オペラハウスと電気音響設備
オペラ専用劇場を中心とした第二国立劇場、通称二国の設計は1986年度から始まっています。永田穂建築音響設計事務所は舞台設備設計JVの一員として舞台電気音響設備の設計を担当しております。
ご存知のように、二国はわが国初めてのオペラ劇場だけに数多くの基本的な問題を抱えており、建築も設備も会議と打ち合わせの中で仕事を進めているというのが現状です。それでも一年半の中でやっと基本計画がまとまり、今年の春、ようやく実施設計にかかれるという段階にたどりつきました。
ところで舞台音響設備ですが、わが国ではもっぱら多目的ホール用設備として急速に発達してきた設備で、劇場設備としては全くのニューフェースです。私どもでは事務所創業以来、この舞台音響設備を建築音響設計の一つとしてとりあげてきましたが、この設計は室内音響や騒音防止設計と比べると、全く異質の分野であり、設計には別の観点からの取り組み方が必要であることを痛感しております。
ここには音響技術的な問題というよりも、音制作に関わるファッション的な嗜好、劇場担当者の流儀、それに現在の建築設計、施工に関わる様々な問題などが複雑に絡みあっており、これを設計の立場からどう整理してゆくべきかに頭を痛めているというのが、いつわらざる現状です。そこに、多目的ホールと比べると問題が一回りも二回りも大きく複雑なオペラハウスという、誰もこれまで経験のなかった対象に直面しているというわけです。
このような背景の中で、設計者として私どもは基本的にはオペラに関して伝統のある西欧諸国のオペラハウスの設備の現状と運用の実態を整理し、その資料をもとに機構、照明などの設備との調和を図りながら、わが国のオペラハウスとして将来を見通した構想のもとに設計を進めております。またこの機会に、現在の電気音響設備の抱える様々な問題をこの公の舞台の中で少しでも解決してみたいという希望もいだいております。
ところで、オペラハウスの設備の現状ですが、現在までに国内でオペラを上演している劇場の担当者の方5名に、国内のオペラ公演を中心に音響設備について生の意見を伺いました。昨年6月には二国設計関係者を中心としたヨーロッパ劇場視察ツアーに当事務所から中村、稲生の2名を参加させ、第一回のヨーロッパのオペラハウスの音響設備の現状調査を実施いたしました。また、昨年の12月には東亜特殊電機株式会社のご厚意により、ウィーンの国立オペラの音響主任であるFritz氏を囲む会に永田、中村の2名が出席し、あの伝統的なウィーン国立オぺラの舞台裏で繰り広げられている大掛かりな音響設備拡張計画の一端を伺いました。
なお、音響設備については設計の進行状況に応じ、それも舞台音響独自のテーマに絞って第二、第三の調査を実施する予定でおります。ここでは、いままでの調査で明らかとなった基本的な事項を紹介いたします。
(1)いわゆるグランドオペラには音響設備などまったく必要としない、というのが一般の音楽愛好家、オペラファンの自然な認識であると思います。しかし、ウィーンの国立劇場がその良い例ですが、われわれから見ると、電気音響をもっとも嫌ってしかるべきョーロッパの劇場にわれわれが想像できない規模の音響設備が設置され、しかも毎年拡張されているという事実があります。その主要な用途は、
a.効果音の再生
b.バックステージ、袖、付属のスタジオなどで行われる合唱、音楽のSR
c.陰にいる出演者への連絡用としてのSR
d.弱音楽器のSR
などに集約できます。ただし、劇場によって音響設備の規模には大きな違いがあり、情報の交換もあまり行われていないようです。
(2)わが国のオペラ劇団の公演では歌手の声の拡声がかなり行われています。これは劇場の構造や歌手の音量の差によるものと思われますが、それよりも好ましい聴取レベルが自然に上昇しているという事実があると思います。もちろん、聴衆にスピーカを意識させない程度の自然なPAです。これはかなり前から歌舞伎劇場でも行われております。
(3)欧米の劇場においても、演出と密接な関係にあるのは機構と照明設備であり、これらについては演出上の効果として論議されていますが、音響設備についてはあまり話題にもなりません。また、セゾン劇場のカルメンのようにヨーロッパの著名な演出家によるオペラの例ですが、彼らが持参したという音楽テープの音質は相当ひどいものである、という事実もあります。ヨーロッパにおいても音響はまだ影の存在であり、また、欧米においても、視覚人と聴覚人は別のように思われます。
(4)設計の会議、打ち合わせを通じて痛感している事実があります。それはわが国の劇場音響の現場には、たとえば照明の吉井澄雄氏のようなアーティストレベルの音響家が育っていないという事実です。特定の演出家による特定の場面をあげ、彼のねらった効果とそれを可能とする機器の構成など、吉井氏の説明はその流れるがごとき吊調子に支えられて聞く人をその世界に引きずり込んでゆきます。残念ながら音響設備についてはこのような次元からの説明ができる人がいないのです。
ウィーンの国立劇場のFritz氏も数少ない音響ディレククーの肩書のある方ですが、照明家のように舞台芸術家のレベルで認識されているかどうかについては疑問が残ります。欧米のオペラ劇場においても、音響家はまだ操作技術屋のレベルとしての位置付けしかないのではないでしょうか。こんなことを感じています。
なお、殆んどの設計事務所が放棄している舞台音響設備の設計をいかにすべきか、これは私ども事務所が抱えている大きな問題の一つです。この大問題については、いずれ問題点の分析結果と、それに対しての私どもの見解を紹介したいと考えております。
公団住宅にサウンドルーム登場
公団住宅の質の向上の一つとして、ピアノの練習やオーディオを気兼ねなく楽しめる部屋を設けるという計画は、ここ2~3年前から住宅、都市整備公団のいくつかの部署でいろいろな活動となって現れております。
1985年から1986年の二年間にわたって公団の八王子試験所が窓口となって(社)日本音響材料協会の中に“住戸間遮音性能の向上に関する研究”をテーマとした委員会が永田を委員長として組織され、最終的には昭島団地の中にモデルルームを試作し、このデータをもとに防音住宅の設計マニュアルを作成いたしました。
ここにご紹介するのは東京練馬の光が丘団地の中に完成した新しい防音室です。今回完成したのは、2種類8室で、設計のコーディネートをされた寺尾三上一級建築士事務所からの要請で、永田事務所は音響性能の検査・測定を実施いたしました。
測定はまだ外溝工事の最中で思いのほか手間取りましたが、自動演奏装置付きのピアノまで持ち込んで、ピアノの音の聞こえ具合も確かめました。測定結果の詳紬は公団の東京支社をとおして発表されることになると思いますが、公団側のパンフレットにうたったD-60を、余裕をもってクリヤーしています。
前回のモデル住宅、また今回の現場での試聴経験からも、ピアノ音が気になる、ならないは外部騒音の程度が大きく影響することを確認しています。また、ピアノ音を対象とするかぎり、従来のD値による評価とは別の評価による遮音構造が必要であることも確かです。いくつかの工法による防音住宅が出そろった時点で、このような点をも合め、コンクリート集合住宅の防音室について、工法の検討から性能の評価法、使用者の反応などについて総合的な調査が行われることを期待いたします。
東亜特殊電機内野専務急逝さる
2月20日早朝、内野侃治氏が急性肺炎で急逝されました。56歳という働きざかり、一瞬信じられなかった悲しい報せでした。
内野さんとは永田事務所の開設の時から現社長の藤岡さんを交え、業界のこと、組織と人の問題など切実な問題を話し合ってきた友の一人でした。
思い起こしてみても、会っていたのは、宝塚の東亜の会議室とわが社の会議室だけで、あと2~3度食事を共にしたぐらいでしょうか。しかし、私の心の中で存在感の大きな人でした。
彼は決してスターではなかった。東亜の土ぼこりの中を一生懸命かけめぐっていたといえる人でした。
3月4日、西宮の楠会館で社葬が行われました。あの眼鏡の奥にひそむやさしさと鋭さが東亜を見守っているようでした。そして、同僚として共に歩んでこられた藤岡社長の言葉が心にしみとおりました。
ご冥福をお祈りします。
NEWSアラカルト
千葉馨さんとホルンの会
3月5日、千葉馨さんとそのグループによるホルンのコンサートがカザルスホールで行われました。ブラームスのホルン三重奏曲というドイツ的で重厚な曲もあれば、L.E.ショウというアメリカの作曲家のジャズを伴奏にして4本のホルンが遊ぶという楽しい曲もありました。
しかし何より楽しかったのは、この日が千葉さん50代の最後の日ということで、お弟子さん達が仕組んだ“Happy Birthday”のホルンの大合奏がカザルスホールに響きわたったことでした。私には新日フィルの松原さんのチェロも楽しかったです。
何時も身がひきしまるようなカザルスホールですが、この日ばかりはわくわくした心暖まる演奏会でした。
ザ・ハーモニーホールのオルガニストに辻めぐみさん着任
『NEWS』1月号で、松本市音楽文化ホールのオルガニストの星野さんのご紹介をしましたが、この度ご結婚の理由で退職されました。その後任として、辻めぐみさんが決まり、3月1日より勤務されています。
辻めぐみさんは、あのオルガンビルダーの辻宏さんの娘さんで、昨年11月、スイスでの5年間の留学を終えて帰国されたばかりの新進オルガニストです。松本にいらした時は気軽にお声をかけてあげて下さい。
韓国の林さんの結婚式
私事で恐縮ですが、心暖まる思いの結婚式を紹介します。聖徳学園の生徒だった韓国からの留学生の林さんが、この度コンピューター関係の日本の青年と結婚。2月27日、飯田橋の在日大韓基督教会で結婚式を挙げました。
最近のわが国の結婚式、飽食時代の結婚式といえるあの虚飾に充ちた結婚式に比べて、この林さんの緒婚式は清楚そのものでした。披露の宴は教会の会議室、スピーチもなく花嫁のお色直しもなく、サンドイッチに缶ジュース、果物だけの簡単なパーティ。新郎新婦が来場者の間をめぐって紹介しあうという会でした。
よい音楽を聴いたあとのようなすがすがしさが残りました。
『建築音響』の出版
音響学会の音響工学講座の一つとして、この度『建築音響』が出版されます。建築音響の測定、音響模型実験とコンピューターシミュレーションなど、これまでの教科書にはない新しい技術が盛りこまれているのが特色です。
執筆者は、永田(編)、飯田、古宇田、橘、古川、安岡、山本の7名。
出版社はコロナ社、276ぺ一ジ、定価4000円です。
アメリカからのお客さん
2月にはロサンゼルス・フィルハーモニーの関係者12名とコンサルタントのKirkegaard夫妻、それにDr.Boseらが来日し、ホールの見学、打ち合わせなどをしました。