神戸市西区に「なでしこ芸術文化センター」がオープン!!
10月1日、現在神戸市が進めている市西部地域のリノベーション事業の一環として、西神中央駅前に「なでしこ芸術文化センター」がオープンした。本施設は、駅周辺の西神ニュータウンに文化活動の拠点を整備し、新たな住民を呼び込むために計画されたもので、事業コンペとして進められた。
事業概要
西神ニュータウンは、1982年に街びらきをして以来、今年で40年目を迎える。住宅団地の近くに産業団地が接しており、日本で初めて職住一体を目指して開発されたニュータウンである。住宅団地のそばには農業公園でもある神戸ワイナリーのほか大小さまざまな公園など、豊かな緑地もある。また、新神戸駅や三宮駅に神戸市営地下鉄で乗り換えなしにアクセスでき、利便性も高い。
2019年、神戸市は、”文化・芸術ホールの整備及び管理・運営、新西図書館の整備、地域に新たな人を呼び込む高質な中高層共同住宅の供給を自ら実施する事業者”を公募し、鹿島リースを代表企業とするSPC(特別目的会社)が優先交渉権を得た。この度オープンした「なでしこ芸術文化センター」は、上記の文化・芸術ホールと新西図書館からなり、共同住宅はこの北側に配置されている。
本施設の建築設計は久米設計、施工は鹿島建設が行った。永田音響設計は設計から竣工時の音響検査測定までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。
なでしこ芸術文化センター
なでしこ芸術文化センターは、客席数最大500席の西神中央ホール、練習用スタジオや楽屋からなる創造支援部門と図書館などで構成された複合施設である。このうち西神中央ホールは、音楽利用を主目的としつつも舞台のバトンに幕を設置することで劇場形式に転換でき、クラシックからジャズ/ポップスなどの音楽利用や、演劇、式典、講演会などにも利用可能な多目的ホールである。客席の段床構成を変えて一段の奥行を深くし、テーブルを並べることで軽食とともに音楽を楽しめるような機構にもなっているほか、舞台背面に設置された移動間仕切り壁を開放することでホール空間を屋外まで連続させることもできる(ホール内観1)。また上手側上部の壁面には三角形のハイサイドライトが設けられており、暗幕カーテンを開けることで外光を取り入れることもできる。
創造支援部門には、小規模なコンサートやリハーサルができるスタジオ1、各種楽器の練習室としてのスタジオ2~4などがある。また、通常はバックステージに計画される楽屋(室名:ルーム)やピアノ庫は壁面にガラスが用いられ(内部にカーテン有)、共用部分であるアートウォールに面して配置されている。楽屋は会議室に、ピアノ庫はピアノ練習室としても利用できる。
敷地西側に配置されている図書館は、蔵書数が旧図書館と比べて大幅に増えたほか、自習室や会議室も数多く併設されており、新たな西区の拠点図書館として整備されている。
本施設の運営コンセプトは「おかえりサロン」であり、勤め帰りに立ち寄れる気軽さと、施設を訪れた際に「おかえり」と言われているような温かさが感じられる施設を目指すという。
西神中央ホールの室内音響計画
西神中央ホールは、シューボックスタイプを基本としたワンスロープのホールであり、天井は兵庫県産の杉のルーバーで形成されている。北側の共同住宅低層部への日射を確保するためにホールの屋根は上手から下手に向かって傾斜しているが、余裕のある響きを実現するためにルーバー天井から屋根までも音響的に有効な空間となるような計画とした。この視覚天井としての木ルーバーは、ホールの機能上必要な設備を隠しつつ、音響的な透過面となるよう、その開口率は70%とした。また、傾斜した屋根スラブからの反射音が特定の箇所に偏ることなく、舞台から客席後方まで均一に到達するように舞台面から約16mの高さに反射面を設けた。また時間遅れの短い反射音の付与を意図して、サイドギャラリーを音響的な”庇”として活用した。客席後壁についてもルーバー上部の反射面の位置と角度を調整することで、後壁を経由した有効な反射音が客席に到達するようにした。
インテリアはここを拠点に活動した若手アーティストが将来世界へ羽ばたくことを期待して「原石」や「結晶」がイメージされており、コンクリートの多面体による壁面に、特殊型枠でランダムリブが形成されている。コンクリート壁面はボード壁では得られにくい低音域までを有効に反射する特性があり、音響的には好ましい。一方で、平滑なコンクリート面からの反射音は、特に高音域で鋭い印象を与える。コンクリートの特性を生かしつつ、ランダムリブによる小さな凸凹で高音域の反射音を適度に散乱させることで、低音域に支えられた温かく柔らかな響きになることを期待した。
竣工時に測定した残響時間(空席時,500 Hz)は、コンサート形式(舞台幕収納、クラシック音楽利用)で2.1秒、劇場形式(舞台幕設置、ポピュラーミュージック/演劇などの利用)で1.4秒である。
遮音計画
遮音計画においては、活発な創造支援活動が可能となるように検討を進めた。ホールの舞台側と上手側にはスタジオ1~4が配置されており、その距離も近い。これらの室間での遮音性能を確保するため、各スタジオに防振遮音構造を採用した。ホールと各スタジオ間でDr-75~85、スタジオ相互間でDr-85の遮音性能が確認できており、想定される演目でほぼ同時利用が可能である。また、ホールを駅前大通に開放できる舞台背面の移動間仕切り壁は、屋外や隣接するアートスペースとの遮音性能を確保するため、遮音仕様のものを二重に設けた。さらにホール側に舞台の音響反射壁ともなる意匠用移動間仕切り壁を設置することで、隣接するアートスペースとホール間でDr-65の遮音性能を実現できた。
また、ホールでの公演に伴って発生する音が図書館に影響を与えないように、その伝搬ルートとなるアートウォールやホワイエの天井は全面的に吸音仕上げとした。ホールと図書館の遮音性能はDr-65であり、後述するこけら落とし公演のリハーサル時の演奏音は図書館でほとんど聞こえなかった。
開館式典とこけら落としコンサート
開館式典では、神戸市長や市会議長による挨拶と久米設計社長による本施設の建築設計の解説、野田高校のダンス部による記念演舞や崎谷明弘によるピアノ演奏が行われた。市長からは、本施設を中心とした住区の賑わい創出プラン、西神中央という地域がいかに神戸市にとって重要な地域であるかが語られた。また、数々のダンスコンクールで優秀な成績を収めている野田高校ダンス部による演舞は、しなやかながらも力強い舞いであった。演舞の際は舞台背面が開放されて街ゆく人も鑑賞でき、開かれた施設にふさわしいオープニングイベントの一幕であった。ピアノ演奏は舞台の袖と背面を閉じたコンサート形式で行われた。バッハからドビュッシーまでの名曲を時系列に沿って演奏するプログラムで、ピアノという楽器の奥深さが感じられた。
翌日10月2日のこけら落とし公演は、佐渡裕が音楽監督を務めるスーパーキッズ・オーケストラのOBが結成した「スーパーストリングスコーベ」によるコンサートであった。前日のリハーサルと当日午前中のゲネプロを通じて、チェロ、コントラバスといった低弦楽器がよく”鳴る”ことが確認できた。また、リハーサルの回を追うごとのバランスやアンサンブルの変化、空席と満席の響きの変化を体験することができた貴重な機会であった。
建築的にも音響的にも、さまざまな工夫とこだわりがつまった施設が完成した。コンクリートによる原石や結晶のデザインと、それによる豊かな響きをぜひ体感していただきたい。(和田竜一記)