富山市芸術文化ホール「オーバード・ホール」に待望の中ホール誕生
富山市芸術文化ホール「オーバード・ホール」は、1996年にJR富山駅北口の駅前にオープンした。 「劇場都市とやま」の拠点として計画されたこの施設は、客席数最大2,196席、オペラを主眼とした三面半舞台を有する大ホールが主となる施設である。このオーバード・ホールに今年7月、待望の中ホールが誕生した。
中ホール誕生の経緯
富山市には、オーバード・ホール/大ホールの他、300席規模のホールを有する「富山市民プラザ」、舞台稽古場・リハーサル室をはじめ、大・小多数の練習室が充実した施設「富山市民芸術創造センター」などの芸術鑑賞や芸術活動を行える施設がある。これらの内、オーバード・ホールと富山市民芸術創造センターは公益財団法人富山市文化事業団により管理・運営されている。
2014年度のオーバード・ホールの活性化検討会議で、ハード面の拡充の観点から中ホールの整備が掲げられ、施設の北側に隣接する市有地の活用も含めたホール整備について検討が進められてきた。
2019年度、中ホールを整備するPFI事業と民間付帯事業の一体的な整備事業の公募がプロポーザル方式で行われた。この内、中ホールの整備事業には、PFI方式で施設を整備して所有権を富山市に移管した後、15年間の維持管理業務を行う BTO方式が採用された。
中ホールは、大規模な催し物の開催が可能な大ホールと差別化を図りながら連携を取り合う施設とすること、富山市内に類似施設の少ない規模とし、かつ、可変性の高いホールとすることで、多様な用途や演目に対応可能な施設とすること等が基本方針として示された。
民間付帯事業は、新設の中ホール棟の北側にカフェや物販等の商業施設と地元企業のオフィスやホテル等からなる民間複合施設を建設する事業で、2024年3月に竣工の予定である。
中ホール棟の建築主は富山市、PFI事業主はホールサポート富山、設計・監理は久米設計・押田建築設計・空間創造研究所設計・工事監理共同企業体、施工は佐藤工業・スター総合建設共同企業体(建築)である。永田音響設計は室内音響および遮音・騒音防止について音響コンサルティングを行った。
施設概要
中ホール棟は中ホール(652席)の他に、本番前のウォーミングアップやリハーサルに使用するウォーミングアップ室、練習室3室、レコード鑑賞が出来るオーディオ機器を備えた音楽鑑賞室等からなる。
中ホールは、利用者や運営者・管理者の利便性を高めるため、敷地の南側に大ホールと同じ並びで中ホールの舞台・客席・メインロビーが計画された。施設南側外壁に搬入口、楽屋口や通用口が設けられて、大ホールとバックヤードの連携が取りやすいよう配慮されている。
更に、利用者が敷地周辺の各方角から中ホール棟に立ち寄りやすくするために、東側のメインロビーをはじめ、北側・西側にも出入口とロビーが設けられると共に、市民の居場所となるよう、施設内の各所にテーブル・椅子を配置したスペースが設けられている。公演が行われていない時でも施設内に賑わいを生み出すこれらの仕掛けにより、設計チームが目指す「誰もが気軽に立ち寄り、自然と文化に触れられる市民の居場所をつくる」施設が、実現されている。
施設の遮音計画
中ホール棟では、中ホールの周辺にウォーミングアップ室と各練習室を点在させる配置計画により、遮音対策の基本となる各室間の離隔距離が確保された。更に、ウォーミングアップ室と各練習室に防振遮音構造を採用することで、各室間に高い遮音性能が得られるよう計画した。
また、中ホールの鳥屋口と客席に隣接した音楽鑑賞室は、中ホールとの隔壁をRC 300mm厚とした上で、音楽鑑賞室に防振遮音構造を採用した。ホールの付属室としても使えるよう、鳥屋口から直接アクセス出来るように計画されたため、出入口に高い遮音性能を持つ防音扉を2重に設置した。これにより、中ホール公演時にも音楽鑑賞室でレコード鑑賞が出来る遮音性能が得られた。
中ホールとホワイエ間、ウォーミングアップ室と北ロビー間は、それぞれ一体的な利用が出来るように、大きな開口部を設け、移動間仕切で仕切るよう計画された。従って、中ホールやウォーミングアップ室を単独で使用する際に、ホワイエや北ロビーとの遮音性能を確保するために、遮音タイプの移動間仕切を2重に設置した。
中ホールの特徴と室内音響計画
中ホールは、舞台と客席が近いコンパクトな客席空間を実現するために、多層バルコニー形式が採用され、メインフロア客席を3層のバルコニーが取り囲んでいる。
メインフロアは、前方はワゴン客席、後方は移動観覧席で構成されている。移動観覧席は客席側を平土間化すると共に、移動間仕切を開ければホワイエと一体で使用することが可能となるように、一般的な収納場所である客席後方バルコニー下だけでなく、舞台奥まで移動させて収納することが出来るようになっている。また、ワゴン客席が設置された客席前方の床は2分割された昇降床となっており、この昇降床を上げて舞台とし、通常の舞台側にワゴン客席を移動することで、センターステージ形式を構成することも出来る。客席側を舞台として使用する際の演出に対応するため、舞台上部だけでなく客席上部にもスノコとブリッジが配置されている。このように、様々な使用形態に対応する機能を持つのがこの劇場の特徴である。
劇場として計画された中ホールの室内音響計画を行うにあたっては、客席で役者の台詞等が明瞭に聴こえる音環境の実現を目指した。そのような環境を実現するためには、劇場内の響きが適度に抑えられた状態とすることが必要となり、また、直接音が到達した後、早い時間帯に到達する初期反射音を確保することが重要とされている。舞台音響設備を用いる場合においても、このような環境下で適切な拡声を行うことで、自然で明瞭性の高い状態が得られる。
中ホールは舞台機構設備としての音響反射板を備えていないが、生音のコンサートにも利用されることが想定されたため、備品として移動式反射板の導入が計画された。そのため、ホール内の響きは役者の台詞や拡声の明瞭性を損なわないよう適度に抑える一方で、短くなりすぎないように配慮した。
また、ホール内で初期反射音を確保するため、室形状・内装仕上げの検討を行った。このホールは、舞台・客席上部全体にスノコが設置されているが、舞台機構・照明設備のバトンが設置されない箇所をボード貼りの仕上げとすることで、反射面として利用した。更に、舞台・客席に計7本設置されたブリッジの下面もボード貼りの反射面として、舞台・客席へ初期反射音を到達させるよう計画した。(写真で白い面に見えている個所)また、3層設けられたサイドバルコニーの下面も客席に側方からの反射音を与えることに寄与している。
オープニングコンサート
こけら落とし公演は、7月1日の坂東玉三郎×鼓堂「アマテラス幻想」を皮切りに、小曽根 真 Feat. No Name Horses〜AUBADE HALL ANNIVERSARY〜、富山県出身の立川志の輔の落語が開催され、その後も来年3月まで充実したオープニング記念公演がラインナップされている。
筆者は、世界的なジャズピアニスト小曽根 真が率いるビッグバンドNo Name Horsesのコンサートを聴いた。ピアノが奏でられ始めた途端にその音楽に惹き込まれ、また入れ替わり立ち替わりソロをとるバンドのメンバーも実力派揃いで、ビッグバンドの世界に魅了された時間を過ごした。長年このバンドの音響を担当されている伊藤さんによる質の高い自然なSRも、素晴らしいコンサートを支えていると感じた。小曽根さんは終演後のインタビューで、「ステージと客席の距離感がすごくよくて、お客さんに届いているのが分かるんです。どの席の方も生の音が聴こえたと思います。・・・」と語られたが、まさに生の音が届いたと感じるコンサートであった。写真や動画撮影がOKとなったアンコールでは、管セクションのメンバーが演奏しながら客席へと降りてきて、観客の盛り上がりは最高潮に達した。
富山市文化事業団の方が、この中ホールの規模では大ホールでは味わえないジャズ・クラブのような雰囲気を楽しめるとおっしゃっていたが、実際に中ホールならではの親密さを味わえたと思う。同じ時、大ホールでは長渕剛のコンサートが開催されており、夕方からオーバード・ホール全体が熱気に包まれた。中ホール誕生で更にパワーアップしたオーバード・ホールから目が離せなくなりそうだ。(箱崎文子記)
*撮影:川澄・小林研二写真事務所
オーバード・ホール ウェブサイト:AUBADE HALL