アメリカ訪問記 その2
アメリカ訪問記の第2弾である。先月号ではニューヨーク・ブロードウェイでのミュージカルやラスベガス・スフィアでの鑑賞体験についてご紹介した。今回はダラスとロサンゼルスでのコンサートの様子をご紹介したい。ダラスでは、日本であまり見かけない音響的な仕掛けのあるコンサートホールでエキサイティングなコンサートを体感し、ロサンゼルスでは昨年オープン20周年を迎えたウォルト・ディズニー・コンサートホールでヴァイオリンの名手によるパワフルな演奏を聴くことができた。
モートン・H.マイヤーソン・シンフォニー・センター
テキサス州北部に位置するダラスはAT&Tやテキサス・インスツルメンツといったアメリカ有数の企業が本社を構える都市であり、日本の自動車メーカー・トヨタ北米本社があるのもこの地である。この都市は経済都市としての側面が強い一方、ダウンタウンにはウィンスピア・オペラハウスやダラス美術館といった芸術関連の施設を集めたアート地区がある。その一角に、今回訪れたモートン・H.マイヤーソン・シンフォニー・センターがある。コンクリートとガラスでできた大きなスケールのファサードではあるが無機質な質感はなく、その外観は広々とした街の風景に溶け込んで見えた。アート地区の建築にはプリツカー賞を受賞した建築家が多く関わっており、マイヤーソン・シンフォニー・センターはI. M.ペイの設計である。このホールはダラス市が所有しているが、1900年創立のダラス交響楽団が本拠地として利用しホール運営も行っている。なお、同楽団の現在の音楽監督はNHK交響楽団首席指揮者も務めているファビオ・ルイージである。
ホールの舞台上部には昇降式の大型キャノピが設置されており、11~15m程度の高さに調整可能である。客席側は半円を引き延ばしたような平面形状をしており、客席数はおよそ2,000席である。また、バルコニー席の上部には約7,000 m3の残響チャンバが仕込まれており、その開口部に設置されたコンクリート製の扉を遠隔操作で開閉することができる。残響チャンバとは、室容積を増減して残響時間を変化させる音響可変機構のことである。これらのコンセプトは、イギリスのバーミンガム・シンフォニーホールと同じであり、音響コンサルタントはどちらもArtec(現在はArupに統合)である(バーミンガム・シンフォニーホールについては本ニュース46号(1991年10月号)も参照されたい)。当日のコンサートを聴いた際の可変機構のセッティングは、キャノピは中程度の高さであったが、残響チャンバの扉の状態を客席内部から確認することはできなかった。
この日はダラス交響楽団の定期公演を聴くことができた。モーツァルトの歌劇「魔笛」序曲とピアノ協奏曲第21番、さらにベートーヴェン交響曲第7番という演目であった。キャリア2年のタビタ・ベルグルントが指揮したこの日のコンサートは、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを向かい合わせに座らせる対向配置を用いるなど意欲的に工夫しつつ若々しいエキサイティングな指揮で大いに楽しむことができた。前半は1階席にて、後半は2階席で聴いたが、どちらの席でも楽器間のバランスは良く、素直で自然な響き方に感じ好印象であった。楽曲の関係でオーケストラ編成はそれほど大きくなかったが音量感が不足しているような印象はなく、かつ大編成オーケストラでも十分に楽しめそうな余裕を感じた。
ウォルト・ディズニー・コンサートホール
ロサンゼルスではウォルト・ディズニー・コンサートホール(WDCH)を訪れた。ランドマークともいえるホールの外観は光り輝く美しい光沢が印象的で、客席内部も昨年オープン20周年を迎えたとは思えないほどきれいであった。椅子のクッションは多少へこんでいるような印象を受けたが、それはこのホールを訪れた中で唯一20年という時を感じた瞬間であった。日頃から丁寧に利用されている様子が想像された。
訪れた日にはイツァーク・パールマンのコンサートが行われていた。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第9番など約7曲を聴いた。80歳を目前にしながら速いパッセージもしっかりと引き締まっており、パワフルで美しいヴァイオリンであった。トークでは冗談を飛ばすような場面もあり、様々な意味でヴァイオリンの名手の健在ぶりを見ることができた。前半は3階バルコニーの後方に座り、休憩後には舞台後方のポディウム席に座った。ポディウム席では普段聴くヴァイオリンの音色とは多少異なるようにも思えたが、音はとても近く感じ、ヴァイオリンとピアノのバランスも良く、十二分に演奏を満喫できた。また、2人によるアンサンブルではあったが、ひな壇を用いることでアンサンブルのしやすいステージが実践されていた。
WDCHでは演奏会形式のような大がかりな演出がないオペラであれば上演可能である。WDCHの場合は、ポディウム席を取り外しその部分の床レベルを迫り機構で調整することでポディウム席だったところに舞台セットを配置することができる。ロサンゼルス・フィルハーモニック(LAフィル)の2023/24シーズンの目玉プログラムの1つとしてワーグナーの「ラインの黄金」が上演され、その際にはこの転換機能が用いられたそうである。なお、舞台セットはオープン20周年の企画としてWDCH設計者のフランク.O.ゲーリーがデザインしたものである。筆者が訪れる数日前にも公演が行われていたようで、鑑賞できなかったことが実に残念であった。また、WDCHではポップスコンサートが行われることもあるようで、クラシックコンサートの用途を超えて広く使われていることは興味深い。
オープン10周年の際にもLAフィルのアニバーサリープログラムが組まれていたようだが、当時はドゥダメルがLAフィルの音楽監督に就任したことがまだ記憶に新しい頃であった(本ニュース311号(2013年11月号)を参照)。現在もドゥダメルは同ポストを務めているが、2026年にニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督兼芸術監督に就任することが決定し、そのタイミングでLAフィルの音楽監督を退任することになっている。ドゥダメルはスタンダードな演目から映画音楽までの幅広いレパートリーをエネルギッシュに指揮するスタイルでロサンゼルスの聴衆を長いこと楽しませてきた。ドゥダメル退任後のLAフィルの音楽監督は発表されておらず、今後の活動がどうなるのか注目されるところである。
思い返してみるとブロードウェイの劇場ではほとんどスタンディングオベーションであったが、クラシックコンサートを聴いたダラスやロサンゼルスにおいても、その演奏の素晴しさのためか終演後はほとんど全員がスタンディングオベーションであった。パフォーマンスの種類に関わらず熱気あふれる盛り上がりをアメリカの聴衆は望んでいるように感じた。(小泉 慶次郎 記)