している。レフィルは自家製で、表裏2ページで一日の公私の記録にあてている。昨年末に使い始めてまだひと月を過ぎたところ。いまのところ愛用している。

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◆ムジークフェラインのフラッシュ
 恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサート、今年はカルロス・クライバーが棒を振った。テレビ用の照明に映し出されたこのホールは異様に明るかった。そして目にとまったのは演奏が終わったときの拍手の中で光るフラッシュ。だいたい、あんな遠いところからではフラッシュは無理である。邦人の観光客であろうか。
 最近サントリーホールでもフラッシュが目立つようになった。演奏者に対して失礼だとは思わないのだろうか。フラッシュだけはなんとかやめてほしいと思う。開演前のアナウンスがむなしくなる。

◆辻宏著“風の歌―パイプオルガンと私” 日本キリスト教団出版局 定価1800円
 辻さんは日本のオルガンビルダーの草分けといってよい方で、オルガン界では知らない人はいないであろう。辻さんはオルガン建造について独自の理念をもっておられ、たいへん頑固な方としても通っている。現在わが国で主流をなしているドイツを中心とした大ビルダーのオルガンにはまっこうから反対されてきた。しかし、最近わが国でもやっと辻さんの言われていることに耳をかたむける傾向がでてきた。先月号で紹介した聖路加のチャペルのオルガンを製作したガルニエ氏、彼も辻さんと同じ考え方のビルダーの一人である。
 ところでこの本は辻さんとオルガンとの出会いの本であるが、とくにオランダの古いオルガンの音に魅せられていった辻さんのオルガン建造理念の形成の歩みが綴られている。戦後ドイツを中心に興った新しいオルガン運動の内容がオルガンの歴史の中でどういうものであったか、内側からみたオルガンという点でわれわれが知りえなかったオルガン界の実情が語られており、たいへん興味がある。面白いことは、オルガンと音響設計とはいろいろな点で似ているということである。デザインか性能かで常に建築家とぶつかること、その際どうしてもゆずれない条件があること、また、よい演奏が前提であることなどである。
 本書はオルガンの解説書ではない。オルガンの心を語った本である。オルガンの音に魅せられた方に読んでいただきたい本である。



永田音響設計News 89-1号(通巻13号)発行:1989年1月25日

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