永田音響設計News 88-9号(通巻9号)
発行:1988年9月25日





ホールの残響可変

 残響とは室内の音を止めた時、後に残る響きをいいます。カラオケのリバーブ(エコー)をお使いになった方はお分かりだと思いますが、声に残響がつくと心地よく響きます。大浴場で歌うと気持ちがよいのは残響のせいです。
 一般に音楽は豊かな残響を必要としますが、残響が多いとスピーチの明瞭度は搊なわれます。経験からも、催し物の種類に応じて響きの程度が異なることは明らかで、催し物と最適残響時間との関係については図―lのような主張があります。音楽に対しては長目の残響が、スピーチに対しては短めの残響が好ましいことは経験からも紊得できます。

図-1 ホールの種類、室容積と最適残響時間

図-2 バリオホールの可変吸音体
 一つのホールを音楽、演劇、講演会、また大音量を出すポピュラー音楽など多目的に使用しようとすると、当然残響時間はその催し物に応じて調整できることが望ましく、ここに残響可変装置という特効薬が浮かびあがります。
 この種の装置の開発はわが国の得意とするところで、いろいろなタイプの残響可変装置が開発されています。図一2は東京水道橋の尚美学園バリオホールの残響可変装置です。外観はいろいろですが、吸音面が室内に露出する、吸音面と反射面が交替するかのいずれかです。
 ところで、残響可変装置は多目的ホールの救世主なのでしょうか?私どもの事務所でもこれまでいくつかのホールに残響可変方式を導入してきました。また、現在進行中のホールもあります。しかし、残響可変方式の導入は慎重にすべきだというのが私どもの一貫した方針です。
 最近ややもすると、たんにホールの飾りとしか考えられない残響可変装置の導入がホールの基本計画にみられます。可変装置の導入だけでコンサートホールが劇場になるなどというのは全くの妄想にすぎません。残響可変装置導入にあたっての間題点、多目的利用との関連を整理してみました。

(1)ホールの多目的利用はたんに残響時間の可変だけでは実現できません。舞台も舞台設備もホールの大きさや形までもそれぞれの催し物に適合していることが必要てす。残響時間を変えただけで、劇場はコンサートホールにはなりません。
(2)したがって、残響可変装置を必要とするのは多目的利用のホールであってもコンサートホールの響きをもつホールであることが大前提です。残響時間だけが図―1の条件にあっても、室の形、舞台の条件、客席の配置などが適切でなければコンサートホールの響きは実現できません。
(3)コンサートホール以外のホール、たとえば劇場では残響可変の必要性はありません。(4)可動反射板を常設している多目的ホールでは、舞台の壁を吸音性の仕上げにすると反射板の有無によっても残響時間は約0.3秒程度変化します。この程度の可変でもコンサートと講演会などスピーチを中心とした催し物との両立は可能です。
 なお、舞台の吸音処理は電気音響設備を使用する講演会やポピュラー音楽の演奏にはたんなる残響時間の低減以上の効果があります。
図-3 札幌教育会館大ホールの残響時間
(5)一方、可変装置の設置場所にはいろいろ制約があり、大型ホールでも200mを確保することは困難で、可変幅は約0.3秒が無理のない値です。したがって、現在の装置による残響時間の可変幅は音響反射板の可動とあわせて0.6秒程度です(図一3参照)。
(6)スピーチの明瞭度に関するかぎり、スピーカの機種、取り付け条件さえある条件にあてはまれぱ、残響2秒のコンサートホールでも全く支障はありません。ホールの多目的利用には電気音響設備の活用を考えるべきです。
(7)中高音の残響可変はカーテンなどによっても可能ですが、低音域までの可変を行おうとするとかなりの厚さの構造を必要とします。この厚さを壁に確保することはわが国のホールでは非常にむずかしい課題です。
 当然、建築意匠への影響も大きく、また反射面としたときの音響上望ましい形状との整合性の問題もあります。天井面への設置もダクトや構造体との関連でむずかしいのです。可動部分と周辺との間の隙間の処理も面倒です。

 残響可変装置はあくまで残響時間の可変装置であり、ホールの多目的利用可能装置ではないのです。しかも、コストはもちろん、スペース、建築意匠への影響は大きいのです。では、どのような場合に導入を考えるべきでしょうか。具体的なケースをあげますと、

 a.礼拝堂を兼ねた講堂、ただし、オルガンあり
 b.音楽大学のコンサートホール、空席でのピアノ練習、テストあり
 c.講堂を兼ねたコンサートホール
 d.コンサートホールで大音量のポピュラー音楽までを可能としようとするとき
 e.オルガンリサイタルからピアノリサイタルまでをカバーするコンサートホール

 現在可変装置を設置してあるホールでは一体どの位有効に使用しているか、その実態を調べてみる必要があります。錆びついて動かなくなった可変装置の話をよく耳にしますが、活用している例を紹介します。それは宮城県中新田町のバッハホールで、ここの装置は手動ですが、館の方のきめ細かい対応が評価されています。

演奏による音響テスト

図-4 演奏による音響テスト(津田ホール)
 8月の中旬から下旬にかけて、カザルスホールと津田ホールで器楽のソロと室内楽演奏による音響テストを行いました。カザルスホールではオルガン設置までの響きの調整に関連して具体的な対策を決める目的で、津田ホールではほぼ同じ規模のカザルスホールと比べて響きの特色を把握するのが目的でした。サントリーホールでもリハーサルなどを利用して演奏を試聴したことがありますが、いろいろな種類の演奏を同時に、しかも、音響測定の一環として行ったことは私どもの事務所としても初めての試みでした。
 この種のテストですが、演奏者、曲目の選定から、何を目的にどう聴くべきかという基本的な間題がいくつもあります。しかし、今回はまず各人先入観なしに聴いて、それぞれの印象を語り合うという形をとりました。また、同時に演奏者からも意見をもらいました。
 まず、カザルスホールでは吸音体やカーテンまでを持ち込み、響きの状態をいろいろ変えて試聴しました。大きな発見はステージにわずかの吸音を加える。たとえば舞台入り口扉を開けたくらいで、合奏の場合の音の聴き取りやすさが改善されること。ピアノ、歌などは曲自にもよりますが、ステージをかなり吸音にした方がよいこと、などでした。もちろん、これはカザルスホールに限ったことです。
 津田ホールとカザルスホールとでは、別の響きをねらった設計となっています。残響特性にあらわれた僅かの違いが好ましい演奏種目にも明確に反映していることを確認しました。特色ある響きとしてはカザルス、使い易い響きとしては津田ということになります。この種のテスト、今後もできるだけ実施してみたいと思っております。


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◆第1回武蔵野市国際オルガン・コンクール
 9月4日から11日まで武蔵野市民会館小ホールにおいて、第1回の国際オルガンコンクールが開催されました。私は11日の本選を聴きましたが、立席がでるほどの盛況でした。
 出場者は51吊。その内、国外からは18吊で、本選では5吊の演奏がありました。課題曲はバッハの変ホ長調の前奏曲とフーガ、メシアンの“L'Ange aux parfums”、レーガー、ヴィドール、ヴィエルヌの中からの一曲という、聴くにも体力がいる曲ばかりでした。
 わが国の音楽活動が国際的なレベルで評価されている中で、オルガン音楽だけが取り残されている感がありました。しかし、短い期問に国際コンクールまで開催できる気運になったことはすばらしいことだと思います。1968年わが国で初めて迎えた国際音響学会の時の騒動と感動を思いだしました。
 吉田先生はじめ、関係者の方々のご苦労はたいへんなことだったでしょう。次回にはさらに多くの国外からの参加を加え、吊実ともに国際的なコンクールとして定着することを願っています。

◆未来博協賛1988イタリア・オルガン・フェスティバル美濃自川
 ご紹介が遅れましたが、今年の夏はもう一つの国際オルガン・フェスティバルが岐阜県の美濃白川町で開催されました。会場は白川町の町民会館で、辻宏さん建造の9ストップのイタリア・バロックタイプのオルガンが使用され、オルガンの披露にはイタリアからオルガニストとしてピネスキー氏、賛助出演としてマベリーニ六重奏団が来日し、7月17日から27日までの11日間、邦楽、能などを交えた催し物が開催されました。
 辻さんは1976年にこの町の廃校となった小学校を改造してオルガン工房を始められました。そして、イタリアのオルガンの修復を機として白川町とピストイア市との交流が始まり、1985年から毎年“白川・イタリア・オルガン音楽アカデミー”が開催されています。今回のフェスティバルは辻さんと白川町の温かい結びつきが背景となっています。
 私どもも殆ど知らない岐阜の山あいの小さな町でこのような宝石のようなフェスティバルが開かれたこと、一貫した辻さんの志とご努力に敬朊いたします。

◆サントリーホールで行われた映画“華の乱”の試写会
 9月7日、サントリーホールで東映制作の映画“華の乱”の試写会が行われました。主催者側、サントリー側が懸念していたのはいうまでもなくホールの響きで、あらかじめ、一部のセリフをテストするという慎重さでした。
 試写会の前座として大正レトロコレクションという和朊のファッションショウが開催され、吉永小百合、松坂慶子その他人気女優の登場にホールにはカメラの砲列がならび、サントリーホールは全く別のホールとなりました。
 映画の音声はステージ上スクリーンの下に置かれた3台のALTECが受け持ちました。レベル、明瞭度とも余裕がありましたが、ホールの響きがあるだけに、室内と野外のシーンにおける響きの質の違いはごちゃごちゃになりました。
 しかし、間題は映画の音の質がこのセンシティブな響きのホールには合わなかったことでした。それは、セリフの音量が大きすぎ粗さが目立ったこと、場面の中でSPレコードから流れる音楽だけが異様にHi-Fiだったことなどでした。
 久しぷりの日本映画でしたが、吊女優をあつめただけのドタバタで、与謝野晶子の生涯についてはもっと深いものを期侍していただけに失望でした。このホールにふさわしい映画を期待します。



永田音響設計News 88-9号(通巻9号)発行:1988年9月25日

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