No.416

News 23-03(通巻416号)

News

2023年03月25日発行
北九州市立中央図書館視聴覚センター (1975)

追想 磯崎 新さん

 昨年末12月28日、日本を代表する建築家・磯崎 新さんが91歳で逝去された。建築にとどまらず、美術・音楽・演劇などの芸術、そして思想・学問にまで、幅広い分野への深い造詣と洞察をお持ちの方であった。我々との関わりは1974年開館の北九州市立中央図書館視聴覚センターからである。視聴覚設備について設計並びに常駐監理の仕事をいただいた。その後、国内にとどまらずアメリカ・中東・中国の20を超えるプロジェクトやコンペティションに声をかけていただき、2019年オープンの中国・大同市大劇院が直近のプロジェクトであった。1971年スタートの我々の軌跡で常に関わりを持たせていただいた。僭越ながら、この場でこれまでのプロジェクトを振り返ってみたい。

< たくさんの引き出し >

 我々が最も多く関わったビルディングタイプはコンサートホールである。カザルスホールに始まり、水戸芸術館コンサートホールATM・京都コンサートホール・なら100年会館・秋吉台国際芸術村・深圳文化中心・上海交響楽団コンサートホール・ハルピンコンサートホールと続いた。その形態はシューボックス、アリーナ、ヴィニヤードなど様々である。ある時期に同じ形態が続くというわけではなく、毎回違った形が現れた。

 2019年に水戸で開催された「磯崎 新−水戸芸術館 縁起−」展注)には、同館を構成する各施設の着想の起源となった世界各地の建築との関係を示す作品が展示されていた。コンサートホール:エジプトの神殿、劇場:ローマ皇帝の瞑想空間、エントランスホール(パイプオルガンが置かれている):ゴシック大聖堂、のように様々な奥深い知見に基づいた施設群であることに改めて驚き入るばかりであった。

< 幅広い分野への造詣 >

 磯崎さんは、建物が完成する以前に、さらに遡って計画段階から、その使い方(ソフト・中身)に関与する機会も多かった。

 例えば、水戸では設計中に吉田秀和初代館長を中心とする芸術館運営会議が立ち上げられ、その委員として生涯、館の企画・運営、さらには演出・展示に直接関わられた。

 秋吉台は、ルイジ・ノーノのプロメテオの上演を意図して聴衆を取り囲んで演奏グループを配置できるようなステージ兼客席の小テラスが重層している。もはや音源位置を固定できないので、室内音響検討では音響障害が起きないことと響きの長さに的を絞った。

 秋吉台から山を下った山口情報芸術センター(YCAM)関連では、京都市芸大出身の表現グループ・ダムタイプの”爆音”公演を新国立劇場小ホールで体験した。大劇場(オペラパレス)や中劇場への影響が大きいので、それらが使われていない平日午前中の公演であった。街中にあるYCAMからこのような”爆音”が周辺に大きく漏れ出ない遮音対策に気を使った。

 演劇関連でも、演出家・鈴木忠志さんとの交流から水戸芸術館ACM劇場・利賀山房・静岡芸術劇場と、プロセニアムを持たない形式の劇場を手掛けられている。

 こうして辿ると、磯崎さんは古典・近代というよりは、現代のアートに特に興味をお持ちだったようである。音楽についても、武満徹、ルイジ・ノーノ、細川俊夫、坂本龍一の各氏を始めとする現代音楽作曲家との交流が多く、また現代音楽がお好きと伺ったことがある。

北九州市立中央図書館視聴覚センター (1975)
北九州市立中央図書館視聴覚センター (1975)
大同市大劇院 外観 (2019)
大同市大劇院 外観 (2019)
大同市大劇院 内観
大同市大劇院 内観
秋吉台国際芸術村 -プロメテオ- (1998)
秋吉台国際芸術村 -プロメテオ- (1998)
山口情報芸術センター 外観 (2003)
山口情報芸術センター 外観 (2003)
カザルスホール (1987)
カザルスホール (1987)
ハルピンコンサートホール (2015)
ハルピンコンサートホール (2015)

< 意味を持つ形態とディテール >

 設計打合せで、建築が置かれる場所に関連した”形態”という説明を受けたプロジェクトがある。秋吉台のテラス席は有名な秋吉洞の水を称えた水盤から、YCAMの外観は近くに望む山並みから、ハルピンの外観は氷の塊から、それぞれ想起された。上海交響楽団コンサートホールの外観は設計の途中で中央部分がくぼみ両側にゆるく流れ下る鞍型に変化した。建設場所はフランス疎開の面影が残る低層地区で、敷地周辺への圧迫感を減らすデザインとなった。

 またホールの内装仕上げ関連では常に、大きな平滑面からの鋭い反射を和らげる目的の細かい凹凸の重要性を議論する。磯崎さんのホールにも様々な凹凸が登場するが、それぞれに建築的あるいは土地柄から想起された意味を持つ特徴的な仕上げがみられる。例えば、カザルスホールのカーテンを模したトラスウォール壁、露出が必要なスピーカボックスから着想された京都の天井の拡散体、周辺の家屋に見られる竹を編んだフェンスをモチーフにした上海の壁と天井のアーティキュレーション、氷の結晶をイメージしたハルピンのダイヤモンド拡散体、など数々思い浮かぶ。

上海交響楽団コンサートホール (2014)
上海交響楽団コンサートホール (2014)
壁面の表情
壁面の表情
竹を編んだフェンス
竹を編んだフェンス

< 事件 >

 磯崎さんは時々”事件”という言葉を使われた。決してネガティブな意味ではなく、何か重要な検討が必要になった場面で使われていたように思うが、傍目には驚くようなタイミングであったことがある。

 京都では根切り工事の段階で1/10スケールの音響模型実験を行った。磯崎さんがその模型の視察に訪れ、しばらく中でスケッチされてホール正面下手の柱のまわりにも特別演奏席が追加されていた。元々パイプオルガンは上手に寄せて計画されていたが、意匠的にそれとのバランスが図られたのである。

 ハルピンはガラス箱(外殻)にヴィニヤードタイプのテラス客席が納まる設計である。設計終盤の積算で予算に収まらないことがわかり、一律に平面スパンを縮めて予算近くに収めるという荒業を目にした。ヴィニヤードのテラス客席はそのままでガラスの外壁との距離が縮まっただけなので、幸い室内音響への影響は受けなかった。

京都コンサートホール 1/10模型 (1993)
京都コンサートホール 1/10模型 (1993)
京都コンサートホール (1995)
京都コンサートホール (1995)

< 音響設計への理解 >

 筆者が最初に参加した磯崎さんのプロジェクトはカザルスホールである。最初は浅い筒型ヴォールトが奥行き方向に繰り返す(カマボコ型が並ぶ)天井形状であった。凹面による響きのムラが懸念されたためアトリエ所員の方々には2次元音線図をもとに何度か懸念を伝えていたが状況が進展せず、それでも執拗に議論を続けた結果、当時既に近寄り難い存在であった磯崎さんに懸念を直接伝える機会が得られた。”逆なら良いの?”、とその場で凸面の繰り返しに変更された。

 水戸の室形検討に初めて3次元音響シミュレーションソフトを用いた。その結果を元に天井中央の直径13mの反射面が4m下降する機構が設けられた(東日本大震災の影響で現在は固定されている)。このときの反射音シミュレーションが記憶に残っておられたのか、前出の縁起展では同シミュレーションを拡大したパネルが展示されていた。

 以来、その解釈を更新しつつ反射音シミュレーションを使い続けている。ニューヨーク・ブルックリン美術館の講堂のうねる天井には一部凹面がある。それによる音響集中が地元の音響コンサルタントから指摘された際、この反射音シミュレーションがその懸念が無いことの説明に一役買ったのを覚えている。

水戸芸術館コンサートホールATM (1990)
水戸芸術館コンサートホールATM (1990)
反射音シミュレーション (磯崎 新−水戸芸術館 縁起−)
反射音シミュレーション (磯崎 新−水戸芸術館 縁起−)

 2018年に他界した永田穂のお別れの会で、磯崎さんから弔辞を頂戴した。その中で、この手法を用いて様々なホールの形の検討・提案行ってきた我々のポリシーを高く評価いただいたことは今でも忘れられない。

 春分の日3月21日、Patricia Kopatchinskajaのヴァイオリン・リサイタルを水戸芸術館で聴いた。シェーンベルクやウェーベルンの小品とべートーヴェンのソナタを対比させる独創的なプログラミングと演奏。アンコールでは聴衆に作曲家を当てもらう趣向(モーツァルト似ではあるが一瞬崩れる曲/リゲティ作曲)も登場し、現代曲も含まれる中、一時も耳を離せない密度の濃いコンサートであった。磯崎さんならどう聴いたであろうか? 謹んでご冥福をお祈りいたします。(小口恵司記)

磯崎さんと @上海アトリエ (2018)
磯崎さんと @上海アトリエ (2018)

注)「磯崎 新−水戸芸術館 縁起−」/
  磯崎 新−水戸芸術館を創る−/ 縁起展の再展示と芸術館の設計資料展示開催中(~2023.6.25)

我々が関わったプロジェクト
北九州市立中央図書館/1974, 利賀山房/1982, カザルスホール/1987, 水戸芸術館/1990, ブルックリン美術館/1992, 北九州国際会議場/1990, 京都コンサートホール, ビーコンプラザ/1995, なら100年会館/1998, 静岡県コンベンションアーツセンター”グランシップ”, 秋吉台国際芸術村/1998, セラミックパークMINO/2002, 山口情報芸術センター/2003, 北方町生涯学習センターきらり/2005, 深圳文化中心/2007, 中央美術学院現代美術館/2008, カタール国立コンベンションセンター/2011, テサロニキ・コンサート・ホール/2010, 中国国際建築芸術実践展 会議場/2011, 上海交響楽団コンサートホール/2014, ハルピンコンサートホール/2015, 湖南省博物館/2017, 大同市大劇院/2019