吹奏楽のまち・遠軽に芸術文化交流プラザ「メトロプラザ」が誕生
2023年新春の今号では、昨年8月に北海道北東部のまち、遠軽町に誕生した芸術文化交流プラザ「メトロプラザ」をご紹介したい。
遠軽町は紋別市や北見市に隣接する町で、紋別空港から無料の送迎バスが運行されており、1時間程で町の中心部に到着する。また、JR遠軽駅には札幌駅から特急で3時間40分程、北見駅からは特急で1時間程で、女満別空港を利用してアクセスすることも可能である。
メトロプラザは、町のシンボル的な存在となっている
施設の愛称「メトロプラザ」は300を超える応募の中から選ばれたもので、「メトロ」が「音楽(メトロノーム)と鉄道、文化・経済の中心地」を意味しているという。
設計・監理は石本・日本都市設計共同企業体、建築工事は渡辺・管野・山口特定建設工事共同企業体である。永田音響設計は設計・施工段階に室内音響・遮音・騒音防止について音響コンサルティングを行った。
吹奏楽のまち・遠軽と音楽との関わり
遠軽は吹奏楽が盛んなまちである。町内では、遠軽高等学校吹奏楽局(北海道では「部」ではなく、「局」という名称を付けることが多いようである)、町内の小中学校吹奏楽部、遠軽青少年吹奏楽団や遠軽自衛隊音楽隊など、多くの団体が活動している。
今年、創部70年を迎える遠軽高等学校吹奏楽局は、吹奏楽・マーチング・アンサンブルの3つの分野で活動していて、昨年は、全日本吹奏楽連盟主催の吹奏楽コンクール、マーチングコンテスト、アンサンブルコンテストの3大会で全国大会に出場するなど、北海道を代表する吹奏楽団体のひとつである。
吹奏楽での活躍は高校生だけにとどまらず、昨年、遠軽町東小学校が小学生バンドフェスティバル、遠軽中学校がマーチングコンテストの全国大会に、遠軽南中学校が東日本学校吹奏楽大会にそれぞれ北海道代表として出場するなどの活躍ぶりである。吹奏楽の層の厚い、まさに「吹奏楽のまち」である。
遠軽町は産業でも音楽と関わりを持っている。町内の丸瀬布にはピアノの響板などを製造している「北見木材株式会社」があり、ピアノ木製部材の国内シェアは70%を超えるという。
2016年、北見木材株式会社、遠軽町、オホーツク総合振興局は合同で丸瀬布の町有林内に「ピアノの森」を設置した。循環型の森林づくり、活力ある地域づくりへの貢献などを目指して協働した取り組みを進める協定を締結し、ピアノの響板に使用できる良質なアカエゾマツ人工林の育成・活用が進められている。昨年からは名称を「オホーツクおとの森」に変更して、ピアノに限らずに様々な楽器への活用に取り組んでいる。おとの森では近年、町民が参加した植樹祭が行われ、遠軽町で育った樹木が楽器になる日を願いながら、苗木が植えられた。
昨年3月には、施工を請け負った渡辺組からメトロプラザに、北見木材で製造された響板などが使用されたヤマハ コンサートグランドピアノ CFX が寄贈された。町に縁のあるピアノはホールにとって特別な存在になることと思う。
施設概要
メトロプラザは、大ホールを中心とする町民センターとしての機能に、老朽化した遠軽町福祉センター等の公共施設の機能を統廃合するとともに、防災機能を備えた避難所としての役割も担う施設である。
大ホールは、遠軽高校吹奏楽局をはじめとする各吹奏楽団体の日常的な練習・演奏の場として計画されたホールである。ペダルティンパニやマリンバなどの大型の打楽器を備品として所有し、日常的に使用できる環境が整えられている。また、スタジオは、遠軽がんぼう太鼓同好会などの練習の場として活用できるよう計画された。小ホールは隣接する交流ホールと移動間仕切で仕切られており、移動間仕切を開放して、交流ホールと一体の広々としたスペースとしても利用できるようになっている。
メトロプラザは、こうした充実した機能だけでなく、誰もが気軽に立ち寄って集い、交流できる場となる「町民の拠り所」をつくることを大事にして設計された。遠軽駅からもアクセスしやすいよう、公共歩廊や待合ラウンジが用意されている。エントランスホール、カフェが併設されたホワイエや学生の学習空間を想定したスペースなどの活動の様子や賑わいが、全面ガラス張りのファサードを通して、メトロプラザの外へ、町の賑わいへと波及していくことが望まれている。
鉄道騒音対策と遮音計画
メトロプラザの敷地は遠軽駅に隣接し、駅からのアクセスがよい一方で、建物から最も近い線路までの距離が20 m程である。走行する列車の本数は少なく、車両編成が短い列車が主であるものの、スイッチバック式の駅であるために、1本の列車が到着時・出発時の2回敷地の脇を通過すること、貨物や特急も運行されることなどから、列車走行時の大ホールへの固体伝搬音の影響を低減するために、地中防振対策を実施した。鉄道側の地中内壁面と大ホール舞台から客席中央部にかけての建物底面に防振材を設置している。これにより、鉄道騒音は大ホールの使用に支障とならない程度まで低減された。
建物内の遮音計画としては、大ホール・リハーサル室・スタジオ等の同時使用を出来るだけ可能にするために、各室を大ホールから離して配置にすると共に、リハーサル室・スタジオ・多目的室1(音楽系)に防振遮音構造を採用した。小ホールについては特別な遮音構造は採用せず、大ホールとの同時使用は運用で配慮しながら支障がない範囲で行う計画であるが、少しでも遮音性能を向上させるために、大ホールとの間に倉庫や廊下を配置した。これらの結果、遮音性能はリハーサル→大ホールで86 dB以上、スタジオ→大ホールで90 dB以上、小ホール→大ホールで77 dB(共に、500 Hz)の値が得られている。
大ホールの室内音響計画
大ホールはプロセニアム形式の多目的ホールである。舞台音響反射板設置時には、吹奏楽を始め、オーケストラ、ピアノなどの音楽が豊かに響く音楽ホールとしての空間を目指した。
吹奏楽というと響きが抑えられた空間で演奏する印象があるかもしれないが、吹奏楽コンクールの北海道大会は札幌コンサートホールKitaraで開催されており、遠軽高校吹奏楽局も以前にKitaraで演奏会を行うなど、コンサート空間での演奏にも慣れている。この大ホールでも、吹奏楽のために特に響きを短めに設定することはせず、通常の音楽ホールと同様に、音響的に望ましい初期反射音を得るための室形状と反射面を重視して設計を行った。その上で、電動式吸音カーテンの導入により、大人数での吹奏楽から少人数でのアンサンブルまで、演奏の規模や楽曲に応じて響きを調整したり、練習やリハーサル時に響きを抑えたりすることが容易に出来るよう計画した。
ホールの基本的な室形状は、舞台音響反射板の天井面の高さを11 m確保した上で、客席側の天井や側壁を音響反射板から出来るだけ連続させた面で構成し、音響的に望ましい反射音が豊富に得られるようにした。
音響反射板や壁面のルーバー仕上げは、意匠性と共に、音響的にも反射音を散乱させて、平滑な面ではきつくなりやすい反射音を和らげる効果がある。吹奏楽で活躍することが多い金管楽器や打楽器の音は、特に反射音のきつさを感じたり、エコー気味な聞こえ方がしたりすることがあるため、このルーバー仕上げを積極的に用いることとした。側壁のルーバーの上半分は、視覚的にはわかりにくいが、背面に音が透過する構造になっており、その奥に前述の音響可変用吸音カーテンが設置されている。
大ホールは吹奏楽への日常的な利用を想定しているが、一方で、多くの方に利用していただけるよう、様々な用途に相応しい音環境が得られるホールになっている。講演会、演劇などを行う時には、舞台の音響反射板を幕に転換することでホールの響きを抑え、台詞やスピーカからの拡声音が明瞭に聴こえる環境となる。また、和太鼓や電気楽器を使用したコンサートなど大きな音量を発生する催し物に対しては、吸音カーテンを設置することで、さらに響きを抑えることが出来る。
大ホールの残響時間(500 Hz)は、音響反射板設置時に2.1秒、舞台幕設置時に1.3秒(共に空席時、吸音カーテン収納時)で、吸音カーテン設置により0.2秒、客席が満席になることにより0.2秒短くなる。
メトロプラザが引き渡しを控えた昨年3月、音響測定会と題して、遠軽高校吹奏楽局の皆さんの演奏で、吸音カーテンの効果を体験、周辺室や屋外への演奏音の伝搬状況を確認する会が催された。久しぶりの参加となる3年生も交えての吹奏楽やクラリネット四重奏は、ホール全体がよく鳴る印象で、どのような音が鳴るのかを見守る関係者を吹奏楽の世界に引き込んで楽しませてくれる演奏であった。(クラリネット四重奏は翌週、山形県で開催された全日本アンサンブルコンテストで金賞を受賞した。)周辺室などへの音洩れを確認していた関係者も問題ないことに安心された様子で、安堵した。
開館式典と遠軽高校吹奏楽局によるコンサート
昨年8月26日、メトロプラザの開館式典が遠軽高校吹奏楽局による華やかなファンファーレと共に開催された。
式典では漫画家、安彦良和氏によるアートパネルが披露された。アニメ「機動戦士ガンダム」のキャラクターデザインや作画監督を務めた安彦氏は、遠軽町出身、遠軽高校で学ばれた方である。メトロプラザ北東側の出入口付近に飾られたアートパネルには、瞰望岩を中心に、吹奏楽、ラグビーや野球に励む学生達、ガンダムのキャラクター達が描かれている。
式典後半には、前日に吹奏楽コンクールの北海道大会で全国大会への切符を手にしたばかりの遠軽高校吹奏楽局による記念演奏が行われ、28日には陸上自衛隊の4つの団体による特別編成「陸上自衛隊合同音楽隊」による開館記念コンサートも開催された。
このコンサートを皮切りに、数か月の間で遠軽高校吹奏楽局の定期演奏会、遠軽中学校や南中学校吹奏楽部の定期演奏会、遠軽自衛隊音楽隊の定期演奏会や遠軽町総合文化祭などが次々に開催された。
開館記念として11月に開催された札幌交響楽団のコンサートでは、遠軽で札響が聴けると、1週間もたたないうちにチケットが完売する盛況ぶりであったという。ホールが出来ることで、こうした外部からの演奏者によるコンサートを聴く機会が増えるのも愉しみである。
そして、12月24日には、遠軽高校吹奏楽局によるクリスマスコンサートが開催された。30年以上に渡って、吹奏楽局後援会の会長を務められてきた伊藤榮三氏が昨年末で退任されたことから、局員の皆さんが感謝の気持ちを伝えたいという思いを込めて開催したコンサートである。伊藤氏は、建設検討協議会の会長としてメトロプラザ建設に尽力された方でもある。
筆者もこのコンサートを聴きに伺うのを心待ちにしていたが、大雪・強風の悪天候で飛行機が欠航となり、残念ながら叶わなかった。後日、メトロプラザのホームページでは、伊藤氏の指揮による演奏風景の写真などが公開され、吹奏楽局のInstagramでも感動的なコンサートになりました、と綴られているのを見ることが出来た。無事に開催されたことにほっと安堵すると共に、こうした発信により、離れた場所にいてもコンサートの雰囲気を共有していただけることを嬉しく思った。
クリスマスには叶わなかった吹奏楽局の皆さんの演奏をもう一度聴きたいという思いを、今年はぜひ実現させたいと思う。そして、これからも遠軽町との縁を大切にしていきたい。(箱崎文子記)
遠軽町芸術文化交流プラザ「メトロプラザ」ホームページ:https://engaru-metroplaza.jp