昭和女子大学 人見記念講堂リニューアル
昭和女子大学 人見記念講堂が、今年3月にリニューアルオープンした。ここに、リニューアル計画の概要等、紹介したい。
人見記念講堂は、学校法人 昭和女子大学(東京都世田谷区太子堂1-7-57)のキャンパス内に、創立60周年にあたる1980年に竣工した。当時の人見楠郎 理事長が、創立者の人見圓吉 初代理事長の構想を引き継がれ、「学生のうちから専門家の講話を聴き、国内外における最高級の文化・芸術に触れることによる教養教育の向上を目的として」建設されている。そのため、この講堂は、学校行事などの式典・集会はもとより、講演会、音楽、演劇等の使用にも考慮しつつ、とくにクラシック音楽利用に長けた多目的ホールとして計画された。そして、40年余り、学生の文化、芸術への知識とその理解をより深めるための教育施設として、また、都内の2000席超規模のコンサート会場として親しまれてきた。
過去、現在、未来
この講堂が建設された1980年頃までの東京のクラシック音楽のコンサート会場といえば、古くは日比谷公会堂であり、東京文化会館、NHKホール等が主要な会場であった。サントリーホール、東急文化村のオーチャードホール、東京芸術劇場などの専用のコンサートホールなどもまだなく、また、本講堂の設立趣旨から積極的に国内外の著名な演奏家を迎えたコンサートが催されるなど、人見記念講堂は、この時期の東京を代表するコンサート会場として活用されてきた。しかし、その後、都内に多くの専用ホールが誕生したこともあり、その役割が変わってきた。とはいえ、学校講堂という性格をもつものの、この多目的ホールは、音楽と講演、演劇という音響的に性格の相反する用途に対して、妥協の産物とも言われた初期の多目的ホールとは違っていた。主目的を明確に設定し、その機能、性能をできるだけ満たすことで、どのような用途に対しても中途半端であったという問題に多少なりとも答えてきた。このような音楽を主目的とした多目的ホールの構想、計画は、その後のパルテノン多摩や、かつしかシンフォニーヒルズなどの公共ホールにも生かされており、昨今の高度化した多機能ホールの先駆けとも言えよう。
専用ホールにその役割が移った現在でも、式典、講演会、文化的な学内利用等の学校行事から、様々なコンサートまで、多目的ホールとして利用されている。とくに地域を基盤としたものとして、地域の学校の音楽教室、発表会や、世田谷フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会など催されている。さらに、立地条件、収容人数からポピュラー系のライブコンサートにも活用されてきた。今後も、学内利用を主軸に、地域にも開かれたこれまで同様の運用に加えて、大学のグローバル化にも応え、講演会、国際会議等の利用の機会もさらに増加することが考えられる。また、都内をはじめ東京近郊での大型ライブハウスの計画、建設状況などをみると、渋谷より15分という立地条件と、2000席超の収容人数の規模は、このクラスのライブのコンサート会場として魅力的であり、その需要にもこれまで以上に期待がかかる。
リニューアル計画の概要
2020年に創立100周年を迎えようとしていた昭和女子大学では、先の東日本大震災におけるホールの天井脱落事故を契機に規定された、特定天井の改修対応、より安全な講堂とするための検討をはじめ、次のような検討が行われている。
- 安全性の確保
- バリアフリー化
- 機能向上、ランニングコストの低減
- 新時代への対応と利用率の向上
とくに本講堂の重要な課題、より高い安全性確保のための天井耐震化工法として、天井の準構造化、耐震天井化、ネットによる落下防止措置等が検討された。その中から天井を撤去して構築する準構造化による工法が採用されることとなった。また、講堂の利用実態から将来展望までを含めた運用状況、既存の建築、設備の更新、とくに舞台設備の更新にあたっては使用状況を踏まえ、既存設備の有効活用とランニングコストの低減など、この天井の耐震化を機会に、講堂の現在と未来を見据えながら、新時代への対応をはかるべく大規模改修計画へと発展させている。ただ、学校行事の使用日程から工期的な制約があり、改修内容とその工程の検討から、実施可能な範囲での改修計画となっている。
この大規模改修では、講堂の安全性の確保とともに、バリアフリー化として、ユニバーサルトイレや身障者用リフト、車椅子用鑑賞席等が設置されている。また、機能向上、ランニングコスト低減計画では、舞台機構設備の見直し、大学のグローバル化にも対応できる機能整備からの同時通訳ブースの設置、全照明のLED化などがある。そして、建築・設備の老朽化の更新として、客席椅子の交換、客席床の貼り替え、空調設備機器等の交換などが実施されている。
設計・監理は、株式会社 一級建築士古橋建築事務所、施工は、戸田建設株式会社である。弊社は、古橋建築事務所の音響コンサルタントとして設計・監理の協力を行った。なお、建設当初の設計・監理は、株式会社 一級建築士古橋建築事務所の2代目所長であった古橋栄三氏で、そのご長男が現所長の古橋 祐氏である。親子2代にわたってこの人見記念講堂を見守っておられる。
音響計画
建設計画当初は、2400席規模のクラシックコンサートを中心とした多目的ホールという性格設定からスタートしている。音響計画において、室形状がコンサートホールとして重要な基本条件であるという認識から、その規模と多目的ホールという課題に対して、W. Gabler他が、1967/68年の「ACUSTICA」に発表していた形状を参考にしている。スケールモデル実験から大型のスピーチ系ホールの理想形として提案していた形状で、ゆるく開いた二つの扇形の空間を合わせ、その側壁を内側に傾斜させるというものであった。このような形状を採用すること、バルコニー席を設けることで大収容人数のホールを実現させている。この側方からの初期反射音の利用しやすい形状をもとに、舞台袖壁には客席への反射面を設け、客席側壁は約8度内倒させている。当時、永田 穂は、海外の演奏家から評価の高かったこの講堂の響きについて、これまでの公共の多目的ホールの響きとは明らかに違いがあり、側方からの初期反射音の寄与の相違で、柔らかく、優しい響きと語っていた。
天井耐震化とともに進められた講堂の利用実態からの多目的機能の見直し、効率化による利用率の向上を目指した改修について、音響計画では、次のような検討を行った。1) 学校講堂としてのこれまでの性格の継承、2) ポピュラー音楽系のライブコンサート会場としての機能向上である。
1) については、クラシック音楽に優れた多目的ホールとしての性格を維持することであるが、規模については、学内利用が中心になること、用途に対しての利用人数の実態、舞台機構設備のランニングコストの低減等から、クラシックコンサートを想定した舞台反射板設置時の形式を変更した。改修計画当初は、2000席弱の規模とはなるが、より音響的、視覚的効果を高めることを意図して、プロセニアム開口に依存した天井の低い舞台音響反射板を使用せず、プロセニアム開口を防火シャッターで閉鎖し、客席側だけでコンサートホール空間とする形式を提案した。その他の用途は、防火シャッターを開け、これまで通りのプロセニアム形式で使用するというものである。それでもコンサート専用ホールと同程度くらいの客席数が確保できる。舞台部の天井高さ、舞台と客席の近さ、一体感がより得られること等の音響的なメリットや、舞台反射板の撤去による舞台吊り物バトン等の増設と、メンテナンスコストの低減等からの提案であった。しかし、防火シャッターが施工直前の変更で設置されていなかったこと、バルコニー席からの可視条件の改善のための段床勾配の変更が必要等の課題もあり、その中間的な形式が採用された。すなわち、クラシックコンサート時は、オーケストラピットを舞台の高さまで上げた前舞台と、本舞台前部を演奏空間とする形式である。既存の舞台反射板の後部は撤去、舞台反射板の前部を利用、正面反射板を前に移設し、演奏空間を前に出した。東京文化会館 大ホールのコンサート時のような形式である。また、この形式を採用するにあたり、舞台に近い壁面が連続的になるよう一部の壁面形状を変更するとともに、新たな舞台の側壁ともなる舞台袖壁に音の散乱を意図して、水平ルーバーをランダムに取り付けた。視覚的にも既存の舞台反射板の木質仕上げへの美装、木調ルーバーなど、これまでと違ったシックな装いの舞台である。なお、プロセニアムからシーリングスポットにかけての天井形状については、ポピュラー等のライブコンサート時のプロセニアムまわりのイメージ変更の検討もあって、既存と変更案についてコンピュータシミレーションにより検討し、客席への有用な反射音が得られるような形状とした。
2) については、2000席超の規模は変えず、既存のプロセニアム形式での使用を継承しただけであるが、この形式に対しては多少響きを抑えたかった。天井形状変更に伴う室容積の減少による響きの抑制に期待した。建築、設備的には、ライブのコンサート会場として、プロセニアムまわりの内装の白色基調を、演出効果も考慮して黒色基調とするなど、新たな雰囲気を作り出している。また、持ち込みのスピーカ吊り込みのためにプロセニアム前の上下手に、昇降バトンを新設、舞台反射板の一部の撤去により道具バトン2基も増設されている。学内利用が中心となる舞台照明設備、舞台音響設備については、大幅な更新はなく、将来対応となっている。
なお、響きの長さについては、舞台反射板設置時の響きの長さの維持を優先した。天井形状と舞台形式変更等による室容積の減と、客席椅子の等価吸音面積の増により残響時間が短くなる傾向を、天井コーナーに設けられていた調整用の吸音部位の撤去、客席通路部のカーペットのフローリングへの変更などで調整した。
残響時間(500 Hz)は、舞台反射板設置時(1964席)で、空席時1.9秒、満席時1.6秒であり、改修前とほぼ同様な周波数特性である。また、舞台幕設置時(2100席)では、空席時1.7秒、満席時1.4秒と、改修前に比べ低中音域が短くなった特性であり、使用条件に合った好ましい響きが得られている。
竣工して以来の大規模改修工事を終えた本講堂は、3月13日の中高部の卒業式の学内利用でオープンした。この講堂の建設目的でもあった、学生のための専門領域における国内外の著名な方々による講演や、公演など、開館当初に開設された「文化講座」は、今も年間のカリキュラムに組み込まれいる。その中で「文化研究講座」として、クラシックコンサートからミュージカル、バレエ、歌舞伎、能・狂言、雅楽、落語などまで、学生が、幅広い舞台芸術に直に触れることのできる機会が設けられている。その一つ、東京フィルハーモニー交響楽団によるコンサートを4月に聴かせていただいた。講座ということからいろいろな席で聴くことはできなかったが、音の近さと、リニューアル前と同じような優しい響きを感じた。演奏者からは前と変わらないというような話も聞こえてきている。
今後の学外の利用予定をみても、学内の教養教育のための多目的ホールは、地域の管弦楽団の定期演奏会、コーラスの大会等からポピュラー音楽のコンサートまで幅広く利用されているようである。とくに、ポピュラー系コンサートの多いことに気づく。この安全で、より進化したこの講堂が、学生の教養や芸術への理解を深めるための教育施設として、また、新時代の学校講堂として、そして、東京のポピュラー系のコンサート会場として益々活用されることを期待したい。(池田 覺記)
昭和女子大学 人見記念講堂:https://hall.swu.ac.jp