桜美林大学 東京ひなたやまキャンパスに芸術文化ホール完成
学校法人 桜美林学園は、創立100周年を迎えた。その記念事業の一つとして、2020年4月に東京都町田市本町田の市立本町田中学校と本町田西小学校の跡地に新たなキャンパスを開設し、町田市常盤町の町田キャンパスの「ビジュアル・アーツ専修」、「演劇・ダンス専修」、「音楽専修」からなる芸術文化学群を移転させた。この新しい東京ひなたやまキャンパスは、管理・図書館棟、教室棟、ビジュアル・アーツ棟、演劇・ダンス棟、音楽棟の5つの建物からなるが、さらに、二期工事として整備が進められていた桜美林芸術文化ホールが、2022年3月のコンサートホールのパイプオルガン設置工事の完成をもって、4月に供用を迎える。
このキャンパスは、1960年代から1970年代にかけて建設された大規模団地の山崎団地、木曽団地に隣接する。その名称は、近隣住民の憩いの場として親しまれている、近くの「ひなたやま」に由来する。キャンパスへは、小田急線 町田駅やJR 横浜線 町田駅、
首都圏のベッドタウンとしての役割を担ってきた町田市では、少子高齢化、人口減少などの社会環境の変化や、団地の建物、設備の老朽化、陳腐化など、さまざまな課題を抱え、これら団地周辺を含めた街の活性化を実現するための団地再生基本方針を策定している。その一環として、団地とその周辺地域に新たな街並みを形成すべく、計画、建設が進められた。
基本設計および設計・監理の監修は、株式会社 一級建築士古橋建築事務所が、デザインビルド方式により実施設計、工事監理、施工を鹿島建設株式会社が担当した。弊社は、古橋建築事務所の音響コンサルタントとして基本設計および設計・監理の監修に協力を行った。なお、完工時の音響測定は、鹿島建設 鹿島技術研究所が行った。
施設概要
ここに紹介する桜美林芸術文化ホールは、演劇・音楽スタジオ棟として計画され、学生と地域住民との交流の場として位置付けられた「ひなたやま交流プラザ」と、二つのホールからなる。性格の異なる二つのホールは、パイプオルガンの設置されたコンサートホールの「プロビデンス ホール」と、平土間に移動観覧段床も設置された演劇・ダンス用の「ストーンズ ホール」である。
施設は、「学生たちの実技や学びの成果の発表等、芸術教育の場となるほか、地域と共生しながら、芸術創造や地域との交流・発信を目指し、地域のアート拠点となるよう」整備された。このため、この棟は、一期工事の3階建ての校舎棟よりもエントランス側の中央広場の横に、このキャンパスを象徴するかのように団地側に向かって建てられている。1階に「ひなたやま交流プラザ」、「ストーンズ ホール」が、ギャラリー兼用のホワイエ等を介して、また、「ひなたやま交流プラザ」の上階に「プロビデンス ホール」が配置されている。周辺地域との連携の窓口、接点となるのが、誰もが集うことができる開放的な「ひなたやま交流プラザ」である。ホールのエントランス空間としても機能し、さらに、交流プラザのアートギャラリー、多目的スペース等では、各種の集会や、研修会などの利用も想定されている。また、この交流プラザには、前面道路に沿ってカフェの「ひなたやまテラス」が、その屋上には、屋上展示場としても計画された「ひなたやまデッキ」が併設されている。
遮音計画
芸術文化ホールの建物は、地上4階の鉄筋コンクリート構造(一部鉄骨造)である。周辺が団地等、第一種中高層住居専用地域、偶に航空機の飛来もあるが、比較的静かな環境である。このため、遮音計画では、外部騒音の遮断というよりは周辺への音漏れと、ホール間の同時使用に配慮した。
二つのホールの同時使用について、電気音響設備を使用したバンド演奏や、和太鼓などの打楽器演奏など、大音量発生を伴う場合には、運用上、配慮することが使用条件となったことから、「プロビデンス ホール」と「ストーンズ ホール」は、ギャラリー兼用のホワイエ等を緩衝スペースとして挟んで約20 m離隔しただけである。基本計画では、搬入口、ホール入口等の開口部に防音建具を配置するとともに、ホール間の遮音性能を80 dB以上/500 Hzとする要求水準とした。なお、1階の「ひなたやま交流プラザ」と、その上階の「プロビデンス ホール」との室間の遮音計画についても、大音量を伴う場合は、運用上の配慮を前提としたことから、特別な遮音構造を採用していない。
二つのホールの室間の遮音性能(500 Hz)は86 dB以上で、「プロビデンス ホール」と階下間の遮音性能は59 dBである。ホール間の遮音性能は、その間に構造的エキスパンションジョイントが設けられたこともあり、目標とした性能を上回る結果であった。
プロビデンス ホール
「プロビデンス ホール」は、ワンスロープの客席数380席、ステージ背面上部にパイプオルガンが設置された小規模なコンサートホールである。主に音楽専修のピアノ等の器楽、声楽から小規模なアンサンブル、パイプオルガンの演奏などのレッスン、リサイタルに使用される。また、立地条件から地域との連携も目指した利用も想定されている。パイプオルガンの設置ということもあり、幅広い音楽利用を考慮し、残響可変装置を導入した。パイプオルガンは、町田市内に工房を持つマナ オルゲルバウ社製のパイプ総数1788本、29ストップの仕様のものである。
このホールは、幅16.5 m、奥行き30 m、天井高さ12.5 mのシューボックス型の室形状を基本とし、パイプオルガンステージと同じレベルに、多目的に使用できるギャラリーが、四周を回廊できるように配置されている。ステージは、間口15 m、奥行き9mである。室内音響計画では、音場の均一性、小規模なホールでありがちな刺激的な反射音を和らげ、拡散音とのバランスをとることを意図し、ステージの周壁をはじめ、客席の天井、側壁は不均一な折板形状とした。響きは、その目安としての平均吸音率で0.20程度を目標とした。
側壁上部の大きな壁面は、5段に分割した折板形状を交互にずらすことで、凹凸がより分散されるよう上手くデザインされている。アッパーライトも組み込まれ、たいへん綺麗である。後壁は、残響可変装置用の反射・吸音のためのスペースとした。音の散乱を意図した折板形状の反射面の客席側に吸音カーテンが開閉できる機構である。なお、主階席の後壁については、不規則なリブが内装仕上げとして採用され、それを覆っている。当初は、吸音壁の前面の反射パネルが回転・開閉する方式、仕様の可変装置を計画していたが、そのコストから吸音カーテンの開閉式となった。効率的に可変を行うため、カーテンを側壁裏に引き込んだり、目隠し壁で隠すなど、収納時のカーテンの露出をできるだけ少なくする収納方式とした。
残響時間(500 Hz)は、パイプオルガン設置工事前であるが、空席時、吸音カーテン設置状態で2.1秒、吸音カーテン収納状態で2.5秒であり、パイプオルガン設置後の満席時には1.7~2.0秒程度(平均吸音率0.17~0.20)と予想している。
ストーンズ ホール
「ストーンズ ホール」は、ステージと客席が一体となったブラックボックス型の演劇・ダンス用のホールである。幅15 m、奥行き25 m、すのこまでの高さ9.5 mである。平土間形式ではあるが、9段の移動観覧段床を設置することで、153席の段床型ホールにもなる。正面には、幅5 m、高さ4 mの搬入口も兼ねた開口が設けられている。その奥は、奥行6 mの組立場、そして、組立場を介して屋外のプラットフォーム、芝生の東側広場に繋がっており、野外劇場のステージとしても考えられている。いろいろな使い方が想定されるこのホールには、正面に向かってコの字型に2層のギャラリー、天井に5列のギャラリーが設置されている。
このホールの室内音響計画では、練習スタジオ的に平土間のいろいろなエリアでの使用も多く想定されることから、天井、壁に吸音を分散配置し、響きはデッド過ぎない、程よい響きを想定して、平均吸音率で0.25~0.30を目標とした。1階は、有孔板の背後がグラスウールの吸音構造を、2階以上は、ガラスクロス付きグラスウールを市松に配置した。
残響時間(500 Hz)は、空室時、0.9秒(平均吸音率0.33)であり、当初予定よりはややデッドにはなったものの、聴感的には違和感のない程よい響きである。
芸術文化ホールは3月21日に定礎式、奉献式が滞りなく行われ、間もなくオープンする。東京ひなたやまキャンパスは教育、研究の場であるばかりか、一般市民が参加できる講座やワークショップ等から、芸術関連の専門書を所蔵する図書館の一般公開などまで、地域にも開かれた施設としてのプログラムも企画されているようである。施工中、何度かバスで現場に通ったが、バスには多くの学生が乗り合わせていた。この本格的なホールに学生が集い、育み、そして新たに飛躍することで、また、芸術を通しての地域との交流が、ひなたやまとその周辺地域の活性化につながることに期待したい。 (池田 覺記)
桜美林大学 東京ひなたやまキャンパス: https://www.obirin.ac.jp/tokyo-hinatayama-campus/