10周年を迎えるパリのコンサートホール
今夏、ヨーロッパのいくつかのコンサートホールや劇場の視察、ならびにコンサートを鑑賞する機会を得た。視察の目的は、舞台を客席が取り囲むスタイルのホールが実際どのように使われているか体感し、知見を広げることであった。今月号では、オリンピック前後のパリでの体験を紹介したい。コンサート鑑賞ができたのは、オープンしてもうすぐ10年となるラジオ・フランスのコンサートホールとフィルハーモニー・ド・パリ。これらはどちらも、永田音響設計が携わったホールである。
ラジオ・フランス Auditorium(1,460席)
本ニュース325号(2015年1月号)で紹介した、フランスの公共ラジオ放送局のコンサートホールである。このホールは、レジデントアーティストのリハーサルと公演だけが行われていて、外部団体には基本的に貸し出していない。レジテントアーティストは2つのオーケストラ(フランス国立管弦楽団とフランス放送フィルハーモニー管弦楽団)と、フランス国立放送合唱団、フランス国立放送少年少女合唱団で、ソリストや弦楽四重奏団などは公式サイト(フランス語のみ)で確認することができる。
6月末には、フランス国立管弦楽団の歴史をフランス音楽とともに振り返る解説付きの設立90周年記念コンサートシリーズの最終回に訪れた。指揮は音楽監督のクリスティアン・マチェラル。音楽学者のクリスチャン・メルラン氏が司会/解説を務める、メンデルスゾーン・ドビュッシー・ベルリオーズなどの名曲集コンサートの趣であった。解説は終始フランス語で何を言っているのか全くわからなかったが、舞台上、観客席から常に笑い声が上がっており、和やかな雰囲気のコンサートであった。
ホールの印象は、とにかく舞台が近く、音が明瞭である。舞台レベルから2層と3層上のバルコニー席で聴いたが、個々の楽器の音がとても明瞭で繊細な弱音も綺麗に聴こえる。舞台を挟んで向かい側にいるお客さんが楽しそうにしているのも近くに感じられ、ホール全体の親密感が高く、気持ちが高揚するコンサートであった。照明器具が一部ファン付きで発生音が大きめなことが若干気になったが、将来的にファンレスの機器に取り換えられることを期待したい。
今月中旬には、フランス国立放送合唱団のコーラス・ラインというコンサートシリーズの初回に訪れた。ブロードウェイミュージカルとは無関係である。チャイコフスキーとラフマニノフのスラブ音楽を主軸に、17-20世紀のロシア・ウクライナ・ポーランドの作曲家と、カトリック教会と正教会を渡り歩くプログラムであった。
このコンサートでは舞台正面のブロックのやや下手側に座った。オーケストラと同様に、舞台がとても近く感じられ、各パートの音の明瞭さ、力強さは圧巻で、このホール特有の響き方だと感じる。フォルティシモでやや音量過多の感があるが、パート間のバランスが崩れているわけではない。人の声が与えるパワー・感動・充実感などにしみじみと浸り入る時間であった。
フィルハーモニー・ド・パリ Grand Salle Pierre Boulez(2,400-3,600席)
本ニュース327号(2015年3月号)で紹介した、ジャン・ヌーベル氏が設計したコンサートホールである。パリ管弦楽団の本拠地で、その他にもパリ室内管弦楽団、イル・ド・フランス国立管弦楽団らがレジデントアーティストを務める。レジデントアーティストやこのホールの代表的な写真からは一見、生音のコンサート専用と思われるが、大掛かりな機構によりエンドステージ型にもなる多機能なホールである。主舞台と1階客席の下には床の昇降装置と客席椅子を出し入れする機構もあり、1階席をフラットな立見のスペースとすることもできる。その状態での収容人数は3,600となる。幕でプロセニアムを構成し、ポップス、ロック等の拡声設備を利用するコンサートが開催されることもあり、こちらはラジオ・フランスと違い積極的に外部のアーティストとも連携しているそうだ。
サラウンド型からエンドステージ型への転換などの様子は、機構工事を担当したAMG Fechoz社のYoutubeチャンネルで紹介されている。オーケストラ用舞台の奥の客席は昇降床の上に移動観覧席が乗っており、移動観覧席を奥の壁際に収納し、椅子が乗っていた部分の床を舞台レベルまで下げた状態をエンドステージ形式での舞台とする。この形式では、オーケストラ用舞台の上には養生をして、移動椅子を並べたり立見のスペースとしたりする。エンドステージ直上の天井には開閉蓋があり、舞台幕やプロジェクター用のスクリーン等はその内部の吊り物機構で設置することができる。
6月には、アノーニ・アンド・ザ・ジョンソンズのコンサートに訪れた。ボーカルのアノーニと、9人編成のバンド(ギター×2、ベース、ピアノ、バイオリン×2、チェロ、ドラム、パーカッション)とダンサーによる公演であった。アノーニはトランスジェンダーのミュージシャンとして初めてアカデミー賞にノミネートされたことがあり、日本でも草月ホールや寺田倉庫で公演を行ったことがあるようなので、ご存じの方もいるだろう。この日は右の写真3枚目のようにエンドステージ形式で、拡声設備を利用したコンサートであった。ヨーロッパと北アメリカを巡るワールドツアー中、フィルハーモニー・ド・パリでは2夜連続で公演が行われた。ツアーではロンドンのバービカンセンターやコペンハーゲンのDRコンサートホール等も会場になったようである。
コンサートでは性的マイノリティのための権利獲得、環境問題への提言など社会的・政治的メッセージ性の強い歌詞が、心地よく柔らかな、ハーモニーを大事にした音楽に乗せて届けられた。拡声音は歌と伴奏のバランスが良く、歌詞がしっかりと聴き取れる明瞭度の高い音であった。残響時間が長めのコンサートホールであっても、ホールの使い方や拡声の仕方次第で、色々なジャンルに対応できることが改めて体感できた。内装も白が基調であるが、照明や幕の使い方でなんでもできるのだという風に感じられたコンサートであった。
今月中旬には、オーケストラの映像付きコンサートの準備中に視察をさせてもらい、プロジェクタースクリーンを設置した状態も見ることができた。
⽇本のホール計画においても、幅広い利⽤を想定し、様々な利⽤を前提とした可変機構が提案され、実現されてきた。しかしながら、利用者のために良かれと思って実現した機構も、そこに手間がかかるゆえに人手が必要となり、なかなか使いこなすことができなかったり、その存在すら認識されていなかったりする現実がある。提案し計画する⽴場と、実際に使う⽴場(提案されるような装置を欲していない⽴場)との意思疎通ができていない公共ホールにおいての実態が⾒えてきている。一方で公共施設においては、設計段階における利用者を交えたワークショップが行われることが増えてきてはいるものの、本来であれば構想や計画の段階で議論が始まり、設計に引き継がれることが望ましい。パリでは、ホールの設計要件として求められた多様な機能が、実際に積極的に使われているという実態を見聞きすることができた。日本における多目的ホールの計画の進め方は、改めて考え直す必要があると強く感じる視察であった。(鈴木航輔記)