茨木市文化・子育て複合施設「おにクル」がオープン
大阪府の北部に位置する茨木市では、「茨木童子」と呼ばれる鬼の昔話が言い伝えられていて、街を歩くと、茨木童子をモチーフにした鬼のキャラクターやイラストをよく見かける。そんな怖い鬼でも楽しくて来たくなるような施設という願いをこめて、「おにクル」という愛称が付けられた複合施設が、昨年11月、オープンした。
概要
この施設は、新しい市民会館や子育て支援施設等からなる複合施設で、JR茨木駅と阪急茨木市駅のほぼ中間、市役所の隣に建てられた。敷地は旧市民会館(2015年閉館)の跡地で、この土地の活用方法については市民参加型のワークショップによって活発に議論された。ワークショップは、市長と市民の対話形式でも行われる等、合計100回以上も開催されたそうである。その結果、「育てる広場」をコンセプトに、新市民会館に加えて、図書館、子育て支援施設等が一体となった複合施設を計画することとなった。
施設の建設にはデザイン・ビルド方式が採用され、2020年3月に、設計施工事業者として竹中工務店・伊東豊雄建築設計事務所共同企業体が選定され、2021年秋に着工、2023年11月に開館という異例のスピードでオープンした。永田音響設計は建築音響・騒音制御・舞台音響設備について、設計段階から竣工測定までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。
縦の道
施設は7階建てで、大ホール、多目的ホール、図書館、子育て支援施設の他に、音楽スタジオ、会議室、和室、調理実習室、プラネタリウム、屋内こども広場、カフェ等が盛りだくさんに配置されている。この施設の最大の特徴は、7階の各フロアをエスカレーターで繋げる”縦の道”と呼ばれる吹き抜け空間である(右図)。例えば、一般的には一つの管理区画内にまとめたい図書館が複数のフロア・エリアに分散されており、縦の道を介して他のフロアの活動が感じられて、他のエリアにもついつい足を延ばしたくなるような空間が作られている。設計者の伊東豊雄氏が「日々何かが起こり、誰かと出会う場」と言うように、この縦の道が人の行き来や館内の賑わいを創出する仕掛けとなっている。音響的には、縦の道を介して伝搬する音によって各階が騒がしくならないように、エスカレーターの吹き抜けに面する壁や天井を吸音仕上げとしている。施設は、昨年11月の開館以来、既に80万人以上が来館するほどの盛況ぶりで、このたび4月に大ホールの利用も開始され、晴れて建物全体がオープンした。
大ホール(ゴウダホール)
大ホール(1,201席)は、可動式の舞台反射板と前舞台迫り(前舞台、客席、オケピに可変)を備えた多目的ホールである。前舞台迫りは奥行方向に2分割されていて、前舞台の設置条件によって、反射板設置時の舞台奥行を10 m、13 m、16 mと可変できる。多目的ホールではあるが、特に生音の音楽利用を重視しており、壁や天井からの初期反射音が舞台と客席で豊富に得られるように室形状を検討している。特に客席前方から中央に対しての初期反射音を充実させるために、反射板設置時のプロセニアム間口(約20 m)を客席側で大きく開くことなく、狭い間口のまま客席中央まで連続させている。また、天井については、反射音が客席全体に分布するように、複数に分割された天井面それぞれを適切な勾配にして、凸曲面の形状としている。
さらに舞台と客席の壁面には、初期反射音の増加と音の散乱を意図して、庇(舞台側は200 mm・300mm、客席側は300mm・600 mm、それぞれ2種類の深さ)を設けている。庇によって水平に分断された壁面は、細かい凹凸のある吹付仕上げになっており、各層で吹付材の色を変えることで、赤色を基調としたグラデーションの壁が舞台と客席を取り囲んでいる。ホールの残響時間(満席時推定値、500 Hz)は舞台反射板設置時で1.5秒、舞台幕設置時で1.0秒である。
メインフロアの中通路より後方の客席が急勾配となっていることも特徴で、これまでオープニングイベントや試奏等で演奏を聴いたが、舞台上のオーケストラ配置が良く見通せて、客席側に直接音も届きやすく、各パートの音がクリアに聞こえてパート毎の動きもよく分かる。視覚的にも音響的にもコンサートを聴く楽しみが増えるのではないかと思う。
大ホールの舞台音響設備は、集会・演劇・音楽など多様な演目に利用できる設備を目指した。スピーカ構成は、スピーチや音楽が客席の隅々まで明瞭かつ自然に聞こえるよう、プロセニアム中央と下手/上手にラインアレイタイプのメインスピーカを、舞台公演時の効果音再生やBGMに臨場感を持たせられるように、ワンボックスタイプのスピーカを壁面や天井に配置した。
竣工直前のチューニングでは、スピーチやポップス音楽など変動が大きな入力信号に対して、ピーク時でも歪みなく拡声できるように、余裕をもったアンプのレベル設定とした。ラインアレイを備えたホールでのコンサート体験やチューニング業務において、拡声音が刺激的に感じることもあるが、開館記念式典の市長のスピーチはその印象がなく、明瞭で響きに馴染んでいた。その理由は各機種の選定、イコライザの設定、オペレーションなど様々考えられるが、前述の余裕をもったアンプのレベル設定も「よい音」を作る一因になると考えている。
多目的ホール(きたしんホール)
市民による音楽発表会から、JAZZライブ、演劇等、幅広く多目的な利用が想定されている。直方体の平土間空間が基本形状で、客席前方にある昇降床を下げることで、段床のある客席形式(234席)にすることも出来る。客席後方にはガラスの移動遮音間仕切りがあり、①移動遮音間仕切り収納、②移動遮音間仕切り設置、③移動遮音間仕切り+シャッター設置と3通りの使い分けが出来る。例えば、高い遮音性能を要しない場合には、間仕切りのみ設置(シャッターを収納)して、隣接するエントランスホールとの視覚的な繋がりを持たせながら公演を行うことができ、オープニングイベントのように建物全体でイベントを行う場合には、間仕切りを収納してエントランスホールと一体的な利用もできる。音響的には、想定される様々な利用形態に対応するために、客席後壁を除く3方の壁を折れ壁にして、なるべく均一な響きとなるようにし、フラッターエコーも防止した。また、吸音カーテンを各所(客席側壁、客席後壁、ギャラリー階の側壁)に設けて、催し物に応じて響きの調整が出来るようにした。舞台幕の設置/収納、吸音カーテンの設置/収納により、残響時間(満席時推定値、500 Hz)は、約0.6~1.0秒に可変する。
多目的ホールの舞台音響設備は、演劇や講演会、集会などで舞台を正面とする場合と、展示などで正面を特定せずにBGM再生するような場合のそれぞれに適したシステムとした。前者のためにはワンボックスタイプの2wayパワードスピーカをプロセニアム中央と移動型サイドスピーカとして備え、後者のためにはシーリングスピーカをキャットウォークレベルに分散配置して、演目に応じて利用できるようにした。
また、本施設全体の特徴として、2つのホールとリハーサル室や音響・映像制作室、ホワイエ、エントランス広場など施設の諸室をアナログ/同軸/LAN回線で接続することで、例えば大ホールのイベントを共有して多目的ホールやリハーサル室をライブビューイング会場として利用したり、リハーサル室などでのワークショップをロビーや大屋根広場(メインエントランス前面の半屋外エリア)で共有したりと、館全体を巻き込んだ運営が可能となっている。
遮音計画
限られた敷地に様々な諸室が求められたことから、大ホールのまわりを他の用途の室が各階で取り囲むという、遮音上とても悩ましい配置計画となった。特に、
- 大音量を発生し、同時利用が想定される大ホール(3階)と多目的ホール(1階)が上下階に積層
- 静けさが求められる図書館、子育て支援施設、会議室が大ホールと隣接・積層
という諸室の配置条件に対する遮音対策がポイントとなった。大ホールを防振遮音構造とすることが遮音上は効率が良いが、大規模な工事・コストを要することから、大ホールの床だけを浮き床にして、その直下階にある多目的ホールを防振遮音構造(壁・天井構造を全て浮き床に載せて防振支持)とした。また、大ホールの直上の会議室に防振遮音構造、直下の事務室・会議室に防振遮音天井というように、大ホール周囲の受音側の室に必要に応じて遮音対策を行った。さらに、リハーサル室、音楽スタジオ、録音室、発声室、楽屋といった諸室にも防振遮音構造を採用している(右図参照)。大ホールと多目的ホール間の遮音性能は低音域(63 Hz)で62 dBで、極端に大音量の催し物(太鼓やロックコンサート等)と静けさを要する催し物(クラシックコンサート等)という組み合わせでない限り、同時利用が可能である。
オープン後
昨年11月のオープニングイベントは、マーチングバンド演奏や市民100人によるテープカットをはじめ、鬼の仮装行列、屋外広場での音楽・ダンスイベント等、市民を巻き込んだ企画で大いに賑わった。その他にも、ホワイエでは市民がセッション(管楽器や和楽器)を行う等、イベントプログラムには書かれていない市民によるパフォーマンスも館内の様々な所で見られた。そして、この賑わいはオープニングの日だけにとどまらない。おにクルには、市民自らが企画・応募をして、自分の活動をイベント化できる「おにクルはじめてチャレンジ」と呼ばれる企画があり、これまでに、エントランス広場での簡単な製作体験、子供向けの絵本の読み聞かせに始まり、大ホールのホワイエでは盆踊りまで行われたそうである。ホールの公演が無くても、施設に来れば何かしらのイベントが開催されていて、平日は平均で約6,000人、休日になると約1万人が来館しているそうである。開館後、半年も経たないうちに80万人以上も来館したというのは驚きであるが、市民も積極的に運営に参加していることを知ると納得できる数字でもある。
ホールで公演がないときには施設に人が集まらない、いかに人を呼び寄せて施設や街を活性化させるか、というのはホール施設の計画時によく挙がる課題である。施設に賑わいを持たせる工夫は他の施設でも色々と考えられているが、ここまで賑わう施設というのは経験がない。このような賑わいの理由は、ワークショップによって早い段階から市民を巻き込んできたからなのだろうか?あるいは、子育て支援施設を併設して若い世代を取り込んでいるからなのだろうか?開館後の賑わいで注目を浴び、設計関係者も多数見学に訪れているようである。本施設が新たなモデルケースとなって、今後の文化施設にどのような影響を与えていくのか、とても興味深い。(服部暢彦、和田竜一記)