和歌山城ホールのオープン
和歌山市の旧市民会館は、これまで市民の文化活動の場として長く親しまれてきた。しかしながら、老朽化や耐震性の問題もあり、昨年9月、多くの市民に惜しまれながら、その42年の歴史に幕を閉じた。
和歌山城ホールは、旧市民会館の代替施設として計画され、その設計理念は「多様な芸術文化を市民が創造・発信していく文化拠点」、「和歌山市の芸術文化のシンボルとして、市内外、海外を広くつなぐ交流拠点」、「いつでも発見があり誰かがそこにいるにぎわい発信拠点」である。施設は、和歌山市のシンボルである和歌山城の眺望や、市民や外国人を含めた観光客が利用しやすく、隣接するホテルや商業施設との相乗効果でこの地域がより活性化されるよう、和歌山城の目の前の旧中学校跡地に建設された。
施設概要
施設は地上5階建てで、954席の大ホール、395席の小ホールをはじめ、200人程度での小さな発表の場としても利用できるリハーサル室、大小の練習室や会議室、和室、展示室など、市民の芸術文化活動を支える様々な室からなる。屋上には、市民の憩いの場として屋上テラス(展望テラスや野外ステージ)が配置され、和歌山城を望みながら各種イベントも開催可能である。施設の外観はガラス面で構成され、和歌山の歴史的建造物に見られる木格子をモチーフにした縦ルーバーや和歌山城の石垣調の外装が用いられている。来館者を迎え入れる4層吹き抜けの共通ロビーは、紀州産の木材が用いられ、開放的で温もりのあるデザインである。
施設の設計は、基本設計までを梓設計・環境建築計画の共同設計、実施設計と設計監理を教育施設研究所・キューブ建築研究所の共同設計、建築工事は奥村・小池・宮井特定建設工事共同企業体である。永田音響設計は、基本設計段階から、施工段階、音響検査測定までの一連の音響コンサルティング業務を担当した。
施設の遮音計画
限られた敷地に様々な用途の室が配置された本施設では、それぞれの室を有効に利用するためにも、室間の遮音性能の確保が大きな課題であった。大~小ホール間については、平面的な距離をできる限り離すために、両ホールの間に吹き抜けの共通ロビーを配置し、さらに小ホール側を防振遮音構造とすることで遮音性能を確保する計画とした。また、大音量を伴う利用が想定され、大・小ホールの舞台と隣接しているリハーサル室と練習室4部屋も防振遮音構造とした。
大・小ホール直上の屋上テラスについては、遮音性能の確保と屋上における歩行音の防止の観点から、当初は屋上テラスの床をポリウレタン防振材によるコンクリート浮床とすることを提案していたが、コスト上の理由から採用には至らず、替わりに防振ゴム付きのデッキ床が採用された。
各室間の遮音性能(500 Hz)は、大~小ホール間、大ホール~練習室間、小ホール~リハーサル室間、各練習室相互間ともに80~85 dB以上の遮音性能が得られており、ほとんどの催しの同時利用が可能な遮音性能が得られている。屋上テラスと大・小ホール間の遮音性能(500 Hz)は、屋上テラス~大ホール間で64 dB、屋上テラス~小ホール間で82 dBであり、屋上テラスで大きな音を出すイベントと直下の大ホールの同時利用は難しいが、防振遮音構造を採用した小ホールではほとんど聞こえないレベルである。また、屋上テラスから大ホールに対する床衝撃音レベルはLH-35、屋上テラスから小ホールに対してはLH-30未満であり、屋上テラスにおける歩行音については、直下の大・小ホールでほとんど問題にならない遮断性能が確保されている。
大ホール
954席の大ホールは、1層のバルコニー席をもつ多目的ホールである。舞台には可動式の舞台反射板を有し、舞台幕に転換することで、クラシックコンサートから講演会や式典、演劇など様々な演目に対応することが可能である。また、客席前方にはオーケストラピットを備え、オペラやバレエの上演も可能である。
プロセニアム開口の高さは舞台床から約12m、客席天井は最も高いところで舞台床から約17mであり、天井高さを確保しながら、反射音が有効に客席に到達するように天井の角度を調整した。壁は反射音を適度に散乱させることを意図し、舞台の正面・側方反射板も含めて横リブ材による内装仕上げとした。とくに客席側壁については、コンクリート壁にリシンを吹き付けてザラツキを設け、その上に板厚や出寸法を変えた横リブ材を間隔を空けて設置している。また、天井についてもリシン吹付とした。客席後壁については、ロングパスエコーを防止するために、背後空気層を設けたグラスウールの前面に横リブ材を配した吸音構造とした。
残響時間は、舞台反射板設置時で空席時1.8秒/満席時1.6秒(500 Hz)である。また、舞台幕設置時では、空席時1.5秒/満席時1.3秒(500 Hz)と、十分に響きが抑えられている。
小ホール
ワンスロープの固定客席(395席)をもつ小ホールは、クラシックコンサートをメインの用途としながら、講演会・式典、小規模な演劇、ダンスなどに対応した多目的ホールである。舞台の天井と壁は、一見すると可動の舞台反射板のように見えるが、固定の天井と壁である。固定の天井の下には、昇降式の照明バトンや美術バトンが設けられている。また、舞台と客席の間のプロセニアム部分のみ天井と壁が開き、引き割り緞帳を設置することで簡易的なプロセニアム形式を作ることができ、多用途の催しに対応できる計画となっている。
小ホールは防振遮音構造(Box in Box)を採用したことで、ホール内の天井高さを確保することが難しいなか、クラシックコンサートにおける音響性能のためにできるだけ高い天井とする計画とした。プロセニアム開口の高さは舞台床から約9m、客席天井は最も高い位置で約11mである。壁面については、縦と横の折板形状をランダムに組み合わせ、そこに30cmほどの出寸法の音響庇を設け、そこからの反射音を確保するとともに、反射音を適度に散乱させることを意図した。客席後壁についてはロングパスエコー防止のために、背後空気層を設けたグラスウールの前面に縦リブ材を配した吸音構造とした。
残響時間は、通常のクラシックコンサート利用時で空席時1.7秒/満席時1.5秒(500 Hz)であり、引き割り緞帳で簡易的なプロセニアムを作った形式では、空席時1.5秒/満席時1.3秒(500 Hz)ある。クラシックコンサートの際には豊かな響きが、講演会等では、ある程度、響きが抑えられた空間が実現されている。
ホールの客席椅子
ホールの客席椅子の張地のデザインも特徴的である。大ホールの客席の座と背には和歌山城の絵柄が、小ホールでは和歌山城の石垣に見られる数種類の刻印の絵柄が丁寧に織り込まれており、このホールにしかない客席椅子となっている。また、この絵柄が織り込まれた客席椅子のモックアップを実験室に持ち込んで、残響室法吸音率の測定を行い、吸音特性の確認をしている。
和歌山城ホールは、昨年10月29日にオープンを迎え、10月末から開催された「紀の国わかやま文化祭2021(第36回国民文化祭・わかやま2021)」や、さだまさしさんと和歌山出身で東京芸術大学学長でもあるバイオリニストの澤和樹さんのスペシャルコンサートなどで幕を開けた。和歌山城ホールが、和歌山城と並んで市のシンボルとなり、多くの人に長く愛されるホールとなることを願っている。(酒巻文彰記)
和歌山城ホール HP:https://wakayama-johall.jp/