No.409

News 22-07(通巻409号)

News

2022年07月25日発行
ふくいホール側面

三重県伊勢市に”ふくいホール”オープン

 三重県伊勢市に客席数40席ほどの小さなコンサートホールがオープンした。名前は”ふくいホール”。コンサートホールとここでは書いたが、実は既存のふくい歯科クリニックの増築部分に計画された新たな診察室の待合ホールである。既存の待合室も天井が高くなかなかよい響きで、そこでもコンサートを開催していたそうだが、新しく作るのだったら音楽ホールのようにしたいという、福井先生の強いご希望で完成したホールである。

 この仕事の発端は、新日本フィルハーモニー交響楽団(以下、新日本フィル)のビオラ奏者である吉鶴洋一さんからの一通のメールである。歯医者をやっている知人が音楽ホールのような待合室を計画しているというもので、7案の天井形状が添付されていた。そして、その中でいずれが好ましいか意見を聞かせてもらえないか? と書かれていた。吉鶴さんと福井先生は、同じバイオリンの先生に師事されており、今では吉鶴さんが福井先生を指導されていて、かなり長いお付き合いがあるとのこと。既存の待合室でのコンサートにも吉鶴さんが出演されたことがある。そして、私が吉鶴さんとお会いしたのは4年ほど前で、私の友人が新日本フィルのチェロ奏者 弘田徹さんと企画している「気楽にクラシック」というコンサートに吉鶴さんがゲスト出演されたときである。吉鶴さんからメールをいただいた時には、音楽ホールという言葉はあったものの待合室ということなので、そのメールでこの話は終わりだろうと思い、簡単なコメントを返信しただけだった。しかし、福井先生から是非、係わって欲しいというお話しがあり、室形状や内装など様々なアドバイスをさせていただいた。設計は、名古屋で設計事務所”smilo architects unit”を開設されている栗本真壱氏である。

 待合ホールは、平面形は約11.4m×約6.4m(約70m2)のほぼ矩形、天井は舞台側が一番高く徐々に低くなる形状で、その高さは舞台側8m、最後部5mである。相談を受けた当初は舞台側が低く、徐々に高くなる断面形状だったが、反射音の届き方などから逆が好ましいことを説明して舞台側を高くした。また、小さなホールなので、視覚的にも音響的にも閉塞感を感じられないように舞台側面には上向きの面を計画していただいた。一方、舞台背面は反射音の到達状況から下向きとした。さらに、小さなホールでは演奏者や聴衆が壁の近くに座りがちなので、壁からの反射音を柔らかくしたいという音響上の理由から、舞台周辺の壁には細かなリブをランダムに配置してもらった。ランダムに、と私はお伝えするだけだったが、それを栗本さんに上手にデザインしていただき、さらに面倒な工事を工務店さんにきれいに仕上げてもらったおかげで、期待以上の形が出来上がった。音にもその効果が反映していると感じられる。また、舞台周辺と側面の壁には庇が設置されている。すべて音響に関係する要素だが、どれも意匠的にうまく解決していただいている。とくに、舞台周辺の上向きの壁が徐々に閉じて客席後部では垂直に納まるところなどは、完成した姿をみてようやく理解できた形であった。舞台側には、わずかな段差の床が設けられていて、グランドピアノが設置されている。福井先生はピアノもお上手である。待合室として使用されるときはその段差の前に間仕切りを設けているということである。内装材料はほとんどがボード仕上げであるが、客席の背後は吸音仕上げとした。ただ、見た目は吸音材に見えないような材料を用いている。

 6月19日にオープニングコンサートが開かれた。演奏者はもちろん吉鶴さんと弘田さんである。客席の数は、コロナの関係で計画した数より少なめで予定したそうだが、希望者が多かったということで定員いっぱいの満席であった。まず、福井先生がピアノのAの音を鳴らしてホール開きを行い、その後、コンサートが始まった。ビオラ、チェロに途中でピアノも加わり、バッハ、ドヴォルザーク、サンサーンス、ピアソラなどが演奏された。お二人はお話しも上手で、その軽妙なおしゃべりに客席も盛り上がった。吉鶴さんや弘田さんからは、演奏しやすい、音響がよいと、嬉しい評価をいただいた。コンサートの最後は、福井先生も加わり「ベートーベン:弦楽三重奏のためのセレナードニ長調Op8 第4楽章」で締めくくられた。福井先生のバイオリンは、二人のプロの演奏家にも負けない腕前で、それを聴いて、先生が音楽ホールを切望された理由がとてもよく理解できた。

ふくいホール舞台側
ふくいホール舞台側
ふくいホール客席側 (1階の扉の向こうは診察室)
ふくいホール客席側(1階の扉の向こうは診察室)
ランダム配置のリブ形状
ランダム配置のリブ形状
ふくいホール側面
ふくいホール側面
演奏風景(左から福井先生、弘田さん、吉鶴さん)
演奏風景(左から福井先生、弘田さん、吉鶴さん)

 福井先生に、ホールが完成して生活が変わりましたか? とお聞きしたら、練習時間が増えたということや、このホールをきっかけにして患者さんと話をする機会が増えた、というお話しがあった。私自身のことを考えても、あまり好きではない歯の治療にきて、こんな素晴らしいホールがあると、少し楽しい気分になれそうである。次の吉鶴さんのコンサートは11月ということである。機会があればご参加を。(福地智子記)

ふくい歯科クリニック:http://www.291dc.com/  栗本真壱氏:https://www.smilo.jp/