No.419

News 23-06(通巻419号)

News

2023年06月25日発行
丹波山村役場(中央右の大屋根が役場)©️吉田誠

山梨県丹波山(たばやま)村に新しい役場が完成

 丹波山村は山梨県北東部に位置しており、人口500人余りの関東圏で最も人口の少ない村である。東京都奥多摩町、埼玉県秩父市に接しており、秩父多摩甲斐国立公園に属している。村の中央には多摩川の源流となる丹波(たば)川が流れ、四方には2000m級の雲取山や飛竜山、大菩薩嶺などの山々が連なる自然豊かな村である。村の97%は山林で、その70%は東京都の水道水源林として守られているとのこと。登山、トレッキング、釣り、キャンプなどの楽しい遊び場所が盛沢山の村である。

 その丹波山村に新しい役場が完成した。3月25日に落成式が執り行われ、4月から運用されている。旧役場は建設から50年以上経過しており、老朽化や耐震面での不備などから新しい役場の建設が望まれていた。新しい役場の建設地は旧役場から少し離れた、古くは青梅と甲州を結ぶ街道沿いの宿場町として栄えた丹波宿のあったエリアに建設されている。新しい役場の建設計画にあたっては、村で作成した基本構想のもと、山下PMCの協力で2020年に実施された公募型プロポーザルによって太陽工業・橋本尚樹建築設計事務所JVが選定され、設計・施工が実施された。

丹波山村役場(中央右の大屋根が役場)©️吉田誠
丹波山村役場(中央右の大屋根が役場)©️吉田誠
丹波山村役場©️吉田誠
丹波山村役場©️吉田誠

建物の概要

 新しい役場は、村の中央を東西に貫く青梅街道沿いに建てられている。建設地は背後に山が迫っているような細長い敷地である。防災拠点としての機能も重要であることから、建設工事の前に急傾斜地対策の工事が実施され、さらに、建物側でも、1階の山側はコンクリート造として、万が一の土砂崩れなどにも十分対応できるように工夫されている。

 建物の特徴は、何と言っても大きな木組みの屋根である。この大きな屋根の下に、1階に役場機能の諸室が、2階に議場にもなる大会議室の他に小会議室、図書コーナーなど、誰でも自由に利用できるスペースが配置されている。1階の窓口業務のエリアから2階へは解放された大階段でつながっており、間仕切りもなく大きな空間となっている。2階の大会議室は、村からの要望で、通常はだれでも利用できる多目的スペースで、年に数回、議会を行う時には移動間仕切りで区画できるように計画されている。専用の議場を持たないという選択は、議会が行われるのは限られた日数というのが理由とのこと。

 私がこのプロジェクトに係わったのは、設計がほぼ終了する頃で、一つの大きな空間の中に配置される議場などの諸室間の遮音の方法の相談だった。設計を担当された橋本尚樹建築事務所(現NHA)の方々は、新しい役場は村の人たちだけではなく、他のエリアから来た人たちも気軽に行き交う交差点のようなものとしたい、老若男女が集える居場所にしたい、ということを熱心に話されていた。

役場(1階)©️吉田誠
役場(1階)©️吉田誠
1階から2階への大階段・黄色いキャラクターは丹波山村のマスコット「タバスキー」
1階から2階への大階段
黄色いキャラクターは丹波山村のマスコット「タバスキー」

残響の調整

 天井の高い空間は、見た目に開放感があるので、好んで設計される。そして吸音が少ない場合も多い。相談された空間も天井が高く、仕上げは天井は木組み、壁はコンクリートやガラスといった硬い素材である。少し高さのある空間で吸音部分がほとんどないと、小さな声でこじんまりと話している分にはうるささはそれほど感じられないが、多くの人たちが少し大きな声で話をすると喧噪感が増してしまい、とてもうるさく感じられるようになる。とくに議場のように白熱した議論が行われたり、子供たちが集まってイベントをやったり、あるいはスピーカを使用するような催事では、どうしても発生音が大きくなりがちである。うるささが増すと同時に、周辺の空間へも音が伝わりやすくなる。そこで、発生音を抑えるためにできるだけ吸音する部位を増やしてもらった。さらに議場については、計画では簡易的な移動間仕切りだったが、それでは不足と考え、遮音もある程度確保できるようなタイプへの変更を提案した。吸音に関しては、大きな天井はグラスウール直貼り、さらに2階の諸室の床はカーペット敷きとした。1階のエントランスもカーペット敷きとしたかったが、外からの出入りを考えると、使い勝手上、硬い仕上げはやむを得なかった。

多目的スペース利用時
多目的スペース利用時
大会議室(2階・移動間仕切設置時)©️吉田誠
大会議室(2階・移動間仕切設置時)©️吉田誠

遮音

 工事が佳境の頃に一度訪れた。2階の大会議室と小会議室の間の遮音壁について追加の相談があったためである。2階の大会議室と小会議室の間には、内部に便所や倉庫のあるコンクリートの箱があり、その上を介して大会議室と小会議室が繋がっている。音響的には、大会議室と小会議室の間には遮音の壁が欲しいことを伝えており、このコンクリートの上の吹き抜け部分には遮音壁を設けるようになっていた。しかし、意匠的には連続した木組みの天井を見せたい、施工的には木組みを絡ませた遮音の納まりが難しいということもあり、方法についての相談であった。

遮音不足で使い勝手の悪い事例を多く知っているので、現場を見る前には、意匠よりも遮音をしっかりとるべきと考えていたのだが、現場の状況を見ると、木組みの天井が見通し良く繋がっているのはきれいでとても捨てがたいと思われた。そこで、まだカーペットは敷かれていない時ではあったが、工事の休憩時間に大会議室と小会議室で大声で話してどの程度聞こえるかを聴感で確認してみた。コンクリートの箱が大きいことも幸いしているようで、それほど顕著には聞こえなかった。ただ、これから施工されるカーペット敷きの吸音による低減だけでは少し不安だったので、コンクリートの箱の上にグラスウールを設置し、さらに下から見えない範囲や高さではあるが衝立を設置してもらった。これらによってどれだけの効果が得られているのかは明らかではないのだが、今のところ、話声は聞こえるものの使用にあたって支障とはなっていないと聞いている。

 大きな屋根の下、村の人たちの思いや希望を乗せて出発した新しい役場である。日常的に多くの人たちに利用していただけると、少しだけでもお手伝いさせていただいたものとしてはうれしい限りである。

小会議室(2階)©️吉田誠
小会議室(2階)©️吉田誠
役場前の「街道テラス」
(太陽工業の膜屋根)
役場前の「街道テラス」
(太陽工業の膜屋根)

丹波山村への行き方

 ところで、丹波山村への行き方であるが、ホームページには、中央道や圏央道などの高速道を利用する方法や鉄道やバスを利用する方法が書かれている。先日、JR中央線と青梅線を乗り継いで奥多摩まで行き、さらに奥多摩駅からバスを利用して訪れてみた。奥多摩駅からは奥多摩湖を左に見ながら青梅街道を走る。バスのアナウンスは奥多摩町区間では都心のバスと変わらないのだが、県境を超えた途端にガラッと変わる。運転手の左上にある停留所の案内表示がオオカミ(丹波山村のシンボル)の図柄に代わり、地名の由来や歴史的な背景のアナウンスが流れる。さらに丹波山村のPRソングが流れたりで、多摩川沿いに走る1時間弱の乗車時間はアッという間に過ぎた。役場に近いところには道の駅があり、そこから川を渡ったところには日帰り温泉もある。アウトドアでの遊びに興味のある方は、丹波山村にぜひどうぞ。そして、遊びに行った折には、ちょっと役場に立ち寄ってみてください。疲れたときには、役場前の街道テラスで寛ぐのもよいですよ。(福地智子記)

丹波山村ホーページ:http://tabayama.cmskit.jp/index.html
丹波山村新庁舎建設工事概要:http://tabayama.cmskit.jp/gyousei/2021-0907-1435-1.html