永田音響設計News 88-7号(通巻7号)
発行:1988年7月25日





コンサートホールとオルガン

 サントリーホールでは昨年に引き続きオルガンのレクチュアーコンサートを開催しております。今年のプログラムは下記のとおりですが、これがたいそうな人気で休日の11時開演という時間にもかかわらず何時もチケットは売り切れという盛況です。松本のハーモニーホールでもオルガンの演奏があれぱ満席という状況とのことです。

サントリーホール・パイプオルガン・レクチュアーコンサート・シリーズ
・ 7月10日:オルガンの響き             お話:金澤正剛
       ―たった一台のオーケストラ―      演奏:椊田義子

・ 10月30日:オルガン音楽のおいたちとその黄金時代 お話:金澤正剛
                           演奏:広野嗣雄

・ 2月12日(89年):未来に向けてのオルガン     お話:金澤正剛
       一今、なぜオルガン音楽なのか一     演奏:保田紀子

 わが国のオルガンは織田信長の時代、イエズス会の宣教師によって持ち込まれたといわれています。新しいことが好きだった信長のことですから、彼はあの安土城でオルガンの響きに聴きいったことでしょう。しかし、その後迎えたキリシタン弾圧の時代の中でオルガンの資料は消滅してしまいました。
 明治になって西欧音楽へ大きく歩みだしたわが国でも、オルガンとオルガン音楽だけは取り残された感があります。教会に音楽学校に、それにホールにオルガンが導入されるようになったのは戦後しぱらくたってからのことです。
 楽器としてのオルガンが発明されたのは紀元前とのこと、ギリシャ、ローマ時代には儀式や祭りの音楽として気楽に利用されていたようです。しかし、中世に入るとオルガンはキリスト教の典礼用の楽器となり、独自の道を歩きはじめました。また、J.S. バッハというオルガンの演奏者でもあった偉大な作曲家によって輝かしい時代を迎えたことはご存じのとおりです。
 一方、近年ではオルガンおよびオルガン音楽は宗教から開放されるべきだという運動が興り、オルガンの構造にも影響がありました。しかし、コンサートホールとの結び付きはヨーロッパにおいてもそれ程古いものではないようですし、コンサートオルガンのコンセプトは欧米においても定まっていないようです。何時も思うのですが、ウイーンのムジークフェラインやベルリンのフィルハーモニーホールなどの吊ホールはあってもそこのオルガンの話は噂ひとつたたないというのが実情です。
 わが国では1918年(大正7年)に東京麻布飯倉片町の南葵楽堂がわが国はじめての民間のコンサートホールとして誕生し、1920年に英国Abbott and Smith社の26ストップのオルガンが設置されました。このホールは関東大震災で大破、オルガンは修理され1928年に当時の上野音楽学校の奏楽堂に移設されました。このオルガンは現在日本のオルガンビルダー、松崎、中里両氏の手によってオーバーホールが行われ、1984年、台東区によって上野の森の一角に移設された旧東京音楽学校奏楽堂に蘇りました。なお、このオルガンはニューマティグといわれ、空気によって鍵盤やストップの動きを伝達する方式で、現在の電気式アクションが生まれる前、当時は斬新な機構だったのです。
 戦前の東京を知っておられる方には日本橋三越本店の中央ホールのオルガン、“三越のパイプオルガン”の方がなじみ深いのではないでしょうか。このオルガンはアメリカ生まれのシアターオルガンでトーキー前の映画館やダンスホールで活躍したタイプのオルガンです。戦前、放送でも大活躍しました。なお、このオルガン演奏会は現在でも毎日10時、12時、15時に行われています。

 さて、戦後のわが国でオルガンを備えたコンサートホールとして計画されたのが武蔵野音楽大学のベートーベン・ホールで、その竣工が1960年で、1961年に西独クライス社の55ストップのオルガンが設置されました。わが国ではその頃から市民会館ブームの建設ラッシュがはじまり、多自的ホールの頂点としてのNHKホールにオルガンが設置されました。毎日曜日の朝6時15分から7時までNHKでは“あさの昔楽散歩~オルガンの調べ~”をFMで放送しています。オルガン愛好家には欠かせないNHKならではの番組です。
 オルガンはその後建設された音楽大学のホール、教会、コンサートホールなどに導入されるようになりました。1985年発行の“日本のオルガン”(日本オルガニスト協会)によれば、1985年の時点でわが国のオルガンの数は350台。その内コンサートオルガンは50台となっています。その後、毎年20~30台のオルガンが導入されている聞いており、いま、わが国は魅力あるオルガン市場として全世界から注目されています。

 ところで、オルガンという楽器は弦、管などの一般の楽器と比べると特殊な存在です。ピアノも大きさはいろいろあり、メーカによって多少音色やタッチは違うとしても基本的な構造は同じです。ところがオルガンは、ホールによって一つ一つ建造されるのが原則です。鍵盤の他にストップという音色に応じてパイプの種類を選定する機構があるのですが、このパイプの構造もその構成も自由です。また、標準のピッチも音律も違います。
 一般の楽器がバロック時代から少しづつ改良されて現在の形に統一されているのに対して、オルガンは音楽史上の各時代の楽器が、さらに風土による特色を温存したまま残されているのです。これは楽器が建物に固定されているということが大きな原因のように思います。
 教会のオルガンでしたら、一つのキヤラクターで支障はないでしょう。しかし、コンサートオルガン、とくにわが国のように世界各国の音楽がいろいろな国の演奏家によって行われる国では、オルガンのキャラクターの設定は大きな課題です。いろいろな要求を受け入れると多目的ホールのように特色のないものとなります。
 さらに、わが国のコンサートオルガンには独特の間題があります。個性のあるオルガンが町中の教会に設置されている欧米ではそれぞれの教会でそのオルガンの特色を活かした演奏会が開催されています。しかし、オルガンをもった教会が限られているわが国ではコンサートオルガンがすべてのオルガン音楽に対応することが期待されます。オーケストラでは十分な響きのホールでもオルガンとなると響きが物足らないことは明らかです。われわれにはレコードをとおして、あの大伽藍の響きがこびりついているからです。

福島市音楽堂
 オルガンはまたホールの建築にも音響にもいろいろ面倒な問題をなげかけます。まず、壁面の大部分を占めるオルガンはホールの意匠の上からも大きな課題です。ホール意匠との調和についてのオルガンビルダーの主張は極端に違います。
 ついでオルガン設置のスペースの問題があります。コンサートオルガンといえぱ数千本というパイプがあの背後に林立します。オルガンの組立、調整、整音、調律のための作業のスペースも必要です。このスペースを舞台の後に確保することは基本計画の段階から取り組まなければなりません。長さ10mを超えるパイプを正面に付けるとなると必然的に天井高が必要となります。ステージに必要な初期反射音をどう確保するかもオルガンをもつホールの謀題です。あのサントリーホールのステージ上の反射板はその目的のために設置されたものです。
 また、オルガンのパイプ群は音を拡散し、吸収します。オルガンがステージにあるだけにその影響は無視できません。また、当然のことですが、多くのオルガン演奏家、オルガンビルダーはコンサートホールにも教会なみの長い残響時間を求めます。しかし、大聖堂の数秒にもおよぶ残響時間では実施できる音楽の種類は限られます。


残響時間周波数特性
 オルガン寄りの響きのホールとして、私どもは福島市の音楽ホールで図のように空席で3秒、満席で2.5秒という響きを実現しました。コンサートホールとしてはこれが限度の響きです。しかし、オルガンのリサイタルでは空席の響きの方がやはり心地よいのです。どうみてもオルガンは特別な楽器です。
 これまで、いくつかのホールでオルガン導入から設置までの現場を体験しました。感想をまとめますと、

(1)この情報の時代にオルガンについての情報は限られています。そのせいか“噂”のレベルの評価がまかり通る傾向があります。
(2)オルガンビルダーの評価はその代によって、また、抱えているボイサーの感性、技能によって常に変動しているとみるべきです。
(3)ビルダーには大きく分けて二つのタイプがあります。伝統的な建造法を探求し、材質、製造法まで古い技能を指向している伝統工芸職人タイプと、近代的な製造法、品質管理を積極的に導入しているタイプの二つです。この二者は相容れません。
(4)コンサートオルガンについての考え方もビルダーによってかなり異なります。たとえば、オルガン周辺の壁の形状についても極端な見解の違いがあります。
(5)オルガン機種の選定ですが、次の六つの方式を体験しました。
  a.オーナー自身、あるいはオーナーが指吊した専門家に任す方式
  b.輸入代行者である楽器店を指吊して任す方式
  c.機種選定委員会を設けその決定に任す方式
  d.ヒヤリング方式
  e.プロポーザル方式
 いずれの方式がよいかは、簡単には云えません。委員会方式は無難なようですが、委員の選定が問題です。もう一つの方式として考えられるのが、
  f.複数の専門家による現地視察によるヒヤリング方式
です。西ドイツでは資格をもった鑑定官一人の責任で答申が行なわれています。
(6)オルガンの製作、調整には十分な時間をあてること、時間を限ると選定できるビルダーの範囲が限られます。これはわが国で特に大事なことです。
(7)大型オルガンではエレクトロニックスによる制御、記憶機能を避けることはできません。この部分の信頼性も大事なポイントとなります。伝統的な部分と近代的な部分との接点をどう考えるかも今後のビルダーの課題だと思います。

NEWSアラカルト

 今月はオルガンを中心としたニュースを三つお届けいたします。
◆オルガン5人組とその活動
 オルガン5人組とは新進のオルガニスト小林英之、深井李々子、保田紀子、大原佳代子、湯口依子の5吊によって1986年に結成されたグループで、現在は武蔵野市民会館の小ホールのマルクーセンのオルガンで演奏活動を続けています。
 7月15日にはリコーダの吉沢実氏を加えて湯口さんの演奏がありました。次回は9月30日、深井さんと「聖グレゴリオの家聖歌隊《によるグリニーのミサ全曲の演奏会があります。なお、この演奏会の開演は19時30分です。
 お問い合わせ:オルガン五人組事務局、Te1:03-3260-0676、深井方まで

◆日本オルガン研究会とその活動
 これはオルガンに関心のある方ならどなたも入会できる団体で、オルガニスト月岡正暁氏と久美子夫人の他数吊の献身的な方々の世話で、『ORGAN NEWS』『オルガン研究』の発行、毎月の例会として演奏会、レクチュアー、見学会などと幅広い活動を続けています。
 さしあたっては、7月30日の午後、松本のハーモニーホールのオルガンの見学会が予定されています。
 入会等お間い合わせ:オルガン研究会事務局、Tel:0424-74-1306、月岡方まで。

◆神奈川県立県民ホールのオルガンコンサート
 神奈川県の自主企画として、毎月一回入場無料の演奏会をもう数年以上続けています。この公共ホールが開催している定例のオルガンコンサートはわが国のオルガン運動の一つとして大いに評価されるべきです。
 お間い含わせ:神奈川県立県民ホール、Tel:045*662*5901まで。



永田音響設計News 88-7号(通巻7号)発行:1988年7月25日

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