ブタペストに音楽博物館が完成 House of Music, Budapest
本年1月、ハンガリーに音楽博物館がオープンした。名称はHouse of Music(音楽の家)。ハンガリーの首都ブタペストの中心部に近い市民公園(Városliget)の中に建設された。約120ヘクタールの広大な公園には、古城、美術館、動物園、植物園、アイスリンク、温泉施設など様々な施設がある。2013年、公園機能の更新と開発に関する法律が制定され、Liget Budapest Projectという大型開発プロジェクトがスタートした。
我々がHouse of Musicのプロジェクトに関わったのは2014年9月であった。藤本壮介建築設計事務所から、ブタペストの音楽ホールのコンペの1次審査に通り、2次審査ではかなり技術的な説明を要求されているので協力してほしい、という依頼を受けたのが始まりである。藤本さんとの最初の打合せで、ガラスを通して公園の自然が建物内に入り込むコンセプトを伺い、心を揺り動かされた記憶がある。同時に、ガラスは音響にとってチャレンジングな素材であり検討課題が多いことを伝えた。ホールなどの音響空間にガラス面を設ける場合、大きく2つの事柄 -遮音と室内音響- について慎重な検討が必要である。本稿では、Event Hallを中心に音響に関連するトピックスについて紹介したい。
全体計画
建物は、地下1層、地上2層の3層構成である。地下には、音楽関係の展示室とこの博物館のハイライトのひとつであるサウンド・ドームが配置されている。サウンド・ドームは、多チャンネルの音場創生システムで、様々な音環境を視覚的・聴覚的に仮想体験できる。ガラスの外壁に囲まれたグラウンドフロアには、エントランス、イベントホール、レクチャーホール、レストラン等が配置されている。また屋外の大屋根下には野外ステージもある。そして、音の波をイメージした屋根にも1層分の厚みがあり、スタジオ、教室、図書室など、音楽の学びをより深めるための部屋が収容されている。
イベントホール
[室形状] 平面形は南北方向が長い長方形で、迫り機構により平土間から段床に転換できる。段床の場合、ステージは北側に設置される。壁面の大部分は、当初からガラスで構成される計画であった。音響的な散乱効果を狙って、ガラス壁面はジグザグに連続している。室の高さは床から上階スラブまで最大で12m。クラシック音楽のためにはもう少し高い方がよいが、それは難しかったために壁面の外傾を提案した。壁面を外に倒すことにより、壁-天井または天井-壁を経由する反射音を遅めに客席・ステージに到達させることを意図した。当初は壁面の大部分の外傾を計画していたが、音響シミュレーションによる詳細検討の結果、ステージ背面の外傾で十分な効果が得られることが確認できた。最終的には鉛直のガラス壁の内側に上向きのガラスフィンを数段取り付けることで、壁面の外傾が実現されている。また、このフィンには、水平方向の音響モードの成立を防ぎ、より拡散した音場の形成の役割も期待した。
[天井] 上階スラブまでの限られた高さを有効に利用するために、音響的に“透明”な天井について議論した。“葉”をモチーフにした視覚天井は、藤本さんがリスト音楽院大ホール(The Liszt Ferenc Academy of Music GRAND HALL)の天井装飾にインスピレーションを得てデザインされた。この葉をモチーフにした天井は、屋外の緑を建物内に取り込むという建築コンセプトに沿ったアイデアと伺っている。様々なサイズの葉が互いに間隔を空けて並べられていて、天井面として50%を超える開口率を有している。葉の素材はダンピング層をアルミニウム板で挟んだコンポジット材である。葉とそれを固定するフレームのメタルタッチや葉の自由端部の振動によるビリつきが生じないことは、モックアップを用いた音響試験で確認した。ゲストが訪れるグラウンドフロアの各室の天井もこのデザインで統一されている。葉は、周波数依存性の音響透過面 -低音域では音響透過面、高音域では音響反射面、それらの中間周波数では音響的に半透明- と考えて良い。クラシック音楽に適した響きの長さに調整するための固定吸音は、葉の天井の奥、上階スラブの下面に直張りされている。
[音響可変] イベントホールでは、生のクラシック音楽だけでなくサウンド・システムを用いたコンサートも行われる。短めの響きが好まれる後者のために、約200m2の吸音バナー(2層の吸音カーテン)が設備されている。その2/3は客席背後(南面)の天井から下ろし、残り1/3はステージ背後の床から立ち上げる方式である。吸音バナーの出し入れで残響時間は0.5秒以上変化する。
レクチャーホール
ジグザグ壁面と葉の視覚天井の背後に固定吸音を設ける、という方針はEvent Hallと同様である。室名が示すように、スピーチが聞き取りやすい室、すなわち音響的にドライな室、を実現するために壁面の一部にも微細穿孔板による吸音仕上げが施されている。
遮音計画
音楽の家は公園の中に建てられるので大きな騒音に晒されるわけでははないが、それでも建物は車が通る道路に面している。自動車騒音を始めとする周囲の環境騒音をイベントホール・レクチャーホール内で行われる催し物に影響のない程度に遮断するためには、厚さ200mmのコンクリート壁程度の遮音性能が必要となった。この性能を単層のガラスで実現するのは難しいことから、人が通れるスペースを挟んで2層のガラス壁で屋外と区画している。ガラスの厚さは1層あたり30mm強である。2つのホールの平面形は室内音響的な理由でジグザグな形をしている。外壁もジグザグであるが、内側との平行関係を避けることで中間スペースによる音の共鳴透過を防ぐことができる。また、上方からの光を取り込むためのライトウェル内も、層間に2段のガラス層を設けて上階からの音透過を防いでいる。
建物の構造体がほぼ完成した2019年11月に現場を訪れ、その先の音響的な検討・確認事項の打合せを行った。年が明けて直ぐにCOVID-19の流行が始まり、その後流行の波を繰り返して未だに収束が見通せない。その間、課題の議論はもっぱらe-mailで行われた。そんな中、昨年9月に音響確認のために現場を訪れることができた。予備的な音響測定を行うとともに、クラシックやハンガリー民族音楽の生演奏とポップス系音楽のサウンド・システム再生を試聴して、若干の調整を残しつつも、状況は上々であるという感触を得た。オープン後の音楽の家を体験・確認するために、早くCOVID-19が落ち着くことを願っている。(小口恵司記)
House of Music: https://ligetbudapest.hu/en/renewed-varosliget/house-of-hungarian-music
建築主:Liget Budapest、 Principal Architect:藤本壮介建築設計事務所、
Local Architect:M-TEAMPANNON、 施工:Magyar Épitő